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13  作者: 陸奥新一
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第2話

ルーカン軍とボールス軍が激突する。兵力でも、そして兵の疲労度でも圧倒的に劣るルーカン軍は、マキス中佐の詭計を採用する。一方、地球連合は5年の戦争を続ける10の恒星系に対し、ある謀略を練り込んでいる。後世、神算鬼謀の模範例とも言われるほどの、途方もないほどの遠謀を……。

 連合歴364年11月23日。ルーカン宇宙軍第2艦隊550隻は、ボールス系の外延部に到達していた。

 恒星間航行能力を持つ艦にとって、恒星系のすぐ外側と言うのはもはや遠い宇宙でなく、庭の中に足を踏み込んでいる状態に等しい。そのため、すでにボールスの宇宙艦隊が待ち構えているであろうことは容易に想像がついていた。

 先行させた偵察感からの報告では、敵は1200隻の艦艇をこの宙域に展開している。これはルーカン軍情報部が、現存するボールス宇宙艦隊の創刊定数に匹敵するという未確認情報をこちらに与えたが、それが確認された情報であれ未確認であれ、あまり気分の良いものではなかった。


「敵艦隊はこちらの2倍。しかも完全な状態で待ち構えているわけか」


 レナード・ドピニエ中将は、この作戦は無謀だったようだなと、遠征を命じた政治家どもと、それを許可した総司令部の官僚的軍将校の無能ぶりをなじりたい気分であった。これほどの艦艇を前面に展開できるだけの力をまだボールスが有しているという事は、まだ本星を防衛できる艦隊を残していることを意味する。確かに他の外延部は空白地帯となるだろうが、本星さえ守ることができればそれほど大きな痛手とはならない。

 逆にこちらは、この第2艦隊の550隻をすべて失うようなことになれば、残されている艦艇数は他の恒星系の軍に比べて著しく劣ることになる。勝算があるのならば戦わないでもないが、現状では、第2艦隊に勝算はなかった。


「敵艦隊1200隻は、ホールゾーンから30光秒離れた位置に展開しており、わが艦隊は、あと11時間後に敵艦隊と交戦可能距離に入ります」


「で、わが艦隊に対して敵は2倍の艦艇を擁して我々を迎撃してくるわけであるが、諸君には何か手はあるかね?」


 艦隊司令官に問われ、参謀たちは皆一斉に黙った。今回の作戦では、実のところ参謀たちの出番は全くと言ってなかったと言われても仕方がない。なぜならば作戦をとやかく言う前に、まず遠征する側は常に万全の態勢で迎撃する敵と、遠出をしたことで疲れている状態で戦う事を強いられるからである。

 戦場の設定が困難であるというのは、宇宙空間ではそれほど関係がないように思われるかもしれない。地上にあるような起伏もなければ、天候も存在しないからだ。だが、実際には太陽風による電波障害や隕石の飛来など、障害物は多く、特に後者はその大きさによっては戦闘用艦艇でさえも致命的な損傷を被る場合がある。だから実際には地上だろうが宇宙空間だろうが、戦場を選ぶことの重要性は現在でも揺るがない。

 だが、宇宙空間で戦闘の様式が変わった点もないわけではない。それは、大艦巨砲主義の復活だ。

 人類が地上にいた時代は、航空機が戦争の主役となり、航空優勢がなければその軍隊は勝利できないというのは当然のことであったが、宇宙空間の戦闘に関する限り、戦闘機と言うカテゴリーは消滅している。これは宇宙空間では、戦闘機の運用に適さないという理由からだ。

 まだ人類が西暦と言う暦を使っていた時代のアニメーションや映画などでは、宇宙空間に戦闘機が飛び交うシーンが多く見られたが、実際には戦闘機など運用できなかった。方向転換するだけでも複数のバーニアが必要になり、しかもそのたびに期待制御のために一時静止しなければならなくなる。それでなくとも、レーザーユニットやレールガンが発達してしまうと、もはや航空機は単なる的でしかなかった。光速で飛来するレーザーや、その速度に準ずるレールガンに補足されて、回避できるものなどいるだろうか?

