なぜ自分は書くのか。
(一)現状
今さら説明するまでもないことだが、私はアマチュアだ。今まで書籍化した作品もなければ、その様なお話をいただいたこともない。
コンテストで今まで得た戦果と言えば、掌編の「茉莉花」が今は無くなったコスモス文学賞*1の奨励賞、エブリスタのコンテストで掌編の「行き違い」が入賞してAmazonのギフト券三千円分(これが今まで貰った唯一の原稿料だ)を貰ったことくらいだ。
どちらも何年も前の話だし、今も覚えているのは作者の自分だけだろう(そもそも、自分にしたところで同じコンテストで同様に入賞した人たちはもちろん大賞を取った作品のタイトルと作者名すら覚えていないのだから)。
後は短編の「元旦に生まれて」がカクヨムコンで中間選考を通過したことも挙げられるが、むろん受賞したわけではなく、一般には落選した無名の作品の一つに過ぎない。
エブリスタで短編の「賊星」が特集に取り上げられたこともあるが、これも次の特集が出る頃には作者以外は忘れている類のものだ(しつこいようだが、自分も同じ特集で掲載された他の人の作品は思い出せないし、毎回の特集で紹介されている作品と作者名を覚えてもいない。特集で興味を惹かれた作品は読むが、特に関心を覚えなかったタイトルは作者名を含めて全く頭に残らない)。
複数のサイトに投稿しているが、どこでもランキングの上位に載るような書き手ではない。
「筆歴は長いが、一向に芽の出ない、うだつの上がらない底辺作者」
自分が物語の登場人物なら、そんな紹介文が付くだろう。
「趣味で小説を書いているオバサン」
もっと身も蓋もない言い方をすればそんなところだ(私はこの四月で四十三歳。一般には中高年だが、女性をとにかく早くから年寄り扱いしたがるこの国では『オバサン』どころか『ババア』とすら罵倒されることも多々ある。ただ、自分は同世代や下手すれば本人よりも年下の女性に向かって『オバサン』と嘲笑する男性は子供の頃から嫌いであった。あれほど男性本人の老醜を感じさせる振る舞いはない)。
結局のところ、私は結局、趣味で自分と数少ない読んでくれる人(少ないからこそ貴重さが分かります)のために書いているとしか言いようがないだろう。
手がけている作品自体もWeb小説のトレンドに合っているものとは言えない。
自分は長い文章系のタイトルは
「昔の中国の章回小説の章題がそのまま作品名になったみたいだな」
と感じてあまり読みたいと思えないし、自分で書きたいとも思えない(ちなみに中国の章回小説は作品名になると『紅楼夢』『海上花列伝』などシンプルなものがデフォルトです)。
ミステリーはまず有名どころでも殆ど読んでいないし、従って書くだけの素養もない。
拙作では中編の「君に花を葬る」が辛うじてミステリーに分類されるだろうが、トリックなどと呼べる様な凝った仕掛けではない。
中華物は書いているが、薬や食事に対する知識がサッパリなのでそうした作品も書けない(無理に書いたところで先行作品の何番煎じのような稚拙で退屈な代物にしかならないでしょう。ちなみに『薬屋のひとりごと』は『小説家になろう』まだ作者の日向夏さんがうりぼうさんと仰っていた頃に拝読していました)。
ゲームもやっていないので「トラックに轢かれて亡くなった後に生前楽しんでいたゲームの世界に転生する」という設定で書くのも厳しい(『ステータス』『スキル』と目にして私が浮かべるのは現実的な生活に根差した地位や技術である)。
「胡蝶之夢」はヒロインが夫の楽しんでいるゲームの世界に転移する話ではあるが、そこで無双する展開ではない。
史実として呉王夫差は敗死して館娃宮は落ちるのであり、その宮女の一人になったヒロインが歴史を変え得ることはない。
夫差と西施の最期は直接には描いていないが、北周も翰児も戦いの犠牲として命を落とす。
ヒロインは徹底して非力な存在である。
夢の無い話だが、私は戦争は結局、無名の民の屍で山を築くものであり、いざとなれば自分もそうした無名の民の一人に過ぎないのだと考えている。
ちなみに劇中の「呉越無双」は架空のゲームで筆者の夫が一時期よく遊んでいた「三國無双」にヒントを得たものである。
(二)これまでの創作歴
私が小説を初めて書いた、というか、書こうとしたのは中三の時だ。
「千夜一夜物語」の語り手のシェラザードとシャハリヤール王に興味を覚え、シェラザードの視点で孤独なシャハリヤール王に最初は恐怖を抱いていたのが次第に愛情を抱く物語を描きたいと思った。
カテゴリーとしては二次創作である。
まだ男性とお付き合いしたこともない中学生には手に負いかねるテーマだった上に、今に至る自分の悪い癖で未完成だ。
高校時代は文芸部に籍は置いたもののちゃんとした分量の作品を書くには至っていない。
大学に入ってから張國榮と鞏俐の「花の影」にヒントを得た「罠」という掌編を書いた。
これが「美人計」の原型で自分としては初の完結小説だ。
私の中で自分の処女作といえば「美人計」である。
「茉莉花」「竹を取る」「東風吹かば」といった掌編も基本的には学生時代に書いたものだ。
