表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALICE  作者: みれにあむ
第一章 In a Movie Theater
5/9

第一章 In a Movie Theater(5)

 吃驚(びっくり)しました。

 一月程も更新していない本作の、お気に入り登録が増えていた件について。


 うふふふふふ……ノクターンから飛んできましたね?

 ならばこちらも更新せねばなりますまい。

(むしろこっちが本命ですし。にしては、ノクターンと比べて反応が薄いので、ついつい向こうを優先してしまいますが……)


 ノクターンは……R18への直リンクは躊躇ってしまいますので、「天をもつかむアルサリカ」で検索してみてください。

 後ろ髪引かれる思いながら、殆ど街壁沿いに大通りに出た。

 南門はシャトルの高架下に設けられているけれど、今日はそこからも人が溢れて、街の外まで出てしまいそうになっている。

 道を渡るのも、一苦労しそうだ。

「……これは、凄いね……」

 手を繋いだ茉莉花にそう言うと、茉莉花ははぐれまいと亜理朱の腕にしがみついてきた。

 うん、と頷いて、亜理朱は踵を返して南門横の階段へと向かう。

「パロパロキネマでいいんだよね?」

 パロパロキネマは、大通りを渡った駅の東にある。

 この街にある建物は、三年前までに大体探索済みだ。地図を見なくても、場所は頭に入っている。

「う……ん、でも亜理朱、どこへ行くの?」

「いいからいいから、こっちこっち!」

 戸惑う茉莉花の手を引きながら、階段を昇ってシャトルの駅へ。シャッターが下りた改札を横目に、薄汚れた構内を反対側の階段へと向かった。

 その頃には茉莉花も気が付いて、困惑顔から笑顔へと表情を変えていた。

 駅構内の窓から見れば、駅前の大通りは見渡す限り人の海だ。こんな人混みの中は、歩いてられない。それこそ十年近く前に、一度人混みに巻き込まれて酷い目に遭ってから、亜理朱は新作の時期に繁華街には近付かないようにしていたから、尚のことその光景に気が滅入る。

 新作が出る度に、一体どれだけの街の住人が、()()()()()()いるのだろうかと思うと、街の住人に対して関心が無いと言っても気が重い。

 亜理朱が暮らす施設の子供達に、沢山の引き取り手が現れたのも、三年前や六年前の新作の時だ。街の住人が、()()()()()と、施設の住人によって穴埋めされ、まるで何事も無かったかの様に装われる。穴埋めできる様に、いなくなっていなかった住人でさえも、役割を入れ替えられることもある。そんな例を、実際に何度もこの目で見てきた。

「うわぁ~~……」

 亜理朱の視線を追って、外を見渡していた茉莉花の溜め息に、亜理朱はううんと首を振る。

(ううん。やっぱり、茉莉花をあんな中歩かせられない)

 茉莉花がいなくなるなんてことは、考えるだけでも嫌だった。

 それに、きっと茉莉花も、これから行く道の方が、気に入ってくれるだろうから。

「ほら、行くよ?」

 そう(うなが)して、大通りの向こうへと、駅の階段を降りていく。

 街壁沿いを大きく迂回する様に、パロパロキネマの前を通り過ぎる。

「あれ? 亜理朱、違うよ?」

 あれ? あれ? と振り返る茉莉花に、いいからいいからと連れて行ったのは、パロパロキネマの隣の電気店。更にその隣の店との間の細い路地。ここまで来ると、もう映画館も無いから流石に人の波にも切れ間が出来る。

