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13  作者: 陸奥新一
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第8話

 ルーカン軍第3艦隊は、ボールスへの侵入を果たした直後、敵艦隊に攻撃を受ける。恒星系に突入した瞬間、彼らは艦隊潰滅の危機にさらされる事となったのだ。そしてその中で、敵艦隊に奇妙な艦艇が存在していることに彼らは気が付いた。

 ボールスは恒星系内部で行われている各国の戦いを観戦し、そして次の一手を探る。だがそれ以上に、2手3手先を考えている、まだボールスに触手を伸ばしていない恒星系が存在していた。

 ルーカン軍第3艦隊司令官の名はミカエル・リーガン中将と言う初老の人物で、相応に実戦経験豊かな人物であった。ただ、どちらかと言えば応用的な戦術などはお行わず、基本に忠実で奇策を弄すると言ったことは得意ではない、ある意味模範的な艦隊指揮官として知られていた。

 そんな司令官に率いられた第3艦隊は、短距離ワープによってボールス星系の外延部に到達した瞬間、突然天頂方向から攻撃されたのである。それもかなり苛烈な砲撃で、一瞬で10隻単位で艦艇が吹き飛んだ。


「敵艦隊が真上を取っています! 敵艦隊国籍はラモラックです!」


「敵艦隊の規模は?」


「およそ700隻!」


 という事はおよそ1個艦隊分の戦力を、ラモラック星系は送り込んできたという事になる。だがそれについて思案している余裕などない。今は自分たちの真上を取っている敵艦隊に対して、どのように対抗すべきかを考えるべきであった。

 リーガン提督は、まずは敵艦隊との間合いを取るために、天底方向に艦隊を後退させつつ、艦隊の頭を天頂方向に向けさせる。平面的な戦闘に囚われない、宇宙空間ならではの光景ともいえる。先ほどまでの第3艦隊の位置取りから見れば、艦隊が上下に存在して、そこで押し引きをしているように見えるのだ。

 だが、宇宙空間には平坦と言う概念そのものがない。いわば深海の中で大量の艦隊が動き回っている情景を思い浮かべれば想像しやすいのかも知れない。

 ひとまず敵艦隊と正対することに成功したリーガン中将は、敵艦隊の編成を確認させる。その結果、敵にはなんと宇宙空母と思われる艦影が確認されたというのだ。他には軽巡航艦と駆逐艦が主要な編成で、重巡航艦は30隻ほどしか確認できない。


「空母? 宇宙戦闘機も保有していないのにか?」


 リーガン中将にとっても、ラモラックの軍隊が宇宙空母を配備しているという情報は受けていなかったし、何よりも宇宙空間の戦闘では空母は無用の長物であるという認識を示している。これは宇宙戦闘に携わる者たちにとっては、常識的なものだった。

 宇宙戦闘機は、その航続距離の問題から40光秒以上の距離を移動することはできない。現在の戦闘における最大距離、20光秒を考えれば充分交戦可能な距離に思えるかもしれないが、そもそも接近して、光学兵器やレールガンを撃つには小型の戦闘機では出力が足りず、かといってミサイル兵器では今度は射程が不足する。しかも5光秒以内の距離にまで接近すると、光学兵器もレールガンも命中精度はほぼ100%の数値を記録するために、攻撃を加える前に撃破されてしまうことが確実であったのだ。そのような兵器を運用して、無駄に兵を死なせるのはあまりにも馬鹿馬鹿しく、各国は一度は検討したものの、どこの国も不採用とした。

 だがラモラックの艦隊は、どうもそういったそれまでの常識を打破する何かを見出してきたのかもしれない。だとすれば、敵の宇宙空母にどのような兵器が搭載されていて、そしてどのような破壊力を見せてくれるのか非常に興味があった。それによってこちらの艦隊にも多少の被害を被ることが考えられるが、それによって本国の研究材料となるのならばそれも受けて立つしかない。

