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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
惨殺掲示 【R15】
68/400

千鶴(ちづる)さん、お久し振りです」

洸祈(こうき)君!」

「……!?」

手足のギプスを見て、そこまで送ってくれたお巡りさんに頭を下げた洸祈に彼女は走り寄って勢いよく抱き締めた。洸祈は背中を高い生け垣にぶつけて顔をしかめながらも千鶴を支える。


「おかえりなさいっ…―」


瞼に隠された彼女の瞳から流れる涙。

洸祈はそっと背中を撫でた。

「うん。ただいま」




(はる)

「洸祈さん!お久し振りです!」

とてとてと、厚着で覚束ない足取りの春は、洸祈に走り寄って抱き付いた。洸祈は同い年なのに小さくて軽い春をしょうがなくおんぶしてやる。

「わあ、洸祈さん、力持ちだ」

「春が軽いんだよ」

だが、ドアを背にしているとはいえ、片足で立って片腕で支えるのは軽い春でも辛い。

「洸祈さん、洸祈さん」

春が上目遣いで洸祈を呼んだ。

丸い大きな瞳が綺麗だ。

「何?」

(あおい)さん、千里(せんり)さんは元気ですか?」

「うん」

琉雨(るう)さん、(くれ)さんは元気ですか?」

「うん」


「彼氏さんは元気ですか?」


「うん?」

何を言っているのかよく判らなくて、洸祈は首を傾げた。

「用心屋さんも噂の彼氏さんも元気なんですね?良かった」

春は本当に変な奴だ。



「急にすみません」

けじめとして座敷で頭を下げる。

「いえいえ。ここは洸祈さんや葵さんの実家ですから」

春が炬燵から出した裸足を寒そうに擦り合わせながらゆらゆらと頭を下げ返した。

「僕も千鶴さんもずっと待ってました。義兄(あに)のこと…」

「父は夜明け頃、眠ったまま息を引き取りました。医師は痛みや苦しみはなかったはずだと言っていました」

「良かった…」

ぽたっ…―

「春?」

「電話に出たの…千鶴さんで……っ…千鶴さん…ずっと…ずっと…ずっと…泣いていました…僕は…っ」


琴原家で最も軟弱な春は、家族の為に泣ける強い人だ。


嗚咽を漏らす彼の後ろから現れた千鶴は毛布を掛けてあげる。

「春君、朝から熱っぽかったし、今日はもう寝よう?今夜は私が行くから」

「で…でも…僕は大丈夫で…」

(あき)君が許さないと思うよ。だから、お休みなさい」

「…………………………はい」

千鶴は春を支えて階段へと向かい、洸祈に頭を下げた。





襖の間から白のコートを着た千鶴さんが見えた。

何処かに行くのだろうか…。

「千鶴さん、どちらへ?」

「大丈夫。春君をお願いします」

「帰りは…」

「明日、帰ります」

明日?

「どちらかにお泊まりですか?」

「ええ。お休みなさい、洸祈君」

「気を付けて……お休みなさい」

腕の中の春が寝返りをうった。



ここには2度来たことがある。

1度目は本当に俺達がちっさかった時。

葵と父さんと。

俺はその時のことを全然覚えていない。

幼かったのだから当然だ。普通、5歳時の記憶なんてあるか。

葵はあるらしいけど。

あいつは俺よりも記憶力がいいからか。

そこで初めて、母さんの兄弟と会った…らしい。

2度目は俺が精神科医に勧められて療養に来た時。

春が一人で暮らしていた。

千鶴さんとは千里のことで定期的に連絡を取り合っていたから、(ふゆ)さんと秋君は東京、(なつ)君が軍学校に進学、春が実家で一人なのは知っていた。

しかし、千鶴さんから事前に連絡を受けて門前で待っていた春と目が合ったと思ったら、名乗ってもいないのに突然ハグされたのは驚いた。

『姉さん!』

俺は女じゃなくて男だ。

それに、“姉さん”って…俺の“母さん”のこと?

それにしても、見た目は葵が父さん似、俺が母さん似と言えど、母さんに間違えられて男の俺が抱き締められることは予想外だ。

『姉さん…姉さん…』

『春君じゃないの?』

千鶴さんのくれた写真で見た“春”という人に似ている。

『姉さん…僕は春だよ?姉さん…僕は春です。姉さん…いつも呼んでるでしょ?春って…僕のこと…春って』

春は同い年だから俺の母さんのことを覚えてるはずない…のに。

『あなたの名前は春。あなたは私の弟よ。って』

それって?

『姉さん…会いたかった。春だよ。あなたの弟です。僕、こんなにおっきくなりましたよ』

春は俺の胸に額を当てて泣いていた。


今日と一緒だ。

「洸祈さん……千鶴さん…は?」

春が起きたようだ。

声が掠れているような。熱かな。

「出掛けたよ」

「あのね…秋…倒れたの…。兄貴が…入院させて…」

まさか…千鶴さんの出掛けた先は?

春が俺に抱き付く。

「兄貴も千鶴さんも教えてくれないけど…っ」

春が震えてる。

春が…―


泣いてる。


「千鶴さん…お医者さんの前で姉さんの名前出したんです……秋の…発作が原因で倒れたから…」

解ってしまった気がする。


母さんと秋君は同じなんじゃないかって。


「僕は分からないです…どうして…僕の家は…亡くなってしまう人が多いんだろう…って。…秋を失ったら……もう…僕は…」

俺は春を慰めることはできなかった。

だって…―

「春、お前がそんなんでどうする」

苦しいのはお前だけじゃない…―

「お前は秋君の兄だろう?」

俺だって“兄”なんだ。

「冬さんも千鶴さんも泣くの必死で我慢してんだ。春、お前は泣くのか?」


俺だって我慢してんだ。


お前にもできるだろう?




お前は家族の為に歯をくいしばれる強い人なんだから。



「うん…っ」


春が大きく頷いた。

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