夢遊(4.5)
狼はいつも俺に優しかった。
いつも俺を護ってくれた。
いつも俺を抱き締めてくれた。
狼はいつだって俺の正義の味方だったんだ。
『狼、ずっと一緒だよ』
『うん。ずっと一緒。僕たちは離れない。何があっても…―』
「…おかーさん、おとーさん」
「あっ……清」
暗闇の中で葵は衣服をひっ掴むと最速で着た。
「どーしたの?」
千里は涼しい顔で闇の中をふわっと舞う。
「ゆーは?」
「由宇麻ね、お仕事が長引いて今日は迎えに来れないって」
「…そうなんだ」
俯いてじっと動かない。
「由宇麻が居なくて寂しい?」
葵が訊くと、
「狼がいない…ゆーがいない…寝れないよ」
「だって」
千里が振り返る。
微妙な時でかなり辛いけど眠れば忘れられる。それに、一人ぼっちは本当に辛い。
葵は清に頷いた。
三人掛けソファーの真ん中に座った千里の膝を枕にすやすやと眠る清。千里はそっとその前髪を鋤いた。
「蓮さんのお蔭で洸が戻ったとしてあおは訊くの?」
横に座る葵を向く。
「…………」
俯き加減の葵は無言だ。
「あお?」
「う…」
肩に掛かる重量。眠りに入った葵の頭。彼の口は小さく開き、そこから微かな吐息が漏れていた。
「可愛い」
ここまで無防備なのは逆に珍しい。千里は柔らかな頬の感触に身を堅めた。
そして、ちょっぴり赤いそれに千里はそっと触れる。
「あう…」
葵は垂れていた肩を竦める。
「あう…」
清は膝の上で寝返りをうつ。
「双子だ」
同じ仕草だ。でも…―
「今はあおなの」
千里は清を膝から下ろし、着ていた上着を掛けた。そして、ゆらゆらと揺れる葵と向き合う。
「あお、辛いでしょ?」
髪を撫でるだけで美味しそうな顔を見せる。
「僕が楽にしてあげる」
伸ばされる千里の手。
「清が起きる」
それが掴まれた。葵はむくりと起き上がると、痺れ固まった体を解していく。
「トイレ行くから」
そして、彼は立ち上がりかけて、
「!」
倒れた。
ぐたっと一人掛けソファーの方に顔を突っ伏す。
「あお!」
「……大丈夫」
「待って!大丈夫じゃないよ」
千里は葵に再び手を伸ばした。
「清がいるって言ってるだろ!しつこいと怒るぞ!!」
しかし、払われたそれ。千里の顔が引きつった。現在、彼は葵の意図を必死に探っている。しかし、千里には、葵に今この瞬間言いたいことの方が重要だと判断した。
「怒りたいのは僕だ!」
葵の腕を握った千里は廊下へと引きずった。葵の言葉など無視して。
風呂場の前まで引き摺ると千里は葵を放し、葵はその場に尻餅を突く。
「せん―」
「葵!!」
名を呼んだ。
それは千里が本当に葵に話を聞いて欲しい時に使われる。
葵。
葵は動きを止めた。
しゃがみ、高さが同じになったところで千里は葵の額に自らの額を擦り合わせた。
「葵、熱ある。なんで辛いって言ってくれなかったの?……それに…君の体調に気付かなくてごめん」
頼らなかった葵に怒ってる。
頼られなかった自分にムカついている。
教えてくれなかった葵に怒ってる。
気付かなかった自分にムカついている。
「辛い…頭が痛い…吐き気がする…寒いし熱い…それに…」
キス。
二人の繋がりの印。
いつだってどちらかがどちらかを支えてきた。今は千里が葵を支える時。
「疼いて辛い」
千里は葵をその腕に優しく抱っこした。
「先ずはそこを治してあげる」
疼きが消えるまで葵は千里に触れていた。とくとくと流れる千里の血液は葵のよりかなり遅い。それは葵のが早いせいかもしれない。
「看病して」
葵の指先が千里の頬を触れかけ、肩から背中に回された。
清と入ったお風呂のシャンプーの香りが千里の鼻を擽る。千里は抱きしめ返すと首筋に額を埋めた。温かい首に冷えた頬を押し付ける。
「する。VIP待遇でね」
「ありがと」
そんな君が大好きだ。
「愛してる。葵」
「うん」
僕たちはずっと一緒。
僕たちは離れない。
何があっても…―