あぼーん
吉田達を自宅に上がらせて、母さんお手製の一緒にクッキーを食べるハルト。
頭の中は、吉田分裂により変化した世の中の事よりも、いかにしてエロ本だらけの自室にミヤを入れないかと言う事で一杯だった。
暫くは、和やかなお食事タイムが続いた。
小さくなった吉田……武彦と改めて話してみると、やはり俺が現在に至るまでに起こった出来事がかなり変わっていて、食い違う部分が多く見られた。今日の朝、クラスメートの佐藤の頭に巨大な毛玉が付いていた事件は俺も記憶にあるが、魚人のトウジに勉強を教えてもらったとか、アメリカのロズウェルに巨大UFOが飛来したってニュースがあったなんて事は全く身に覚えのない事だった。やはり、分裂した事によって世の中がそれに順応し変化したと言う俺の推測は間違っていないようだ。
ぽりぽりぽり
俺達は武彦と話しているが、目はミヤの方を向いていた。彼女は小さな口でクッキーを食べるのだが、その仕草が癒し系小動物っぽくて実に良い。こんな、可愛らしく物を食べる人間を今まで見た事があっただろうか? こいつがちょこんと正座しながらぽりぽりとクッキーを食べているだけで何だか心が和むし、ずっと見ていても全然飽きる気がしないのだ。何だか、病みつきになってしまいそうま中毒性がある。インターネットで猫の写真を撮りまくってブログに乗っけてる人を良く見かけるが、ペットを買っていない俺でもその気持ちがちょっと分かったような気がする。
「ねぇ、さっきから何ジーーッとわたしのこと見てるのよ? 顔に何か付いてるの?」
「いや、お前ってさ……」
「何よ?」
「雰囲気が金華山のリスに似てるよな!」
「えっ? それって褒め言葉なのか、けなし言葉なのか分かんないんだけど……でも、ハルトって確か前も似たような事言ってたよね?」
「ん、そうなのか?」
「うん、確か言ってた。やっぱりあんた記憶喪失って嘘なんじゃないでしょうね!?」
「たまたまだよ……俺の人格がそん時と変わってないんなら同じ感想が出てもおかしくはないんじゃないか?」
「まあ、そうかもしれないけど……とにかく、早めに病院行って来てね。脳に異常が無いか心配だし」
「わかってるよ、明日学校休んで行ってくるよ」
「うん……それじゃあ、クッキーもたくさん食べたし、そろそろハルトの部屋でゲームしようよ?」
「ま! まあ、まてよ。まだクッキー残ってるしさ。もうちょっとここで話そうぜ?」
そうだ。忘れてはいけない。
何が何でも、ミヤをあの部屋に入れるわけにはいかないのだ。武彦の話で分かったが、どうやらこいつは俺と同じ学校の生徒であるだけでなく、クラスメートでしかもとなりの席らしい。ただでさえ女の子にエロ本など見られるわけにはいかないのに、こんな間柄では尚更だ。もし入られた時には、恥かしくて二度と学校に行けなくなってしまうだろう。だから、何とかして時間を稼がなくてはならない。
「でも、ここにいるとおばさんに悪いじゃない。さっきからずっと台所にいるんでしょ?」
「いいんだよ。もうすぐ夕飯作る時間だし」
「でも、あんまり遅くなるとゲーム出来なくなっちゃうし。はやく、新作の<スペースレーサーⅡ>やりたいんだけどな」
「まあまあ……あ、そうだ!」俺はふと良い事を思いついた。
「ここでやればいいんじゃないか。ここにゲーム機持って来れば、俺の部屋よりもデカい画面でゲームができるぜ?」
「ふぅん。そんなことしていいの?」
俺は、母さんの方を向いて今の事について聞いてみると、母さんは快く「いいわよ」と言ってくれた。話の分かる親で良かったと思う。
「そっか、それじゃあもう少し食べててもいっか」ミヤは肩を一度、グッと上げてすぐに戻した。
「ああ」
俺は、ホッと息を撫でおろす。何とか危機を免れる事が出来そうだ。
でも、なんだろう、この胸騒ぎは。
「……んん? んんん?」
「どうしたの、ハルト? 今度はきょろきょろして……」
「いや、あの、トウジはどうしたのかなーって思って」
「あ、さっきこの部屋から出てったよ。何処に行ったのかな? そういえばあの子、勝手にハルトの部屋に入っちゃうことあるんだよね~」
「な、なにぃっ!?」
俺が、嫌な予感を体中にビビッと感じたその時だった。
あの魚人は俺達の元に何かを持って現れた。
「あ、戻って来た~トウジ、何してたの?」
「……」
トウジは、何も話さない。
そして、ただその手に持っていたものを両手で天に掲げた。
「あれ? それは……つっ!」ミヤの表情が一気に凍りつく。
「あがっ!?」
そう、それは俺の部屋に置いてあったエロ本だった。
俺の趣向が丸わかりの、とんでもなく破廉恥で口に出せないタイトルが書かれた実にマニアックな漫画本だ。
いっ、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
俺の心の中に棲むキリエサウルスは、本日二度目の断末魔的な雄叫びを挙げた。
己を尊厳守るための必死の努力は、この小さな魚人によってあっさりと打ち砕かれたのだった。
この後、母さんとミヤの2人の視線により俺が顔面蒼白になったのは言うまでもあるまい。
第一話はここまでです。
第二話は学校が舞台になります~