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13  作者: 陸奥新一
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第6話

ルーカン軍2000隻の艦隊は、アレスタント艦隊の視界の中に飛び込んでこなかった。人口粒であるはずの艦隊を探そうとしても、見えるのは全て小惑星だった。

一方でバートン少将はモルドレッド艦隊を迎撃し、そして追撃戦に突入しようとしていた。完全な勝利を得られると彼が確信した時、突然連絡が入る。それは自分の護衛対象が、完全に壊滅してしまったという報告であった……

 2000隻の小惑星艦隊が、アレスタント軍が建設しているガレスへの中継拠点へと進撃している頃、アレスタント本星に待機させている艦隊のうち、2500隻が、このルーカンから派遣された艦隊を撃破するために出撃を開始していた。

 アレスタント宇宙軍でさえも、2500隻と言う膨大な数の艦艇を一度に動かした実績はない。それだけに、この艦隊に対して寄せられる期待と言うのは非常に大きなものだった。2500隻の艦隊を同時に動かし、統制することができれば、それだけ大きな成果をあげられる。これまでは1500隻以上の艦隊を構成するのは、通信機能などの問題から不可能であると考えられていたために、この大艦隊が1隻も落伍することなく目標との快適地点に到達すれば、アレスタント軍は大規模艦隊の運用に関して一日の長を他の恒星系に対して持つことができる。この恩恵は決して小さなものではない。

 しかし、2500隻の艦隊を動かすというのは、アレスタント軍でさえも現状では厳しいものがあった。現時点でも、1200隻の艦艇を動かしているのだから、ここに2500隻分もの補給の負担が増加する。後方作戦本部が補給物資の確保のために奔走し、ほとんど休みなしで活動していることが知れる。彼らの精勤ぶりを見れば、いかに後方作戦本部がこの時過酷な任務を担っていたのかわかるだろう。

 だが、彼らがいかに補給物資の確保のために様々な手段を講じたところで、それらの物資は彼らの努力に対して反比例するように集まらない物であった。作戦行動のために、1ヶ月分の物資は何とか確保できたが、それ以上の物資の収集はどうやっても不可能であったのだ。

 従って、アレスタント軍はこの大規模な戦力に対して、1か月以内にすべてを処理するように命じなければならなかった。万一敵の補足などが遅れ、補給物資が不足したとしてもその物資を運ぶことはできない。補給物資さえもないのだから、持ち込んだ分が消え去ってしまったらもうどうしようもない。

 そのようなことを言われたアレスタント軍兵士たちは、だが決して士気が低いわけではなかったし、何よりも自分たちの庭先で敗北するなどと考えてもいなかった。


「奴らは俺たちのホームグラウンドに入り込むんだ。なのに負ける要素がどこにある?」


 兵士の1人はそういって、自分たちの勝利を疑っていなかった。これには、敵が長期間の遠征によって心身ともに疲労していることと、補給線が長すぎるという、常に軍隊が抱える命題が付きつけられている現状で、敵がその解決策を見出したとは思えないが故の自信であった。

 だが、単純にそのように思い込んでいる人間と、もっと補給線の重要性を理解している人間とでは敵に対する考えが大幅に異なってくる。2000隻という事は、最低でも60万人の人員が乗り込んでいるという事になる。それだけの人員を100日以上も食わせるだけでも途方もないほどの食料と水が必要になるだろう。その補給に対してルーカンの財政が耐えられるのかどうか非常に怪しいものがある。

 どちらにせよ、敵に接触すればすべてが分かる事であったから、彼らはそのつもりで、敵の進行ルートに対して出撃していったのである。ところが、敵との接触予定宙域に到達した時、彼らはそこに敵の姿がないことに驚いた。この艦隊を任されたジョンソン大将は、敵の姿がないと言われ、先遣部隊の報告も重ねあわさせた。


