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13  作者: 陸奥新一
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第1話

……およそ人類は、どのような時代であったとしても戦争を行う。だが、この時代の戦争に限って言えば、あまりにも歪な戦争と言ってよいかも知れない。

 人類が西暦と言うこれまでの暦を捨て、連合歴という新しい暦を使用し始めたのは、西暦2210年のことである。人類は漸く地球と言う狭い揺り籠から這い出て宇宙空間にその一歩をしるした。だが、それはまだ小さな一歩と言えた。

 人類はこの時代には人口が200億人を突破し、もはや地球だけでは膨大に膨れ上がった人類を養うことは不可能であった。人類が宇宙に進出したのは、人口増加に対する解決策が、もはや宇宙空間に進出する以外になかったからである。人間の身体を小さくしたり、或いは一定年齢に達した人々を安楽死させていくという提案も中には存在したが、技術的、倫理的な問題で頓挫した。結局は誰もが穏便に、なおかつ納得手キル解決策は宇宙に出る以外に存在しなかったのだ。

 最初は、宇宙空間に出ていくことは、巨大な牢獄が用意され、その中に閉じ込められてしまうものであると、宇宙に出る人々は思っていた。20世紀後半から21世紀前半にかけて地球上を事実上支配していた国々は、西暦2100年から西暦2140年まで続いた40年戦争で完全に崩壊し、かつて地球上の富をむさぼりつくしていた人々は、すべてがこれまで抑圧されていた人々に復讐されていった。嘗ての栄光など取り戻せぬままに、彼らは宇宙へと送り出されていったのである。

 しかし、いざ宇宙に出てみれば、そこは巨大なフロンティアであった。地球は自分たちが完全に食らいつくし、もはや滅亡を待つだけの惑星でしかなく、宇宙にはまだまだ多くの未開拓の惑星が存在する。そこに自分たちが新しい、第2の地球を作れるのではないかと思ったのだ。

 かつて、地球に存在していたアメリカと言う国にはフロンティア・スピリッツと言う言葉があったが、宇宙に飛び出した人類は皆、その甘い汁が垂れた言葉を思い出した。そう、宇宙はまさにその言葉にふさわしい。

 宇宙に人類が進出し、連合歴も20年ほど経過した時、まず火星が人類の新しいコロニーとなり、10年後には火星が、そして半世紀が経過すると太陽系全てに人類の足跡が見受けられるようになった。新しいフロンティアは、彼らにとってまさに宝の山であり、人類は可能な限り太陽系全てを掌握し、そして文字通り汚染した。人類は、自分たちが太陽系最大の伝染病であり、かつては地球だけを侵食しただけだったのに、100年足らずで太陽系に浸潤した巨大ながん細胞であるという自覚はなかったのだ。彼らにあったのは、人類と言う存在をひたすらなまでに拡大させていくという、生物としての本能だったのかもしれない。

 連合歴102年。人類は漸く恒星間航行技術の開発に成功する。ワープ技術はこれまで、全宇宙の10倍ものエネルギーを必要とされることから不可能であるとされてきたが、ブラックホールゲートとホワイトホールゲート、通称ホールゾーンと呼ばれる巨大なワープシステムを開発することに成功したことで、人類は太陽系の外に進出することができるようになったのだ。

 だが、そのために人類は数多くの犠牲を出した。入り口となるブラックホールゲートは一方通行であり、しかも目的の位置にホワイトホールゲートを製造するためには自力航行によって、つまりホールゾーン製造には数十年の月日が必要だったのである。何千万人と言う人間がホールゾーン製造に携わり、そして完成した時には、誰一人として初期から携わっている者は生きていない、などという事は珍しくもなかった。

 こういった犠牲が、およそ2世紀にもわたりホールゾーン製造の名目で量産された。結果、人類は12の恒星系を抱え、人口も600億人を超えた。順調に人類が銀河系の片隅に足跡を残し、居住可能な惑星を見つけ、テラフォーミングしていった。もはや人類にできないことはないと、だれもが考えたかもしれない。

