第二章 I don't know my amnesia.(2)
久々に更新~。
夜想曲にかまけてましたよ。向こうは投稿すると数千PV入ってくれるから、つい、ね。
これからはこちらも更新していきます(キリッ←二ヶ月に一遍は!
どういう展開にするか固まっていない状態での、見切り発車なんですけどね。
修正:新聞配達のアルバイトは冬休みの間のことでした。これだから、旧版からの修正は……
朝のトイレの時間。と言っても、太陽の光もまだまだ届かない、夜明け前のその前だけれど。
冷たい陶器に腰掛けて、お腹を開けて、中のミニプラントを手入れする。その為に、今日は休みの日だというのに、こんな早くに起きてきている。
(うわ……大分と詰まっちゃってる……)
細かく崩れるクロレなら、こんな風に何かの筋の様に寄り集まった成分が、紐の様に絡み付くなんてことは起こらない。
亜理朱は熟々、自分の消化プラントがミルフードに合ってないことを感じた。これもまた、亜理朱がこの街の生まれでないことから生じている齟齬だろう。
尤も、ミルフードを、体を維持する材料としている街の住人に対して、亜理朱は『消化』プラントと言いながら、実際には体を動かすエネルギーを得ているだけに過ぎない。そのエネルギーというのも電力だから、本当のところはバッテリーを仕込んでおけば大丈夫なのだ。
でも、そんなことをすれば、街の住人から拒絶されてしまいそうな気がしていた。同じ様に食べて寝てお喋り出来るからこそ、きっと一緒に居られるのだから。
(それに、父さん達が用意してくれたミニプラントだもの……)
それを取り外してしまうことには抵抗があったのだ。
(壁面を軽く擦って……弁の裏、巻いて……)
ずっと昔に教えて貰った手入れの方法とは違う遣り方。クロレなら手入れ要らずだったのに、ミニプラントと一緒にお腹の中に仕舞っているブラシをくるくる回転させると、糸を引く繊維がずるずるブラシに巻き付いて引き出されてくる。
ミルフード――かつてのクロレ――を分解しエネルギーに変換するのは、内蔵された生化学ジェネレーターがプリントするナノマシン達だけど、多分ナノマシンを生成するにもミルフードは向いていないに違いない。ほとんど大腸菌と変わらないというナノマシンは、襞の様になっているジェネレータの内部を材料が通り抜けると、まるでプリントアウトされる様に自動的に生成されるらしいけれど、ミルフードを原料とすると脂分が多くてジェネレータが作動不良を起こしているのかも知れなかった。
流石にそこまでの掃除は道具も無くて難しいけれど、いつかしっかり綺麗にしたいと思っている。増殖させたバクテリアとかを使っている訳じゃないから、扱いもそこまで気を遣わなくていいのが助かっている。
綺麗にすれば、きっと体の調子も良くなるに違いない。昔と較べて動きが鈍いのも、憂鬱な気持ちになるのも、電圧が下がっているからだ。
(うん。元気、出そう!)