「敵艦影確認できず。先行部隊からも同様の報告が届いています」


「どういうことだ? 敵は2000隻の大艦隊だぞ!?」


 それが丸ごと消えてしまうなどという事はまずありえない。もし敵艦隊が事前にルートを変更したのであれば、しかしそれも先行部隊や偵察艦によって確認ができるはずなのだ。1隻や2隻ならともかくも、2000隻が艦隊運動している状態で見逃すなど考えられないことだった。


「偵察艦に艦隊の半径3光年を捜索させろ。そんなに敵は遠くないはずだ」


 敵艦隊は近くにいることだけは間違いない。それだけは確実であったが、偵察艦からの報告では、艦隊の進行方向2時に対し、大規模な流星群が確認できるとの報告だけで、敵影は全く見受けられないという報告が、提督のもとへと届けられていく。


「では一体、敵艦隊はどこに消えたというのだ? こちらは敵艦隊が中継拠点に向かうのに最適なルートに布陣しているのだぞ?」


 ジョンソン大将の言い分は最もであり、彼の幕僚たちは一体的艦隊がどこに消えてしまったのか探し出さなければならなかった。まさか、2次方向に確認された流星群が、自分たちが追跡している艦隊であると気が付かなかったのだ。

 小惑星と言うのは、遠目で見れば艦隊に見えてしまうが、近距離にまで迫れば、実は視認しない限りは単なる小惑星でしかなかった。これは現代戦の盲点を突いたもので、もし艦隊同士が接近すれば、応戦態勢を取って当たり前であると誰もが思ってしまう。だが、この小惑星艦隊は着実に目標地点に接近しており、ステルス偵察艦グローバルは、いつこの艦隊の秘密がばれてしまうのかと内心でひやひやしながら航行を続けていたのである。敵の大艦隊が出現し、その周囲に偵察艦が徘徊するようになってしまった現状では、グローバルが発見されるのも時間の問題であるように思われた。

 しかし、敵に発見され、掃滅されてしまうのではないかとグローバルの乗組員たちが心臓を針で刺されるような緊張感を味合わされ続けること5時間が経過しても、敵艦は彼らを発見することができなかったのである。トルフィン艦長は、敵艦隊が一体何をしているのか気になってしまうほど、敵艦隊の動きが緩慢であることに違和感を感じてしまっている。


「連中、よほどこちらの艦隊を探し出すのに必死らしいな」


 敵がこの距離にいるステルス偵察艦を発見できないのは、大艦隊を捜索するという固定観念に束縛されてしまい、1隻単位の艦艇を探し出すという事に対して関心が薄いのだ。それは本来では危険な兆候なのだが、今のアレスタント軍にはそこまでの注意力と言う物がないらしい。本来存在する強大な獲物を見つけられずに焦っているのでは、仕方がないと言えるかもしれないが。

 どちらにせよ、敵がこちらを発見できずに右往左往している現状はありがたい。中継拠点を確実に破壊するためには、自分たちが見つからずに小惑星艦隊を誘導することが大前提となる。

 そしてもう一つ、モルドレッドの艦隊が、工作艦の護衛艦隊を誘導してくれたために、現在中継拠点周辺は軍事力の空白が出来上がっている。モルドレッドの艦隊の利用価値と言うのは、極端なところこの工作艦隊の護衛を別宙域に引きずり出す以上のものではなかった。

 マキス大佐が提案した作戦内容は、どの恒星系でも構わないので1個艦隊、アレスタントに派遣させるように向けることを前提として、こちらの小惑星艦隊を中継拠点にすべて流し込むこと以外の何物でもない。そのため、モルドレッドの艦隊でなくとも、たとえばガレスの艦隊が出撃してきてくれても構わなかったのだ。モルドレッド宇宙軍にとってはたまったものではないだろうが、ルーカン軍の損害を極限まで抑え込むことができるであれば、他の国の軍隊がどうなろうが知ったことではない。

 トルフィン艦長は時計を確認する。今頃、モルドレッドの艦隊と工作艦の護衛についていたアレスタント艦隊が光線を開始している頃だ。


「上手く共食いしてくれるといいのだが……」


 モルドレッドとアレスタント、どちらが勝とうがこちらにはどうでもよいことではあるが、気にしないで済ませるわけにはいかなかった。そして彼の予想通り、すでに両軍の交戦が開始され、20分が経過しようとしていたのである。