それからも基本的には掌編ばかりで一万字以上の分量の完結作品は出せずにいた。
転機が訪れたのは「小説家になろう」の読者間での交流イベントだった。
「童話パロ」こと有名な童話のパロディを書こうとの企画である。
結婚して長女が生まれ専業主婦になった私は、夜に赤ん坊を寝かし付けた後は取り憑かれた様に連日パソコンに向かった。
こうして完結したのが「天鵝の裳」、文字数にして一万五千字の中編である。
これは「羽衣天女」を古代中国に舞台を移し替えた改作である。
舞台となる山岳地帯の風景は中国映画「山の郵便配達」(こちらの舞台は飽くまで現代中国だが)にヒントを得た。
また、男主人公の日生も同映画で郵便配達の青年を演じた劉燁がモデルの一人である。
ヒロインの綸裳は同映画で少数民族の侗族の娘を演じた陳好と「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」の王祖賢にヒントを得た(ただし、この二人はいずれも非常な美人ではあっても決して似てはいませんし、作中のキャラクターの風貌も敢えてどちらにも寄せていません)。
むろん、これは飽くまでユーザー同士の交流企画に参加したものであり、コンテストで入賞したといった話ではない。
それでも、一万字以上の作品を書き上げることが出来たという達成感があった。
あの企画には今も感謝している。
改めて観てみると、自分の作品には先行作品のオマージュやパロディといった要素の強いものが多いようだ(ただし、『美人計』の男主人公はさておきヒロインに関しては『花の影』に完全に一致するキャラクターは出て来ない)。
だが、一万五千字の「天鵝の裳」も書き上げたことで飽くまで自分比較でだが幅が広がったように思う。
次に二万五千字で完結作品の最多文字数を更新した「消失点のピエロ」は実際の事件を基にしたサスペンスである。
日本社会に怨念を抱くフィリピン・ダブルの不良少年がより幼い男子中学生を仲間に引き入れ、最後は殺そうとする。
モデルになった事件は当時は加害少年のみならず、その家族への猛烈な非難を日本社会に引き起こした。
拙作では飽くまで被害少年の視点から描いたが、作者としても精神的に苦しかった。
「私は所詮、亡くなった子とは会ったこともないし、ご遺族の知り合いでも何でもない」
「無名の素人の作品に過ぎないけれど、もし、ご遺族がこの作品を読んだらどのように思うだろうか」
「自分があの子の母親なら我が子の事件をこんな風にネタにされたいだろうか」
「亡くなった子をこういう形でオモチャにして二次加害しているのでは」
「私が勝手に苦心して書き上げたところで死んだ彼が生き返る訳でもない」
ずっと葛藤しながらの執筆であった(付記すると、作中人物の家族構成などは実際の事件当事者とは異なります)。
この作品は構成(エピソードの時系列を逆行させている)を含めて非常な難産となった。
次に総文字数四万字で初の完結長編になった「ティミショアラ、薫って。」はエブリスタのコンテスト向けに書き上げた作品であった。
そもそもが「行ったことのない土地に妄想で旅行した作品を書こう」というコンセプトだったので、以前から興味があるが訪れたことはないルーマニアを舞台に選んだ。
首都のブカレストではありがちなので革命発端の地になったティミショアラにした。
ヒロインは筆者本人ではなくルーマニアダブルの女性として、姓名はルーマニア語翻訳家の住谷春也氏と「白い妖精」ことナディア・コマネチ氏に肖って「住谷ナディア」とした。
これは抑圧的な体制に翻弄されたある一家の物語である。
コンテストの結果は選外だったが、ルーマニアの現代史をテーマにした作品を書き上げることが出来た点で作者としては充実感が得られた。
それからは一万字から三万字程度の完結中編が増えた。
恐らく自分にとってはこのくらいの尺が無理せず完成させられる最適解的な分量なのだろう。
今まで完結させた中編を全部集めれば厚めの本一冊は出来る。
だが、十六万字の「The female――絆は捩れて」を書き上げた時には不思議な安心感を覚えた。
「今、私が事故や急病で死んでも、この一作で一冊の本が作れるだけの作品が残せた」
「死後に誰か奇特な人が現れて私の作品を本にしてくれるとしてもこの一編だけで形になるのだ」
と。
むろん、コンテストに入賞した訳でもなければ書籍化のオファーが来た訳でもないのにこんなことを思うのはおかしいとは冷静な頭では判る。
だが、ネットの誰にでも見える場所にこの完結長編があることで自分という人間が生きた証というか爪痕を残せたと思えるのだ。
一銭のお金にならなくても、賞など端から縁がなくても、私が書き続けるのはそのためである。
*1 Wikipedia「コスモス文学の会」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%82%B9%E6%96%87%E5%AD%A6%E3%81%AE%E4%BC%9A