 そのため、戦闘機のような脆弱な兵器は大気圏内でのみ有効となり、宇宙空間では戦艦や重巡洋艦の方がより重要視されるようになった。敵の攻撃はぶ厚い装甲や、或いはミラーコーティングを施すことで対処する。

 更にミサイルなどの誘導兵器も、この時代ではすたれている。わざわざ高額なミサイルを使うよりも、レールガンで狙った方がコストパフォーマンスに優れるからだ。

 そのため戦争の形態は、WWⅡより前の時代のやり方に近くなっている。違うのはレーダー技術が発達し、人間が目を閉じていても勝手に命中弾をたたき込めるという事だろう。だからこそ、航空機の活躍の場が失われてしまったともいえるのだが。

 だが、現在の問題は兵器の運用などではなく、純粋に数の問題であった。自軍の2倍の戦力が、一ヶ所に固まって布陣している。これが分散配置されているならば各個撃破するという事もできるだろうが、今回はそれが望めない。


「……申し訳ありませんが、我々としてはこのまま撤退するという選択肢を取るべきと具申します」


「まだ戦ってもいないうちに撤退か」


 ドピニエ中将は、参謀たちにからかい交じりに言った。この時点では、撤退するのが最善のように見える。少なくとも、敵艦隊と戦っても勝算がないのははっきりしている。勝てるというのであれば、いくらでもやりようはあるが、最初から勝てないと分かっている戦いに突入するのはあってはならない愚行であった。

 ドピニエ中将は両腕を組み、ホロディスプレイに移された両軍の配置と縁力を眺めた。現在の位置からでは、まさに敵艦隊と正面からぶつかることになり、一方的な砲撃を受けて叩き潰されるだけであろう。彼は一度目を閉じて、そして1人の士官を呼んだ。


「マキス艦長。貴官の意見を聞いてみたい」


 その時、アンドレイ・マキス中佐は航法担当士官と算定された航路の状態について話していた。突然呼ばれたことに彼は驚き、ひとまず士官との話を終えて司令官のもとへと向かった。


「お呼びでしょうか?」


「貴官の意見を聞きたいと思ってな。参謀チームは皆、撤退を具申しておる」


 ホロディスプレイに映された状況を見て、一瞬マキスも参謀チームと同意見を持った。どう考えても勝てる戦いではない。彼としても、負けると分かっている戦いに艦と部下を向かわせて死なせたくはない。

 だが、司令官の口ぶりでは、どうやら撤退と言う選択肢は許されていないようであった。

 これが準軍事学的に必要な戦いであれば、おそらく撤退と言う選択肢は逡巡されることなく実行に移せるだろう。だが、問題はこの出兵計画の出元であった。政治家たちが、この作戦で何かしらの成果を望んでおり、それが見込めるまで撤退を許可しないと事前に通知していたのである。

 馬鹿馬鹿しいことであるが、近々選挙が行われるために、相応の戦果を出すことでプロパガンダにしたいという政治家どもの思惑がある。政治と言うのはいつの世でもそうだが、どうやら自分の権力を守るためであるならば、どんなことでも構わず行うことができるらしい。選挙のために22万人の将兵を戦地に送り込んで、しかも現場では勝てないと判断し戦いにさえも逃げるなとは!