 モルドレッド宇宙艦隊の駆逐艦が、アレスタント軍からの攻撃を受けた。レールガンの砲弾が駆逐艦の正面装甲を突き破り艦内を貫いていく。その損傷は一撃で致命傷となって、駆逐艦を大爆発に追い込んだ。

 モルドレッドの戦闘用艦艇は、非常に攻撃力に特化して、防御力を犠牲にしている。そのため、艦艇数に対しての火力は恒星系では最大ではあるが、それもアレスタント軍に対抗するための苦肉の策でもあった。数で劣るモルドレッドの艦隊は、アレスタントの軍に対抗するには火力を強化して、敵に反撃の余力を与えずに一気に撃破するという戦術を採用していたからだ。これは一見すれば正しいように思えるが、もし敵に機先を制されてしまったら非常にもろい戦術でもある。そしてこの時、モルドレッドの軍は、その機先を完全に制されてしまっていた。

 モルドレッド艦隊の指揮官はハーパー中将と言う人物で、決して無能な人物ではないのだが、敵に先手をとらえてしまった上に、しかも艦隊の右側面から襲撃されてしまったことで艦列を突き崩されてしまった。艦隊を後退させて敵の攻撃をしのぎつつ、態勢を整えようとするが、敵艦隊はその後退を許さなかった。


「敵は実戦経験が不足していると見えるな」


 アレスタント軍のバートン少将は、敵艦隊の司令官の実戦経験がさほど多くなく、教科書から逸脱した攻撃を受けた場合に反応が鈍化してしまう事が容易に想像できた。成程、机上演習では優秀な指揮官らしいと彼は思い、敵の指揮官に現在の状況で内心で同情しながら攻撃の度合いを強めていく。

 アレスタント軍が敵の側面に躍り出たのは、実は偶然だった。敵艦隊接近の情報を受けたとき、バートン艦隊は敵艦隊の進行速度に対して、およそ4時間遅れで行動していたのである。当初のスケジュールどりに艦隊が動いていたとすれば、正面から盛大にぶつかっていたはずなのだが、その4時間遅れの行動のおかげで敵がその分前進し、アレスタント軍は敵の側面に出ることができたのだ。

 いわば両者ともに計算違いの状況から戦闘に突入してしまったので、どのように対応すべきか非常に悩ましいところだった。だが、バートン少将は自分たちにあまりにも有利で、しかもこちらの位置情報が敵に知られていないことが分かると、気が付かれてしまう前に側面から襲い掛かる決断をしたのである。そして現在の状況に至る。

 このため、戦闘開始の30分間はあまりにも一方的な虐殺になった。50隻のモルドレッド軍艦艇を撃沈し、アレスタント軍は敵艦隊を虐殺の被害者の位置に敵をたたき込み続けたのだ。だが、流石にその後は、敵も後退しつつ体勢を立て直しながらなんとか反撃の機会をうかがっているように見える。机上演習ばかりの人間が指揮をしている割には、危うく壊乱しかけていた状況からの立て直しは高い評価を与えてもよいものであった。


「此方の被害は?」


「トータルでは、重巡航艦2、軽巡航艦4、駆逐艦3が撃沈されました」


 被弾艦艇に関しては30隻を超えているが、いずれも損傷は軽微で交戦に支障はないという。それであれば、バートン提督としては敵艦艇への攻撃を絞り、集中砲火を浴びせてしまおうと考えるようになる。


