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石楠花《しゃくなげ》の香る季《とき》

 五月四日から六日にかけて福島の実家に帰省した。

 四日の午前中に新幹線で福島駅まで向かい、母に車で迎えに来てもらった。

 駅の新幹線乗り場からも見えたが、去年のちょうど今頃に閉店したイトーヨーカドー福島店が廃墟のままだ*1

 母曰く

「もうすぐ取り壊すみたいだけど、去年店じまいしてからずっとあのままだよ」

とのこと。

 横浜ならば寄りにも寄って駅前の一等地、街の玄関口の建物が一年も廃墟のまま放置されることはまず有り得ない。

 そこに横浜と福島というか、神奈川県と福島県の格差を今でも感じる。

 横浜市も福島市もそれぞれ県庁所在地ではあるけれど、首都圏の一角を担う神奈川県と東北地方でも微妙な位置付けの福島県とでは自ずと開発のスピードにも差が出てしまう。

 元から後進的な括りには入れられていたが、十四年前に起きた東日本大震災は「福島ふくしま」という地名自体を呪われたものに塗り替えてしまった。

 同時に福島駅西口のイトーヨーカドーは長らく福島駅前の顔で、子供の頃はイトーヨーカドーで買い物してファミールでグラタンを食べるのが特別なお出掛けだったことを思い出してどうにも侘しくなる。

 恐らく私が子供だった三十〜四十年前の福島と比べても今の福島の方が寂れた街になっている。

 車窓を流れる街の風景も

「あの店はもう閉じて更地になったのか」

「あそこはもう誰も住んでない感じだな」

という場所がここ数年でも体感として増えている。

 たまに新しい建物が出来ていても葬儀屋(名目上は冠婚葬祭全てを受け付ける施設だが、実質は葬式中心なのは黒スーツの老年男性がモデルを務める広告を観ても明らかである)だったりデイケア施設だったりして、少子高齢化を裏付けるものだ。

 また、コインランドリーや賃貸の収納スペースの店が新たに増えていたが、これは自前の洗濯機や収納スペースを持つのが困難な人が増えた、いわば貧困化の反映だろう。

 新幹線で東京から福島に近付くにつれて山野に野生の藤の花が伸び放題のつるで他の木に絡まっている光景が増える。

 福島市内を車で走っていてもしかり。

 藤の蔓は大変厄介でこれが放置されているのはその山や土地が整備されていない証左だそうだ。

 市街地の街路樹も明らかに横浜のそれより倍は大きい。

 街路脇に咲いている蒲公英たんぽぽも微妙に異なる種なのか横浜で見掛けるものよりおしなべて丈が高い。

「東京や横浜より自然が豊かである」

と言えば聞こえは良いが、これは未開であることの裏返しである。

 だが、一番の問題はこの街の現状が「発展途上として未開」なのではなく「荒廃途上として未整備」であることだろう。

 ちなみにこの日は横浜は最高気温二十六度、最低気温十五度の夏日だったが、福島は最高気温十九度、最低気温十二・五度で裏地の付いたジャケットにウールパンツで移動して丁度良いくらいであった。

 横浜の自宅では五月に入ってから冷房を点けることもあったが、福島の自宅では未だに炬燵を点けてストーブを焚いていた。

 暦は初夏でも横浜と福島では半月ほど体感の季節にタイムラグがあり、後者の方が暑さも寒さもより厳しい。


*****

 五日のこどもの日には家族であづま総合運動公園の「しゃくなげの丘」に行った。これは県花である石楠花しゃくなげ(正確には福島の県花はネモトシャクナゲだが)のフラワーガーデンである。

 それまで総合運動公園には何度も行っていたが、こちらには今回初めて行った。

 なお、三日には横浜の山下公園のローズガーデンに行ったので、今回のゴールデンウィークは花見三昧である。

 山下公園の薔薇も赤、白、黄色、ピンクの色とりどりであったが、「しゃくなげの丘」も全体としては赤や赤紫が多いものの白やピンクなど多様であった。

 一緒に行った母は鮮やかな緋色の花が気に入ったようだが、私はべにをほのかに含んだ白い石楠花に清艶さを感じた。

 改めて間近で見ると、石楠花の花は躑躅つつじに似ている。

 同じツツジ科ツツジ属*2なので当然といえば当然だが、株全体を覆うように小さく均質に咲く躑躅よりも株から抜き出てまりのように花で纏まって花開く石楠花の方がもう少し主張が強い印象がある。

 バランス良く可憐な躑躅が街路花向きだとすれば、アピールの強い石楠花は正に園庭向きである。

 薄紅を含んだ白の花に鼻を近付けて香りを嗅ぐと、百合に似てもう少し淡い芳香がした。

 これも今まで知らなかったことだ。

 「しゃくなげの丘」からは吾妻連峰の裾野が見えた。

 暗緑色の先尖った杉の木々が針のように並んでまだ若葉色の葉をした他の木とは一線を画している。

 この眺めを目にすると、故郷に帰ってきた気がする。

 自分は花粉症なので杉の木自体はあまり近くにはあって欲しくはない。

 だが、春夏秋冬、周りの木々が葉の色を変えて落としても杉の木だけは変わらず天を突く槍じみた姿を保っているのを遠目に見つけると、山の守神じみて映るのだ。

 自分はこの風景に閉塞感を覚えて二十年以上前に郷里を出た。

 今となっては離れて暮らしてからの方が長い。

 だからこそ、久し振りに目にすると感傷的な気分になるのだろう。

 「しゃくなげの丘」を観終えた帰りは八重桜の木の並ぶルートを通って駐車場に戻った。

 さすがに花の終わりではあったが、横浜の八重桜はとうに散って葉だけになっている。

 「しゃくなげの丘」の傍には薔薇も植えてあるが、こちらはまだ蕾の姿すら見えない。

 二日前に山下公園のローズガーデンを歩いたのが嘘のようだ。

 それでも福島市内でも実家付近は牡丹が咲いているくらいだが、山沿いのこちらは更に季節の訪れが遅いのだろう。


*****

 六日の午前、行きと同じく母に車で福島駅まで送ってもらった。

 母ももう七十五歳。後期高齢者だ。本来は私が運転しなければならないくらいだろうが、残念ながらここ十数年は運転免許証は身分証明書としてしか使ったことがないペーパードライバーだ。

 こんな風にして帰省するのも後何回できるのだろうか。

 そう思う内にも、東京行きの新幹線は動き出す。

*1 福島民友新聞「『想像以上の大打撃』タクシーや商店、嘆き イトーヨーカドー福島閉店1年 2025/05/05 08:00」

https://www.minyu-net.com/news/detail/2025050507530335994,(2025−5−5参照)

*2 Wikipedia「シャクナゲ」

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%82%B2,(2025−5−6参照)

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