空元気も元気、なんて言葉を思い出しながら、亜理朱は掃除の終わったミニプラントをお腹に収めて立ち上がった。
朝の新聞配達。それが亜理朱の日課。そしてお小遣い稼ぎ。
ミニプラントの掃除を終えて、まだ誰も起きていない施設の中、空っぽになったお腹に焼いて砕いたミルフードを補充する。そして独り薄明の下に出た亜理朱の耳元では、銀杏の木がキャラキャラと軽やかな音を立てていた。
にこりと笑って亜理朱は自分の自転車に跨った。
「おはようございます!」
朝の挨拶。気持ちのいい掛け声。
新聞のサービスセンターに駆け込んだ亜理朱は、いつもよりほんの少し元気を出してみた。
積み上げられた新聞は二種類。今日の新聞と、かつての新聞。仕分けの監督に、帽子を被った所長が立っている。
「おはよう、亜理朱ちゃん。ちょっといいかい?」
「何です? 親方」
親方と呼ばれるのが好きな、ちょっと変わった所長である。一体どこから拾ってきた知識なのだか亜理朱にもわからない。
「いきなりな話になるが、受け持ちを増やすことは出来るかい?」
聞いてみると、学校の卒業を春に控えて、バイトが一人辞めたらしかった。
「お給金は?」
「わかってるよ。色も付けるから」
亜理朱は所長の手元を覗き込む。それを受けて、所長は手元の地図を広げて、亜理朱に指し示しながら説明する。
「これは……ちょっと広いですね。――二回に分けなきゃ無理かな? 冬休みの間だけなら何とか。私、ただでも配るの遅いですから、学校が始まってからは無理ですよ。」
「そうかい? まぁ、仕方ないかねぇ。休みの間なら大丈夫なんだね?」
「はい、学校が始まるまでなら」
新しく加わった受け持ちには、茉莉花の家も入っていた。出来ればずっと引き受けてもいたかったのだが、こればかりは仕方がない。その分早く起きればいいだけの話なのかも知れないけれど、それはそれで――
(きっと、みんなも無理して起きようとしちゃうだろうし……)
お客さんを大切にするなら、手を広げるばかりではいられない。
亜理朱は顔を上げて気を入れ直す。
「じゃあ、先に今までのとこ行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい」
自転車に新聞を積み込んで、それっとばかりに飛び乗った。
「♪ お早う お元気 ご機嫌よう ♪ 今日も空は いい天気
♪ 朝日が昇るその前に 新聞屋さんはやってく――
あ、お早うございます。精が出ますねぇ」
亜理朱は、家の軒先で朝の体操をしているおじさんに声を掛ける。
「ああ、お早う」
手を止めたおじさんは、亜理朱ににっこりと微笑みかける。
「今日もいい天気だ。空気が美味しいねぇ」
「ええ、雀達もちゅんちゅんと嬉しそうです。――はい、今日の新聞ですよ」
「ああ、ありがとう。ご苦労さん」
「それじゃあ――
♪ 新聞屋さんはやって来る
♪ 今日のテレ――
あ、お早うございます。精が出ますねぇ」
「ああ、お早う」
「今日もいい天気だ。空気が美味しいねぇ」
「ええ、雀達もちゅんちゅんと嬉しそうです。――はい、今日の新聞ですよ」
「ああ、ありがとう。ご苦労さん」
「それじゃあ――
…………」
以下、繰り返し。
朝の連続ドラマ、『お早う、お元気』。勿論、人間時代の遺物だ。オープニングはいつもこの新聞配達のお姉さんと、朝の体操をしているおじさんとのやり取り。いつも変わることがない。
だから、新聞配達を待つ町の住人の反応も、いつも変わることがない。
でも、雨の日でも傘を差さずに体操しているというのはどうだろう? 雀なんて生き物も、亜理朱は資料でしか見たことがない。
それでも『いいお天気』で『雀達もちゅんちゅんと嬉しそう』なのだ。そのやり取り一つで今日も人間らしくあれたと満足して、一日を気持ちよく過ごすことが出来るのなら、それでいいのかも知れない。
ずっと、そう思っていた。
でも、本当は、そこで終わっていたら駄目だったのだろう。
ドラマの引用は、ほんの切っ掛け。お喋りできるようになった後は、もっと自然に思いの儘に喋れる様に、亜理朱も普通にお喋りしていれば良かったのだ。
