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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
惨殺掲示 【R15】
66/400

信用商売(5)

からから…


由宇麻(ゆうま)君!?」

「しー。静かにせいや」

由宇麻はよろよろと、眠る洸祈(こうき)の病室に入ってきた。

「寝てなきゃ!」

二之宮(にのみや)は由宇麻を支えて自分が座っていた椅子に座らせる。

「ここまで来るのに一苦労。少し歩いただけなのに心臓ばくばくやなんて俺、どんだけひょろいんや」

弱々しい笑顔を彼は溢した。

「分かってるなら何で来たわけ?」

「一人やと何だか怖くなって眠れんのや」

由宇麻の胸の辺りを撫でる二之宮は彼の額に大粒の汗を見付けてタオルで拭いてやる。

「それに、(れん)君の話し相手になろう思てな」

「僕には本があるんだけど」

小さな机の上には分厚い一冊の本。

「邪魔やったか?」

「ちょうど読み終わったからもう一度読もうかなって」

そう言って、二之宮は由宇麻の膝に本を乗せた。

「どんな話なん?」

「少女と時間に追われる大人と時間泥棒の話」

「ワケわからんで。どんなとこが好きなん?」

「女の子」

「それ、怪しい発言ちゃうん?」

「そうかな。好きだからしょうがないってね」

クスリと笑い、首を傾げる由宇麻の上着を直してあげる。

お礼を言った由宇麻は本を恐る恐る開いた。

「そんな怖がらなくても。ホラーじゃないって」

「せやけど、こんな豪華な表紙やと怖そうや」

「なにそれ。ふふふ、由宇麻君は面白いね」

二之宮は洸祈のベッドの端に座って笑う。


崇弥(たかや)やけど…」

字を追いながら由宇麻はポツリと言った。

「館?」

「………(れん)君は…“あの人”って知ってるん?」

滄架(そうか)だよ」

二之宮はポケットからチョコの包みを2つ取り出すと、1つを由宇麻に投げた。顔を上げてキャッチした由宇麻は聞き返す。

「滄架?」

「由宇麻君は知らなくていい。誰も知らなくていい。僕だけが知っていればいいんだ」

「せやけど、崇弥の命の恩人なんやろ?崇弥には教えたって…」

「滄架は死んだ。その大きな原因は崇弥との契約」

“あの人”は自らの命を削って、洸祈を助けた。

「崇弥を助ける為に命を削ったからか?」

二之宮は口を閉ざす。

「蓮君?どないしたん?」

由宇麻は本を机に置くと、黙り込んだ彼の横に座って同じように黙る。

やがて、二之宮はゆっくりと口を開いた。

「君には知る権利があるんだろうね…だけど、僕はこれをうまく言えるか分からない」

「聞かせてや。蓮君」

「分かったよ」


彼は一言一言区切って言葉を連ねていく。

「僕はね、崇弥よりも長く、館にいる」

洸祈が紫水(しすい)に売られてから、洸祈を失い、光を失った僕は死人のようで使えないと直ぐに捨てられた。

捨てられた先は館。

「僕は捨てられたその時から売り子をしていた。最後の紫水の命令に従って。馬鹿だろう?僕はね、捨てられても紫水が好きだったんだから」

使えない子。そう簡単に切り捨てられても僕はあいつが好きだった。

「散々、僕を痛め付けた人だけど…家族だからかな」

父親だからかな…。


「今は…今はどうなん?」

由宇麻が独白のように訊ねてきた。

「憎んでいる。洸祈を縛るあいつを憎んでいる。あいつをあの場から引き摺り落とすだけじゃ物足りない……殺す。僕はあいつを殺すまであいつを赦さない」

ぎりっ。

歯軋りが響く。

由宇麻は背筋を震わせて、洸祈の、ベッドから出る手を握り締めながら二之宮を見詰めた。

「由宇麻君、崇弥は…死ぬ定めだったんだ」

「死ぬ定め?なんや…それ…」

「滄架はそれを止めた。自らの命を代わりに差し出して」

唐突に始まったそれ。

「何で崇弥が死ななあかんのや!」

「やっぱり駄目だ…」

途絶えるそれ。

「俺は崇弥の父親や!駄目やない!!」

不自然に途切れた話は先が気になる。由宇麻は表情に影を落とす二之宮の体を揺する。

「蓮君!蓮君は崇弥の何を知ってんのや!」

「言えない…僕は…言えない…ごめん…」

「教えてや!蓮君!!」

由宇麻は引き下がらないし、引き下がれない。すると、そんな彼は誰かの手に口を塞がれた。

「司野、二之宮を虐めんなよ」

「崇弥!?」

二之宮が顔を上げる。

「二人が煩くて起きた。もう遅いんだし、二之宮は帰って寝ろよ。司野も病室に戻れ。他の人の迷惑だし、加賀(かが)先生の白髪が増えるだろ」

そう言う洸祈のことで騒いでいた二人を片手で払う仕草をし、欠伸をする洸祈は背中を向けて目を閉じた。

『……………………』





「二之宮、眠るなら家に帰ってからにしろ。風邪引くぞ」

ぽてっ。

洸祈がベッドの縁に座って頭を揺らす二之宮に触れれば、彼はコテンと倒れた。

「おい!」

「うう~…」


……寒い。


と。

「しょうがないな」

洸祈は二之宮の靴を脱がして両足をベッドに上げると、自らの布団を片手であたふたと掛けた。

「オヤスミのキスはしませんの?」

夜風と共に窓から入ってきたのは赤毛の女。

「しない」

來月葉(らいつきは)の問いに洸祈は即答する。

「あら、ウンディーネが可哀想に」

「二之宮が?何でだよ」

「分かってるくせに。ウンディーネがどれほどに貴方が好きなのか」

「何を言って…」

「あたしは盗賊。情報の盗賊。盗んだウンディーネの情報はこう。出身地不明。紫水と呼ばれる父親らしき人間にありとあらゆる戦闘教育を施され、人体実験に使われてきた。実験は成功し、作られた魔力を得た彼は紫水の『完全支配』の実験台に。後は(あか)の知っている通り」

「だから?」

「二之宮蓮にはあなたしかいない」

「それで?」

洸祈は車椅子に乗ると、片手でゆっくりと扉に向かって操作する。

「あなたはウンディーネに何を望んでいるのかしら?」

「何も」

「嘘ね」

窓枠に腰掛けていた月葉は洸祈の車椅子を押し始めた。

「自らに縛り付けたいのかしら?」

「何故?」

静まり帰った廊下を二人は進む。

「復讐」

エレベーターの位置を示す蛍光板の光が月葉の瞳を照らした。

「復讐?」

洸祈は聞き返す。

「恨んでいるんじゃないの?」

「何故?」

「緋は聞き返すばかりね」

「うん」

エレベーターに乗り込むと、洸祈は地下のボタンを押した。エレベーターはゆっくりと地下を目指す。

「あなた、覚えているのではなくて?」

「何を?」

「過去を」

「何言って…」

固いコンクリートを二人は進み出した。

「まぁ、いいわ。あなたは…」

「月葉?」

「1つだけ言えることがあるの。あたしを信用しちゃだめ」

チン…―

エレベーターは目的地に着いたことを知らせる。

そして、二人の目の前には一人の女が立っていた。

洸祈は咄嗟に車椅子の向きを変えるが、月葉が邪魔をした。



『崇弥洸祈。おかえり』

女は笑う。


口元だけ笑う。





「…………アリアス……………………………アリアス・ウィルヘルム…なのか?」


『迎えにきたよ』

女は一歩前に踏み出した。

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