12の魚人
吉田から分裂した吉田観夜。
彼女は遥人の事を知っているようだが、当の遥人には彼女の記憶は全く無い。
繋がらない言葉を交わす2人に近づいて来た者は……
「おーい! ハルト見つかったよ!」
ミヤは、その得体も知れない生き物に対して嬉しそうに手を振った。すると、そいつも指があるのかないのか分からないような細い手をシュシュシュと左右に振ってこちらに近寄ってくる。まさか俺を捕獲して来たのではあるまいなと、ちょっと思ったが、どうもそんな感じでは無い。何だか、見つかって良かったなーという和やかな雰囲気がこの両者の間には感じられた。
「おい……」近づいて来たその生き物を指差し、俺はミヤに初歩的な質問をする。
「どうしたの?」
「コイツは、何モンだ?」
「ええっ!」ミヤは、またしても驚いた顔を見せたが、さっきよりは重い表情では無い気がする。
「この子の事も忘れちゃったの!? トウジだよ! 私の弟で魚人の東児!」
「何っ!? ミヤ……お前、本気で言ってるのか!? どう見たってこいつは異世界の、ファンタジーな漫画とかアニメに出てきそうな生物だろ!!」
「ひっどーい! 私達はちゃーんと、お母さんのお腹から生まれた三つ子ちゃんなんだからね! トウジも何か言ってあげなよ!」
「……」
その青くて、巨大な丸い目玉と細長いクチバシ、背びれを持つ卵型の魚人は、何も語る様子は無いが、手をペンペンとペンギンみたいに上下に振って反応した。ちなみに、何故か作業用のつなぎのような服を着ているが、最低限の身だしなみだろうか? とにかく、常識的に考えて、こいつらが血が繋がった兄弟なんて大型機動兵器を動かすための主力エネルギーが納豆だったりするくらいありえない話だと思う。
「正気かよ……」俺は、口をへの字にして言った。
「正気だよ! まあ、確かに珍しいかもしれないけど、今までハルトはすごく仲良かったじゃない? 一緒にプールで泳いだり、お弁当を分け合ったりしてさ」
「え、コイツと俺が? どうなってるんだ一体……しかし、この魚人とプールに行ったって事は、ひょっとしてお前も一緒だったのか?」
「うん。この前もみんなで行ったじゃない!」
「そうか……」
だとすると、こいつらの記憶の中で俺は、ミヤの水着姿(それもスク水の可能性大)を拝んでいた事になる。まったく、うらやましい思い出である。正直、思い出せるものなら思い出したいと思ってしまった。
「はぁ、まるで初めて会った時に戻っちゃったみたいだね」
「すまんな、ミヤ」
「ううん、しょうがないよ記憶喪失になっちゃったんだから」
「ああ」
なるほど、ミヤはそう解釈するか。「知らない」ではなく「忘れた」と。
それでも良いかもしれない。それで、こいつがこれ以上悲しそうな顔をしなければ。
「じゃあ」ミヤがパチンと両手を合わせる。
「立ち話も何だし、そろそろハルトの家に行こうよ!」
「えぇっ? 何で俺の家にお前達が来るんだよ?」
「ちょっと、それも忘れちゃったわけ? 誘ったのは、ハルトなんだからね!」
はっ!? すっかり忘れていた!
そういえば、吉田との路地に誘い込んだ後は俺の部屋でアイツとゲームする約束になっていたんだった! こいつらは元々吉田が分裂したものだから、確かに呼ばれたと言うミヤの言葉はあながち間違ってはいない。記憶を引き継いでいるのかどうなのかは知らんが、あの吉田を俺の家に招待したと言う事は実質こいつらも俺の家に招待した事になるだろう。……しかし、そうなると、まてまて、ちょっと待て、ちょっと待てよ!? このまま話を進めると、俺の部屋に、ミヤを入れるって事になるんだよな!?
ウッギャァァァァァァァァァァァ!
俺の中にいるキリエサウルス(肉食)が原始の雄叫びを上げた。
男の吉田だったらまだしも、あんな密かに買い溜めたエロ本が散乱して、変なフィギュアやポスターがあって家族だって足を踏み入れる事のないデンジャラスゾーンに、この汚れを知らなさそうな美少女を入れるだとぉ!? ありえん! 絶対無理だ! 俺はエロいモノが大好きだが表向きはストイックなジェントルメンなのだ! もしあんなものをミヤに見られたら、間違いなく今まで築き上げてきた俺のアイデンティティーの全てが崩壊し、そこに存在するのはただ絶望のみであろう。そうなれば、極端な話、俺の人生ジ・エンドと言っても良い。
「ねえ、どうしたのよ? そんな青い顔して」
「あのさ、今日は、ちょっと勘弁してくれないかなーって思ってさ。いや、片付けが出来てなくってすごく散らかってるから……」
「何言ってんのよ!? あんたの部屋なんていつも入り慣れてるからちょっとくらい散らかってても気にしないよ? 良かったら一緒に片付けてあげるよ?」
「いや……その……」
こいつの知ってる俺の部屋がどういうものなのかは知らないが、どう考えてもあそこに入れられるものではない。しかしそれなのに、慌てふためいているからなのか、どうしても上手く、アサーティブに断る言葉が出てこない。さっき、吉田が切れた時よりも沢山の汗が俺の体から溢れ出てきた。
「とにかく、行くよ! お兄ちゃんは多分先についてると思うし」
「ミヤ!」
「男の子でしょ? ごちゃごちゃ言わないの!」
そういって、遂にミヤは俺の制止を振り切って歩きだした。
その後にぴょこぴょこと付いて行く魚人をしばらく眺めると、俺はトボトボと腰を落とし、大いなる不安を胸に抱きながら奴らの背中を追い始めたのだった。