Case. 1
(また今回もダメだろうな……)
赤信号で立ち止まっている間に安浦 直樹は考えた。
先ほどの中途採用面接の結果は、さんざんだったと言っていいだろう。面接官たちは終始自分を小馬鹿にしたように見ていた気がするし、自分も相手の態度に圧倒されてしどろもどりになってしまった。
前の会社を辞めてからもう3年になる。必死で頑張ったが周囲からはまったく認められず、上司からはダメな奴だと言われ続け、同僚からも蔑んだような目で見られる。それで嫌気がさし、結局その会社は辞めてしまった。
退社後は親兄弟が早く次の就職先を見つけろとうるさく、しぶしぶハローワークに登録し、いくつか面接を受けてはみたが、いずれも不採用。
今日は何度目の面接になるだろう――と考えると、ほとほと嫌気がさしてきた。
信号が青に変わると、スクランブル交差点は大勢の人間で埋め尽くされる。上空から眺めてみれば、まるで方々にうごめく虫の大群のように見えるのだろう。しかしそんな中でさえ、安浦は自分が歩きだすのが遅れてしまった気がしてならなかった。俺はこいつら虫以下なのか――そう思うとやるせない気持ちになってくる。
俯いたまま歩いていると、前にスーツ姿の男が立ちはだかった。立ち止まって顔をあげると、男は不機嫌そうな顔で安浦から目をそらし、歩き去っていった。
安浦は無性に腹が立った。
(ちくしょう、何でお前みたいなカスが就職していて、俺が就職できないんだ)
なぜ世の中はこの俺を認めてくれないのか。
数年前、街なかに乗り込み、ナイフで大勢の人間を殺傷した事件があったが、その犯人の男の気持ちが安浦には分かる気がした。犯人はとにかく許せなかったのだ。自分を認めないこの社会が、自分をないがしろにする連中が。
ふと見上げると、ビルの巨大モニターにニュースを読み上げる女性キャスターが映っていた。安浦の顔がにやけた。そのキャスターは安浦の好みのタイプだった。夜、何度お世話になったか分からない。
(今度はどんなプレイをしてやろうかな)
想像するだけで、股間がうずいてくる。これは、彼の密かな復讐でもあった。成功している人間を自分の内面で征服することで、日ごろの劣等感を解消しているのだ。
急に映像が、女性キャスターから切り替わった。ちっ――と安浦は舌打ちをした。もう少しあの顔をアタマに焼きつけておきたかったのに。
しかし、そう思った直後、安浦はその映像に釘づけになった。これまでの劣等感や絶望感が、希望や幸福感へと変わってゆく。モニターから降り注ぐライトが、まるで自分だけに降り注がれているようだ。
安浦は、煌々とした光を浴びながら、先ほどとは正反対の満足そうな笑顔を浮かべた。
それ以後、安浦の姿を見た者はいなかった。