第一章・3 (2)
ノートを見せた際の早苗の反応は、まさに予想通りであった。
行方不明者のリストを一心不乱に眺めている。彼女も、ここに川上の失踪のヒントが隠されていると予想したに違いない。
「これ、先生が調べたんですか?」
驚いた顔で彼女は訊いた。
「いや、僕の妻が調べてくれたんだ。でも、どうして?」
「いえ――よくまとまってるな、と」
「だろ? 僕もとても助かった。僕は今まで学内のことしか見ていなかった。それを学外にまで範囲を広げて考えたのは、さすがだよ」
「奥さんのこと、信頼してるんですね」
早苗は寂しげな声で言った。
「頑張ろう。川上くんの居所を探すための、第一歩を踏み出せたんじゃないか」
凜は早苗を励ますように言った。早苗は上目遣いで凜に微笑んだ。
ふいに、コンコンというノック音がした。少しの間の後、部屋の扉が開く。
「やっほー、凜くん」
顔を出したのは愛稀だった。部屋に入るや否や、室内にいた女子学生に、一瞬彼女の表情がこわばったのを早苗は見逃さなかった。
「あれ、面談中だったかな?」
少しきまりが悪そうに、愛稀は呟く。
「愛稀、どうしたんだよ」
凜は思わず椅子から立ち上がった。愛稀がなぜやって来たのか、理由が分からなかった。
「メール送ったけど、見てなかった?」
「――メール?」
「今朝、凜くんお弁当忘れていったでしょ。届けに行くって、メールしたんだけど」
スマートフォンを見ると、確かに彼女からメールが届いていた。弁当を持たずに家を出てしまっていたことを今になって気づいた。ノートを早く早苗に見せたくて、つい気持ちが焦ってしまっていたのだ。
「すまない。ありがとう」
凜は愛稀から弁当箱を受け取った。
「この子、あなたの研究室の学生?」
愛稀は早苗について尋ねた。
「いや、別の研究室の子。行方不明になったうちの学生の友人で、新川さん」
「そうなの。こんにちは、新川さん」
愛稀はにこやかに挨拶をする。一方で、早苗は少し緊張した面持ちで、彼女に会釈をした。
「それじゃあ、もう行くね」
「もう行くのか。一緒に昼を食べていかないか」
「ううん、家に洗濯物が溜まってるの。早くお洗濯しなきゃ、凜くんの着るものがなくなっちゃうよ」
じゃあお仕事頑張ってね――と、愛稀は凜に手を振って、准教授室を去っていった。
「先生、愛されてるんですね」
早苗が羨ましそうな声で言う。
「そうかな。でも、とてもよくしてくれるよ」
あまり意識していなかったが、言われてみると自分は確かに幸せ者だと思えた。そして、早く早苗にも、幸せな日々を取り戻して欲しいと、心から思うのだった。
「さて、これからどうしていこうか」
凜は本題について切り出した。川上の所在を突き止めるためにすべきことを、これから話し合って決めていくのだ。
「提案があるんですけど、いいですか」
「何だい」
「先生の奥さんがまとめてくれたこのノートの内容を、もう少し詳しく調べたらどうかと思うんです。例えば、この人たち同士につながりはあるのか、どこでいなくなったのか、他にも同じような失踪事件がないかどうか、など」
「より詳細な情報収集か――確かに必要かも知れないな。で、君は何から始める?」
「まず私は、この人たちが失踪した場所を詳しく調べてみようと思うんですけど」
「分かった。なら僕は、このノートに書かれている人たちにどんな共通点があるのか、調べてみよう」
「お願いします」
ふたりは新たな一歩を踏み出そうとしていた。