 もともとこの作戦は、本国の政治家どもが戦略も理解しない国民に焚きつけられて行われた無謀な出兵だ。それだけにリーガン提督は自身の生還など最初から絶望視していた。無謀かつ、最初から敵に叩きのめされてしまうという事態は容易に想像ができていたのだ。数多くの実戦経験のあるリーガン提督だからこそ、マキス大佐と同様の見解を持つことができたのかもしれない。

 だが、軍人は政治家に隷属される立場にある。シビリアンコントロールを守るために、軍人はこんな無意味な戦いで死ななければならないのだ。これは大きな矛盾をはらんでいるように思われるが、そうであったとしても、自分たちは政治家の駒でなければならない。さもなければボールスの二の舞になるだろう。

 しかし、生還の可能性など度外視していると言っても、部下までその道連れにしてしまうつもりは毛頭なかった。最初から負ける戦いだとは分かっているが、ならばせめて部下の生存率を向上させるのが指揮官の務めでもある。ラモラック艦隊は第3艦隊に対して集中砲火を浴びせてくるが、艦列を整えて整然と反撃する第3艦隊に対し、以外にもラモラック艦隊の方が大きな損害を被り始める。

 ラモラック艦隊は、天頂方向から行う事実上の奇襲攻撃によって勝負を決めてしまいたかったのだろう。だが、リーガン提督が思いのほか冷静に事態を対処してしまったので、後退する第3艦隊の動きにつられて艦列を乱してしまったのだ。宇宙空間の戦闘では、艦列を乱した側が不利になる。嘗ての戦列歩兵と同じで、隊列を乱さないでいかに効率よく攻撃できるかによって勝敗が決まるのだ。ラモラック艦隊の司令官は、追撃はせずに艦列を整えてから前進し、正面からぶつかってくれば良かったのだ。艦艇数で勝っているのだから、無理はせずとも戦えたはずであろうに。


「幸い、ラモラックの艦隊は追い払うことができそうだな」


 勝てる、と言うのではなく追い払える、と言うのが、リーガン提督の心情を暴露するものであっただろう。ラモラックの艦隊以外にも、他の恒星系の艦艇がここに現れるのは確実であり、それらの艦隊と連戦を続けることになることを思えば、とてもではないが1回の戦闘に勝利した程度では喜べない。

 艦隊司令官の予想通り、ラモラック艦隊は次第に大きくなっていく損害を嫌ったのか、一気に後退を始めた。本来であれば追撃して叩き潰してしまうところだが、リーガン提督は追撃を禁じ、艦隊の被害確認と、別の方角から敵艦隊が来た場合に備えるように命じた。


「戦いはまだ始まったばかりだ。小物など放っておけ」


 提督の力強い言葉に、全滅を覚悟していた将兵たちは安堵した。ボールスの占領に関しては困難極まりないものであったとしても、生還は充分に望めるだろうと彼らは思い始めたからだ。今の一戦は、勝ち負けよりも自分たちが思いのほか多く生還できたことによって士気を向上させることができた。

 部下たちの士気が向上し、少しは生還への望みが増えたことに提督は安堵しながらも、一方で敵が宇宙空母をまるで運用してこなかったことを気にかけている。もしかしたら、大気圏内用の航空機を積載した

空母であるかもしれないとリーガン提督は思うが、どれも推測の域を出ない。宇宙空母の機能を知るために、もう少し粘ればよかったかと思わないでもないのだが、そのようなことを考えても時すでに遅く、ラモラックの艦隊は短距離ワープによって離れてしまっていた。

 敵の宇宙空母についていろいろ思案しているリーガンのもとに、損害報告をまとめて報告書が届けられる。第3艦隊艦艇数650隻のうち、21隻が撃沈され、37隻が損傷。戦死者の数は6398名であるという。負傷者の数は戦死者の数とほぼ同数であり、更に37隻の損傷艦艇のうち、19隻は航行不能状態にある。結果的に見れば、艦隊は40隻の艦艇と、1万2000名余の人員を失っていると言えた。

 これでも、奇襲攻撃を受けたにしてはまだ損害としては少ない方と言える。一方でラモラック艦隊の方は100隻の艦艇撃沈をこちらで確認しており、少なくとも4万人の将兵が死亡しているだろう。


