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ALICE  作者: みれにあむ
第一章 In a Movie Theater
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第一章 In a Movie Theater(1)

 明けましておめでとうございます!!


 初投稿ですが、はじめに話を考えたのは、世の中に本田のP2が現れる前のことでした。

 P2が発表されたときは、「それは俺が作るはずのものだったのに!」なんてこっそり思っていましたが、技術の進歩は凄まじく、このお話のネタもいつの間にか風化してしまいそうで恐ろしい・・・


 一度は300頁分を書き上げた話ですが、中盤からの展開が薄っぺらく、最初から書き直していますので、ほとんどストックがありません。更新は遅くなりますが、楽しんでいただけましたら幸いです。(中盤から鬱展開だったものをどうしようか悩み中・・・)

(1)

 目の端に白い光が舞うのを見たような気がして、亜理朱(アリス)はゆっくりと振り向いた。

 窓の向こうは灰赤色の冬空。丘の上の立ち枯れた木々にも、その手前の誰もいないグラウンドにも、おかしなものは何も見あたらない。

 ちらちら光る白い物は何だったっけ?

(雪……かな?)

 亜理朱は雪を見たことがない。雪がどのように舞うのかも、どんな風に消えていくのかも、ただ想像する他はない。

 だから雪だという確信も持てなかった。でも、もし本当に雪だとしたら、それはとても素敵なことに違いない。

 白くちらちらと降る雪は、きっと何も彼もをも、美しく覆い隠してくれるのだろうから。

 そう信じて、亜理朱は窓の外を見つめていた。

(雪……白くて綺麗な……ふわふわ飛ぶのは雪虫……足下で音を立てる霜柱……

 そんなことが現実になれば、本当に幸せなのに……)

 夢想して、亜理朱は口元を弛める。

 その亜理朱の目の前で、遙か丘の上に立つ木の枝が、チラリと輝いた。折れた小枝の切り口が、弱い太陽の光を反射して鈍く光っていた。

(ああ……本当に幸せなのになぁ……)

 雪な訳は無かった。そんなことは知っていた。

 たとえ雪だったとしても、赤く穢れた空からは、赤い血を吸ったような雪が降るのだろう。雨が、降る度に立ち並ぶ建物を、粘つく油で汚していくように。

 清掃局のトラックがいつも街を掃除していなければ、きっと油とヘドロの沼地になっているようなところなのだから。

 そんな空で雪なんて出来ない。氷の結晶は成長していかない。

 それでも雪を夢見るのは、いつもと違う何かを期待してのことだけれど……。でもそんな特別なことも起こらない。

 昨日と変わらない今日があって、今日と変わらない明日がある。それは――

 亜理朱は教室をうっすらと映す窓ガラスを見た。無表情に亜理朱を見つめる亜理朱がいた。

 他とは違う漆黒の髪とエメラルドグリーンの瞳。薄い色素のクラスメイトの中で、どことなく亜理朱一人が浮いている感じ。

 手首の黒いリストバンドがスポーツ少女のイメージを強くするのか、快活な少女、それが亜理朱に与えられた役割だった。

 そしてその向こうに、学級名簿を捧げ持った教師の姿。いつもと同じその姿。――変わらない明日は、その姿と同じくらい確かなものだった。

 ――ポスン。

 気の抜けた音を立てて、亜理朱の頭に黒く綴じられた学級名簿が置かれた。叩くと言うよりただ置いたという感じで。叱るというでもなく、苦笑しているでもなく、ただ載せるだけ。

 いっそ(こめかみ)?に血管を浮き上がらせて、凄い勢いで怒鳴りつけられた方が気が楽なのに。

「きゃっ!」

 亜理朱は小さく声を上げる。首を竦めながら振り返る。上目がちに見上げた目線が、見下ろす教師の眼差しと交わると、目を閉じてまたきゅっと竦み上がる。

 そんな亜理朱を見下ろして、白いワイシャツにサスペンダー、眼鏡を掛けた少し神経質そうな細身の男性教師が、感情の籠もらない声で淡々と告げた。

「こら亜理朱窓の外に素敵な人でもいるのかしら」

「……?? !! ご、ごめんなさい!」

 少し本気で慌てふためいて、机に突っ伏して教科書を頭に引っ被った。

「じゃあ続きは亜理朱に読んでもらいましょう。どこからかは分かっているわね分からないなら廊下にでも立ってなさい」

 突っ慳貪(つっけんどん)で投げ遣りな喋り方は怒っている訳ではない……のだろう。きっと、多分。

 亜理朱は教師が背中を向けた隙に、すぐ後ろに座る小柄な少女に、

「ね、どこ、どこから? 教えて!」

 切迫した囁き声で問い掛ける。

 少女はぱぁっと顔を上気させて、「ここ、ここよ」上擦った声で教科書の頁を指さした。

 亜理朱は少女にエスキモーのキスな仕草で感謝の意を示し、教卓に辿り着いた教師に向かって、朗々と教えて貰った頁を読み上げていく。

「『重い足音が響いている。影は、黒猫が隠れた煙突と一つになろうとしている。掠れた息遣いが漏れている。

 黒猫は意を決して目を閉じた。灯りだ。灯りを消すんだ。灯りを消せば奴らにもきっと見つからない……』」

 亜理朱が一つも間違えずに、自分の役割――教師に怒られて教科書を読む少女の役――を果たし終えると、教室中がほっとした空気で包まれた。亜理朱に頁を教えた少女に羨望の眼差しがちらちらと送られる。少女は今もうっとりと、夢心地に顔を赤らめている。

 平和だ。とても平和で泣きたくなる。

 世はなべてこともなし。

 でも、本当に?

「――そうこの黒猫は恐怖しているのね。足音の主は黒猫を捕まえようとする研究所の男達で捕まれば死ぬよりおぞましい実験に使われるのだろうと考えているのよ。よろしいこと。黒猫の気持ちに――」

 切れ間無い喋り方も抑揚のないリズムも、いつものことだから気にならない。でも……

 ああ、本当にごめんなさいだ。亜理朱が初めの反応を間違えなければこんな苦労をさせることもなかったのに、男の先生に女教師の台詞を喋らせてしまった。痩せぎすの先生の棒読みが、今日ばかりは亜理朱を責めているように聞こえる。

 見咎められて「キャッ」と首を竦めるのは、早朝ドラマ『柳の小枝』の一シーンだ。眼鏡の鋭い女教師が先生を務める人気ドラマだった。男の先生ならもっと別の反応の仕方があったのに……。

 本当に責められているわけではないのだろうけれど、こんなことを変わった出来事と喜ぶのは間違っているのだろうけれど、冷たく突き放すような先生の態度と責められてもおかしくない現在の状況、その奇妙な符合に亜理朱は小さく笑みを零した。

 そしてまた、窓の外へと目を移す。

 枯れ木が立ち並ぶ丘の向こうには、街を囲む街壁が立ちはだかる。

 その向こうには何もない。荒れ果てた大地が広がるばかりだ。

 ぼんやり外を眺める亜理朱の姿に、今度ばかりは先生も、何も言って来なかった。

 この話を思いついた元ネタが、漫画家のたがみよしひさ先生のGLEYだったりするのは内緒。(しかも夢で見たネタだったりして)

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