灰樹(8)
眠れねぇ。
「テレビっと」
ニュース、ニュース、ニュース、ニュース、ニュース…―
「ニュース…だけね」
暇。
陽季はベッドに横付けされている机の上のメニューを見た。
「早すぎる朝御飯にするかな」
サラダ…だけでいっか。
内線に掛けると直ぐにボーイが出る。
サラダを頼むと分かりました。と返してきた。
カーン
―ルームサービスです―
ドア向こうから聞こえる。
陽季がドアを開けるとボーイはキョロキョロと部屋の中を窺う。
なんなのだろう。
「何?」
「は!すみません」
ぺこり。
「はい、代金」
陽季はサラダを置いた彼の手にお金を乗せた。ボーイは一度俯くと、ぐっと顔を上げる。
「何!?」
「あの!その!」
ぱくぱく。
ワケわからん。
目で後ろを訴える。
「変な人でもいんの?」
「その…こちらも…」
一度廊下に出た彼は特大のケーキを持ってきた。
ケーキ?
「頼んでないんだけど」
「………匿名希望の方が貴方にと…本当はサラダの代金も既に頂いてまして」
そーゆーこと。
「アメリカで言う賄賂。こんなでかいケーキを運んできたお礼」
握らせるとにこりと笑んだ。
それにしても…。
「匿名希望ねぇ…何でケーキ?ボーイさん、その匿名希望さん、ここの宿泊客?」
月華鈴の誰かだろう。
双灯か?もう怒ってないのに。
「いえ…じゃあ私は」
早い。逃げるように去る。
「にしてもでかい。朝からケーキか…サラダもう1皿の方が良かった。皆にあげるかな」
でも、俺にはケーキよりも欲しいものがあるんだ。
カーン
陽季がサラダのフォークを持った時だった。
「誰?」
覗き穴からは見えない。
間違い?
カーン
「誰?」
誰も見えない。
カーン
開けてほしいのね。
ガチャ
開けたが誰もいない。
逃げる誰かの姿もない。
陽季はドアの向こうを見ようと身を乗り出した。
ぐいっと腰が引かれる。
「うわっ!!?」
そして、
んっ
誰かが抱き締め、キスをしてきた。
これは…
俺のお日様だ。
「何で―」
「ハッピーバースデイ」
…―洸祈―…
キスだ。
「なんで…」
「黙って。煩くしちゃだめ」
洸祈は俺の体を引き寄せて優しく唇を触れてくる。
まだ夜は空気が乾燥しているからちょっと洸祈の唇はカサ付いていて……―
嬉しかった。
よく分からないけど、洸祈が目の前にいる。
お日様が俺を抱き締めてくれている。
「洸祈…」
「何?」
「もっと…強く抱き締めてよ」
「うん」
「二十歳の誕生日おめでと」
「何で知って…」
ていうか、俺は完全に忘れてた。
「前に訊いた」
そうか?
そんなことよりも洸祈がいる。
「俺の妄想じゃない」
「司野には内緒で来た」
陽季は洸祈に力強く抱き付いた。
本物だ。
「電車ないからヒッチハイクしたんだ。人生初」
「馬鹿。危ないだろ?」
洸祈は頬を膨らました。
「折角祝いに来たのに…」
「嘘だよ。ケーキお前だろ?」
「ケーキ?」
へ?
「違う?」
「いや…その…俺をプレゼントしようかな…なんちゃって」
可愛すぎてこの場で押し倒すところだった。
「最高のプレゼントだ」
ケーキは結局分からず仕舞いだけど。
そこでだ…俺達には当然のようにオチがあった。
「あはははは」
渇いた笑いをする陽季。
「あはははは」
渇いた笑いをする洸祈。
二人は自動施錠で締め出されていた。
ボーイに開けて貰わないとな。