 だが、それが政治と言う物だ。いつの世も、政治家の利権目当てによる戦争はどこででも行われるものらしい。マキスはそれを悟ると、さてどうしたものかと考える。

 ふと、高炉から大きく外れる位置に、大規模な小惑星群が存在するのを彼は見つけた。だが、彼が事前に確認した航路表には、この小惑星群に関しては記録されていない。


「こいつはなんですか?」


「さあな。大規模な隕石群だろう。こいつは一応ボールス系の中を通るが、そのまま素通りする」


「……この隕石群をちょっと使ってみたいのですが」


 マキスの言葉に、参謀たちからどよめきの声が漏れた。隕石群を使うと言っても、囮に使うことなどできない。敵の偵察艦などに此方の位置は補足されているだろうし、そもそもスキャニングによって簡単に隕石だと見破られてしまう。

 参謀たちには、マキスが引責を陽動目的に使うのだという固定観念がどこかにあった。実際、隕石を囮に使った作戦は非常に多い。この戦争の初期では、寧ろ常套手段として用いられていたほどだ。だが、流石に何度と同じ策ばかりを使えば当然のように対策される。現在では経形状スキャニング技術の発達で、隕石をおとりに使うことはできない。


「隕石を囮に使うつもりはありません」


 マキスは先に参謀たちの言いたいことを言う。参謀たちの懸念は重々承知しているのだ。彼らは既に使い古された作戦をこの艦長は具申するのではないかと。

 だが、マキスの提案は、一部では使い古されているかもしれないが、少なくとも敵を驚かせることができるものだ。すでにこちらが劣勢である以上、多少なりとも状況の改善が見込めるのならば行うべきだろう。


「ひとまず艦長の提案を聞いてみよう。採用するかどうかはその後だ」


 話を聞くだけならば別にかまわない。時間は充分にある。その場にいた誰もがそう考えていたかもしれない。だが、マキス艦長の話を聞いていくうちに参謀たちは顔色を変えた。それは、彼らが全く予想していなかったものであったから。














「ルーカン宇宙艦隊接近。距離にして28光秒」


 ボールス宇宙艦隊に、第1級臨戦態勢が敷かれる。敵艦隊が偵察艦に補足され、そして位置を確認する。敵艦隊は550隻と言う情報であったが、レーダー上では2100隻と言う膨大な数に膨れ上がっていた。


「敵は隕石を前衛に出しております。数を多く見せるためでしょうか?」


「随分とクラシックな戦術を取ってくるものだ。今更無意味だというのに」


 ボールス軍の兵士たちは、ルーカンの艦隊が隕石を連れていると聞いて、それを自分たちの艦隊の水増ししていると思い込んでいた。どこの軍隊でも、過去に用いられた戦いと言うのは記録がなされている物であり、それに従えば、彼らがそう思い込んでしまったのは仕方がないことであろう。

 カタヤイネン大将は、敵がその隕石群を時間帯の前に配置しているという情報に違和感を感じていた。囮に使うのであれば、普通は艦隊の後方に配置する。そうしないと艦隊が砲撃戦を行うときに邪魔になってしまうからだ。まさか隕石を盾に使うつもりではないだろうなと思ってしまうが、流石にその可能性も低い。ただいえることは、此方は敵が砲撃できない状態であることをいいことに一方的に砲撃を加えることが可能であるという事だ。

 艦隊を扇形に展開し、敵艦隊を半包囲してやろうと、カタヤイネン提督は艦隊配置を変更しようと命令を下そうとした、その時オペレーターが、敵艦隊の異変を察知した。


「敵艦隊の前衛が、こちらに向けて突進してきます!」


「前衛と言うと隕石か?」


 どの程度の速度でこちらに向かってきているのか? と聞けば、およそ0,7光秒の速度で、しかも密集体系でこちらに向かってきているという。カタヤイネン大将は、全艦に隕石を迎撃するように命じた。 まさか隕石をそのままこちらの艦隊にぶつけてくるというのは予想していなかった。だが、ただぶつけてくるのであれば、それほど危険なものではない。レールガンなどで隕石の進路を変更してやれば、艦隊には着弾しない。

 逆に隕石を砕いてしまったりすると面倒なことになる。破片が大量に艦隊に降り注げば、それを阻止することはできない。大きさや形状によっては、駆逐艦クラスならば致命的な損傷を被ることも充分にあり得たのだ。

