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第一章・3 (3)

 しかし、失踪者たちの共通点はなかなか見つけられなかった。

 失踪者たちの年齢、職業、失踪した日付はばらばらであり、インターネットで名前を検索し、当時のニュース記事を読み返してみても、住んでいる場所も異なり、人知れず忽然と消えたということ以外に共通していることは見出せそうにない。

 宗教団体など、組織が関与している可能性についても考えてみた。しかし、川上と中原をはじめ、学内の失踪者について検証してみても、彼らが共通して所属しているような組織は、大学以外にはありそうになかった。

(何か手がかりになりそうなものはないものか――)

 凜は頭を悩ませていた。そこへ、来客を示すインターホンが鳴った。

「はーい」

 と、愛稀が相手に聞こえるはずもないのに声をあげた。台所から出てきて、リビングの壁に掛けられた受話器を手に取る。

(こんな時間に誰だ?)

 凜は時計を見た。夜の8時を回っている。誰かが訪問するには少し遅い時刻といっていいだろう。

「はい……はい……」

 はじめ快活だった愛稀の返事が、徐々に声のトーンが下がっていく。どうしたのかと凜はかのじょの方を見た。

 愛稀は「少しお待ちくださいね」と応えた後、受話器を壁のホルダーに戻し、神妙そうな面持ちで凜を振り返った。

「凜くん、警察だって」

「警察? どうして」

「少し話を聞きたいっていうの。凜くんも一緒に出てくれないかな」

 凜と愛稀がドアを開けると、玄関の前にスーツ姿の中年男性が2人立っていた。手前の男が背広の内ポケットから手帳を出し、見せた。

「夜分遅くにすみません」

「どのようなご用件でしょう?」

 愛稀がおそるおそる尋ねると、刑事が説明を始めた。

「実は、お隣の佐原さんについてお伺いしたいのです」

「佐原さん? そういえば、最近お見かけしてないですけど……」

 愛稀は言った。凜の一家の住む部屋の隣には、佐原という夫婦が住んでいた。

「家族から捜索願が出されていましてね。ここ1ヶ月ほど、連絡が取れないそうです」

「えっ?」

「それで、佐原さんの所在について、何か心当たりはないかと思いまして」

「いえ、さほど親しかったわけではないですから」

「――旦那さんは?」

 刑事は凜にも話を振った。

「僕も知らないです」

 凜の答えも愛稀と同様だった。

「分かりました。お時間を取らせてすみません。また、もし何か思い出しましたら、ご連絡ください」

 と言い残して、刑事らは去っていった。

「凜くん――」

 愛稀が心配そうな顔で凜を見た。

 彼女の気持ちが凜にも分かる気がした。失踪事件の波がとうとう自分たちの住むマンションにまで押し寄せたのだ。事態を解決しない限り、自分自身がその当事者になるかも知れないという不安が今後常につきまとうことになる。

「パパ、ママ、どうしたの?」

 玄関口でたたずむ両親に、真綾が尋ねた。

「何でもないよ。さ、そろそろ寝ましょうか」

 愛稀は笑顔を取り繕って、真綾を寝室へと連れて行った。

(何とかしなければ)

 彼は思った。迫りつつある脅威から、何としても妻と娘を守らなくてはならない。

(何か――何か解明のヒントが欲しい)

 凜はこれまでよりも増して、頭をフル回転させた。そして、はたと思い出した。

(そういえば、佐原さん夫婦の職業はネットプログラマーだった)

 ネット――その言葉に一連の事件の謎を解く鍵が隠されているのではないか。凜はそんなふうに思った。

 情報化社会と呼ばれる昨今、パソコンの高性能化が進み、インターネットを通じて世界中の情報を仕入れることができるようになり、テレビでさえデジタル放送となった。何者かが、ネットを通じて、人々に働きかけたという可能性も考えられなくはない。

(しかし――だとするならば、失踪者はパソコンに深い関連をもつ人ばかりでなくてはならない)

 彼は一旦その説を否定した。愛稀の調べてくれた失踪者のリストには、ネット関連の職に就いているなど、パソコンに近しい人はむしろ少なかったはずだ。やはり事態はネットとは無関係なのではないかと思った。

 しかし、すぐに彼はまたその考えを翻した。

(いや、そうじゃないぞ。今や、情報通信は人々の生活に密着している)

 現代の世の中では、ネットという言葉が示すように、無限といっても過言ではない量の情報が網の目を作り、我々の生活に密着している。今や、この日本でそれに触れたことがない人を探す方が難しいだろう。

 やはり可能性としては十分考えられるのだ。

 もちろん、現段階ではただの仮説の段階であって、必ずしもそうであるという確証はない。現実離れしているのでは、という思いもある。

 だが、そうであったとしても、動き出さなければ何も変わらない。



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