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第一章・4 (1)

 4



 この日、早苗はノートパソコンを持参してきた。

「先日の課題ができたんです」

 彼女はそう言って、膝の上にパソコンを置き、それを開いた。

「まずは、これを見てもらえますか」

 早苗は凜にパソコンのディスプレイを見せた。

 凜は画面を覗きこむ。映っていたのは日本の全景を映した地図だった。そして、地図のいたるところに、赤い点が打たれている。その点は、凜たちが住むこのK県を挟んだ3県に集中しており、他の地域ではまばらだ。

「――これは何のデータだい」

 凜が尋ねると、早苗は自信ありげに答えた。

「先日の課題の内容そのままの結果です」

「失踪者の住んでいた地域?」

「はい。私はまず、先生の奥さんがしたように、全国各地での失踪事件のニュースをインターネットや新聞を使って調べてみたんです。ただし、ここ数ヶ月ではなく、過去5年にわたって。すると、去年、おとどしの報道の数が、それ以前の3倍以上に跳ね上がっていました」

 早苗はA4サイズの紙を1枚、凜に差し出した。そこには、過去5年間のデータが記載されていた。

「――確かにそうなっているな」

 早苗は話を続けた。

「そこで私は、過去2年間に限定して、失踪が発生した場所の分布図を作ってみました。それが、このデータです」

 早苗はパソコンを指さす。

「――その結果、この辺りに行方不明になった人が集中していた、と」

「そうです。私たちのいるK県、お隣のS県とO県に集中して、それらの付近の地方にもまばらに飛散しています」

「このデータの示す意味は何だろう?」

 凜は呟いた。早苗は地図を拡大した。失踪事件を示す赤い点の分布が、より詳しく表示された。

「この分布図をよく見てください。私、これに大きな特徴があることに気づいたんです」

「大きな特徴――?」

 凜は画面を食い入るように見つめた。はっ、とひらめく。

「なるほど。水の流れとほぼ一致しているのか」

「そうです」

 と、早苗は大きく頷いた。

「S県の中心部には大きな湖があります。その水は河川を流れ、私たちの住むK県を通って、O県南西の沿岸から海に流れ込みます」

 S県に位置する湖は、この地域の水瓶と呼ばれるほど、人々の生活に密着している。この地方の多くの人々が、この水を生活水として利用している。そして、失踪者の分布は、この湖とそこからつながる河川の付近に集中し、その周囲にも散在していた。

「湖と河川、失踪者には大きな相関関係があることは確かなようだ。しかし、このふたつをつなぎ合わせるものは何だろう?」

「それについても調べてみました。注目したのはここです」

 早苗は人差し指で湖の北端のあたりにある赤い点をさした。

「失踪者の分布は、ここを起点に始まっています」

「確かに、そう見えるね」

「私は、この辺りに、一連の事件の発端があるのではないかと思いました。そして、こないだ先生がおっしゃっていた、ネットが原因ではないかという可能性――、このふたつを視野に入れて調べてみたんです。そしたら、興味深い人物に行きあたりました」

「その人物とは?」

「これです」

 早苗はさらに紙を1枚、凜に差し出した。それは、雑誌か何かの記事をコピーしたものだった。『社会に葬られた天才ハッカー』という見出しがでかでかと書かれている。

 凜は記事の本文を軽く目で追ってみた。ある人物の名前に目が止まる。

「――余城 峡一?」

「そうです、その人です。S県のこの辺りで生まれて、今もそこに住んでいるそうです」

 どんな人物なのだろうか――凜も興味が出てきた。彼は、記事のコピーをひらひらさせて早苗に言った。

「これ、もらってもいいかい? 後でじっくり読みたいんだけど」

「もちろんです」

 早苗は快諾した。

「それにしても、この短期間でよくここまで調べたね」

 素直な気持ちだった。ひとりでここまで情報収集し、それをまとめて検討することは、そうそうできることではない。そういえば彼女は、凜が担当しているゲノム学講座のテストでもかなりの好成績を収めていた。相当優秀な学生のようだ。

「頑張っちゃいました。でも、本当のことを言うと、ハッカーの記事はたまたまコンビニで買った雑誌に、載っていたってだけなんですけどね」

 早苗は凜に向かってはにかんだ笑顔をみせた。


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