生きる代償
「洸祈御用達の薬屋…か」
葵は千里に肩を借りたままてくてくと歩く。
「あおは蓮さんに会ったことないんだっけ?」
冷えぴたの上から額を撫でた千里は葵の腰に然り気無く手を回して満足そうだった。
「ん~……ない」
「僕も」
「せーちゃん、早く!」
弾むような少女の声。
「遊杏ちゃん!」
遊杏は長い髪を揺らすと千里と葵の後ろに回って押す。
「ちょっ!?」
葵は赤い頬を千里の背中にぶつけた。
「いたっ…」
「くぅちゃんの弟のおーちゃんだぁ!」
安易な。
遊杏を交えてとろとろと歩く葵に彼女は急かす。
「政府に見付かっちゃうよ」
空を指差す遊杏。見上げた千里の目に烏が見えた。
「まさか見付かった?」
「大丈夫、あれは桐の大黒鴉、レイヴンだから。にーのお客さんの」
獰猛そうな鳥が空を旋回している。
「なら、早くしないとね」
ほっと一息吐いた千里は葵をお姫様抱っこし、歩みを早めた。葵はだるいのか、恥ずかしい構図にもなにも言わずにされるがままだ。
「いる…」
ふと、遊杏が辺りを見回した。
「何が?」
「政府」
ぴんと張りつめる空気。遊杏の波色の瞳が辺りを見る。
そして、
「セイ!!!!今すぐ通信を切って!!傍受されてる!!!!」
“セイ”にセイと清がびくりと反応する。
「あうっ!!」
清が遊杏の形相に千里にへばり付いた。
「清、小鳥のセイだよ」
―遊杏、ごめん―
セイが茶髪に頬を寄せる。
「早く帰さないと…ちびっこくぅちゃんが連れていかれたら過去に帰せなくなっちゃう。そしたらくぅちゃんを過去から取り戻しても現在でくぅちゃんが消えちゃうかもしれない。兎に角、くぅちゃんを安全に取り戻すにはちびっこくぅちゃんが必要!」
洸祈が消えるかもしれない。
その言葉に、遊杏の後を追って葵は千里から降りると、ふらつく足で清の手を引っ張って走った。
「何処行くの?」
「狼に会わせてやるから」
うん。と勢いよく頷いた彼は逆に葵を引っ張った。
「金髪君に弟君、僕が二之宮蓮だよ」
「わぁ、綺麗な眼」
千里がキラキラと目を輝かす。
「そう?」
この瞳にはあまりいい思い出がない。蓮は不機嫌に目を閉じた。
「綺麗。あおは海の色。蓮さんは深海の色」
「深海は冷たいね」
益々不機嫌顔。
「冷たい?深海は暖かいよ。それに落ち着くと思う」
……………………………………。
「それは初めて言われたよ。悪い気はしない。寧ろ、嬉しいね」
くすっ。
「蓮お兄ちゃん」と抱きつかれた蓮は、清の手を握って白衣を翻した。
「千里君!葵君!」
と、レイラ。
「千里さん!葵さん!」
と、琉雨。
「千兄ちゃん!葵兄ちゃん!」
と、呉。
「三人ともどうしたの!?」
千里は葵に肩を貸しながらリビングに入った。
「説明するから座って」
完全にダウンした葵をレイラが介抱している傍で蓮は全員を見回す。
「崇弥と清の状況は皆に話したね。解決には清を過去に送り、崇弥を現在に連れ戻せばいい」
「僕ですね」
と、呉。
「そ。呉君の時制空間転移魔法。空間だけでなく時も移動できるそれで清を過去に連れていく」
「でも、僕の魔力じゃ精々2年前が限度です」
悪魔の魔力をもってしても流石に限度がある。それに、行きだけじゃなく帰りもある。人数も重要だ。
「僕の魔力を使ってくれればいいよ」
老眼鏡に白衣を脱いだ蓮はソファーの背凭れに投げ掛けた。
「で、千里君は呉君と僕と一緒に来て」
「僕?」
葵の額のそれを張り替える千里は首を傾げる。
「ボディーガードよろしく、用心屋さん」
しかし、
「…俺が…行く…」
葵だ。
「高熱の君にボディーガードは無理だ。ここで休んでて」
「大丈夫……だから…」
「駄目だ」
「俺の…兄貴…だ…!」
額を垂れる汗。千里が強情な葵を収めようとする。それに、蓮の意見の方が正しい。
今の葵が行っても…―
「今の君は足手まといだ。はっきり言って邪魔だ」
容赦なく蓮は見下ろす。
「いいか…!」
葵は立ち上がると蓮の胸ぐらを掴んだ。青は紺を強く睨む。どちらも退かない。しかし、蓮がその手を払うと、葵はよろけ、ぎりぎり体勢を保った
「俺が…今の店長だ!千里は…連れていかせない…俺を…連れてけ…」
強情に食い下がる葵。千里は葵が倒れた時、いつでも助けられる位置に立つ。
はぁ…―
更に蓮の瞳が冷えた気がした時だった。彼の溜め息が部屋に静寂を満たす。
「そんなに崇弥の過去が知りたいのかい?」
ぴくっ…葵は反応した。
「そんなの…知りたいに…決まってるだろ…!!」
言われたからにはもう、引き下がれない。
「最低だね。崇弥の過去は酷く醜いし、穢い。誰が見せたがる?特に葵君、君にはね」
唯一の家族には醜い自分は見せたくない。
だけどさ、洸祈。それって本当に家族なの?
「……………俺も行く!!!!!!」
葵は叫ぶ。
悲しみを浮かべた顔で。
洸祈は俺を置いていくの?
絶対に引き下がらない。
千里と蓮の目線が絡み、小さく頭を下げた千里に彼は握り締めていた拳を緩めた。
「解った。ただし、倒れても助けはしないからな。這ってでもついてこい」
しっかりと両足で立った葵。
「遊杏、琉雨ちゃん、千里君はこの家を頼む」
頷く3人。
「レイラさんは熱がある崇弥と葵君の為に準備しといて」
唇を引き締めたレイラ。
「蓮お兄ちゃん…」
清は蓮の手を握った。
「清、帰るよ」