 ところが、人類がさらに多くの恒星系に手を伸ばす余裕が突然無くなった。連合歴338年に、人類初の恒星間戦争が勃発したからである。

 ランスロット系とアグラヴェイン系の2つに発生した恒星間戦争の原因は、後世の人間がその顛末を知ると、あまりの馬鹿馬鹿しさにあきれる物であった。ランスロット系を統括していたアレックス・ベルディア星系代表が、アグラヴェイン系の星系代表ルーク・マンチェスターの妻と男女の関係を持った、と言うのが真相であった。むろん、実際にそのようなことは当時公表されず、ランスロット系からやってきた宇宙海賊が民間船を襲撃し、多数の金品と人員を略奪し、それをベルディア代表に献上したと言い放ったのだ。

 対立した内容の事実が馬鹿馬鹿しいものであるのに対し、表向き公表された嘘を、アグラヴェイン系に住む人々は容易に信じ込んだ。実際、宇宙海賊が頻繁に出没するようになり、しかもその多くがランスロット系に拠点を構えていることが判明していたからである。アグラヴェイン側は、再三宇宙海賊の討伐を要請していたが、それはことごとく無視されていた。ゆえに、2つの恒星系の中は険悪であり、このような事がなくとも、いずれ暴発することになるであろうとは誰もが思っていたことだった。

 当時、戦争勃発の事実を知っていたある人物は、部下の1人にこのように漏らしたという。


「20世紀の中期に、サッカーの試合結果が引き金になった戦争が存在した。だが今回の戦争は、それよりもはるかにたちが悪い。裁判所に持ち込めば済むではないか」


 しかも、戦争による経済活動の有効性は、すでに否定されている。今は人類が一丸となって、この銀河系により広く進出しなければならないというのに、恒星間の、しかも馬鹿馬鹿しい理由による戦争など放置してしまいたいほどだ。

 だが、2つの恒星系は、完全に好戦的な気分が醸成されていた。そして、両国で初めて放火が交わされたのが、連合歴338年10月4日のことである。まだこの当時、地球は各国星系のまとめ役としての機能をかろうじて保持しており、2つの恒星系がそれぞれ国家を名乗り戦争を始めたと知って、すぐに仲裁を行おうとした。ところが、その仲裁は、連合所属艦の撃沈と言う形で頓挫する。ランスロットもアグラヴェインも、仲裁など考えておらず、ただ相手を完全に叩き潰すことしか頭になかったのである。

 両軍は、恒星間の距離としてはおよそ8光年の距離に存在していた。人類が進出している範囲で考えれば、それは近距離であり、同時にホールゾーンを使用しないで戦争が可能な距離でもあった。艦をドライブフィールドとという空間に包み込むことで短距離ワープを可能としており、その距離は1日に1光年の距離を進むことができる。したがって、両国の恒星間戦争では、人類が地上を移動していた時と同じ時間間隔で戦争を行うことができるようになっていたのだ。そしてそれが、2つの恒星の間で大量のスペースデブリを生むことになる。

 最初の2年は、両者とも一進一退の攻防を続けていた。それだけを聞けば、それほど大きな問題になっていないように見えるかもしれないが、実際には両者の人口は3割も減らされ、経済力が一挙に衰退した。連合歴341年になると、もはや2つの恒星系は崩壊寸前にまで追い込まれていた。太陽系連合からの再三の停戦要求を漸く受け入れたのも、もはや戦うどころではなくなってしまったことに彼らが気が付いたからであった。

 ランスロットとアグラヴェインの両者を見て、他の恒星系の人々はそれを教訓にしようと考えた。だが、それは建設的な方向にではなく、おそらくは人間の欲望を優先したものであった。つまり、あの2つの恒星系のように戦争を他者に行わせれば、弱ったところを攻撃してすべてを手中に収めることができる。それは弱肉強食の考え方であり、当時の開拓意欲とは、まるでかけ離れたものであった。