「敵の重巡航艦クラスに集中砲火を浴びせて、敵の火力をそぎ落とす。注意しろ、連中の駆逐艦は此方の重巡並みの火力だからな」


 そして重巡航艦ならば、戦艦にも匹敵する火力がある。ただしその装甲は駆逐艦の装備でも容易に破壊は可能だ。

 アレスタント艦隊の駆逐艦戦隊が、高速で敵艦隊に肉薄し、レールガンとビーム砲を乱射して重巡洋艦を攻撃する。モルドレッドの重巡航艦の1隻が、その駆逐艦戦隊に向けてレールガンを乱射し、駆逐艦2隻がはじけたように吹き飛んだ。だが、残りの駆逐艦がその重巡航艦にレールガンの不断を命中させる。敵艦の機関部に命中したその砲弾は敵艦内部を抉り抜き、そして爆散させる。1隻の重巡航艦を撃破するのに、2隻の駆逐艦を犠牲にさせられてしまうのはあまり効率が良いものではない。だが、敵艦隊の編成を見る限りでは、重巡航艦の数は決して多くはないのだ。重巡航艦さえ始末してしまえれば、あとはどうとでも料理できる。

 それよりも厄介なのは、敵艦隊の旗艦がどれなのか識別するのが困難という事だ。アレスタント軍艦隊であれば、旗艦に使用される艦艇はアレスタント級という重巡航艦で統一されている。特権意識から専用の旗艦を用意するようになったわけではない。艦艇規模が大きなアレスタント軍では、旗艦に他の恒星系軍の旗艦よりも強力な通信装備を与えなければならず、必然的に旗艦専用の艦艇を用意しなければならなかったからだ。

 一方でモルドレッドの艦隊には通信機能を強化するのではなく、各戦隊旗艦ごとに艦艇通信機能をリンクさせる方法を採用しているため、専用の旗艦が不要であった。しかも各艦の装甲は決して強力なものではないために、極端に言えば駆逐艦に敵艦隊の提督が乗り込んでいたとしても不思議ではない。

 バートン少将は、敵艦隊の中で最も通信電波を発信している敵艦の確認を戦闘開始時点から行っているが、まだ特定するには至っていない。早く特定して叩き潰してしまわないと、こちらの被害が延々と増えることになるだろう。


「右翼のキース准将より、敵艦隊の左翼が後退を開始したとの報告です」


「此方は艦列を維持させろ。下手に突っ込むな」


 敵がこちらの攻撃に耐えかねて後退するのであれば、それは良い。問題なのは敵が態勢を整えるために後退を行った場合だ。その場合、敵の中央と右翼が、後退する左翼部隊を掩護するために逆に前進してくる。だが敵にはその動きがみられないことから、おそらく前進はせずにこのまま現状を維持するつもりであることが分かるのだ。

 敵艦隊左翼はこのまま、後退するに任せてしまい、こちらの右翼は敵の中央部に対して攻撃を集中させる。敵がこちらの攻撃に堪えかえて、全面後退を開始した時が、こちらが全面攻勢に出る絶好の好機である。それまでは何とか現状を維持しておきたいところだった。


「しかし、モルドレッドの艦隊と言うのは攻勢には強いが守勢に回ると本当にもろいな……」


 ここまでバランスが取れていないと、艦隊を運用する側もさぞ大変な思いをしているであろうことが容易に想像できる。事実、現在モルドレッド艦隊を指揮するハーパー中将は、次々と被弾し、損傷していく艦艇を後方に下げて、守りながら戦わなければならないという難事に直面しており、彼の指示は艦隊の動きに合わせることができずに左翼部隊を後退させて、中央に敵の圧力を加重させる結果を生んでしまったのである。これはハーパー中将にとって完全に想定外のことであり、最初に側面を取られ、一方的に殴られ続けてしまったことが悔やまれた。


「踏ん張れ! ここで押し切られてしまったら、奴らにガレスを奪われてしまうぞ!」


 このハーパー中将の発言には、多少の間違いがある。ガレスは別にモルドレッドの所有物ではないという事だ。だが彼らの中では、将来的にはガレスはモルドレッドが頂くことになっている。それだけは決して譲れない境界線と言う形で存在しているようであった。

 だからこそ、アレスタント軍が建造している中継拠点と言う物は、モルドレッドにとっては到底認められるものではなかった。とはいえ、ルーカンの艦隊が動き出しているという情報がなければ、彼らもここに艦隊を動員したりはしなかっただろう。