 艦隊は、なるべく隕石の軌道を修正させるようにレールガンを撃ちこむ。レーザーでは、命中させても軌道を変えることができない。質量のあるものをぶつけなければ意味がないからだ。レールガン砲弾が、隕石の上底部に命中し、ボールス艦隊から見て下方に進路を変える。ボールス艦隊の将兵たちは、艦隊への直撃を避けられたことに安堵した。だが、それは一瞬のことでしかなかった。


「直下よりエネルギー反応!」


 戦艦クローダスのオペレーターが叫んだ瞬間、突然ボールス艦隊は真下から大量のレーザーとレールガンに襲われたのである。いったいどういう事なのか、理解できるものはほとんどいなかった。

 ルーカン宇宙艦隊は、隕石群に無人のレールガンユニットとレーザー砲ユニットを装着し、ボールス艦隊に向けて突入させたのである。あとは光速通信を使った遠隔操作によって、それらのユニットを起動させてやればよい。

 この攻撃は、敵艦隊に対して直接的な打撃を与えることが目的ではない。敵艦隊を混乱状態に陥れて、第2艦隊に対する攻撃を鈍化させてしまう事が最大の目的であった。敵は案の定、真下からの突然の攻撃に驚いて、回避運動を優先させている。


「見事に君の作戦が的中したな、マキス艦長」


「偶然です」


 彼は自分の出した案が、俗にいうところの詭計に過ぎないことを充分に承知していた。このような小細工は、数で負けている側が行う物であり、正しい用兵のあり方とは言えないのである。このようなものを褒められるというのは、異常な行動を正しい行動と認められてしまったことに等しい。

 とはいえ、今艦隊が非常に有利な状態にあることは誰も否定できないだろう。少なくとも敵艦隊は現状で機能不全に陥っており、ここで全面攻勢をかければ、敵艦隊は一挙に瓦解する。第2艦隊は全面攻勢をかけるべきであった。そして、ドピニエ中将は選択を誤らなかった。


「全艦突撃! 敵艦隊の中枢を一気に吹き飛ばしてやれ!」


 ドピニエ中将は艦隊を突撃させる。敵艦隊の中枢部と言うのは、艦隊への連絡などの都合から艦隊中央部になければならない。そのため、扇形に展開中だったボールス艦隊は、旗艦クローダスの周囲に充分な護衛艦艇を配置することができない状態だった。

 レールガンの砲弾と、レーザーの青白い光の刃が宇宙空間を貫いていく。本来であれば、レーザーは可視化されることはないのだが、可視化しておかないと命中させられたのどうかもわからないままとなってしまう。この2種類の弊衣による攻撃がボールス艦隊に届くと、艦隊の各所で爆発が起こる。被弾した艦艇はその場で爆発四散するか、それとも艦体が折れてしまい、中にいた人間を真空の世界へと砲出してしまうか、それともその被弾に耐えて応戦するかのどれかなのだが、応戦するという選択肢を、ボールス艦隊の中で選択できた艦艇はあまりにも少なかった。

 艦艇の多くは、回避運動中を攻撃されてしまい、とても反撃どころではなかった。艦隊は数がそろっているだけでなく、それが有機的に機能しなければ意味がない。それぞれの艦が独自に動いてしまっては、それは単なる烏合の衆に過ぎなかった。

 集中砲火を受け、わずか10分間に100隻の艦艇をボールス艦隊は失った。その損害はボールス宇宙軍にとって青天の霹靂と言うべきものあったが、同時にこの時点で、隕石からの攻撃は終わっていた。隕石は火器兵装が取り付けられていただけで、一度砲撃を加えた後、そのまま直進して彼方へと流れてしまうのだ。

 旗艦クローダスは、被弾は被ったものの旗艦として、また戦艦としての戦闘力は維持していた。カタヤイネン大将は、時間帯の損害を確認させると、艦列を整え、反撃に転じた。

 今度はルーカン艦隊が、被害を被る番であった。被弾した駆逐艦が、旗艦オデッセイⅢの戦闘用環境に映し出される映像から確認できる。そこには、真空の空間に吸い出された兵士が胴体部を両断された状態で吹き飛ばされ、こちらに迫ってくる。オデッセイⅢの装甲にぶつかった人間の身体は、そのままあらぬ方向へと弾き飛ばされた。