 細い路地の途中にある電気店の非常階段。鍵も掛かっていないその階段に足を踏み入れて、亜理朱は茉莉花に呼びかけた。

「ほらほら、こっちこっち!」

「え? ええっ!?」

「近道なんだから」

 近道という言葉に少し安心しながら、茉莉花はおっかなびっくり茉莉花の後をついてきた。

 そう、ここなら人波に揉まれることも無い。いつの間にかはぐれてしまって、お互いを見失うことだって無い。

 茉莉花がいなくなることだって……。

「こんな所から、映画館に行けるの?」

 なんてドラマなのと聞いてきたときの様な、少し自身の無さ気な様子。

 亜理朱は安心させる様に、胸を張って頷いた。

「行けるよ? ちょっと反則かも知れないけどね」

 うん、ちょっと反則。でも、ちょっと内緒だ。


 茉莉花に合わせてゆっくりと階段を昇っていたけれど、途中の踊り場で結局おんぶをすることになった。

 茉莉花の動きが大分と鈍い。身体の弱い茉莉花に、無理をさせすぎたかも知れないと、亜理朱は反省する。

 非常階段までは清掃局の掃除も行き届いていないのか、階段に残る油が張り付くせいで、亜理朱であっても随分と足が重いのに……。

「あー……ねちゃねちゃする」

「ねちゃねちゃだねぇ」

 何でこんな道を知っているのかという問い掛けに、昔探検していた時に見つけたんだとか、そんなことを話しながら階段を昇った。

 最上階の八階で、鍵の壊れた扉を開けて電気店の中へ。

 入ってすぐ左の内階段……の前に、

「茉莉花、おトイレ先に行っとこうか」

 茉莉花をトイレに押し込んだ。

 亜理朱も体内の状態を確認して……うん、大丈夫と一つ頷く。

 茉莉花を待つ洗面所の前で見詰める鏡の中には、見詰め返す亜理朱の瞳。キュキュッと視界を調整して……うん、OK。聴覚も……問題ない。

 ジャンク屋の小父さんが、いいのかねぇと言っていた映画だ。映画館の雰囲気を考えると準備をしておかないとどうにも不安だ。

 本当のところは、茉莉花の顔だけ見てようかなんて、馬鹿なことを考えるくらいに憂鬱だけれど、見ないでいて巻き込まれることもあると考えると、そういうわけにもいきはしない。まずい台詞がその場でわからないと、対応も出来ないのだから。

「お待たせ!」

 でも、個室から元気よく飛び出してきた茉莉花を見て、

(……ううん、やっぱり茉莉花を見詰めているだけでいいかも)

 ちょっと本気でそんなことを考えた。

 随分と疲れている筈なのに、気を遣わせないようにと、元気に振る舞おうとしている。

(ううん……違うかな)

 ただ単に、疲れた時の振る舞いが、表に出せていないだけかも知れない。

 じっと見て、やっぱりいつもより少し動きが鈍いと感じた亜理朱は、茉莉花に言葉で確認してみた。

「茉莉花、少し疲れちゃった?」

 言われて初めて、茉莉花はどこか確かめる様な仕草をして、

「あー。ちょっと疲れちゃったかも?」

 ちょっと困ったという様に首を傾げた。

「じゃあ、おんぶする?」

 手を洗った茉莉花に背中を向けると、もそもそと茉莉花が背中に抱きついた。

「亜理朱さんや、いつもすまないねぇ」

「もう……何よそれ!?」

 きゃいきゃいとお喋りしながら、内階段を上まで昇る。扉を開けるとそこは屋上だ。

 不思議と非常階段より汚れていないのは、屋上に小さなお稲荷さんが祀ってあるから、頻繁に掃除をしているのかも知れない。屋上から見下ろしたシャトルの高架上が、赤黒いタールで埋まっているのを見ても、掃除をしていない筈がない。

 ここからなら、高架越しに、遠く海が見える。赤い油を浮かせたたぷんとたゆたう海だ。

 流れ込む油と、打ち寄せる波が(せめ)ぎ合って、波打ち際には延々と奇怪な造形物が立ち並ぶ。

 父さん達も発掘の片手間に、延々と大地を穢す赤い油の分解に取り組んでいた覚えがある。フラスコの中のクロレが油と闘っているのを応援したのも遠い想い出だ。だけど、この海が、大地が、昔の姿を取り戻すことはあるのだろうか。

