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物語の欠片

映画「世にも怪奇な物語」についての考察が中途半端なままですが、最近の心境を以下に記します。

「かけら」という言葉をWordで変換すると、「欠片」になる。


「欠けた片」と書くことからして、本来の全体は損なわれていることはもちろんだが、欠片自体も一個として通用しないイメージがある。


 小説で考えれば一章は間違いなく欠片であり、また、主人公を含む登場人物たちの一人一人も欠片というか、小説という大きな「家」を構成する釘やネジのような存在である。


 ただ、時として、ある作品に登場する人物の背景を考える内に、独立した別の作品が出来てしまうこともある。


 短編「美人計ツツモタセ」を執筆した際、ヒロインの莉莉リリについて、当初は「田舎出の少女が上海に出てきて身を持ち崩し、いつの間にか黒組織に加担するようになった」と設定した。


「美人計」自体は短編なので作品内で設定を掘り下げるに至らなかったものの、そこから、長編の「上海リリ」を構想するに至った。


 ちなみに「上海リリ」は現時点でまだ完成していないが、脇役として登場する花売り少年の鴉児ヤールについての設定を思案する過程で、短編「賊星ナガレボシ」の原型が出来た。


 しかし、これは飽くまで成功例である。


 以前、「蝶蛾」というタイトルで途中まで書いたものの、完成を見ていない作品がある。

 大まかな筋書きを記すと、以下のようになる。


「中学生の葉子は同じクラスで部活も一緒の美羽と表面的には親友でいたものの、彼女にコンプレックスを抱いていた。

 そんなある日、美羽の家を訪れ、彼女の弟の翔亮と知り合うものの、どこか自分を見透かしたような言動を取る幼い少年に対し、葉子は不気味なものを覚える。

 翔亮が集めた蝶の標本の中に青く光る羽を持つモルフォチョウを見つけ、葉子はその輝きに魅せられるものの、翔亮は『これは南米にしかいないんだ』と語る。

 夏休みに入り、葉子は姉弟と山に出掛け、三人は瑠璃るり色に輝く羽を持つ蝶を目にする。蝶を追いかけた翔亮は崖から谷川に転落し、葉子は咄嗟に美羽を同じ谷川に突き落としてしまう。

 美羽は死に、翔亮は奇跡的に一命を取り留めるが、誰も葉子を疑うことはなく、美羽の死は不慮の事故として処理された。

『助けてくれてありがとう』と素直に感謝する幼い翔亮の表情に安堵を覚える一方で、心に深い罪の意識を覚える葉子。

 数年後、大学生になり上京した葉子は、本当には誰にも心を許せずにいた。

 しかし、ドイツ人とのハーフである耀と知り合い、『蝶も蛾も同じschmetterlingシュメッタリングだよ』と笑う彼に固まっていた心が解けていくのを感じる。

 耀との恋愛に希望を抱く葉子はひたすら翔亮を避けるが、結局は過去から逃れられないと知る。」


 ヒロインの葉子の視点から話を書くのに行き詰まりを覚えたものの、作品や登場人物たちを放擲する気持ちにもなれず、いつの間にか脇役の耀の目線で物語を想像するようになった。


 まず、「蝶蛾」においての登場時点での耀は十九歳の青年に近い少年であっても、むろんそれ以前の幼少期を経ている。


 葉子と出会う以前の彼の物語の一場面が自然と出来上がった。


「僕が十一歳のとき、パパが日本に帰ったまま戻らず、ママが電話口で何事か激しい口調で話す姿をよく目にした時期があった。

 ひとしきりしゃべった後、受話器を叩きつけるように置くママの顔は疲れて蒼ざめていた。

 どうしたの?

 胸の中で問いかけの言葉がいつもこだましていたが、口には出せなかった。きっと、尋ねてはいけないことなんだ。

 ソファに一人腰掛けてテーブルクロスの解れたレースの織り目をじっと眺めているママの緑色の目からはそんな気配が感じ取れた。

 ――そう、私の方が後から出てきた人間だというのね。でも、お互いに隠し事はしないと約束したのは、貴方ではなかったかしら?