「この損害だと、ラモラック艦隊はまた交戦した時には全滅だな」


「だといいのですが……」


「君の懸念は分かっているつもりだ」


 参謀の言い分を彼は聞かずに理解することができた。ラモラック艦隊を知り退けることには成功したとしても、他の敵艦隊がいつどこから出現するのかわからない状態が続くのは好ましくない。現場に来て見て、あまりにも歪な戦場となってしまっている現状に、困惑せざるを得ない。

 今更ながら、第2艦隊の作戦参謀であるマキス大佐が出兵に対して慎重な姿勢であった理由を第3艦隊の参謀たちも理解した。純粋に出兵そのものが問題になっていたのではなく、ボールる星系に到着した後に、艦隊がどのように動くべきかのかじ取りがあまりにも困難だったのだ。いつどこから敵艦隊が出現するかもわからない恐怖を味わい続けなければならない。これは圧倒的多数の敵艦隊と正面から戦わざるを得ないような状況よりもはるかに精神的苦痛を感じてしまう物だった。


「いまさらですが、この星系からの撤退も視野に入れるべきでは?」


「すでに考えているとも。だが、ドライブフィールドの再チャージが完了するまでまだ1日もある」


 ドライブフィールドの再チャージが完了するまでは、短距離ワープによって撤退することはできないし、ホールゾーンに関しても、敵がホールゾーンの監視を常に行っているだろうから、ホールゾーンの利用準備の間に攻撃されて結局は壊滅するだろう。それではこちらが艦隊を送り込む意味がない。艦隊を壊滅させずに、ルーカンに帰還させなければならないのだ。そういった前提条件を考慮するならば、短距離ワープが行えるようになるまで現在位置で待機するしかない。


「それよりも参謀。我々のいる地点の半径50秒光の範囲の安全を確保したい。偵察艦を配置しておいてくれ」


 逃げるにしても戦うにしても、どこから敵艦隊が来るのかわかっていなければどうしようもない。提督の意を受けて、参謀は直ちにその準備を行うために司令官のところから離れた。リーガン提督はテーブルの上に乗せられているコーヒーが注がれた紙コップを手に取りながら、小さくつぶやいた。


「さて、次は何が出てくる……?」












 ラモラックとルーカンの艦隊が交戦したことを、当然ボールスは承知している。外延部で行われる戦闘自体は、全て彼らの耳に届いているからだ。

 ラインバックは宇宙艦隊司令官であるカタヤイネン大将に、敵艦隊への対応を要請し、彼女自身は叛乱勢力の後始末を担当している。本来であればカタヤイネン大将に直接会って話をすべき内容がいくつもあったのだが、各国軍が大量にボールス内に現れた現状では、悠長に会談している暇などなかった。

 現在の国防委員会の仕事として、叛乱勢力の後処理と、宇宙艦隊への補給物資の供給体制の構築と言った、2つの難題を抱えている。補給物資の調達に関しては、政府としてもボールスが征服されることを望まない以上は必死になって用意するからいいとして、問題は叛乱勢力の処理の方だった。陸軍司令部潰滅後、叛乱を起こした陸軍の行動は下火になりつつある。一部では帰順の動きも見えて、どうにか終息させることに成功したのだが、一方で各師団の幹部級ともなると極刑は免れないことを知っているようで、何とか逃げ延びようと地下へと入り込んでいる。いずれ見つけ出すことはできるとしても、潜伏されて破壊活動を行われた日にはたまったものではなかった。


「宇宙軍の憲兵隊は、20個師団が保有していた重火器および戦闘車輌の押収に成功しました」


「では、残りは完全にゲリラ化している可能性という事ね」


「さようです。この点に関しては、憲兵部隊の各部隊の報告書を確認する限りは間違いないかと」


 しかもそのゲリラ戦力は、横の連携が全くない状態になっている。あとはもう自爆テロなどの類を引き起こすしかないのだろうが、もはやそれも意味がないことだ。

 しかし地下に潜伏されてしまうという事になると、探し出して始末していくのも骨だ。どこかにまとめってくれているところを一網打尽にできれば楽だが、そこまで簡単に事が運ぶはずもない。やはり地道に対応していくほかにてはなかった。