(あれが海だなんて、茉莉花に言うことないよね……)

 見るだけでも、体を悪くしてしまいそうな海だ。体の弱い茉莉花は、近付くことも出来ない。

 背中の上できょろきょろと辺りを見回す茉莉花と一緒に、お稲荷さんにお参りしてから、隣のビルへと渡った。この電気店の屋上と映画館のある隣のビルは、屋上が繋がっていて、そのまま歩いて渡ることが出来るのだ。

「お稲荷さん?」

「うん。お稲荷さん。神様の遣いの狐さん」

 隣のビルの屋上から、中に入る扉には(ボタン)式の鍵が掛かっている。暗証番号をテンキーを押して解除する方式の機械錠だ。

 このルートが少し反則だと思うのは、多分この鍵の暗証番号を、亜理朱しか知らないということ。七年以上前に探索した時からずっと、亜理朱以外が触った形跡がまるで無いのだから。

(……8……4…………ん)

 鍵が付け替えられているということも無く、カチャリと音がして鍵が開いた。

 何で暗証番号を知ってるのとびっくりしている茉莉花を適当に宥めて、映画館への扉を開ける。

「映画館に到着ぅ~」

 そして私たちは、結構なズルをして、目当てのビルに入り込んだのだ。


 扉を開けると、遠くスピーカーから流れる音が聞こえてくる。二階分も降りれば、もうそこが映画館の受付だ。

 階段が人の波で埋まっているだろうことを考えると、ずいぶんなショートカットが出来たはずなのに、降りた階段の先は、潰れそうなくらいに人混みで埋もれていた。

(……うん。まだまだ時間が掛かりそう)

 受付を通っても、席に着くまでどれだけ時間が掛かることか……。

「茉莉花、時間、何時からだっけ?」

「ん……三時」

「あー。一時間以上あるね。……どうする? もう入っちゃう?」

 こくんと頷く茉莉花を見て、人混みは苦手だけどやることもないしねと、受付へと向かう。中に入ってしまえば、それなりに休憩する場所もあるだろうし。

「ごめんなさい! チケット有るのに、道に迷っちゃって……遅くなっちゃいましたけど、入れて貰えませんか!?」

 肩で息を切らせて、焦燥に駆られた感じで。…………こら、茉莉花。何他人事(ひとごと)みたいにふわぁと口を開けてるのよ。

 当然、ドラマの台詞だ。チケットも本物だから、受付の係員さんは、寧ろ嬉しそうに亜理朱達を先に中へと通してくれた。

 中に入ってみると、確かに人は大勢いるけど、外の方が人が多かった様に思えた。もしかしたら、誰も映画館から出てこないから、列は全然進んでいなかったのかも知れない。強引だったかもと思ったけど、正解だったみたいだ。

