「キヨハラくん」の肖像(六)清原氏と落合氏の明暗
さて、今回、清原氏の逮捕を受けてネットを検索する過程で、清原氏のPL学園の後輩で中日ドラゴンズに在籍した立浪和義氏が「ミスター・ドラゴンズ」と呼ばれており、また、彼が通算二塁打数の日本記録を持っていることを改めて知った。
「かっとばせ! キヨハラくん」にもKKコンビの後輩で中日の若手選手として顔出ししていたので、立浪氏の名前とドラゴンズの主力選手であることは漠然と知っており、また、「梅宮アンナと不倫してるとかいう噂が週刊誌のゴシップ記事に出たのは多分この人だ」くらいの認識はあった。
しかし、彼が野球人として特筆すべき記録保持者であることも、かつ、中日ファンの中でそんなにも親しまれている存在であることも、清原氏絡みで検索するまで知らずにいたのである(前述の不倫ゴシップも相手の女性タレントの方がメインの扱いだったので立浪氏の名前は漠然としか記憶されていなかった)。
画像検索して本人の顔を確認しても、「こんな顔の人だったかな?」という感じだ(実際、さほど特徴ある風貌ではない)。
率直に言って、立浪氏については「『キヨハラくん』にも出てくる、特に目立った個性は与えられていない後輩」というイメージで止まっていた。
更に言えば、「清原氏が落合氏を痛烈に批判した」と二人の名が冠された記事の中に、「高校の後輩で親交のある立浪氏を落合氏が冷遇したので清原氏が激怒した」という文脈で彼の名前が新たに浮かび上がり、そこから改めてリサーチしたのが真相だ。
もちろん、これは立浪氏が存在感を発揮して活躍する頃には、自分がそこまでプロ野球自体に興味を持って見なくなっており、球界の中での位置付けを見落としていたせいである。
だが、野球にさほど興味を持っていなくてもメディアを通してその動向を聞き知る機会の多い落合氏や清原氏に対して、立浪氏はどうしても地味な印象が否定できない(二塁打数の記録にしても、ホームラン数や安打数に比べると、明らかに限定的で地味な位置付けのものだろう)。
というより、落合氏や清原氏は良きにつけ悪しきにつけメディアでは同時代に活躍した野球人の中でも別格に扱われ続けてきたのだ。
さて、引退後の清原氏が公然と批判した野球人には、何かと因縁のあった桑田氏や巨人時代の監督だった堀内恒夫氏等、明確な利害関係のあった相手の名前も目立つ。
しかし、落合氏に関しては一度も同じチームに所属した時期はなく、しかも、互いの現役時代はまるで住み分けを図るかのように異なるリーグで活動していた(二人が同じリーグにいたのは、清原氏が西武ライオンズのルーキーで落合氏がロッテ・オリオンズに所属した最後の年である一九八六年のみ)。
強打者として良く比較されることはあっても、同じチームに所属する選手として現実的な利害が衝突したことはなく、また、清原氏の巨人移籍に伴って落合氏は日本ハムに去る等、衝突を事前に回避する方向に動いていたようにも見える。
しかも、前述したように引退後の落合氏が指導者及び管理職を務めたのは中日ドラゴンズであり、清原氏にとっては一度も所属したこともなく、プロ野球の中では縁の薄い球団であるはずだ。
後輩の立浪氏との関わりはあるにせよ、野球を離れた落合氏の私生活まであげつらい、名誉毀損で訴えられかねないような人格攻撃を繰り返した清原氏の行動には一抹理解しがたいものがある。
加えて、かつては敬意を寄せた相手に公然と罵詈雑言を投げつける行為にも痛々しいものを覚える。
ネットでは「清原氏は暴力団に脅されて落合氏の中傷をしたのではないか」と推測する記事も逮捕後に出ているが、球界の中にいた落合氏と外に置かれた清原氏で断絶していたのは確かだろう。
それはさておき、清原氏の落合氏批判には、相手を通して現役時代の自分までも否定するかのような、自傷行為めいた危うさも感じられる。
特に、