 アレスタントの軍医2正面以上の作戦展開を強いることができると判断したからこそ、この中継拠点阻止作戦が実行に移されたのだ。そうでなければ、今頃は中継拠点の建造を指をくわえてみているほかなかったのだから。だがそれさえも、マキス大佐と言う1人の人物が考案した謀略の一手である事を彼らは知りようがなかった。

 モルドレッド艦隊は、おそらくその損害の割にはよく頑張ったと言える。艦隊の3割をついに失い、3割が戦闘不能の状態に陥ったとき、この作戦の成功を誓約していたはずのハーパー中将は、これ以上戦えないことを部下に進言され、屈辱にまみれながら命じたのである。


「全艦艇を直ちにこの宙域から離脱させろ。最優先事項だ」


 戦闘参加艦艇の3割を失う事は、事実上の全滅判定を受けてしまったことを意味する。あとはそのままなし崩し的に損害を受け続け、最悪の場合はここにある戦力が全て敵に呑み込まれてしまう事になるだろう。生き残っているすべての乗組員を無駄に死なせることは、敗軍の将として汚名を被る事よりも遥かに大きな罪を被ることになる。彼は敗戦の責任を容赦なく世論に叩きつけられることになるであろうが、それを覚悟で撤退戦の指揮を執り始めた。そしてそれを、アレスタント軍の方でも探知する。


「敵艦隊が後退を開始。撤退する模様です」


「漸く撤退か。ならばここで可能な限り敵艦隊の戦力を削り潰す!」


 もはや敵には長時間の継戦能力がないことは分かり切っている。だが、ここで敵艦隊の半数程度を撃沈に追い込むことができれば、暫くはモルドレッド軍は何もできなくなる。少なくとも、他の恒星系への積極的な侵攻作戦は行えなくなるであろう。

 何よりも、軍事における戦果の大多数と言う物は、撤退を選択した敵を追撃していくことで得られるものだ。撤退することが、敵地に侵攻して攻撃していくよりもはるかに難しく、司令官に高い能力を要求する。その能力を試してやろうと、バートン少将は追撃を命じようとしたとき、突然オペレーターが、自分の指揮官に緊急連絡を伝えた。


「提督! 支給中継拠点建設宙域に戻れとのことです!」


「どういうことだ? これから我々は、撤退する敵を追撃するところだぞ?」


「それが、中継拠点の工作艦隊が全滅したと……」


 さらにアヴェレスク中将も戦死したとの報告が届けられ、バートン少将はいったい何が起こっているのか、オペレーターに詳細の説明を求めた。それによれば、ルーカン軍の攻撃によって中継拠点が壊滅し、工作艦600隻のうち340隻が破壊されてしまったというのだ。


「馬鹿な! 本星の艦隊は何をしていた!?」


「それが、詳しい情報は何も……」


「くそっ! 直ちに現場に急行する。獲物は残念だが放置しろ」


 これほどの上物を、みすみす見逃すというのは屈辱的であったが、それ以上に彼は失態を犯してしまったことになる。結果的に、彼は護衛すべき存在を放置して敵艦隊を追い、そして別の敵艦隊にみすみす護衛対象を攻撃させてしまったのだ。

 ルーカン軍が攻撃を行ったというが、その詳細さえもわからない。あまりにも不気味な結果に、バートンは戦慄した。この半日後、彼はルーカン軍がどのような手口を使って工作艦隊を攻撃したのか知ることになる。それはまさに悪魔の所業と言えるものだった。














 アレスタント軍は、中継拠点が破壊されてしまったことは表向き伏せ、あくまでも建設工事中の事故として片づけることに成功した。この際の詳細な記録に関しては、50年未公開という特殊機密扱いとして封印されることになるのだが、その後公開された記録では、以下のようなことが発生したという。

 アヴェレスク中将率いる工作艦隊は、大規模な小惑星群を探知した。小惑星群の進行コースは、中継拠点建設宙域からわずかにそれることが判明したため、工作艦隊は特に対応手段はとらなかった。とる必要もないことだと誰もが思っていたからだ。ところが、この小惑星群は、突然工作艦隊の方に進路を変更したのである。まるで人間が操る艦隊のように。