「ふぅ……」

 溜め息を吐く茉莉花を見る。

 途中でミルフードは食べてきたけれど、いつもより沢山歩いて、階段も昇ってきた。やっぱりちゃんとした昼ご飯を食べていないだけ、力が出ないのかも知れない。

 亜理朱は売店でポップコーンとどろどろのミルドリンクを買って、茉莉花に手渡す。ポップコーンからは、仄かにこうばしい香りが漂ってくる。

「やっぱり、映画館ならポップコーンよね」

 元気に答えて見せているけど、やっぱり疲れは隠せていない。

「ちょっと休憩していこっか」

 どちらにしても、まだ一時間もあるのだからと、茉莉花と一緒に鑑賞室外の椅子に座った。

 茉莉花がミルドリンクを啜る音が聞こえる。

 何となく、茉莉花の頭を撫でていたら、うとうとしてきたのか、亜理朱の方へと凭れ掛かって、軽い吐息を漏らし始めた。

 ま、いっかと、亜理朱はそのまま茉莉花の肩を抱きかかえる。

 身体検査の後以外で、こうして眠る茉莉花を抱きしめるのは、初めてかも知れない。

 サラサラな金髪に、透明にも見える睫毛、ふにふにのほっぺ。その手触りを楽しみながら、亜理朱も静かに目を閉じた。



 頭の中で鳴った目覚まし時計に従って、亜理朱はゆっくりと目を開けた。

 時間は二時四十五分。もうすぐ前の上映が終わる時間。

「茉莉花、起きて」

 軽く揺さぶると、茉莉花が寝惚け(まなこ)で目を覚ました。

「ん……あ、あれ? 亜理朱だ。何で亜理朱がお家にいるの?」

(…………うん)

 きょとんとした茉莉花の見上げる表情が、とても可愛い。

「家じゃ無いよ~? 映画館だよ~?」

 亜理朱はゆさゆさと茉莉花を揺さぶりながら答えた。

(こんな風に寝惚けている茉莉花は初めて見るなぁ)

 なんて考えながら。

「映画館? ――っっっ!! あ、亜理朱! 映画はっ!?」

「う……今日の映画はっ……茉莉花が眠っている間にぃ!」

「!!……」

 思わせ振りな亜理朱の言葉に茉莉花が強張る。

 声に込めた力を脱力させて、亜理朱は続けた。

「もうすぐ開幕時間だよー?」

「!!…………?…………!?……!?!?」

 茉莉花は混乱している。

「というわけで、もうすぐ三時だから、鑑賞室に入ろっか?」

 茉莉花は混乱している混乱している混乱している混乱して……

「!!!! ――あ、あ、あ……」

「あ?」

「亜理朱の意地悪っ!!」

 ぷいと向いた顔は照れた表情だから、怒っていない。……うん、可愛い。

 さっきまで鑑賞室から漏れ聞こえていた音声は、ぐげぇだのぐぎゃあだの(せわ)しなかった。少しくらい茉莉花を観賞していても、うん、(バチ)は当たるまい。

 鑑賞室に入る扉を開ける。むあっとした熱気が流れ出す。すぐ目の前にも立ち並ぶ、人、人、人。

「うわ。本当に、立ち見だ」

 茉莉花の声に、そう言えばと亜理朱は首を傾げた。

「茉莉花はどうして指定席チケットを取ろうと思ったの?」

 前の新作の時を知らなさそうな茉莉花が、この状況に気が付いたとも思えない。

 でも、大した理由は無かったのか、困った様な顔で「何となく」と答える茉莉花に、亜理朱はそんなものかと首肯した。

 それにしても、駅前には十以上の映画館があるのに、本当に凄い人だ。普段なら立ち見となるようなことはほとんどないのに、今は椅子の間の通路にまで座り込む人が溢れている。

 もう、エンドロールが流れているのに、立ち上がろうとする人は誰もいない。

 茉莉花と一緒に、指定席まで歩いて行く頃には、エンドロールも終わっていたけれど、一人二人を除いてやっぱり誰も動こうとしない。

 指定席は、チケットを持たない人は座れない様に、バーが飛び出る様になっているというのに、皆それを無視して座っている。バーに押されてお尻の端しか椅子に掛かっていないのに。

 さてどうしようかと思っていると、隣で「そこは私の席です」とか「退()いて下さらない」とか声を掛けていた茉莉花が、居座る小母さんの胸倉を掴み上げるという実力行使に出ていた。