 艦隊が密集陣形に近い状態では、今のような現象は珍しくとも何ともない。むしろ破壊された艦艇の残骸が襲い掛かってこないだけましと言う物だ。しかし、敵艦隊がここまで猛烈に反撃しているとなれば、第2艦隊としては早々に次の手を考えなければならない。


「敵艦隊が艦列を整えてきました」


「流石にこれでは敵の旗艦までは狙えんな」


 ドピニエ中将は、自分の艦隊に後退を命じる。この状態のまま戦闘を行っても、数で劣る側が一方的に叩きのめされるだけだった。自分たちが劣勢であることを認め、速やかに後退できるだけの冷静な判断力が求められている。

 ルーカン艦隊の後退速度は、ボールス宇宙軍を驚かせるに足りた。勢いに乗ってそのまま突進してくるものだと思っていた彼らは、まさかこのタイミングで後退するとは思わなかったのである。しかも、急激に後退されてしまったために追撃のタイミングまで逃してしまった。

 戦闘距離が近距離から一挙に遠距離に切り替わると、ルーカン第2艦隊は次の作戦を考えなければならないのだが、実はすでに決めていた。それは、現状のまま撤退すると言う物であった。

 マキスが提案したものは、隕石で敵艦隊を混乱させて一撃を加えたのち、急速撤退すると言う物であった。数で劣性である以上は、途中経過はどうであれ最終的には包囲殲滅されてしまうことになる。全軍の3分の1にも及ぶ戦闘艦艇を、ここで全て消耗してしまうわけにはいかなかった。後続の艦隊がいるならば、継戦してもよいかも知れない。だが1個艦隊が単独で戦っても後が続かないのでは意味がないのだ。


「速やかに艦隊を撤退させる。隙を見せるなよ」


 ドピニエ中将の指示は的確を極める。第2艦隊はほとんど損害らしい損害を出すことなく後退に後退を重ねて、両軍の砲撃可能距離から離脱すると、そのまま短距離ワープによって戦場から離脱してしまったのである。

 これには、ボールス宇宙艦隊の方が驚いた。敵はそのまま前進を続けてきて、こちらの艦隊の中央を突破するのではないかと思っていたのである。だが実際にはそんなことはせずにそのまま撤退してしまった。いったい何をしたかったのかと彼らは思ってしまうほどだ。

 カタヤイネン大将は、敵が最初の一撃を加えるだけでさっさと撤退してしまった理由を後に知ることになるが、現時点では敵側の事情など知らなかったし、何よりも敵に豊富な別働隊が存在し、その手k製勢力が出現することを想定して、追撃を禁じて体制を整えさせたのである。敵艦隊が完全に撤退し、しかもそのまま敵の攻撃も完全に終結したと知ったのは、戦闘終結から4日が経過した、11月27日のことであった。














 地球連合は、本来太陽系を含む13の恒星系を一元管理する立場にありながら、その職責を半ば放棄していた。

 地球連合は、人類が太陽系外に進出した連合歴1年に創設され、現在もその名称は変更されていなかった。13の恒星系を束ねる組織が、いまだに地球を名称として用いるのはいかがなものかと言う意見も出されはしたのだが、ではいかなる名称を用いればよいのかとなればよい案が浮かばず、現在も地球連合と言う呼称が用いられている。

 地球連合は、過去の国際連合を母体としており、そのためその首座に就くのも事務総長という事になる。だが、国際連合の事務総長が実質的にはお飾りであった事務総長と異なり、非常に強力な権限を有している。大陸のエゴイズムによって機能不全に陥りやすかった安全保障理事会は存在せず、連合評議会と呼ばれる。各恒星系の代表及び事務総長から構成される意思決定機関によって連合の活動は決まっていた。