 ある雨の日の午後、学校から帰ってきて、僕はママがまるで受話器に秘密を打ち明けるようにひっそりと話す後ろ姿を見つけた。

 ママの背中は出窓が入ってくる日の光の陰になっていて顔は見えなかった。

 出窓は忘れられたように半ば開かれていて、強まる風がレースのカーテンを揺らしていた。雨に濡れた路地の匂いが音もなく流れ込む中、パパが日本に帰る前に買って窓辺に置いた鉢植えのゼラニウムが、真っ赤な花びらをはらりと落とす。

 それからは、二度とママが電話で捲し立てることはなくなった。

 そして、僕はパパの住む日本とママのいるドイツの間を行ったり来たりするようになった。」


 また、「蝶蛾」において、耀は彼の認識としては不可解な形で葉子に去られてしまうので、その彼の独白。


「クリスマス近くに、バイトで終わって駅で電車待ちをしている時に、向かいのホームに彼女が立っているのを見つけたんだ。

 真っ白なコートを着て、そして、彼女のお腹は大きな卵みたいにふっくらしていた。

 僕は動けなかった。その時の彼女の表情はよく覚えていないが、あの柔らかな髪の感じや撫で肩の辺りは、間違いなく葉子だった。

 そこで、電車が入ってきて、彼女の姿を掻き消した。我に帰った僕が向かいのホームに駆け込んだ頃にはもうどこにもいなかった。

 また、取り残された。後を追って、次の電車に乗り込もうかとも一瞬考えたが、やめた。同じ方向の電車にのったところで、どこで降りたのか分からなければ、なしのつぶてだ。

 ベンチにがっくり腰を下ろすと、次に入ってきた電車から降りた人の波が目の前を雑踏と共に次々通り過ぎた。」


「もう、いいかげん、思い切ろう。何度そう自分に言い聞かせたか分からない。

 彼女には他に相手がいたんだから。というより、むしろそちらが本命で、言ってみれば僕の方が浮気相手だったんだろう。そんな風に自分を扱った人間をいつまでも思い煩うのは馬鹿馬鹿しいと頭では分かる。

 彼女にとっての僕が通過点でしかなかったように、僕の中の彼女も過去の一部としてしまいこもう。

 普通はみんなそうするんだ。というより、自然にそうなっていくはずなんだ。僕だって、ゼルダのことはそんな風にして思い切った。今、エミールとの子供まで生まれたと聞いてももう胸が痛むことはない。二人が幸せでよかったと安堵すら覚える。

 それなのに、どうして葉子のことは一年経っても割り切れないんだろう。

 まだ一年、もう一年。どちらにせよ、僕は彼女にこだわり続けてきた。お腹の大きな彼女の姿を目の当たりにしても、父親である男と彼女の幸福を素直に願う気持ちになどなれなかった。

 僕と切り離された場所で、彼女が誰だか知らない男と幸せになる。

 顔も分からない誰かが、彼女に触れる。

 僕は葉子を服の上から抱きしめただけだった。唇も重ねただけ。それなのに、その体はもう、僕が一度も会ったことのない男を受け入れて、子供まで宿している。

 あんなにお腹が大きいということは、まだ、学生なのに中絶せずに産むことを決意したのだ。それだけ大事な男の子供なんだ。だからこそ、彼女は彼を取って、僕は切られた。

 こんな風に延々執着されたいなんて、彼女も望んでいないはずだ。というより、今の彼女が僕を意識に上せる瞬間が、一体、どれだけあるのか。

 きっと、彼女にはお腹の子とその父親以外はほとんど視野にも入っていないんだろう。顔も合わせる機会もなくなった男なんて、なおさらだ。」


 ノートに書き付ける内に自分も袋小路に迷い込んだ心境に陥った。この人物がここまで苦しむ必然性は本来ないと思ったが、かといって、彼が割り切ってドアの外に歩き出す心境を説得力を持って描ける気もしなかった。


 書き手の自分に無意識に鬱屈や憂鬱を好むところがあって、登場人物たちに理不尽な不幸を押し付けているのではないか。そんな思いも出てきて、余計に息苦しくなる。


 一個として完成されない物語の破片が次々突き刺さって、日の目を見ずに死んだ残骸ばかりが心の中に堆積していく。


 最近はずっとそんな心境です。

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