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夏至を過ぎて

 今年の夏至は六月二十一日だったそうだ。

 つまり、一年で「最も日の長い日」はもう過ぎてしまった。


 むろん、日照時間が長かろうが短かろうが、一日が二十四時間という原則は一年を通して変わらない。


 だが、人の本能的な心理として、夜が明ければ一日が始まったと思い、また、日が沈めば本来外で活動すべき時間が終わったと感じる。


 日照時間の長さは「人が内外で活発に行動すべき時間の長さ」と意識の上で直結しており、冬至から夏至までの日ごとに日が長くなっていく期間は何となく気持ちが上向くが、夏至を過ぎて日が短くなっていく過程にはどこか物寂しさが伴う。


「秋の心」と書いて「うれい」という字を形作るのは、夏の暑さが過ぎて涼しくなることも大きいだろうが、活動単位としての「一日」が短くなっていくことへの喪失感も作用していると思う。


 冬至には夜が一番長いことから生じる一種の安息感が漂うが、夏至の夕方には「太陽が頂点を極めて、後は凋落していくちょうど境目の日」という切なさも立ち上ってくる。


 フィッツジェラルドの代表作「グレート・ギャツビー」の中でも、ヒロインのデイジーが「私は一年で一番日が長い日をいつも心待ちにしていながら、その日をうっかりやり過ごしてしまう」と語る場面がある。


 この言葉を発するデイジーは華やかなパーティ生活に興じる、まだ若く美しい富裕層の女性ではあるものの、社会的には既に人妻であると同時に一女の母であり、ギャツビーと恋に落ちた少女時代は「もう彼と結ばれることは有り得ない」という意味でも遠い過去となっている。


「一年で一番日が長い日」つまり夏至とは、ギャツビーと結ばれるべきだった過去、あるいは希望に満ちていた娘時代の暗喩とも思わせ、示唆深い台詞だ。


 さて、日本では夏至においても日の出と日没が明確に存在するが、緯度の高い地域では白夜、すなわち太陽の沈まない日がある。


「終わらない一日」というか、「昨日」「今日」「明日」という明確な境目が視覚的に存在しない数日間である。


 ドストエフスキーの中編「白夜」では、白夜のペテルブルクを舞台に、純情な青年と可憐な少女の短い恋を描いている。


 白夜の街角で偶然出会った青年と少女の恋は、唐突に現れた少女の元の恋人の出現によってあっけなく終わり、つまりは主人公の青年は失恋の憂き目を見るわけだが、心優しい彼が少女とその恋人の幸福を祈る独白で終わっており、不思議と暗い印象を残さない。


 白夜の神秘的な明るさが、作品全体に希望や夢幻的な雰囲気を与えているのである。


 人の業を深く掘り下げた、端的に言えば徹底して暗い世界を描いたドストエフスキーのような作家にさえ、白夜の光景は希望あるものとして捉えられていた点は興味深い。


 二〇〇二年のハリウッド映画「インソムニア」は、白夜のアラスカを舞台にした作品だが、「不眠症」を意味するタイトルからも明らかなように、白夜の眠らない街を背景に、不眠症となって寂れた地をさまよう主人公たちの心の闇を描いている。


 ちなみにこれは一九九七年にノルウェーで制作された同名映画のリメイクとのことで、こちらも白夜のノルウェーの一都市を舞台にしている。


 ハリウッド版でアル・パチーノ演じる初老の男主人公は、ラストで銃弾に斃れ、まるで死が救いであるかのように安らかな表情で息絶えていく。


 しかし、オリジナル版の主人公はまだ壮年の男性であり、運転する車が差し掛かったトンネルの暗闇の中で、まるで猛獣のように彼の青い目が光って浮かび上がる不気味なカットで終わる。


 現代的な感覚では、夜の来ない一日は、儚い憧れや希望よりも、むしろ狂気や欲望を呼び覚ます背景に変質しているようだ。


 暦の上での夏至は過ぎても、本当の意味での夏はその後に訪れる。

 眠れない夜は、まだ続きそうだ。

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