第一章・4 (2)
――余城 峡一は、40年前にS県の湖の北部にある小さな田舎町で生まれた。幼い頃は内気で、ひとりで遊んでいることが多い子供だったらしい。
彼は地元の県立高校を首席で卒業した。東京の国立大学に進学するも、1年で退学。某物流系の会社に就職する。当時から変わり者と言われ、周囲からも浮いた存在だったそうだ。しかし、コンピューターに関する知識と技術はずば抜けており、一目置かれていた。
彼のコンピューターに関するスキルの高さは、単に小手先のテクニックに終始する話ではなかったらしい。
彼は時に、奇跡とも思える技をみせることがあった。例えば、誰もが壊れたと思って諦めていたパソコンが、彼が少し触っただけで直ったり、LANケーブルも無線LANない環境でパソコンをネットにつないだりしたことがあったらしい。
常識を超えた能力に、周囲は彼を「超能力者」と呼んだ。
しかし、だからといって、社会は彼に甘くはなかった。勤務態度の悪さと、社内の人間関係の悪さから、彼は会社をクビになった。
この時の経験が、彼に反社会的な思想を植え付けたのだと思われる。
その後、職を転々とするが、うまくいかない。行く先々で、彼は上司や同僚から疎まれ、気味悪がられ、クビになるか退職へと追い込まれた。
彼のずば抜けた能力を認める者は誰もいなかった。
余城はその後、ハッキングやオレオレ詐欺などを行う犯罪組織に入った。余城はハッカーとしてその手腕を発揮し、大手銀行のコンピューターに侵入しては、他人の銀行のカード情報を盗み出し、口座から現金を抜き取っていった。
「奴はまるで、ネットワークを意のままに操れる――そんな手をもっているようだった」
当時の組織の関係者は余城についてこう振り返る。
しかし3年前に、仲間の失態により、組織は壊滅に追い込まれてしまう。
余城以外の全員が逮捕される中、彼はひとり逃げ、故郷へと帰ってくる。しかし、誰も彼の帰郷を喜ぶ者はいなかった。
追いつめられた余城は、湖へと入水自殺を図る。一命は取り留めたが、彼は精神が崩壊し、以前のようなハッカーの技術を失ったどころか、まともに話すことさえできなくなってしまった。
彼は現在、地元の精神病院でひっそりと暮らしている。
社会の荒波に翻弄された挙句、自らを闇に葬ってしまった天才ハッカー。果たして、悪いのは彼だけなのだろうか。もしかしたら、この社会全体のシステムや考え方が、彼のような人間を生み出した一因になっているのかも知れない――