 だが、もはや彼らは、宇宙に延々と広がり続けることよりも、今人類が手を付けている範囲を、自分たちの者としてしまおうという思いの方が強かった。ホールゾーン製造のために数多くの命が犠牲となり、その犠牲に、多くの人々がうんざりしていた。また、恒星間の格差の問題も、それに拍車をかけている。もう彼らは自分たちの家族や同胞が犠牲者になる事には耐えられなかったのだ。

 すでにそれぞれの恒星の中で、人々は新しく人種を構成していた。それは黒人や黄色人種を差別し、或いは宗教的な差別を行ってきた地球上の物とは異なる。その恒星系に住み着いて、そして人生を送ってきたのかどうかという、ある意味では平等な、ある意味では新たな差別を生み出す土壌であった。彼らは自分たちこそが最も優れていると考えた。そしてそれを証明するかのように、彼らは周囲の恒星系に自分たちに従うように言い出したのである。

 無論、どの恒星系も、他の恒星系の風下に立つことをよしとはしなかった。連合には面従腹背で臨む彼らは、それは自分の台詞だと思ったものである。恐らく、こういった状況は連合歴350年からより表面に現れるようになったと言われている。ランスロットとアグラヴェインは、まずは再建から果たさなければならず、自動的にそういった煙たい状況からは外されていたし、連合もその2つの恒星系の復興のために他の恒星間の争いを無視することにしていた。

 だが、最初は単なる主張が続くだけの物だったのが、やがて恒星間の小競り合いとなり、戦争へと発展していくまでに10年もかからなかった。9つある恒星系は、本来であれば陰で戦争を操り、漁夫の利を得ようとしていたはずなのに、いつの間にか自分たちが戦争の表舞台に立たされていたのだから。

 そしてその状況は5年続き、連合歴364年時点で、9つの恒星系の軍事バランスはまだ崩れてはいなかった。強いて言えばランスロット系とアグラヴェイン系は徐々に力を取り戻しつつあって、それを傘下に収めている太陽系連合の力が抜きんでいたのだが、自分のところから巣立った不肖の弟子たちが殺し合いを続けている様を高みの見物としゃれ込んでいる。

 この9つの恒星系の状況を打破しなければならないという点では誰もが統一していた見解を持っていたが、その打破のための手段に関しては完全に食い違っていた。そういった、最終的な答えが同じなのにそれに至るためのプロセスの違いを解決しようと考えた。その種の人物は各地の恒星系で生まれ、歴史書に祖名を残していくことになるが、その中で特に名が知られるのは2人の人物であった。

 ルーカン系に生まれ、軍人となったアンドレイ・マキスは、地球に人類がまだそこだけを居住地としていたころからの軍人過程に生まれ育ち、当然のように軍人になった。だが彼は広い視野を持つものであり、彼はこの戦争に懐疑的で、また早く終わらせる手段を常に模索していた。ボールス系に生を受け、政治家を志すニーナ・ラインバックは、2つの偶然と1つの必然が重ならなければ恐らく一介の市民として人生を終えていたであろう。だが、彼女が政治を志したとき、その運命は劇的に変わったと言ってもよかった。

 連合歴364年11月20日。ルーカン軍艦隊はボールス系への侵攻を行っており、ボールスはその迎撃のための準備を急いでいた。両者の物語は、その日初めて、邂逅することになったのだった。














 ルーカン宇宙軍第2艦隊は、その艦艇数550隻、兵員数は約22万人を抱える、ルーカン宇宙軍の中では最大規模の艦隊である。これでも、戦争初期に比べればその規模は少ない方と言えた。連合歴360年時では、1個艦隊は1000隻が基本的な編成であったからだ。

 艦隊は、およそ26光年離れたボールス系に向かっている。本来であれば、この距離ではホールゾーンの仕様が推奨される距離であったが、ホールゾーンを使用せずに短距離ワープを繰り返すという方法を選んでいる。ホールゾーン出口は敵艦隊が待ち構えており、ホールゾーンを用いたワープをしたとしても、出口で袋叩きにされるだけであったからだ。多少時間がかかっても、短距離ワープを重ねた方が安全だった。