 しかし、太陽系とランスロット系、アグラヴェイン系を除く10の恒星系で、蛇の話ともいえるような戦争状態となった時から、連合の各恒星系の名手としての立場は完全に失われているように思われた。3つの恒星系以外に連合評議会に出席する星系代表はいないため、連合評議会はその機能をはたしていないのだ。

 現在の事務総長は、ユアン・グレゴルーという49歳の初老の男性で、その年齢にしては老けて見え、頭髪は完全に白で統一されている。すでに時代から取り残されてしまったかのような印象さえ受ける人物であるが、彼はその脳内において、恐ろしいほどの謀略を蓄えているとも言われている。

 ランスロットとアグラヴェインの戦争後、実はこの2つの恒星系は他の恒星系に搾取される運命にあった。ところが、グレゴルー事務総長はそれらの略奪者の手から2つの恒星系をかすめ取って見せたのである。むろん復興させるというのが主要な目的であるが、一部地球側で不足している資源の搾取という目的も存在し、それを見事に成功させたのである。そしていま彼が取り組んでいる謀略は、戦争中の10の恒星系の、軍事力だけをきれいにそぎ落として、すべてを隷属させるという、かなり難しいものであった。


「ボールスとルーカンの戦闘は、両軍痛み分けと言う形で終わりました」


「両軍とも壊滅的な打撃はこうむっていないようだな」


 ホロディスプレイに映されている両軍の戦闘を見て、グレゴルー事務総長は頷いた。下手に片方に大損害を被られてしまうのは、彼としては困るところであった。

 互いに痛み分け程度の損害を、各恒星系がそれぞれ出し合って、ついには戦争継続が不能となってしまい、地球連合の介入が行える状態になるのが、事務総長の思い描く理想であった。地球連合が全ての恒星系を掌握するためには、まず恒星系が独自に有する軍事力を削り落とさなければならない。もし10の恒星系が連合して、一斉に太陽系を攻撃してきたとすれば、その戦力は太陽系にある軍事力をたやすく凌駕する。

 太陽系にある軍事力を活用するのは謀略の最終段階であり、現在は計画の半分と言ったところだろう。5年間で各恒星系は、平均で5割の軍事力を消耗しておいる。単純計算で行けば、あと5年で軍事力は事実上の消滅と言った事態になるだろう。むろんそのような単純計算は通用しないが、そういった、もしくはそれに近い状態を導き出すことは不可能ではない。


「しかし、当初は両軍ともに5割に近い損害を出すものと思っていたが、思っていたよりも少ないな」


「ルーカン軍第2艦隊の旗艦、オデッセイⅢの艦長マキス中佐が、どうやら珍しい作戦を提案したことでこのような状態になったと思われます」


 AIがホロディスプレイを操作し、情報を事務総長に提供する。それによれば、隕石群に火器を搭載して敵艦隊に突入させると言った、奇抜な発想について記録されていた。


「なかなか面白い。トロイの木馬に若干の編集を加えたような戦術だ」


 若干違うのではないかとAIの思考ルーチンは考えたようであるが、特に音声デバイスには出さなかった。音声として出したのは、現在の各恒星系の力バランスだ。

 奇妙なことに、軍事力に限って言えばどの恒星系も拮抗している。経済力に関してはわずかにばらつきが生まれているがそれは誤差の範囲であった。これは全て、地球連合側が間接的な介入を行うことで調整しているからに他ならない。

 一方の軍が力を付ければ、別の軍にそれを叩き潰させ、ある恒星系が戦力を消耗すれば、それを一時的にほかの恒星系の攻撃から守る。こういったことを間接的に行い続けることで、全体的に恒星系の力を低下に追い込んでいるのだ。こういった作業は非常に不確定要素も多く、薄氷の上を戦車で移動するかのような危険を伴う物であったが、グレゴルー事務総長はそれを成功に導いていた。


