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「友チョコ」の時代

 二月十四日のバレンタインデー。小学生の娘二人はそれぞれ学校や習い事のお友達から手作りのチョコレートを貰って帰ってきた。「ともチョコ」だという。

 今の少女たちにはバレンタインデーは気の合う女の子の友達同士でチョコレートを贈り合う日のようだ。

 私が少女だった三十年前、というより成人して交際する相手も出来た二十年前辺りまでは、バレンタインデーが「女性が恋人または恋愛感情を抱いている男性にチョコレートを贈る日」、ホワイトデーが「バレンタインデーにチョコレートを貰った男性が女性にお返しのクッキー等(こちらに関しては必ずしも特定の菓子に限定されていない)を贈る日」とされていた。今も中高年以上はそんな認識の人が多いことだろう。

 むろん、その頃でも「義理チョコ」こと職場の上司や同僚、クラスメイトなど恋愛感情の無い男性にもチョコレートを贈る行為は恋愛感情を抱く男性への「本命チョコ」と並んで認められていた。

 職場でも女性職員たちがチョコレートを買って男性職員たちに配る、一種の季節の贈答品として扱う慣習の所もあったようだ。

 コンテンツでも、いわゆる非モテの男性が

「義理チョコしか貰えなかった」

あるいは

「義理チョコすら貰えなかった」

と嘆く場面が描かれるのがこのシーズンの風物詩であった。

 しかし、この「義理チョコ」も飽くまで「女性が男性にチョコレートを贈る」ものとして限定されており、それ故にコンテンツで描かれるような「贈られない非モテ男性の悲嘆」に繋がっていたのである。

 むろん、「本命チョコ」という恋愛絡みのプレゼントが主流である以上、女性側にも

「好きな男の子に告白してチョコレートを渡そうとしたのに断られた」

といった痛嘆はフィクションでもリアルでも多々起きた。

 自分の場合は幸か不幸かチョコレートを渡そうとした相手から拒絶される経験は無かった。

 だが、もしそんな事態が起きたら、その後はチョコレートという好物自体にも「失恋の痛みを思い起こさせるもの」というネガティヴなイメージが少なからず纏わりついただろうと思うし、バレンタインの「本命チョコ」の慣習の結果、世間にそうした人は一定数出ただろうとも思う。

 これは手作りの材料を含むチョコレートを売る側としても損失ではないだろうか。

 ちなみにバレンタインデーにチョコレートを贈り合う慣習は日本だけだそうで、

「あんなものは菓子屋の陰謀」

と冷笑する声は「本命チョコ/義理チョコ」の時代にもあった。

 実際、統計でも二人以上の世帯家計の支出でチョコレートへのそれが一番多いのはバレンタインデーのある二月であり、二〇一九年では一五五四円。これは一番少ない八月の三八一円の実に四倍以上の額である*1

 バレンタインのチョコレートはクリスマスのケーキに並ぶ製菓業界の主砲と言えよう。

 そこには以前の稿でも述べたようにチョコレートは熱に溶けやすい性質から夏場は避けられる傾向が強いので冬から春に切り替わるバレンタインの時期に売り込みを掛けたという事情もあるように思う。

 こうした産業的なカラクリは大人になった私としても感じなくはないし、「友チョコ」が主流になったのも、

「女性から男性に渡すより親しい友人、特に女友達同士で贈り合うプレゼントにシフトした方がチョコレートをより安全かつ大量に売れる」

という売り手の商業的な判断が契機ではないだろうか。

 なお、冒頭でも「女の子の友達同士」と書いたが、娘たちに聞いてもバレンタインデーに男の子がチョコレートを手作りするなり買うなりして渡す場面は見たことが無いようで、依然としてチョコレートを用意して贈る主体は女の子であるようだ。

 少子化のためバレンタインでチョコレートを買う、手作りする主要な層である女児や若い女性は私がそうだった頃より格段に減っている。

 基本は一つしか買わない、作らない本命チョコよりも

「仲良しグループのあの子にもこの子にも作って渡そう」

「友達同士で送り合おう」

という「友チョコ」にシフトしなければバレンタインのチョコレートの実質的な売り上げは落ちる一方だろう。

 そもそも返礼のホワイトデーも含めて「基本は恋愛感情のある男女間でしか贈り合ってはいけない」という慣習自体、同性を恋愛の対象にする人たちやそもそも恋愛感情を抱けない人たちを前提として排除しており、差別的であるとも言える。

 そうした人たちの認知や権利向上に目が向けられた昨今の情勢に鑑みても、「友チョコ」への転換は妥当だと言えよう。

 それはそれとして、娘たちが貰った「友チョコ」に関しては

「ホワイトデーにくれた子たちにお返しをしよう」

という話になった。

 母親の私としてはお菓子作りが自分としても不得手、不慣れであり、また他所のお子さんの口に入れる物としては衛生面でも既製品を買って返すのが無難であるように思えた。

 しかし、小学二年生の次女は

「せっかく手作りのをもらったのだから私も手作りのを返したい」

「お友達は私のためにわざわざ作ってくれたから私もそうしないと」

と主張している。

 どちらが「友チョコ」のお返しとしては適切なのだろうか。


*1 nippon.com「季節食品:チョコレートの支出はバレンタイン前の2月前半に集中」

https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00650/(参照 2025-2-17)

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