 アンドレイ・マキス中佐は、重巡航艦オデッセイⅢの艦長であり、同時に艦隊旗艦を艦レベルで任される責任者であった。今年の10月20日に32歳の誕生日を迎えたこの人物は、黒髪と灰色の瞳を持つ偉丈夫として知られていた。

 風貌だけで言えば、彼は第2艦隊の司令官であるレナード・ドピニエ中将よりも階級が上に見える。ドピニエ中将が痩せた官僚的な人物であり、堂々たる体躯を持つマキス中佐の方が見栄えが良いのだ。しかし、それは風貌だけのことであり、ドピニエ中将がルーカン宇宙軍の書提督の中でも特に優れた人物として知られている。

 マキス家は代々軍人の家系であり、アンドレイもそれにもれずに軍人となった。地球に人類が逼塞していた時代から、海軍の艦艇に乗り込んでさまざま功績をあげてきた一族であり、単純に一族の経歴を見れば、ここまで軍人ばかり、しかも艦長職を輩出してきた一族は他に例がない。中には艦隊司令官も誕生しており、おそらく軍艦に関わるものは全て扱ってきたと言っても過言ではないだろう。

 この戦争が始まった時、彼はまだ中尉であり、巡視艇の艇長でしかなかった。それが、アレスタント系からの襲撃をいち早く友軍に伝え、しかもその敵艦隊を見失うことなく友軍に逐一報告し続けたことが評価され、大尉となって駆逐艦の艦長となり、そして少佐で軽巡航艦の艦長になり、現在の中佐となって重巡航艦オデッセイⅢの艦長に任命された。32歳の若さで艦隊旗艦の艦長に就任したという例はこれまでなく、その意味では彼はまさにエリート街道を走る新進気鋭の艦長と言えた。

 その若い艦長は、艦隊司令官であるドピニエ中将から、分艦隊の指揮官たちに旗艦オデッセイⅢに集結するよう命令を伝えるための伝令船を発信させるように命じられていた。

 550隻の艦艇を、艦隊司令官1人で全て操るというのは不可能なことだった。そのため、ドピニエ中将の指揮下には6名の分艦隊司令官が存在し、それぞれ80隻ほどの艦艇を指揮下に収めている。艦隊司令部直属の参謀たちは、あと2日で敵艦隊と遭遇することになるとよいう予想を立てているから、それに合わせて作戦の最終確認をしておかなければならない。


「ぜひとも勝利し、本国に勝利の報告をしたいものだ」


 ドピニエ中将はそのように言う。無論、言えば勝利できるのならば苦労はしない。戦争が本格的になって5年、侵攻した側が負けてしまう砲が圧倒的に多い。それは恒星間航行のために開発されたホールゾーンによる長距離ワープでは場所を特定されてしまうために時間をかけて気の恒星系に向かざるを得ないこと。そしてその時間のために、防衛側に十分な時間を与えてしまうため、常に神鋼側が圧倒的に不利な状態での戦いを余儀なくされてしまうのだ。

 情報伝達に関しては、ホールゾーンを使っての通信が可能であるため、短距離ワープしてくる艦隊の動向など容易に察知できる。ランスロットとアグラヴェインがこう着状態の消耗戦を演じ、国力を徹底的なまでに衰退させたのも、常に防衛側に有利に展開される状態によって戦いが続いたからだ。ならば常に守勢に回ればよいではないかと考える者もいるが、いくら守勢に回り続けていても、最終的には攻撃に回らなければならず、しかも現場の惨状を理解していない政治家どもは、どれほどの犠牲が出ようがお構いなしに艦隊を派遣する。その結果、ルーカン宇宙軍に限って言えば、5個艦隊5000隻を数えていた宇宙軍は、3個艦隊1200隻と言う数にまで減らされている。この惨状はどの恒星系でもほぼ同じようなもので、中にはランスロットとアグラヴェインと同じ末路をたどることになるのではないかと危惧する者もいる。現状ではその状況を否定できる材料がないため、政治の場ではこれ以上戦争を継続せず、一時国力を取り戻すべきであると主張する野党も増えている。

