吉田分裂
魔法のハサミで吉田を切ってみたところ、吉田が光り出した。
ぐるぐるぐる
ぐるぐるぐる
どれくらい時間が経ったのかは分からないが、暫くすると強い光は収まった。
俺は、右手を下げてハサミをカバンにしまうと、恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。吉田が生きている事を信じて。
……うわぁぁぁぁぁ!
やっちまった。大変な事をしてしまった。
俺の目の前には、真っ白な石膏像の様な色をした、頭と、首から胸辺りと、そして残りの下半身の3つに別れた吉田が道路上に転がっていた。血は、一滴も出ていない。まるで、昔見た人間をバラバラにする秘密道具を使ったみたいに、綺麗にスライスされている。正直、切ったと言うよりは分割したと言う方が正しいかもしれない。それくらい、まるで無機質な物を切ったような感じでその塊達は存在していた。
俺は、ゆっくりゆっくりとその吉田のところに近づく。
ロマンチストな俺とは言え、まさかこんな事になるとは思っていなかった。今更、後悔してもどうしようもないが、正直もう少し良く考えるべきだった。一体、今まで吉田に抱いていた確信は何だったのだろう? 今となっては水泡に消えてしまった感じだ。ただ、目の前の状況に呆然とするのみである。
見下ろす距離まで来ても、バラバラになった、真っ白になった吉田はピクリとも動かない。ただの物体のままだ。やはり、吉田は死んでしまったのだろうか?
いやはや、どうしたものか……俺は無意識に腕組みをして考えるそぶりをした。しかし、何も浮かばない。こんな状況を打開する策なんて持ち合わせているはずもない。どうしようもなくなって、再び塊となった吉田を見る。そして、弱弱しく語りかける。
「なあ、吉田……何とかお前の吉田的パワーで生き返ってくれないかなぁ? いつもみたいに、最後はイタズラで終わってくれないかな?」
ピクッ
「ん……?」
ピク
ピク
次の瞬間。
俺の言葉にまるで答えるかのように、無機質な三つの白い塊は急に生命を得たように動き出した。
そして、それぞれがまるでファンタジーに出てくるスライムのようなグニャグニャとしたものに姿を変え、柔らかな伸縮と流動を始める! 俺が、驚いて一歩、二歩、三歩と後ずさりすると、白色だったそれらは徐々に独自の色を持ち始め、それぞれが、縦に伸びて手と足を形成し、俺が5メートルくらい離れた頃、そこには2人の人間と謎の生き物が互いに背中を向けて正三角形を描くように立っていた。
1人は、少し背が低くなっているが、それ以外はいつもの吉田のように見える。
もう1人は、うちの高校の女子の制服を着た謎の女の子っぽい人物。
そして、最後は、青みがかった背の低い謎の生物。
「吉田が分裂した!」それが俺の瞬間的、直感的な判断だった。
やはり吉田は死ななかった。その事には少しホッとしたものの、この現状は笑って片付けられそうにはさそうだ。そういえば、説明書にはハサミで切った後の事は一切書いていなかったな。まさかこんな事になるなんて、魔法使いのばあさんも先に言ってくれればよかったのにとつくづく思う。本当にワケの分からん事になってしまった。
俺がこの直後にとった行動……それは「逃走」だ。
俺は、目の前にある現実全てを投げだし、吉田達に背を向けて、無我夢中でコンクリートの道を走り始めたのだった。俺の脳内からいつもの冷静さは失われ、とにかくこの事を知らなかったことにしよう、無関係だった事にしてしまおうと言う、保身的な考えで一杯になっていた。
暑さからなのか、それとも今の状況によってなのか、ひんやりとした汗が体を伝うのを感じながら、ただ漠然と、本能のままに、増殖した彼等から身を隠す場所を探すように、ひたすら見慣れた道を猛ダッシュで駆け抜ける。
太陽は、そんな俺を追いかけるように、いつまでも熱い視線を送り続けていた。