 その距離が1000光秒にまで接近してきたとき、漸く彼らは自分体が危機的な状況に置かれていることを理解した。


「ただちに回避行動をとれ! この場から逃げるんだ!」


 アヴェレスク中将の命令は、あまりにも遅すぎた。小惑星群は、光速で接近していたからである。彼我距離が80光秒に迫った段階での回避運動命令はあまりにも遅く、また独自で回避運動を行い始めた艦艇も既に存在していたために、混乱に拍車をかけてしまった。そして、この小惑星群は減速することなく、工作艦隊のど真ん中に突き刺さったのである。

衝撃が工作艦隊の中を走り抜けた。大小無数の小惑星が、工作艦の柔らかい装甲に命中し、破砕し、かみ砕いた。兵士たちが逃げまどい、だが閉鎖された宇宙艦艇と言う物に逃げ場など存在せず、多くの物は宇宙区間に投げだれて窒息死するか、もしくは小惑星と工作艦の間に挟まれて全身を砕かれた。

 工作艦が戦闘には投入されることのない後方支援用の艦艇であることが、この時完全に裏目となっていた。僅か直径3メートルほどの小惑星の直撃で、工作艦は前後に分断されてしまうのである。それに、工作艦の乗組員と言うのは、緊急回避の操艦に慣れていなかった。来る方向が分かっているのであれば、たとえば天頂方向に逃げるという安全な選択肢があるにもかかわらず、それを選択できた艦艇はあまりにも少なかったのである。彼らは正面からくるものを回避することはできてもそれ以上のことができなかった。冷静さを欠いたまま艦艇運動をさせれば、面白いほど簡単に被弾するものである。

 アヴェレスク中将の乗る工作艦、ネックレス39に小惑星が命中したのは、工作艦隊が隕石に襲われたその2分後のことである。何とか回避運動を続けて奇跡的に回避に成功していたが、やがて回避運動さえも許さないほどの巨大な小惑星が、ネックレス39に襲い掛かったのである。

 工作艦は一瞬抵抗したのちに、その圧倒的な破壊力の前に屈した。アヴェレスク中将は、その身体を深淵の世界に吸い出されてしまう。数名の生存者によれば、中将はアストロスーツを着用しておらず、その状態で宇宙空間に投げだれたのだとすれば、アヴェレスク中将はまず死亡したとみて間違いないだろう。今日に至るまで中将の死体は確認されていないが、死亡したことだけは確定されている。

 艦隊司令部の崩壊は、そのまま工作艦隊の壊滅に拍車をかけた。結局、ジョンソン大将の艦隊が到着するまでの13時間。工作艦隊は混乱に混乱を重ね、漸く冷静さを取り戻したときには18万2000名の兵員を失っていたのである。この損害は、アレスタント軍にとって全く予想もしていなかった損害であり、中継拠点も完全に破壊されてしまうというおまけまでついてしまった。

 バートン少将が、敵艦隊の追撃を断念して現場に到着していた時、すでに惨劇に関しては収束に向かいつつあった。ジョンソン大将の艦隊によってどうにか鎮静化されたともいえるそれは、だがバートンが2つも階級が上である人物に対して疑問を呈した。


「一体これはどういう事です? 何故工作艦隊に敵の攻撃を許したのですか!?」


「これは偶然の産物によるものだ」


「何が偶然の産物なのか教えていただきたい! 偶然と言う言葉で、18万人を超える死傷者に対して弁明されるおつもりか!?」


 バートン少将の言い分は間違ってはいないし、自分自身の責任を回避するジョンソン大将に対して痛烈な批判を浴びせかけるものであった。情報を確認すればするほど、大将が判断を誤ってしまったがために工作艦隊が壊滅して、中継拠点まで崩壊してしまったのである。これは単に、大将1人の首では済まされないほどの大きな問題だ。

 だが、ジョンソン大将は自分に責任がないと言い張る。指示を受けていたのは敵艦隊の撃滅であり、敵が小惑星群をそのまま兵器として運用してくるというのは全く想像していなかっただけでなく、偵察艦からそのような情報を全く受けていなかった。