 今回の出兵は実はそういった野党の主張に対し、実際に侵攻側として勝利することで反論するための材料を作るための出兵であり、殆どの兵士たちが、戦意がないとは言わぬまでも著しく低かった。自分たちが政治的な都合により死地に送られて、殺されるかもしれないと思うと、まともに戦おうと考える者が少ないのも当然であろう。

 伝令船を発信させたことを確認すると、マキスは司令官にそのことを報告した。ドピニエ中将は頷き、ふと話題を振ってくる。


「そういえば、ルーカン評議会の選挙が来年早々に行われるようだが、君はどうする?」


「何とも言えませんな。政治のことですから」


「成程、軍人としては正しいな」


 軍人は政治に関与してはならないというのは、現代でも不変の法則であった。と言うよりも、人類が宇宙に進出した段階で、軍人が政治に関与しても、それは中央集権が強い状態になる。これは惑星内でならばよいのかもしれないが、恒星系となると話が変わってくる。特に首都星は消費社会であることが多いために、必然的に食料などは他の惑星から頼ることになるのだが、もしその食料供給惑星を軍閥に握られてしまうようなことになれば、政治は一挙に形骸化することになる。またクーデターが発生する確率も高くなるために、軍人が政治の部隊に進出することは固く禁じられている場合がほとんどだ。ルーカンであれば、軍務経験者は現役、退役を問わず政治活動に参加することを禁じている。

 マキスは自分が軍人の家庭に生まれており、また軍人が政治に関与すると碌なことにならないとよく知っていた。だからこそ、政治に関しての話題に関しては、彼はノーコメントを貫く。これは相手がだれであっても変わらない彼のスタンスであった。


「私としては、できればこの戦争を終わらせることを考えてくれる政治家に票を入れたいところだな」


「与党の連中の耳に入ると懲戒処分物の発言です」


「そうかも知れんが、私は政治家たちの勝手な理由で部下を死なせたくないのでな。これが、相手の攻撃からルーカンを守るための戦いであれば、一切の否はないのだが」


 だが実際には、相手の恒星系を瀬間落としたくて仕方がない連中があまりにも多すぎる。防衛線を行えば、犠牲者だけが表に出され、遺族からバッシングを浴びるが、一方で戦争に勝利すれば英雄扱いにされる。馬鹿馬鹿しい限りであるが、人間の精神はやや退化していると言わざるを得ない。


「早く戦争が終わるように祈るしかありませんな」


「うむ。祈って終わるならばそうしたいところだ」


 なかなかの皮肉で返されて、マキスは軽く肩をすくめるだけであった。すると、彼のもとに副官が現れて、伝令船が、各分艦隊の司令官たちを連れて戻ってきたと報告してきたのだった。














 ルーカン軍の宇宙艦隊が接近中であり、それを迎撃するためにボールス宇宙軍は既に迎撃のための布陣を整えていた。

 ルーカン宇宙軍第2艦隊が550隻に対し、ボールス軍がこの迎撃船に投入した艦艇数は1200隻。兵員総数は約50万人に及ぶ。兵力面ではルーカン宇宙軍の倍をそろえたというのは、迎撃側として必勝を期すためであり、同時にこの艦艇数は、ボールス宇宙軍が保有している全戦闘艦艇の数字でもあった。

 ボールス宇宙軍の状況はよく言っても壊滅と言うべきものであろう。実はルーカン軍の宇宙艦隊が現れる前に、アレスタント系から侵攻してきた宇宙艦隊と交戦しており、その時の戦力の消費を回復させることができないままルーカン軍と対峙したのである。そのため、兵の士気も物資も決して満足できるものではなく、ボールス軍は他の守りを空にしてでも、全軍でルーカンの宇宙艦隊を迎え撃たなければならなかった。