「げらうと・ひあーっ!!」

 睨み付けて小母さんの耳元で叫ぶと、ぐいっと横に押し退ける。

 それはどうかと思いながら、亜理朱が自分の席に座る男に、顎をしゃくって促すと、こちらは素直に席を退いてくれた。

 どこか感動した目付きの茉莉花に苦笑しながら、肘掛けのスリットに茉莉花から貰った指定席チケットを押し込んで、邪魔をしていたバーを押し込んだ。

 同じ様に座った茉莉花から、ミルフードのポップコーンを幾つか貰う。ポップコーンは作っている間に嫌な油が落ちるのか、少し食べやすい。

「なんだかんだ有ったけど、丁度いい時間だったね」

「うん! 亜理朱のおかげね」

 にっこり笑いあって、少しお喋りをしていたら、どこからともなくチャイムが鳴った。

 開幕十分前、予告編が流れ始める。会場の騒めきも次第にしんと静まりかえる。休憩していた解釈者の小父さんが裾から出てきて、スクリーン横の定位置に収まった。

(…………解釈者……か……)

 予防とばかりに、亜理朱は茉莉花に耳打ちしておいた。

「茉莉花、私、見てる間は集中してるから、何かあったら揺さぶって教えてね」

「え? う……うん。でも、なんで?」

「んー、私、解釈者って嫌いなんだ。で、解釈者の声が聞こえないくらい集中したら、茉莉花の声も聞こえなくなっちゃうからね」

 茉莉花は、「亜理朱らしい」と、あははと笑った。

 予告編が終わり、スクリーンの雰囲気が少し変わった。解釈者がゴホンと咳払いをする。

「ほら、始まるよ」

 耳元で囁く茉莉花の声。

「うん」

 亜理朱は小さくうなずく。

 友達と一緒に見る映画は、それだけで何処かわくわくするものだった。


 荒れる海を背景に、配給元の会社の名前がばんと出る。

「やぁやぁやぁ、抗争を続ける東市松と西唐草、どんな戦場からも常に一人帰ってきた東市松鉄砲玉の……」

 解釈者が口上を打ち上げる。

(うん。粗筋を全て言わないで欲しい)

 やっぱり解釈者なんて不要だ。映画は見たい様に見ればいいと思うのに、見方を指南されるのも余計なお世話だと亜理朱は思う。

 早いとこ、視界から追い出してしまおうと、微妙にスクリーンをズームする。

 ――東洋の街並みで厳つい顔した男達がうろつく邸宅を舞台に、『東市松男一本』と映画の題名が流れる。その題名を踏み越えるようにして磨き上げられた廊下を歩いていく着物姿の姐さん。

 西と東に分かれて抗争を続ける八九三(やくざ)達。

 ぐははははと野卑た嗤い声を上げる、傷だらけの男のシーンで、会場にも笑いが満ちる。

(…………)

 これも解釈者の仕業だ。でも、映画の音だけを拾いたいのに、上手くいかない。

 と、亜理朱は会場を飛ぶ電波に気が付いた。

(あ……これ、音声信号だ)

 電波を拾うのは、亜理朱の元々の脳ではなく、父様達が増設したデジタル端末だ。亜理朱の体の中には、父様達によって幾つものギミックが組み込まれている。

 頭と左腕には、テツジン父さんを除いた父様達の合作によるデジタル情報端末。右腕にはテツジン父さんを模した玩具(おもちゃ)の様な杭打ち機。他にも色々。

 端末と脳のリンクはずっと上手く出来なかったけれど、図書館でナインと知り合う様になってから、徐々に使い方がわかる様になってきた。

 耳からの音声を閉ざして、代わりに飛んでいた電波を音声に変換する。

 やっと解釈者に邪魔をされなくなったと、亜理朱はスクリーンに向き直った。

 東市松と西唐草の因縁。不安に怯える街の人々。相次ぐ抗争。

 常に生き残ってきた東市松の鉄砲玉の男。だが、信じていた友は、敵の密偵だった。

 スクリーンの中で、正体を顕した西の男、血に染まった唐草模様の羽織の男が哄笑を上げていた。死体の山の中で、いつ途切れるともなく。

 不意にぐいっと亜理朱の腕が引かれて、会場の様子が視界の中に入ってしまう。

 スクリーンを前に、居並ぶ観客達がさもおかしそうに笑っていた。解説者が腹を抱えるそのままに、こんな楽しいことはないと言うように。

(…………茉莉花…………)

