表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/123

八重の桜咲く季《とき》

 近所でも染井吉野そめいよしのが赤紫の花芯を見せるのと入れ替わりに八重桜やえざくらが見ごろになった。

 白ともピンクともつかない前者に対して後者は白ならば純白、ピンクならはっきりした濃いピンクである。

 ちなみに私の観る範囲では濃いピンクの八重桜が多い。同じように薄紅の花海棠も盛りなので近所は正に艶やかなピンク祭りの感がある。

 以前にも繰り返し書いたが、私は福島出身なので春の花と言えば近所の果樹畑一面に咲く桃の花であった。これは本当の桃色、ピンクである。

 その時期にはやはり薄紅のリンゴの花、白い梨の花が咲いて近隣の果樹園一面が花霞に包まれるので「果物の木の花が一度に花開く季節」という認識だった。

 染井吉野に対しては

「花も白かピンクかはっきりしない色だし、サクランボみたいに実も食べられないし何がいいんだろう」

と軽い反発すら覚えていた。

 大人になっても染井吉野より桃の花が好きだし、同じ桜でも河津桜や八重桜のようなピンクの濃い種に目を引かれる。

 八重桜に関しては多重咲の花がまりのように細い枝に載っていて他の一重咲の桜より「たわわに咲いている」という感じになるし、花の重みでぽきりと枝が折れてしまいそうな危うさもどこかに漂う。

 また、多重咲のため他の桜よりも花びらの総量も倍になるのか、心なしか花吹雪も凄まじい気がする。

 染井吉野が優婉で品の良い佳人だとすると、八重桜はより艶やかではあってもどこか情が深過ぎたり脆かったりする薄幸の美女に思える。

 中編の「君に花をおくる」で旧家の末息子の乳母を務めて生き延びるヒロインの千代に対して自死を遂げる惣領息子の乳母の名は八重としたのはそんなところからも来ている。

 忍耐強く献身的に仕えてきた貞吾の不慮の死を目にした彼女は糸が切れるようにして首を吊る。

 また、短編の「ウィンナーコーヒーと八重桜」で愛らしい赤子を置いて自死しようとする母親を出したのも、そもそも事件を目撃する男主人公自体も希死念慮を抱えたキャラクターなのも八重桜の華やぎの中にある脆さが筆者の念頭にあったためである。

 ベビーカーの我が子を置いて死のうとする母親も、再就職活動に行き詰まって自裁を期す青年も、アルバイト初日で苦闘している女子学生も、皆、失敗を繰り返してきた私の分身である。

 ちなみに就活(最初のも、二度目以降のも)中も面接の帰りにどこかの喫茶店に寄って少しゆっくりしていると、落ち込んだ気持ちが和らいだのでその経験も反映している。

 ただ、作中の男主人公やウエイトレスのように自分が苦しくても見ず知らずの赤ちゃんに手を差し伸べる優しさがあったかと振り返ると、自信がない。

 こちらの思いをよそに外では今も八重桜は花を散らせていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