 普通であれば、このような迎撃配置は下策である。しかし、そのような迎撃配置が受け入れられたのは、現状ではこれ以外に選択肢がない上に、寧ろ全軍を一線上に配置することで、他の恒星系から見たら、実は他にもかなり豊富な戦力を保有しており、他の箇所を空にしているのは誘い出すためだと思い込ませることができるという、ギャンブル要素の強い詭計を仕掛けるためであった。これを提案した人物は軍人ではなく、ボールス上院議員であり、国防委員会に属するニーナ・ラインバックという28歳の女性によるものだった。

 彼女は軍を経験したことはなく、また軍人になりたいとも思ったことはない。むしろ、どうして政治家になってしまったのか、と言う言葉が似合うという意味ではこれほどの人物はボールス系にはほかにいないだろう。

 彼女は23歳の時、たまたま上院選挙が行われた際に、その選挙にアルバイトとして参加していた。別に政治家になりたかったので、政治家と接触できる機会がほしかった、と言うわけではない。単に無職であったため、少しでも生活費を稼ぐためであった。だが、その選挙の中で非常に彼女が働き者であり、またそれなりに政治的な視野が広かったことが、彼女の運命を決定づけたと言ってもよい。アルバイトをし、それによって当時の上院議員であったアレン・ウェスカーの目に留まり、彼が彼女を私設秘書として雇いたいと彼女に言ったのだ。ラインバックは、アルバイトで得られる雀の涙よりも、私設秘書の給料が良いという事でそれを受け入れた。

 4年後の上院選挙の際、彼女はウェスカー議員から、彼自身の政界引退と、同時に後継者として彼女を推薦したいという風に言われた。彼女が4年間の間に、ウェスカー議員自身が驚くほどに政治について詳しくなり、そして充分政治家としてやっていけるであろうと判断したからだ。

 彼女はその時、その申し出を受け入れた。アルバイトして活動したのも、私設秘書になったのも、彼女にとっては偶然の産物であったのだが、私設秘書として活動した4年間は偶然でなく、彼女自身の意識さえも改革したのである。彼女は政治家となることをいつの間にか志して、そしてなるべくして政治家になったと言える。そして彼女は当選し、国防委員会に抜擢されたのである。

 彼女は非常に美しい人物であった。プラチナブロンドに翡翠色の瞳を持つ彼女の美貌は、議員として広告塔に即座に抜擢されるほどであった。しかし彼女は、その美貌を武器として政治活動はしなかった。彼女は充分に中身がある政治を行うことで知られ、そのために現在最も重要なポジションの一つと言える国防委員会にいる。

 ボールス上院議員5人で構成される国防委員会は、同時に軍に対して軍事的行動を指揮監督できる立場にある。最前線での戦闘に関して言えば、それはとやかく言うことはできないが、軍の行動に対して問題があったり、また防衛、遠征計画に対して計画案を提出することができるのだ。

 政治家の出す軍事計画案と言う物は、素人が考える物であるために専門家から見れば穴だらけで役立たずである様に見える。しかし、専門家であるからこそ気が付かないような点に着目した提案や要望が行われることもあるため、軍としても国防委員会から得られるものはなるべく得られるようにしている。こうすることで、意外と多くの戦果をボールス軍は得ている。

 その中で、ニーナ・ラインバックは大型小惑星を要塞化して、軍事拠点としてしまうことを提案している。宇宙空間はいくらでも航路が作れるように思えるだろうが、決してそうではない。特に艦隊規模で行動する場合には、すでに決められた航路に沿って航行しなければ、艦隊は容易にばらばらになってしまうのだ。そこで、その航路の中で、特に軍事的侵攻が多く、また防衛に不向きな宙域に対して大型の小惑星をくりぬいて要塞化して、配置してしまおうと言う物だった。単純に防衛用の要塞として活用するだけではなく、艦隊駐留能力と、核融合エンジンを搭載することで移動可能とすることで、必要があればどんな場所にでも展開可能な可動式要塞として活用する。

 これに対しては、莫大な予算が必要とされることと、何よりもそれだけ大きな小惑星を見つけ出すのが困難であるという理由から暗礁に乗り上げているが、実は要塞化可能な小惑星の探索は既に行われており、それが発見され次第、要塞建設は行われることになっていた。