 だがそれでも、ひと段落ついている分、こちらの状況はましなものだった。それよりも、彼女は他の恒星系から襲来した敵艦隊が、現在どのように動き回っているのか、そしてそれを宇宙艦隊はどのように対処しているのか。此方の方がより重要な状態になっていた。


「先ほど、ラモラックとルーカンの艦隊が交戦し、ラモラック艦隊が後退しました。ルーカン艦隊は現状のまま待機しているので、そのあとの行動が注目されます」


「他の艦隊は?」


「モルドレッドの艦隊を確認しましたが、こちらはパラミデスの艦隊と交戦しています。アレスタント、ガレス、トリスタン、ユーウェイン、ベティヴィア、そして地球連合の艦隊は確認できません」


 ランスロットとアグラヴェインは最初から艦隊を導入したくともできない勢力であるので、この2つの恒星系は始めから敵対勢力としては考えていない。だが、まさか攻め込んできた国が、わずか4か国であるというのはラインバックにとって意外なことだった。

 最初、彼我距離を考えればトリスタンとユーウェインも此方に艦隊を派遣してくると考えていた。だが、この2つの恒星系は、複数の恒星系の艦隊が一堂に会して殺し合いを始めてしまう事を好ましくないと考えていたのかもしれない。それはそれで英断ともいえるだろうが、だからと言ってボールス側としてはそれを手放しに喜ぶことはできない。

 もしトリスタンとユーウェインの艦隊が、艦隊を遅らせて進発させてきた場合、それを防ぐすべはない。現在のところ、宇宙艦隊は充分に機能しているが、もしこれが4つの敵性艦隊を撃破していく中で消耗してしまったら、今度こそ打つ手がなくなってしまう。此方の戦力は無限ではないし、それを補充する事は容易ではない。そのため、当初は侵攻してくる敵性艦隊全てが、ボールス以外の艦隊と戦って戦力を消耗した段階で攻撃を行う、と言う手はずだったのだ。


「できればトリスタンとユーウェインには動いてほしくないものね。此方が一方的に殴り殺されてしまう事になるわ」


「そのどちらかの艦隊が、今星系内に入り込んでいる敵艦隊を始末してくれる可能性もありますが」


「それはどうかしら……あるいは、我々を滅ぼす間は同盟を組んでくる、と言う可能性も否定できないわよ」


 尤も、その場合は途中までは良くともその後が続かない事は誰もが知っていることだから、此方を攻撃している段階で同盟が雲散霧消するだけのことだ。だが、その途中までは同盟を組まれて此方の艦隊に対して共同で攻撃を行ってくることは充分考えられる。

 自分に不利な条件と言うのを考え出すと恐ろしいほどにきりがない。少しは状況を整理して、分かり易くしてしまった方がよいだろう。ラインバックはそう思い、確認できている限りの各国軍の情報に目を通した。その中で、ラモラック艦隊に宇宙空母が存在しているという情報が見受けられた。


「宇宙空母? 初めて聞くわね」


 ラインバックは、軍隊の兵站機能に関しては充分な知識を持つが、軍用兵器の種類を事細かに記憶しているわけではない。まして、自軍に存在しない宇宙空母の存在と言われても、これがどういう意味を持つものなのかよくわからなかった。彼女はこの宇宙空母とはなんなのか尋ねると、秘書の方もよくわからない曖昧な返答をする。


「恐らく洋上空母のようなものを宇宙空間に転用したものではないでしょうか?」


「でも、今の時代にそんな兵器は有効とは言えないと思うわよ?」


「ええ。恐らくその常識を覆すような何かを新たに発見したからこそ、宇宙空母を投入したのではないでしょうか?」


 その割にはルーカン軍との戦闘では全くと言ってよいほど、その宇宙空母が活躍している様子が見られなかった。まだほかの恒星系の軍に見られたくないので、隠し続けている可能性も否定はできないが、だからと言って自国の新兵器の性能を一刻も早く試してデータを収集しなければ意味がないではないか。


