灰樹(7)
「何でここに電話したんだ!」
ここは司野の家だぞ!
『ヒステリックだなぁ。僕は司野由宇麻さんに用事があるから電話したんだ』
嘘つけ。
「夜中に?」
『もう「早朝に?」だよ』
電話口の男に焦りはない。
まるで…―
「俺が出ると分かっていた…」
『司野由宇麻さんは君の父親代わりだろう?別に君が出ても驚かないさ』
代わりじゃない。
父親だ。
『それで司野由宇麻さんは?』
「いない」
『ふーん。じゃあ、明日にでも会社に電話するからいいよ』
居ると知っていて言っている。
「司野は出ない」
『君は何処まで彼を縛る?別にいいだろう?司野由宇麻さんが望んでいるんだから』
望んでいる?
『昨日…それはもう朝早くに僕のとこに電話してきたんだ。その時は所用で出れなかったけど。彼が電話してきたんだから掛け直した。分かったかい?』
なんで司野が政府に?
それもこいつに…。
「何で司野がお前なんかに―」
「うっ!!!!!!!!!」
呻き声。
「司野!!!?」
振り返るとパジャマ姿の由宇麻が胸を押さえて床に倒れていた。
置き損なった受話器が音を発てて机にぶつかる。
「司野!おい、司野!!!」
「たか…っ…助け…って……」
「どうすれば―」
―ソファーに寝かせてあげて―
青い体に黒曜石の瞳。
二之宮のとこのスイは洸祈の肩に停まる。
何故ここにスイがいるのかは置いといて、洸祈は踞る由宇麻をソファーに寝かせた。次を促す前にスイは応える。
―直に収まるから―
苦しそう。
「でも―」
―なら、名前呼んであげなよ。こういう時、人は人の温もりに安心するんだ。そっと…優しく…安心させてあげて―
「崇弥っ…どこっ…」
「司野、ここにいるよ」
「もっと…近く…もっと近くに…たか…や…」
伸ばされる手。
洸祈はそれを握ると胸に抱く。
「大丈夫…大丈夫だから…由宇麻…大丈夫だから」
「イヤや…苦しい…痛い…もう…楽に―」
「させない!絶対に楽にしてやるか!!皆、皆、勝手に死んでく!何だよ!目が見えなくなったから俺達に会えなかった。次の蓮の花が散る時に命尽きる。苦しくて痛いから殺してくれ。何だよ!!そんなに会いたくないのかよ!!!!そんなに簡単に諦めるのかよ!!!!そんなに死にたいのかよ!!!!皆勝手だ!!!!!!」
―洸祈、落ち着いて。恐怖は伝わるから―
恐怖
スイは洸祈の頬に頭を寄せる。
落ち着いて…落ち着いて…。
繰り返される言葉。
洸祈は興奮で跳ねた心臓を押さえると物悲しげな表情をした由宇麻をおもいっきり抱き締めた。
「ごめん…司野…」
「…ごめんは俺の台詞や…」
―落ち着いた…大丈夫だよ―
スイが由宇麻の額に降りる。由宇麻は自らの心臓を触ると本当や…と安堵の溜め息を洩らした。
―逆上せたんだね。それが原因だよ。蓮が言ったでしょ?なるべくシャワーで済ませること。月1はリラックスの為に逆上せない程度、人肌より少しだけ高い程度のお湯に浸かること。逆上せているようなら横になって逆上せが抜けるまで待つこと。いい?―
「すまんなぁ、スイ君」
―どういたしまして―
テーブル上の小箱を探った由宇麻は額のスイに餌をやる。
「ご飯忘れてたな、ごめん」
―さくらんぼくれたら許すよ―
「うん。待っててな。崇弥も食うか?」
「うん」
『それより僕を忘れてないか』
受話器から洩れる言葉。
「まだいたのかよ!」
「え?崇弥何や?」
台所に立った由宇麻には聞こえないのだ。洸祈は慌てて何でもないと取り繕う。由宇麻は首を傾げると冷蔵庫に顔を突っ込んだ。
さくらんぼ~さくらんぼ~
由宇麻の陽気な歌声。
「二度と電話掛けてくんな」
『司野由宇麻さんから掛けてきたらどうすれば?』
「出んな」
『ふーん』
洸祈は切ろうとして男の言葉に手を止めることになる。
『相変わらずだね、蓮は』
蓮?
『懲りずに作ってたとはね。未練たらたらとアイツの声を埋め込んで寂しさをまぎらわしてたとは。羽音から判断して小鳥だろう?…飛べないアイツの代わりか?馬鹿な子だ』
よく分からないけどムカつく。
だけど訊いてしまう。
「…アイツ?」
暫くの沈黙。
そして、
『愛人』
…………………………………?
「愛人んー!!!!!?」
「崇弥!?誰と話してるんや!!俺に来た電話やろ?変なこと喋らんで貸しいや」
いつの間にかさくらんぼの入ったボールを抱えた由宇麻が洸祈の受話器に手を伸ばした。
ガチャン
切った。当然、怪しみ眉を潜める由宇麻。洸祈は苦笑い。
「誰や?崇弥、誰や?」
さくらんぼを取ろうとしたその手を掴んで訊く。
「…二之宮」
「何で切るん?」
「その…二之宮が…教育上悪いこと言うからさ」
「俺の方が年上や。正直に言うんや、崇弥。誰や?」
由宇麻の厳しい追求。
「…ほら…さ…」
「何や?」
「男同士のセックスの仕方とか…いかに…相手を気持ち良くさせるか…とか」
案の定。退いた由宇麻はソファーに踞った。二之宮なら話を合わせてくれる。
この作戦は成功だ。
いつの間にか寝てしまった由宇麻の頭を撫で洸祈は考える。
「二之宮に愛人…スイのはその愛人の声…明らか女じゃん」
いや、女って変じゃないけど。
でも、二之宮の性癖から見れば…。
一体、あの男は何者なんだ。
何故司野は電話するんだ。
二之宮の愛人って…
洸祈はうとうとし、ゆっくりと眠りに落ちた。
眠いや…―