 本当に微妙なシーンで、微妙に嫌なことをしてくれる。

 体の中を、ギュッと掴まれたような感じがした。

『せめてあっしのこの手で!』

 飛び出していく東市松の男。

 物語は東市松と西唐草の最終戦争へと雪崩れ込み、死屍累々たる街角で、最後に生き残った東市松の男も息を引き取る。

『そんなに悪い人生じゃあ、なかったぜ』

 そしてエンドロールが流れ、スクリーンが暗転する。

 ――完。


「――ふぅ」

 怒濤のごときラストの展開に、亜理朱は詰めていた息を吐き出した。

「ね、亜理朱どうだった?」

「……結構面白かった。思ったよりは」

「そう? 亜理朱、真っ青な顔してたけど?」

「…………そう?」

 亜理朱は、まだ残っていたポップコーンを口に頬張る。味のないポップコーンは、まるで紙のようだ。でも、栄養面だけはミルドリンクにも劣らない。

 何でだろう。ただの映画の筈なのに、そこそこ筋の通った面白い目のストーリーだったと思うのに、体の震えが止まらない。

 指定席チケットの予約時間は終わったのだから、席を立たないとと思っても、足に力が入らなかった。

 迫り上がってくるバーに押される様にして、何とか立ち上がることが出来た。

「面白い……か。亜理朱はそんなこと考えながら見てるんだ」

 同じように立ち上がった茉莉花が訊いてくる。

「茉莉花は違うの?」

 答えながら、亜理朱は自分の中をチェックする。

「私は……新しい身振りや台詞を憶えるのに忙しくて、そんな余裕なかったなぁ」

 頭の端末に組み込まれた、対抗処置とか迎撃システムとかいうようなプログラムが、微妙に反応していて不安定になっていた。

 端末を通して音声を取り入れていたから、変な起動をしてしまったのかも知れない。

 亜理朱は意識的にプログラムを切って、ふらつく足取りで歩き始める。

「……今日の映画に、真似していいようなものはほとんどなかったよ」

「そうなの?」

「堅気衆に手は出すなってところぐらいはいいかも? でも、街の中で抗争を続けたり、真似をされたら堪ったものじゃないね」

 ジャンク屋の小父さんの言葉を思い出す。これは、真似をしてはいけない映画だ。

 最上段まで上がった先の立ち見席で、今度は茉莉花とお喋りしながらもう一度『東市松男一本』を見た。

「……ふ~ん。映画を楽しむかぁ。考えたことなかったな」

「……」

「だって、映画ってどこで笑ってどこで泣くかを学ぶためにあるんでしょ? だから、学校でも見ることを勧めてるんだし」

「……実際に映画が作られていた頃は、そんなことを考えてみる人はいなかったのよ」

「そうかな?」

「……うん」

 二度目のエンドロールが終わるまで、どこか冷えた心で観客達を眺めた後、茉莉花と連れ立ってその鑑賞室を出た。

 人間の振る舞いを学ぶ為という茉莉花の言葉に、亜理朱は今日の上映を思い返す。

 今日の解釈者も絶好調だった。映画館のスクリーン横で解釈台に座って、大袈裟な身振り手振りで笑うべきところ、泣くべきところを教えてくれる。余計なお世話の解釈者。でも、映画館の格は、この解釈者によって決まると言っても過言ではない。

 映画館によって独自の解釈をしてそれを売りにしているところもあるが、多くの場合は共通の解釈というものが決まっている。通の人は特殊な映画館で解釈の違いを楽しむということもするが、ほとんどの人は無難に共通の解釈で済ませるのだろう。