「そのような言い分通用するわけありません! 第一、戦死した兵の遺族にとっては、まず提督の責任を問う声が一気に広がることになるでしょう」


「…………」


 提督は不愉快そうに彼を眺め、そして無言のままその場から去って行った。自分がこの度の事実上の敗北の責任を取らされるという風に話を進められている現状があまりにも腹立たしいのであろうが、バートンの主張は正論であり否定できるものではなかったのだ。それに、この空前の大損害は、途中経過の報告を見る限りにおいて、だれが最大の責任を背負うべきあと言うのであれば、それはジョンソン大将に他ならない。

 バートンは事前にルーカン軍の攻撃の対応を依頼し、その依頼に対してジョンソン大将の艦隊が動いたのだ。そしてその艦隊は自分たちの任務を果たすことができなかった。中継拠点に対するあらゆる攻撃を阻止するのが彼らの任務であり、その任務を彼らは結果的に放棄してしまったのだ。これは決して許されることではない。

 ジョンソン大将にとっては、これまで培ってきたキャリアをすべてどぶに捨て去ってしまうかもしれないだけに、自分の失態を認めたくはないだろう。これが敵との交戦によって阻止しきれなかったという事であればまだ弁明もできるだろうが、小惑星群を敵とは認知せずに見逃した結果、今の悲劇を生み出したのだ。責任から逃れることは決して許されない。

 だがそれよりもバートンは、敵がどうやって小惑星群をコントロールしていたのか気になるところであった。これだけの規模の小惑星群をコントロールしていたのだから、よほど優秀なシステムなどを動員していたに違いないと彼は思ったのである。だが小惑星はそのほとんどが残骸となって、遥か彼方へと離れてしまっている。残骸を探し出すのは既に困難であるが、どうも短距離ワープ装置と、恒星風もしくは太陽風を利用した航行システムを用いているのではないかと言う結論にはすでに達していた。

 これが意味するところは、恐ろしいまでに安価で、しかも強力な艦隊を容易に、しかもいつでも用意することができるようになってしまったという事である。2000隻もの艦隊を、ルーカンがいったいどうやって用意したのかは大きな疑問であったのだが、それがようやく分かったのだ。そしては何の変哲もなく、なおかつ恐ろしい戦術であった。

 こうなってくると、今後は小惑星群に対しても充分な警戒が必要になってくる。たかが小惑星と侮れば、今回のような惨劇がまた発生してしまう事になるのだ。同じ失敗は決して許されない。


「今後は小惑星に対しても迎撃態勢を取る事が必要になるな」


「という事は、これからは緊急迎撃部隊の仕事が一気に増えますな」


 ジョンソン大将の参謀チームの1人が皮肉った。その発言はあまりにも不用意であり、バートンの怒気を膨張させるのに一役買った。


「そして貴官らの責任問題がさらに大きくなるな」


 発言した参謀は、自分の発言がそのまま自分の首を絞めてしまったことに今更のように気が付いた。今回、小惑星の艦隊を見逃してしまった責任は彼らにも存在するのである。それをまるで提督1人の責任にしてしまおうとしている彼らの意図があまりにも透けてみる。

 これはジョンソン大将だけでなく、慢心を抱えた参謀たちに対しても制裁が下されるのだ。自分たちが戦死した遺族たちの前に並べられ、罵倒されてしまう事に今更のように気づかされてしまう。

 とにかくも、戦死したとされる18万2000人さえも、あくまでも推定の数字でしかない。最終的な数字は、これをたやすく凌駕するであろう。その時のことを思うと、バートン少将としてはたまったものではない。

 アレスタントと言う自分たちの故郷が敗北に追い込まれるという事は彼は考えていない。しかし、全ての戦いに勝利したとき、はたしてアレスタントはまともな機能を残しているのか、彼はその点を心配せずにはいられなかった。そしてそれを心配した時、彼は背筋に嫌な気配を感じたのである。

 それは、彼がまず当たると考えている、悪い予感の一種だった。

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