「……宇宙艦隊の方は、この空母についてどのような意見を持っているのかしら?」


「脅威とは考えていないようです」


「現状ではそれが妥当か……わかった。ひとまず空母の件は宇宙艦隊に任せましょう」


 軍事について考えるのは軍人の仕事であり、政治家は銃後のことを考える。被害報告に合わせて、必要な処置を取る事と、補給物資の確実な輸送手配以外にラインバックにできることはない。否、それさえも本来は、国防委員長の責務であったはずなのだが。

 今更愚痴を言っても始まらない。まずは敵艦隊の状況を踏まえながら、そして政治家の撃てる最善手を撃ち続けるほかない。彼女は秘書官に、憲兵隊の司令官を呼び出したのだった。














 ボールスに対して距離的には決して遠くはないながらも、まだ艦隊を動かそうとしない2つの恒星系のうち、トリスタン軍はそもそもボールスに対して軍事行動を起こすという意思そのものがなかった。

 トリスタン軍は、この2年ほど軍事行動を起こしておらず、また対外勢力に攻め込まれてもいない。現時点で地球連合に次ぐ平和を謳歌する星系であり、それだけに温存された力が爆発した時の破壊力は想像をはるかに超えるものとなるだろう。

 トリスタン宇宙軍は、他の恒星系とは異なり、宇宙海兵隊と言う組織名である。これは、トリスタン軍では非常に特徴的な用兵思想を展開しており、それには宇宙艦隊と言う言葉があまり似合わないのだ。今の時代に、敵艦隊に肉薄し、敵艦に乗り込んで制圧戦を行う軍隊など尋常ではないだろう。

 トリスタン軍は重巡洋艦に陸戦兵員を搭載し、敵艦隊に対して突撃を行う。そして彼我距離が0となった時に、敵艦に陸戦部隊を送り込んで攻撃するという無茶苦茶な戦術を得意としている。これを可能にしているのは、他の恒星系に対し、200年は進んでいるというシールド技術の賜物だった。光学兵器は愚か実弾さえも弾き返してしまう強固なシールドを有しており、トリスタン軍の重巡航艦を撃沈したければ、50隻の艦が1隻に対して集中砲火を加えなければならないと言われるほどのものだった。

 そしてもう一つの特徴は、敵からの鹵獲艦が多いという事であろう。これまでの戦争の中で、鹵獲した敵艦艇は200隻。そのほとんどが重巡航艦であり、彼らが意図的に敵艦艇を、特に強力な重巡航艦を奪い取る戦術が垣間見える。

 このような戦術を駆使するのは、トリスタンにとっては苦肉の策であった。トリスタン星系内にある建艦工廠は、駆逐艦と巡視艇の製造を中心として、重巡航艦、軽巡航艦の製造を行う事ができないものだったのだ。これは他の恒星系から重巡航艦などを購入することを前提で建艦工廠を建設したためであり、低コストで数が揃えやすい駆逐艦の製造をメインに据えた体制であったためだ。

 だがこの方針は、自分が以外が全て敵、というあまりにも異様な状態の中で頓挫する。これまで重巡航艦の発注先であったアレスタントは、最後に4隻の重巡航艦を、戦闘艦隊とともに派遣してきたのだ。それが、トリスタンにとっての初めての戦闘だった。

 この戦闘は、宇宙海兵隊による敵艦鹵獲戦によって何とか追い返すことは成功した。20隻の重巡航艦を奪われ、40隻の艦艇を撃沈に追い込まれたアレスタントは、こんな常識はずれな戦い方を仕掛けてくる相手などと思ってもみなかった。そもそも、そのような戦い方に対して対策など建てようもなかったのだ。接近前に、敵艦を撃沈できると考えていたのだから。

 こういった、独自の軍事理論に基づくトリスタン軍は、ボールスの状況に対してい一応軍事的に進行すべきかどうかの検討は行っていた。しかし検討を行い、その結果として彼らはボールス攻略は不適当であると判断した。ボールスに対して軍を送り込むのは容易だが、結局他の恒星系の艦隊と鉢合わせて戦闘となり、消耗戦に陥ることを嫌ったのである。それにトリスタン軍は守りにおいては人類屈指の実力を有するが、攻めるという点では決して優れているとは言えない。そして国民も、下手に戦って国力を消耗させるよりも、戦わないで国力の充実に力を注ぐことの有意義さの方がより建設的であると感じて、侵略戦争には否定的なものも多かったのだ。