 それは、これまでの戦争で数多くの戦闘を行う中で、艦艇と人員の損耗が大きすぎるために、それを最小限に抑え込む手段がどうしても必要だったからである。宇宙艦艇の建艦だけでもかなりの予算を必要とするが、それ以上に兵士の育成費は決して馬鹿にならない。

 こういった事態に陥ってしまった原因は、連合側から、軍事力に関してどの恒星系も均等な物しか備えることができないようにしていたからだ。これは、連合が他の恒星系を支配下に置くために、自分たちの戦力よりも多い軍事力を配備できないように様々な制約を設けていたのである。それは連合が核恒星系を実質支配するために必要な事であったという事と、もう一方でそれぞれの恒星系同士で戦争を行ってもご同等の軍事力であるために戦えば共倒れになってしまう恐怖を与えることを目的としていた。それは正しく機能していたはずであったが、そのような配慮全く構わずに戦争を各所で繰り広げる格好となっていたのだった。

 ラインバック上院議員は、ボールス宇宙艦隊旗艦である、戦艦クローダスにその身を運んでいた。現場の状況を視察するというのが名目であったが、実際にはボールス宇宙艦隊司令長官オレルド・カタヤイネン大将に依頼されてやってきたのだ。国防委員とはいえ、一介の政治家が、戦闘突入直前の艦隊を訪問するなど前代未聞と言ってもよかった。


「カタヤイネン提督。私をここに呼んだ理由に関しては、将兵にどのように説明なさるのです?」


「お分かりのはずですラインバック議員。あなたが最前線に出て、兵士たちの前で話をしていただければ、それだけでも兵の士気が上がります」


 カタヤイネン提督は、彼女を士気高揚のための道具に使いたいらしかった。非常に若くして国防委員会のメンバーに選ばれている彼女は、同時に現代のシンデレラストーリーともいえる反省を歩んでいる。そしてその美貌ゆえに、兵士たちの間ではかなりの人気を持っていたのだ。尤も、彼女はすでに結婚しており、その美貌に人間的な欲求が生まれても、多少なりとも自制がかかるというものだが。

 彼女の結婚相手は2歳年上の平凡な会社員であり、風貌もそれほど美男子とは言えない。だが、彼女はその男性の誠実さを愛して結婚したのである。見た目外人間などいくらでもいるだろうが、中身がしっかり整っている人物などそうそう居るものではない。


「私は単なる政治家です、提督。私が招へいに向けて演説するというのは、上院選挙法に抵触する恐れがあります」


 今はまだ選挙の時期ではないが、それとは関係なく、公的職務についている人間に対して政治家が演説などを行えば、それは事前に占拠の票集めをしていたとみなされる恐れがある。これが民間の施設などであれば、そのような事を言われたりはしないが、公務員を相手に選挙を行うのは、族議員の発生を許してしまうことになるため禁じられているのだ。

 ゆえにあの序の言い分は、法律的な問題で考えれば正しい。いくら提督に呼ばれて、士気向上のために演説をしてほしいと言われても受け入れるわけにはいかない。彼女は突然降ってわいたような成り上がり者として老年の上院議員からは見られており、ただでさえ敵が多いのだ。

 彼女の言い分の方が正しいと、カタヤイネン大将は認めた。確かに彼女にとっては、法律違反にあたる可能性がある問題だけにおいそれと承諾できない。自分の不備を認め謝罪した彼は、だがこのまま読んだはいいがすぐに帰った、と言う状態だけは避けたかった。


「では、せめて兵たちの顔を見てやってください」


「……わかりました」


 演説ではなく、本当に視察と言う形で終わらせてしまう。だが、彼女の姿をみるだけでも、兵士たちにはそれなりに影響が出るものだ。何より、政治家どもは安全な工法で文句ばかり言ってくる連中が殆どで、前線の苦労など何も知らないと陰ながら言う者たちも少なくはない。そういった士気に影響しやすい兵士たちを牽制する意味でも、この視察行動は重要であった。

