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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
谷の子供達
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谷の子供達(5) 秋と修一郎

修一郎(しゅういちろう)君、いいの?」

「はいっ!!」

千鶴(ちづる)はベッドの上で携帯を弄る(あき)を見た。千鶴の視線に気付くと、秋はヘッドホンを外して、近くに投げた。

「俺はベッドを譲らないよ。修一郎が勝手に俺と寝るって言ったんだから」

「秋く―」

「ちぃさん、客室を断って秋のとこを勝手に決めたのは事実ですから、怒らないで下さい」

修一郎は深々と頭を下げるから千鶴は下がるしかない。

「今日は冷えるから温かくして寝てね」

「はい。ありがとうございます」

羽毛布団を渡し、修一郎は笑みを溢した。

彼の笑顔に千鶴も笑みを溢すと、そんな彼の後姿を見詰める秋に首を傾げた。

直ぐに秋は千鶴から目を逸らす。

そして、よろける修一郎から布団を取り上げると、敷いた布団に毛布を乗せた。

「あ…ありがと」

「んっ」

やはり、修一郎と秋は仲良しだ。




「あ…秋」

「煩い」

「どうして…怒ってるの?」

布団に正座した修一郎は、再び携帯を黙々と弄る秋を見上げた。

「煩いぞ、修一郎」

「僕がちぃさんといちゃいちゃしてるの邪魔したから?」

「いちゃいちゃ?あーそう。俺、邪魔されたから怒ってんの」

秋は溜め息を吐き、ベッドに潜る。

「秋…」

「黙って寝ろよ」

「……」

カチッ。

修一郎は電気を消す。

「おいっ!誰も消せとは言ってないだろ!」

「僕、明るいと寝れないから」

不機嫌らしい彼は、秋に背を向けて布団に入った。

「知るかよ。俺の部屋だ」

再び溜め息を吐くと、秋はスイッチを探して立つ。壁に手を添わせ、ゆっくりと歩みを進めると、指先がスイッチに触れた。

が、

「っあ!!」

足首に柔らかい感触。

秋はその場に蹲っていた。

「僕、秋に言ったよ?秋は頷いたよ?」

見た目、男の娘の修一郎だ。彼は、立てひざを突いて秋を見上げていた。

「何言って…」

目を逸らした秋は小さく答える。

修一郎は布団から出ると、秋の前に正座した。



「僕、秋に好きって言った」



「へ…へぇ…」

携帯が開かれ、戸惑いの隠せない秋の顔を照らす。

「秋」

修一郎は秋を見詰めて離さない。

「…修一郎」

秋は体を縮めて後退る。

「秋、答えは?」

「答えって!何で今日なんだよ!明日…明日に答えようかと…」

そんな彼を修一郎はジリジリと追い込む。

「嫌だよ!秋、チョコ沢山貰ったんでしょ!付き合ったんでしょ!」

修一郎は真剣だ。

「そりゃあ…」

「分かってるよ!男の子を好きになるなんて可笑しいって!秋は普通の人だから、僕を受け入れられないかもしれない。なら、それはそれではっきり言ってよ!」