尤も、今となっては全てがみんな『お早う、お元気』からの引用ばかりではなく、雨の日は雨の日なりの映画のシーンから持ち出してくる人もいて、そうなると、事はまるで互いの知識を問う、なかなかに教養の高いゲームのようになっているから、心配する程の事でもないのかも知れないけれど。
でも、そんなものにいちいち付き合っていれば、そりゃあ評判も良くなるだろう。配達に時間が掛かるのも、なにをかいわんや、である。
亜理朱にとっても、何のお喋りもないのは自分が寂しいから声を掛け始めたのが始まりだ。彼らを無視してちゃっちゃと配達を済ませてしまえば時間も取られることはないのだけれど、亜理朱から始めただけに話しかけられればそれを無視することは亜理朱には出来ない。後ろめたい気持ちを引きずって一日を過ごすくらいなら、しっかり付き合ってあげた方がよしである。
そして彼等がそんなドラマの様な遣り取りに、本当に嬉しそうな反応を返すから、余計にこの街の住人にとって人間の真似こそが生きる喜びなのだろうと考えてしまったのだろう。
でも、よくよく考えれば何か違う。何が違うのかまだよくわからないけれど、彼等も好きこのんで人間の真似をしようとしているのでは無いのかも知れないと、漸く亜理朱は思いを向けられる様になっていた。
茉莉花が人間の真似を一番としている様にはとても見えない。他の学校の友達も、やっぱり何かが違う。
今更こんな事を考えるのは薄情かも知れないけれど、ずっと街の住人そのものには興味も抱けないでいたのだ。切っ掛けとなった茉莉花とだって、学校の外で遊んだのは昨日が初めてのことになる。
今はまだ昨日の今日で、自分の考えもはっきりと纏まっていない。一晩眠って少しは整理出来たかも知れないけれど、まだまだ揺れ動くばかりだ。
だから、今日はまだ――
「ええ、雀達もちゅんちゅんと嬉しそうです――」
いつもと同じ挨拶をしながら、街の皆の様子を観察してみようと思った。
でも、多分きっと何とかなる。亜理朱がいなければ、人間の振るまいは記録映像の中にしかいないけれど、ここには亜理朱がいるのだから、普通にお喋りしてみればきっとそれが普通になる。
そんな希望を、今は少しだけ信じられる様になっていた。
そもそも、新聞配達のアルバイトは、亜理朱にとって已むに已まれぬ事情が故の生業だ。この街の生まれでもない亜理朱には、街の住人なら誰でも持っている住民カードがないから、福祉関係のあらゆる保護が受けられない。
ミルフードの配給然り、施設の利用然り。
それでどうして施設で暮らしたり、学校へ行ったり出来るのかは不思議なところだけれど、施設には結構なお金を入れているし、学校は街で暮らすのなら街の演目に協力しろという半強制的な要求だと、そう亜理朱は考えていた。
生活するのにはどうしてもお金が必要で、だからといってどう頑張っても中学生までにしか見えない亜理朱に出来る仕事は少なくて……。
流石に中学校を卒業した直後は、少なくとも次の一年は入学案内が送られてくることもなく、その間は図書館の司書をしてみたりということも出来るけれど、学校に通っている間は新聞配達が関の山だ。
街の住人とは寧ろ関わることを避けていた亜理朱にとって、今までは只の生活費を稼ぐ為の手段。時には辛くて笑顔の後ろで目の端に涙が浮かんでいることもあったけれど、これからは違うかも知れない。
「ま、いい臨時収入にはなるかな?」
また一軒、配達先の郵便受けに今日の新聞を放り込んで、亜理朱は自転車のペダルを踏み締めた。
♪ お早う お元気 ご機嫌よう ♪ 今日も空は いい天気 ♪
♪ 朝日が昇るその前に ♪ 新聞屋さんはやってくる ♪
♪ 今日のテレビは何でしょう ♪ 昨日のニュースを教えてよ ♪
♪ 明日の天気は雨みたい ♪ でも新聞屋さんはやってくる ♪
亜理朱の独白回でした~。言ってることがコロコロ変わってるよ! どうなってるんですか亜理朱さん!(旧版との方向転換が酷いからですけどねー
……見返してみたら、映画館で入れる予定だったエピソードが一個まるまる抜けていた……。
でも、茉莉花の性格が最新版とかなり違うからなー。やっぱり没ネタだったかも。
それなりに書き込んでいたから、没ネタ箱に入れておきます。