 攻め込むことには否定的であるが、守ることに関しては有無を言わさぬほどの屈強な恒星系は、だが軍の派遣はしないことを決めても、ボールス星系内で行われている各国軍の殺し合いに無関心ではいられなかった。偵察艦を派遣し、状況の把握に努めているのも、この戦闘の行く末が、決して軽視できないことになるという認識を彼らも持っていたからだ。

 トリスタン軍の総司令官は、アルベルト・クライス大将と言う、すでに退役間近の64歳の老人である。だが、彼はなおも精力的に活動し、その勤労ぶりは多くのトリスタン軍将兵の手本とも言われる。だが本人がそこまで精力的なのは、同時に後継者が充分に育ちきっておらず、深刻な人材不足を併発している証拠でもあった。

 その彼のもとに偵察艦から送られてくる報告が次々と届けられていく。偵察艦は12隻派遣されており、その12隻とも、まだどこの恒星系にも発見されることなく情報収集を続けているのだ。その情報によれば、4ヶ国の艦隊がボールスに派遣され、一色触発の状態になっているという。この状況の中に、自分たちが艦隊を派遣しないでよかったとクライス大将は感じていた。


「各国の艦隊のうち、モルドレッドの艦隊がパラミデス艦隊に手痛い打撃を被った模様です。パラミデス艦隊の規模が大きかったというのも大きな要因ではありますが」


「艦隊の規模を見る限りでは、パラミデスは本気でボールスを狙っているようだからな」


 偵察艦が確認する限りでは、パラミデス軍は2個艦隊、1200隻の艦隊を派遣している。この2個艦隊は互いの位置を確認して連携しており、そのためにモルドレッド艦隊はパラミデス艦隊に挟撃されて大損害を被ってしまったらしいのだ。

 モルドレッド艦隊は、艦艇数の4割を失い、事実上の全滅判定を受けてしまった。もはや戦闘部隊としての体をなしておらず、艦隊は短距離ワープによってボールス星系の外に逃げ出してしまったという。

 モルドレッド軍は、先のアレスタント戦と今回のボールスでの戦いによって、保有艦艇の2割を損失したことになる。しばらくは国防に専念し、外征することはできないだろう。それが確認できただけでもひとまずよいが、問題はこのパラミデス艦隊の規模だ。1200隻の、しかも連携して行動できる2個艦隊は、残るラモラックとルーカン、そしてボールスにとって充分すぎるほどの脅威と言える。流石にホールゾーンを使うと言った行動はとっていないようだが、それも時間の問題だ。ホールゾーンの周辺を制圧する事態となれば、パラミデス軍は大量の陸戦部隊と物資を送り込んで、一気にボールスを占領してしまうかもしれない。


「ボールスのことよりも、これはパラミデスに対しての対策を考慮しなければならない事態となってしまったようだな。さて、これに対応するための手段は何かあるかね?」


 クライス大将の言葉に即答できる人物は残念ながらいなかった。ボールスが他の恒星系に征服される危険性は理解しながらも、2個艦隊もの戦力を投入しているパラミデス軍を沈黙させる手段と言うのが、現状のトリスタン軍の戦力では思いつかなかったのだ。

 それに対して、クライス大将は自分の考えを全員に披露する。それは、トリスタン軍の1個艦隊を、ボールスではなくパラミデス本星に向けると言う物だった。


「ボールスに向かわせるのではなく、パラミデスを狙うのですか?」


「いや、これは牽制だ。何も本気でパラミデスを征服する必要はないのだよ」


 クライスは、現状のままボールスに艦隊を派遣したところで、トリスタン軍の兵站能力などから1個艦隊500隻しか派遣できず、結果的にその500隻を丸ごと失ってしまう事がはっきりしていると考えている。だが、パラミデス軍の軍構成に関する情報では、敵は3個艦隊の保有であり、他の戦力は有していない。つまり本国の防衛には1個艦隊が配置されているのみなのだ。