「巨人から日本ハムに移籍した際、高額の報酬で契約しておきながら、見るべき戦果も残せずに現役生活を終えた」
「日本ハム時代は三億円のぬいぐるみがベンチにいると当時は笑い者になっていた」
という嘲笑は、巨人からオリックスに移籍した清原氏本人も散々浴びせかけられた性質のものであり、本来は自分が受けて苦痛だった言葉を相手に向けて発している印象を受ける。
大体、その批判がなされた時点での落合氏は既にドラゴンズの監督として優秀な成績を残してGMに就任しており、現役時代の不調を補って余りある立場だったと言える。
指導者になった人には選手時代は落合氏よりずっと劣っていた人もたくさんいる。
むしろ、落合氏を上回る人の方が少ないはずだ。
また、名選手と言われる人でも指導者になれば振るわない場合もある。ジャイアンツ監督時代の王氏が良い例だ。
清原氏の冷笑は引退後に新たな実績を作った落合氏の位置付けを全く看過しているか、あるいは、故意に無視して相手の古傷の方を強調しようとしているとしか言いようがない。
次に、「現役時代は名打者である驕りから、所属先の若い選手たちに横暴な態度で接した」という批判も、ジャイアンツ時代に派手に変わった風貌と強硬な言動から「番長」と仇名された清原氏自身が繰り返し指摘されたものだ。
これに関しては「他の選手が酷い目に遭ったそうだ」という伝聞で語られており、清原氏が直接目にした事実ではない以上、誹謗中傷の域を出ない。
仮に清原氏の主張通り選手時代の落合氏が一部の同僚に心ない仕打ちを加えていたとしても、引退後も重用し続ける球団があったのであれば、評価上の致命傷にはなり得なかったということだろう。
「指導者になってからの落合氏は指揮下の選手たちの扱いに露骨な差別を設ける等、心ない行動を繰り返している」との清原氏の批判は、「自分ならばそのようにはしない」というアピールなのかもしれない。
だが、監督どころかコーチの経験すらない立場でその発言をしても負け惜しみじみた印象が拭えない。
「それならば、なぜそんなにも人格劣悪で球団の金食い虫にしかならない落合氏は次々重要なポストに就けて、清原氏には全くそのような気配がないのか」
「要は清原氏の方が落合氏よりもはるかに問題が多くて球界からは疎まれているんだろう」
と鼻白む読者の方が多いはずだ。
落合氏を批判する発言全体を俯瞰すると、
「破格のギャラをもらったくせに選手晩年は振るわなかった」
「三億円のぬいぐるみ」
「選手より高い年棒をもらって監督をしている」(筆者注:実際には巨人監督の原氏なども高額の年棒をもらっていることが複数のソースから確認できるので、落合氏だけが突出して高いわけではない。そもそも、名選手として知名度の高い人が監督に起用される場合、契約金は概して高額である。清原氏がその辺りの事情を知らないとは考えにくいので、作為的な誇張と思われる)
といった金銭や金額に結び付けた批判が多いことから、何より清原氏本人が高額の報酬や金銭的なステイタスに執着していたように思えてくる。
なお、清原氏のこの落合氏批判は二〇一三年の終わり頃に出たようだが、週刊文春による覚醒剤使用疑惑報道が出たのが翌二〇一四年春であり、秋には夫人との離婚も公表している。
落合氏の方は一家で毀誉褒貶にまみれはしたものの、夫人との婚姻関係は継続しており、長男の福嗣氏も無事に成人して結婚し、二〇一四年には孫も生まれている。
二人の息子がまだ幼い内に離婚し、別れて暮らす子供たちが成人を迎える前に逮捕された清原氏と比べると、落合氏の方が家庭に恵まれたと言える。
二〇一三年に出た落合氏への過剰なバッシングは、清原氏本人の私生活が既に行き詰まり、また、将来にも非常な不安を抱えていたために生じたものだったのだろうか。
清原氏の本当の怒りは、落合氏その人よりも、引退後の落合氏が球界の現場で指導者として受け入れられ厚遇される一方で、自分は謝絶され続ける状況にこそあったようにも見える。