「現状では、ユーウェインおよびラモラックの量恒星系の軍事力が増大傾向にあります。この両者を戦わせ、戦力をそぎ落とさせることを推奨します」


「そのようだな……しかし、いつものことながら、センスのない恒星系の名前だな」


 グレゴルーがそういうのは、各恒星系はアーサー王伝説の円卓の騎士になぞらえて名前が付けられているからであり、あまりにも時代錯誤に感じられてしまっているからだ。

 何故円卓の騎士の名が後世に使用されているのかについて、地球連合側にも明確な資料は残されていないため、様々な推測が出されている。ただ現在では、単純に最初に恒星系を発見した人間が、アーサー王伝説を好んでいただけだという説が有力であり、他の説よりは消極的ながらも支持されている。

 事務総長も、新しい呼称と言うのが面倒であるし、すでに浸透している呼称をいまさら変更するつもりはなかった。嘗て地球上に大量のアレキサンドリアが存在していたことに比べれば、この程度はまだ可愛げのあるものだった。


「ところで事務総長。ランスロットのスパイク評議員が御面会を希望されております」


「珍しいな。彼は自分から面会など求めてこない人物だと思っていたが」


 ランスロット系のスパイク評議員は、実のところグレゴルーから見ても、なぜ評議員として選ばれたのか分からないような人物であった。少なくとも自発的な行動をとるような人物ではなく、行動も一貫性に乏しい。そのため、厄介払いされてきたのではないかとさえ言われているほどだ。

 だが、彼も評議員に変わりはなく、グレゴルー事務総長は彼の希望を受け入れた。事務室に通された壮年の男性が、事務総長に進められて椅子に座る。


「緊急の用件があり、窺わせていただきました」


「窺いましょう」


「現在、地球連合はわがランスロットに多額の援助をしていただいておりますが、アグラヴェインにも同様の援助がなされています」


「それが何か?」


「アグラヴェインに対する援助を打ち切っていただきたいのです」


 ほう、と事務総長は眉をひそめた。ランスロット側の言い分は、自分たちも戦争に参加したいが、そのためにはアグラヴェインを最初につぶしたいので援助をやめろと言っていることに等しかった。


「無理ですな」


「何故です? 2つの恒星系に同時に復興資金を提供するのは地球連合にとっても大きな出費です。まずは片方にだけ出費して、我々の復興が終わったのちに、アグラヴェインの援助を行えばよろしいではないですか?」


「それが既に問題なのですよ」


 事務総長は、おそらく本国から送られてきたカンニングペーパーを読んでいるだけに過ぎないであろう評議員に対し、援助が2か国同時に行われなければならない理由を語った。

 まず、一方の恒星系にのみ援助を行えば、もう一方の恒星系側は不満を感じるだけでなく、そうした不平、差別感から地球連合に対して不信感を持つことになる。各恒星系を束ねる立場にある地球連合にとって、そういった不信感から生まれる離反行為は戦争にもなりえるほどの危険なものである。

 さらに、両者の戦争を停船した際の調印では、両恒星系の復興を行う際には、両恒星系ともに平等に復興金を配布し、地球連合側の査察によってのみ、復興資金に差額を設けることができるとある。つまり一方の側の復興優先というのは、その調印に違反することになるのだ。


「この2点……他にもいくつか理由がありますが、少なくともランスロットに対してのみ、援助と言うわけにはいかないのですよ」


 スパイク評議員には言わなかったが、そのほかの理由が一番重要であった。それは一方を復興させることで、軍事力が勃興して一方の恒星系を攻撃し、自分たちの支配下に置いてしまう事を避けたいという事だ。現在の復興資金は全て経済復興に割り振られているのだが、一部の援助金が、使途不明とされているのだ。それが軍備の増強に使用されていることについては事務総長は黙認してきたが、その上限だけは守らせていた。2つの恒星系だけでなく、別の恒星系からの攻撃対象となった場合に、自分の身を守るための戦力としてだ。