 映画だけではなく、テレビで流れる映像にも何らかの解釈を伴うことが多い。バックに流れる笑い声、あるいは隅の一角で泣き笑いする解釈者の姿。

 亜理朱にとって納得出来ない解釈者の姿。

 多くの場合、彼らは映像中の人物が泣いていれば泣き、笑っていれば笑う。

 だが、明かりのついていない部屋の中で、死んだはずの子供がケタケタと笑っているシーンは、少なくとも会場一体になって爆笑する場面ではない。それでは次の女性が絶叫しているシーンが説明つかない。

 また、にやにや笑いながらジョークをかますシーンばかりが面白いわけではないだろう。真面目な態度でおかしなことをしでかすから面白いのだ。

 でも、そんなことは他の誰に言っても通じない。学校が始まれば、電気を消した教室のここそこで、頭から血糊を被った子供達がケタケタと笑い、そしてそれを見た他の子供達が、「何それ」と指差しながら笑うのだ。

 あるいは本当に屋上から飛び降りる。刃物を持って級友に襲いかかる。そうして学校からいなくなった子供達は二度と戻ってくることはないのに、それを見ていた子供達は「凄い、本物の映画みたいだった」と声を揃えて憧れの眼差しを投げ掛ける。

 これまでに、実際そんなことが何度もあった。そして、今日の上映の結果、同じ様なことがきっと繰り返されるのだろう。

 ジャンク屋の小父さんの言葉を借りるまでもなく最悪だ。足の震えはそれを見越していたのかも知れない。

 ここはまるで狂った牢獄の中のようだと亜理朱は思う。しかし、他のみんなが狂っていて、まともなのが自分一人なのだとしたら、狂っているのは自分の方かも知れないとも思う。

「ね、茉莉花。今日の映画を見て、茉莉花は映画と同じように嗤ったり暴れたりとかしたいと思うの?」

 茉莉花から答えが返ってくるまで約十秒。

「う~……お喋りの切っ掛けになるなら、少しぐらいは?」

「じゃあ、皆が教室で抗争を始めて、皆で殺し合いになっちゃって、私とももう二度と会えなくなっちゃっても仕方がないのね?」

 今度は返事が返ってこない。

 怯えを含んで不安げに見上げてくる茉莉花。その表情がいじらしい。

 演技ではないと信じたい。

「ごめん、冗談。私と茉莉花は、別れることがあってもずっと親友よ」

 ずっと一緒とは言えなかった。

 茉莉花はきゅっとしがみついてくる。

 茉莉花の今の身分は中学三年生。でも、本当は六歳にもなっていないのだ。

 全てわかって欲しいというのは少し酷だ。

(私がきっと守るから)

 亜理朱は心の中で呟いた。


 人類が滅びたのが正確にいつのことなのかははっきりとしない。それでも、西暦三千年になる頃には、誰一人として生き残ってはいなかったと父様達は言っていた。

 犬、猫、鳥――あらゆる獣、生き物を道連れにして、人類はこの地上から滅び去った。

 尤も、最後の手を下したのは人類ではない。既に地下シェルターでの生活を余儀なくされていた人類に替わり、地上の業務を代行していたアンドロイドや各種機械知性群が、最後の大戦を引き起こしてしまったという。

 彼らの至上命令は、人類の良き伴侶となること。

 主たる人類が実行するだろうことを、忠実に再現してみせた結果だった。

 それ以降、地上で動く者は、彼らアンドロイド達の他にはいない。その至上命令は、やはり人類の良き伴侶となることなのだろうか。

 人間に近づくことが、彼らの使命。

 人間の賢さも、優しさも、愚かさも。あくまで人間を模倣することが彼らの喜びだった。

 ここはそんな街。そんなアンドロイド達の住む街だ。

 なんでこんなに長いのに、一章のままなのかについて。

 ……改稿前は短かったのですよ。

 色々無理をして改変してるから、色々厳しい物があるなぁ……。


 旧版を上げておきました。興味がありましたらよろしく……

http://ncode.syosetu.com/n5485bn/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