はっとした時には遅く、秋は修一郎に手首を掴まれて壁に押し付けられていた。携帯が秋の手から滑り落ちる。液晶には、白紙のメールの文面画面。

「秋、片想いって凄く辛いんだよ?だけど僕は、1年半、秋に時間をあげた」

修一郎はぐっと顔を近付け、彼の勢いのついた黒髪が秋の耳朶に触れた。

修一郎の赤く色付いた頬。

だが、秋は…

自らの腕を掴む修一郎の手を振り払い、小さく縮こまった。

「秋…」

「あげた?なら…お前は俺に誰と付き合っても上手く行かないよう…俺を悩ませる時間をくれたのかよ!」

茶髪を染めたのも…

派手な衣服を着るも…

全ては生きるため。

「俺はな!お前が…憎いんだ!」

「そん…な……ど…して…」

修一郎は唖然とする。幼馴染に唐突に憎いと言われたから当然だ。

「分かれよ!」

本当は、

あまり知らない人間と仲良く話すのも、携帯を使うのも、ちゃらちゃらした奴も苦手だ。

だけど、厚化粧の同じ高校生とは思えない女子高生と話すし、メールが送られれば、中身のない返事を直ぐに送る。

間延びした語尾の奴らとも引きつる顔で精一杯の笑顔を浮かべて話をする。

どれもこれも、都会という慣れない地で生きるため。

「8年前の3月17日」

秋は叫んだ。

「8年前…?」

「お前は覚えてないだろうな。お前にとってはただの俺達の誕生日だったんだから」

思い出すのも嫌だという苦々しい顔で、秋は続ける。

「ただの…なんて…」

「あの日から…あの日から…俺は…お前と夏が憎くて仕方がなかった」

8年前の3月の17日は…―

「あの日は…皆で…一緒に…お祝いを…―」

キッと、秋は修一郎を睨む。

普段、めったに怒らない秋が怒りを露にしたのに、修一郎は涙を堪えて、唇を強く噛んだ。

「お前達の軍学校進学決定のお祝いをだ」

「だからって…!秋は変だよ!秋は僕達に嫉妬したの!?谷の皆に、僕達が私達の誇りだって言われたから嫉妬したの!?だけど、しょうがないだろう!魔法は…望んで得たものじゃないよ!」

魔力は全ての人間が持っている。

だが、それを具現化し、使えるのはほんの一部の人間だけ。

一族で魔法が使える者もいれば、突如、生まれた者に魔法を使える人間が現れることがある。

後者のそれが、修一郎と夏だった。林も同様だ。

「嫉妬じゃない!3人でいつも一緒だったのに、その日から、お前達2人になったんだよ。挨拶しても、谷の人が返すのは前を歩くお前達二人だ」

魔法使いは珍しい。狭い谷では尚更。

「秋―」

「煩い!」

秋は遮る。

「ここが嫌で嫌で、俺は東京に出ることにしたんだ!お前達から離れたくて…1年半前、俺の出発を誰も見送ってくれなかった。それでも別によかった。同じ駅のホームで、谷の皆がお前達をわざわざ垂れ幕作って見送りしてなかったらなぁ!」

修一郎君!夏君!行ってらっしゃい!

耳障り。

どんなにヘッドホンの音量を上げても聞こえてくる目障りな音。

これを自分勝手って皆、俺に言うの?

俺とあいつらはどこが違うの?

魔法が何なの?