 しかし、恒星系の外に出て軍事展開できるような戦力を、事務総長は与えるつもりなどなかった。停戦の調印の際にも、侵攻型軍事艦艇の製造を行った場合には、一切の通告なく援助を打ち切ることも明記してあるのだ。


「し、しかし……」


「それとも、何か復興援助を自分たちにだけ割り振ってほしいという理由があるのですかな?」


 これは文字通りとどめの一撃と言える一言だった。と言うよりも、この一言さえ言えば、すべての反論を封じ込めることができるのだ。スパイク評議員は、完全に反論するすべを失ってしまっていた。


「どうやら議論は建設な方向に進みそうにありませんな。残念ですが、ランスロット側の要望を受け入れることはできません。お引き取りください」


「そ、そこを何とか……」


「……では、アグラヴェインのキャゼルヌ評議員もお呼びして3者でまず話しましょう。アグラヴェインも関わる以上は、彼らにもしっかりと説明が必要です」


 一切の議論の余地はないと、この一言でグレゴルーはくぎを刺した。このような話をアグラヴェインの評議員に話すことなどあり得ないから、もし3者での合議を行うべきだという言葉を受ければ、それは明確な拒絶であることはいやおうにもわかるだろう。スパイク評議員は、肩を落とし、もう自分の言は受け入れられないことを認めざるを得なかった。

 スパイク評議員が失意の中事務室を出ると、2人の会話に一切かかわってこなかったAIが、事務総長に語りかけた。


「お見事です」


「私の目的にも反することだし、それを抜きにしても、あのような言い分は通すわけにはいかないからな」


 一方の力が強くなれば、弱い側を飲み込んでしまいたくなってしまうのは人間の性と言う物だ。国際的協調が重要視された21世紀前半はともかくも、そのあとの歴史は常に弱肉強食が顕著に表れる。その流れを受け継いでしまっている現状では、どちらか一方を強化するなど許されない。

 それに、もし2つの恒星系の戦力を合算してしまえば、地球連合の有する戦力を凌駕してしまうことになる。最終的に地球連合が、すべての恒星系を掌握することが目的であるのにそのようなことを許せば、逆に自分たちがその恒星系に支配されてしまうことになるのだ。


「場合によっては、ランスロット側の使途不明金をすべて暴露する。連中にとつて嫌な証拠を並べてやろう」


「了解しました」


 AIにその他の作業を指示し、いったん業務を中断する。グレゴルーは、地球温暖化の影響で地上分の3割が失われてしまった大地ではなく、人工的に建設されたメガフロート、ポセイドンの地球連合本部ビルから見える大西洋を眺めた。


「嘗て、目の前にはヨーロッパ大陸があったはずだが、今となっては見る影もない。世界の3割が海に沈んだ今、この地球も、人間が住むにはもう適さないかもしれんな」


「既に人類は地球を捨てております」


「そう、その通りだ。どのみち地球には未来などない」


 だからこそ人類は宇宙に飛び出した。地球の寿命と言うよりは、人類がこれまで地球に対して散々無理難題を押し付けた結果、地球がそのストレスを一挙に発散させたと言っていい。だが人類はそれに謝罪するわけでお罪を償うわけでもなく地球を見捨てて、新たな大地を得てそこを汚染しようとしているのだ。

 このような事を繰り返す人類には、多少の劇薬が必要なのかもしれない。今後住むことになる大地をそのまま怪我し続けることになればどうなるのか、彼らに教えてやる必要があった。


「……尤も、未来がないのは我々人類かもしれんがな」


 そのような言葉をどうしていうのか、AIは把握しかねた。グレゴルーは必要最低限の処置だけを支持して、その日の執務を終える。この後、いくつかの施設の視察を行わなければならず、彼が最終的に執心できるのは、まだまだ先の話だ。

 AIが自動で執務室のカーテンをおろし、そして電気を落とす。地球連合を文字通り1人で動かしていると言っても過言ではない男の今日の執務は、ひとまず終わるのだった……。

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