 戦艦クローダスは、ボールス宇宙艦隊の爪機関であると同時に、現在連合以外ではこの恒星系にしかない戦艦でもある。戦艦は確かに強力かつ高火力であるが、一隻当たりコストパフォーマンスは優れているとは言い難い。そのため大抵の恒星系では、バランスの良い重巡航艦の製造と量産が中心となっている。

 だが、戦争になる前はどの恒星系でも、戦艦は1隻ないしは2席は必ず保有していた。それは効率などと言う理由よりも、軍事的象徴として、また自分たちの建艦技術を他の恒星系に見せつけるために敢えて製造していたのである。それが現在ボールスと連合にしか存在しないのは、当然戦争の過程で撃沈されてしまっていたからだ。

 クローダスがこれまで生き延びてきたのは、限りなく運の要素が大きいと言える。間の性能は確かに優れているが、その点を言ってしまえば、各国の戦艦も同様に性能面ではすぐれている。だが、敵艦からの攻撃を受けても、致命傷には至らず、どんなに傷ついても既刊してきたこのクローダスは、確かに幸運の女神に守られ続けていた。

 そんな戦艦の艦内を、司令長官に連れられてラインバックは歩いていく。兵士たちは彼らを見ると壁際によって敬礼するが、それは完全に儀礼的なものであり、同時にラインバックの顔を見たいという好奇心が奇妙な形でブレンドされている。毎回やや卑しい視線を感じることがあるラインバックは、内心では辟易していた。前線の兵士たちからの声を聴くのも大事な仕事であることは間違いないだろうが。


「最近、兵の低年齢化が目立ってきました」


「やはり、戦争の長期化が、思いのほか影響してるわね」


「普通であれば短期間に終わる戦争が長引いておりますからな。それに、戦死者の数も決して少なくない。若者を徴兵して前線に出さなければ、人員不足で艦隊を動かせない有様です」


 現在、ボールス宇宙艦隊に参加している兵員の平均年齢は25歳ほどだが、戦争が本格的になる前は35歳であった。陸軍などでは、35歳の平均年齢は高齢部隊と言われるところであろうが、艦隊戦においては体力を必要以上に消耗することがないため、年齢よりも経験が問われる。そのため、ある程度年配の軍人が艦隊に配属され、若い兵士は陸軍の歩兵部隊などに配属されることが多かったが、現在では、最年少ともなると16歳で軽巡航艦に配属された兵士までいる。


「早く戦争を終結させ、若い者たちを軍隊から追い出さないと、わがボールスは将来大変なことになりますな」


「そうね。もうすでに手遅れかもしれないけど」


 少なくとも現状のままという事は誰も望んでいないことだ。だから早く手を打ちたいが、それがなかなか上手くいかないのだ。

 その時、カタヤイネン大将のもとに伝令が現れた。この時代に伝令と言うのも奇妙だが、戦艦内部ではこの方が場合によっては早かった。


「何かあったのか?」


「敵艦隊をわが軍の偵察感が補足しました。あと3日で交戦距離に入ります」


「思っていたよりも早いな……議員。どうやらあなたにはすぐ退避していたかねばなりません」


 戦闘に関しては軍人の仕事であり、政治家は前線にいるべきではない。それは役割分担として当然のことだった。軍人は政治家に隷属される立場にあるが、戦闘に関しては政治家に口出しさせることはできない。

 ラインバックは頷くと、すぐにシャトルの用意をするように連絡を取った。恐らく、政治家が映像や後の戦闘記録で見るような現実感のないものではなく、多くの命が失わせる戦争が行われれる。ラインバックは心のどこかでそれを見届けるべきではないかと思ってしまったが、それは許されないことだ。

 せめて、この戦いで失われるであろう命が少ないよう、彼女は祈るしかない。心の中でささやかな、既に宗教としては滅び、歴史書の頭痛の種でしかなくなったキリスト教の言葉を、彼女は刻んだのだった。

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