魔法なんて…



魔法は俺から全てを奪う…―



「最後の最後まで俺は惨めで、東京に出てまでお前に苦しめられて!最悪なんだよ!!」

どうして…

どうしてお前もあいつもなんだよ。

「お前には夏も谷の皆もいて!俺は…!」


ぎゅっ…―


「何…して…」

秋の爪がフローリングの冷えた床を引っ掻いた。

「秋っ…謝れば許して貰えるのかな…僕達は秋に許して貰えるのかな…」

「放せ…よ!」

近づくな。誰も俺に近づくな。

秋は荒くなる息を整えようと小さく縮こまる。

「ごめんなさい…ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

修一郎はただ謝る。

小さい頃もそうだった。

怒ったり悲しかったりする秋は、一人で片付けるまでは誰の何も聞かない。

塞ぎ込んで小さくなる。

だが、修一郎は放さないで包み込むように秋を抱きしめ続ける。

「放せよ!」

吐き捨てるように威嚇する秋。

「嫌だよ!僕は秋が好きなんだよ!」

ここでは引けない。と、修一郎は細い腕に力を込める。

「押し付けるな!俺はお前なんか―」

「分かってるよ…もう、分かってるよ…だけど…僕は…幼なじみとして…親友として…好きだよ…だから…」

声変わりをしたはずなのに、女の子のように高い声。

秋は耳に響く修一郎の言葉に震えた。

「秋…ごめんなさい。僕は秋を沢山傷付けてた…ごめんなさい。秋…―」

「!?おい!」

首筋に温かいものを感じた秋は、修一郎を引っぺがして慌てる。

「おいってば!」

「秋…秋…秋いぃ!!!!!!」

ぼろぼろと泣き始める修一郎。

彼は、せきを切ったように泣き出した。

「泣くなよ!」

「ごめん…寂しかったよね。ごめん、あきぃ!!!!」

「寂しくねぇよ!泣くなって!」

秋の声が届かないのか、聞いていないのか、修一郎は秋のシャツにシミを作っていく。

「どうしたら泣き止んでくれるんだよ…」

「あっちゃんのばかぁ」

と、修一郎。

「あっちゃん呼ぶな!それに、馬鹿じゃない!」

もう、修一郎は何も聞いていないようだ。秋はティッシュ箱を机に手を伸ばして取ると、泣く修一郎の顔に押し付ける。すると、彼は鼻を鳴らし、こてんと両手を広げて仰向けに倒れた。

「しゅうって呼んでくれないの?」

鼻をかみ、丸めたティッシュを床に投げ捨てた修一郎は言う。

「言うか。餓鬼みたいだし。もう泣くなよ」

「あっちゃん。僕、好きだよ?あっちゃんが好きだよ?」

「またそれかよ…」

転がったティッシュに手を伸ばし、ゴミ箱に投げ捨てた秋は溜め息を吐いた。

「俺は、男とどうこうなんて興味がない。別に、そういう人間を否定するわけじゃない。だけど、男は好きにはならない」

「それって、ヘンケンだよ。サベツだよ。好きって、男も女も関係ないもん。異性も同性も関係ないもん。なのに、男は好きにならないって言う秋は、僕を否定してる」

「あーっもう!俺が悪かった!ったく、お前は屁理屈が多い」

「秋は僕の言葉を屁理屈でよく終わらせるけど、それこそ、僕にとっては屁理屈だ。でも、秋が悪かったって言うなら…秋は僕を、恋愛の対象としては見られないんだよね…。僕はふられたんだよね…」

しょんぼり。

修一郎は横を向き、じっと暗闇を見詰める。

秋は宙を見ると、再び溜め息を吐き、修一郎の肩を叩いた。

「何?」

「その…さっきはちょっと気がたってた。色々あってさ…。俺…本当は…」

「秋?」

その時、顔を真っ赤に火照らせた秋の顔を見て、修一郎は、その意味を察し、体を起こした。

「もしかして僕、脈あり?」

「知るか!」

「秋って、ツンデレだよね?素直になれない質だよね?」

「なんだよ!ツンデレって」

そっぽを向く秋に、修一郎の顔が華やいだ。

そして、

「秋、僕に好きって言ってよ!」

がばっと、秋に抱きついた。秋は目を白黒させて、驚き、足をばたつかせる。

男に抱きつかれている。子供じゃなくて、幼馴染の同年代の男に。

「言うかよ!好きじゃない!」

「いいよ?秋、キスしていいよ?」

暴走気味の美少年は、止まらない。

修一郎は待つ。

長いまつげを揺らして待っている。

「まだ、俺、好きなんて言ってないんだけど!」

「素直になれない秋の気持ちは分かったから。どうしようもないくらい、溢れんばかりの好きが、僕、伝わってくるから」

「お前、絶対におかしい!」

「最初は触れるだけでいいよ。待ってるから。少しづつ、長くしていこう?」

「アホ修一郎!!!」





前屈みの秋。

顔を上げる修一郎。

秋は彼の細い顎に手を掛け、軽く持ち上げた。


「キス…すんのか…?」

「いいよ。秋」


指先で、綺麗な黒の前髪を上げ、


「本気?」

「僕は本気。秋も本気になるよ」


細い人差し指は、秋の茶髪に絡み、


「ファーストキス、まだでしょ」

「なんで知ってんだよ」

「ついでに言うと、付き合う前に、皆、振ってるでしょ」

「だからなんで…」

「好きだから」


薄いピンクの、艶のある唇に、


「秋…」


「修一郎…」




触れなかった。


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


誰かの悲鳴が、琴原家中に響き渡った。

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