 この1個艦隊に対して攻撃を加えて、撃破することに成功すれば、残る2個艦隊は本国の防衛のために全力で引き返すしかないだろう。ホールゾーンを用い、自分たちにどれほどの損害が出ようとも構わず戻ってくるに違いない。それによってボールスが征服されるという最悪の事態を避けようというのだ。敵艦隊が反転して戻ったことを確認すれば、こちらも無理にその2個艦隊と戦う必要はない。

 こうしてみれば、各国軍は、自分たちの獲物を奪われないようにするために互いの足を引っ張り続ける構図が見え隠れする。戦争が長期化するのも、このような戦い方が原因であるのだが誰も気に留めていなかった。


「良いかね? 今はまだ耐えるべき時だ。各国は互いに殺し合い、それによって国力を消耗させている。実際にはそれは愚かな事であり、そのような連中に世界を任せるわけにはいかない。戦争は勝ったものが勝者ではない。生き延びたものが勝者なのだ」


 そしてそれには、どこの恒星系も容易に滅んでもらっては困る。滅びるのであれば、占領を行った恒星系さえも、様に立ち直ることができないだけの損害を受けてもらわなければ困るのだ。そのためならば、多生の遠征さえも行って見せる。それに、敵がこちらの遠征に気が付いて艦隊を引き返してくれるというのであれば、それは僥倖と言う物だった。


「艦隊に関しては、私自身が率いるとしよう。敵に我々の雄姿を見せつけるまたとないチャンスだ」


「提督。そうは言われますが、提督はまだまだトリスタンにとって必要なお方です。万一の事が有ったら……」


「その時は、後継者が私と同様かそれ以上の技量を発揮して軍を率いてくれることを期待するよ」


 それは剛毅と言うよりは投げやり的ではないかと多くの将兵に違和感を与えたのだが、いつまでたっても後継者が現れず、本来であれば既に軍内部で隠居のみであるはずのクライス大将がなおも前線に立ち続けなければならない時点で歪であることに気が付くべきであろう。もう彼は戦い続けることに辟易しているという事実を認識し、クライスに代わる人材になろうとしない限りは、いつまでたってもクライスは安心して引退できない。

 このトリスタン軍に弱点があるとすれば、まさにその点にこそあっただろう。老練な、そして不世出の司令官がいる軍隊は、その個人に頼り切ってしまう。そういった軍隊は、その司令官を失ってしまった時に一挙に弱体化してしまうものだ。そうなってしまっては意味がない。それだけに、クライスはこの遠征に、自分の後継者にできるかもしれない人員を同行させるつもりであった。

 彼に呼ばれたのは、ギャレル少将と言う、まだ30歳になったばかりの人物である。嘗てハンセン病を患っていたためにその容姿は必ずしも万人受けするものではないが、クライス大将にとっては信頼に値留守る人材であった。実際、彼が居なければ、いくつかの軍事作戦は失敗に終わったと断言できるものだったからだ。それだけ信頼できる人材であり、後継者としてこれ以上にふさわしい人物はいなかった。

 今回の戦いで、ギャレル少将の能力を全面的に試験する。クライス大将にとってはあらゆる作戦行動よりも、寧ろ自分の後継者育成のための時間を作り出すことの方が、この場合重要であったかもしれない。

 他にも数名、彼は上級将校を指名したが、それらの人材に関しては、ギャレル少将以上の能力を期待しているというわけではなく、少々の補佐役としての能力を確かめようという意図であった。むろんこの段階でそういったことを言うのは、全軍の士気にかかわる。その点をこの老提督は良く理解していた。


「各員の検討を期待する。偽りの平和のために戦おうではないか」


 おそらくこれほど、軍人として痛烈な皮肉はないであろう発言をクライス大将は奏でた。後日この発言は、この恒星間戦争の非常に馬鹿馬鹿しい状況を表した発言であるとして構成の記録に長く記録されることになる。むろん彼は、そのようなことを意図してはいなかったのだが。

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