君の囁き(2)
蝋燭が消え、暗くなる部屋。
捕まえた。
「最高の誕生日とプレゼントありがと、洸祈」
「あ、うん。ケーキ食べようよ」
「ばーか。プレゼントだろ?」
陽季は今度こそ洸祈をベッドに押し倒した。
「あれはその場のノリで…」
ノリで言われて堪るか!
「今だから言えるけど…ここに公演に来るって分かってから1週間、毎日お前想ってた」
想って…想って……想って………自分慰めてた。
あーんなことやこーんなこと。
「それはもうお子様には言えないような…例えば―」
「言うな!」
俺はこの部屋と昨日1日付き合ってきたから何処に何があるか分かる。
陽季は片手で鞄を探ると洸祈にそっと囁いた。
「俺の研究馬鹿にすんなよ。15パターンは俺の頭に入ってる。強情なお前には3パターン目が多分有効」
「3パターン目?」
そう、3パターン目は…。
「これを仕掛けたりね」
手に持ったそれを洸祈の頬に触れさせた。
格闘すること10分。
それから20分後…
夢中になっていた。
暗いのが残念。
洸祈の顔が良く見えない。
だけど…
「っ…洸祈…」
陽季は洸祈の唇に酔う。
「愛して…る……陽季っ…」
洸祈は陽季の唇に酔う。
…―もう放さない―…
「いっ!?」
「ごめんッ!」
つい力を込めてしまった陽季は洸祈の腕を掴んでいた手を放した。
すると、洸祈の自由になった手が陽季の首に回った。
「だめ。放さないで……陽季が傍にいるって感じさせてよ」
「ずっと…傍に…いる…」
洸祈の体に酔う。
「う…ん」
陽季の体に酔う。
「俺…やっちゃった…」
洸祈はくたっと陽季に身を寄せる。
「言うなよ!」
顔を更に赤くした陽季は力なく抗議した。
「俺…下…かよ」
「下だ」
どうにか洸祈は下にできた。
おまけ知識だが、一度立場が決まればよっぽどのことがないかぎりそれは変わらない…らしい。
陽季は洸祈を抱き寄せた。
「なぁ、上手かった?」
気になる。
洸祈は顔を赤くすると陽季の胸に頬を擦り寄せた。
「実のところ戸惑ってる」
何にだ?
「何か…陽季とだと…さ…」
もごる。
「失敗したなら言ってくれれば―」
「違くて…」
…―体が反応するんだ―…
「へ?」
どういう意味?
「館の時はただやってた…それからも…」
澄みきった声。
「慣れてた…」
この一言は辛いな。
官能小説で勉強した陽季とは違う。洸祈は生で体験していたのだ。つまりそれは最初ではないということ。
そんなこと分かってた。
だけど、
“最初”は俺が良かった。
「誰かとキスするのも…何とも感じなかった。ただの慰め合い。汚れていく自分をもういいやって捨ててた」
でも、
「陽季とのキスは違った。あの時…初めて嬉しいって思った。ちょっと恥ずかしいって思った」
そう…あの時、初めて俺は洸祈の新しい表情を見た。
「今回も…今までは弄られて気持ちいって思ってた。でも…何か違う…胸が一杯になった。満たされた気がした…初めてセックスしてるんだって思った…変かな…」
つまり…
俺は…
「変じゃない」
嬉しい。
俺は洸祈と一緒になれたんだ。
「マジで嬉しい」
客じゃなくて男として見てもらえてたんだ。
俺が“最初”だ。
陽季はまどろむ彼をもう一度きつく抱き締めた。
俺の荷物の奥底には銀の懐中時計が入っている。
その中には亡くなった両親の写真と装飾の施されたコインがある。
そのコインに刻まれているのは俺の本当の名前と洸祈の名前。
それは…絶対服従の証。
館のおばちゃんが洸祈と交わした契約を買い取り、その証として役所で貰ったもの。
紙ではなくコイン。
『何ですか?これ』
『今までは紙だったのですが…色々と要望がありましてこのような形になりました』
『契約書代わりですか?』
『ええ。しかし、これには物理的作用を起こさせることができます』
『はい?』
『主人である貴方が望めば契約対象者をいつでも服従させられます』
『止まれって望めば止まるの?』
『止まります。貴方の契約内容は絶対服従。なので死またはそれに準ずること以外なら服従させられます』
『ふーん。契約書だけじゃ反抗されるからか…』
『はい。つきましては、貴方の本名が必要になります』
『え?陽季は…』
『偽名では…調べることもできますが、あくまでもこれはご希望の方にですので』
『本名ね…』
『どうなさいますか?』
『―』
『はい、分かりました。少々お待ちください』
『落としたらどうなるの?』
『貴方以外はこのコインは効果を発揮しないので落としても問題ないです。役所の方に来てくだされば再発行致します。その場合、落としたコインに力はなくなります』
『今ここで望んだとして効果ある?』
『効果があるのは貴方から大体半径2キロメートル円内です』
『逃げられたら?』
『役所の方に来てくだされば位置を特定できます』
『便利だね』
『どうぞ』
『ありがとう』
『これの使用に当たり、注意があります』
『何?』
『これを使って服従させるということは、対象者の意志を無理矢理曲げることになり、対象者にかなりの負担がかかります』
『それで?』
『服従には問題ありませんが、使う度に対象者の意志が消失します』
『人形になるわけだ』
『はい。使用にはお気をつけを』
『分かりました』
あれを使えば洸祈は俺の言いなりになる。
俺は最低だ。
洸祈の自由を願って館のばあちゃんから契約を買い取ったのに、自分と契約させている。希望者だけのコインだって作らせている。
怖いんだ。
俺から離れてしまわないように…
切り札を用意している。
正義のヒーローのふりしてる。
ごめんな洸祈…
俺はこれを…
手放せない。