信用商売(3)
アナタは何を犠牲にするの?
由宇麻に異常があったと二人が知ったのはその日の深夜だった。
「司野!!!!」
「崇弥!傷に障る!」
部屋の扉が開いたかと思うと、柔らかそうな茶髪を揺らした洸祈が手足にギブスを付けて跳ねながらベッドに寄った。
「何をしているの!」
「離せよ!父さんのとこ行かせろ!!」
洸祈の前に看護師の畑が気遣うように止めるように現れる。それに洸祈は鋭い目付きを向けた。
邪魔をするな。
畑は体を強張らせる。
「畑さん、彼は由宇麻君の息子の洸祈君だよ」
加賀が説明すると畑は怯えたように洸祈から遠退いた。
「司野は?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫?本当に?」
医者は嘘つきだ。
洸祈の記憶が訴える。
たとえ馴染みでも医者は真実を教えようとしない。
嘘も簡単に真実にすり替える。
父さんの時のように。
『崇弥さんが昨夜お亡くなりになりました』
『…お医者さんは大丈夫って言ってたのにね』
『…俺…もっと話したかった…もっと、もっと…話したかった…』
『しょうがなかったんだよ』
あの医者は大事に至るその時まで嘘を貫いた。
それも、“父親の死”までだ。
だから、
信用できない。
「…………………大丈夫やで」
「司野!」
洸祈の目は見開き、儚い微笑を残す由宇麻に向く。
瞳を潤ませた由宇麻はとても小さな声で囁いた。
「崇弥…ぎゅってさせてぇな」
「何言ってんだよ」
ついつい言い返す。
「ほら…はよさせてや」
力なく上がる腕。
疲れているのか、小刻みに震えているのが分かった。
「崇弥、ほら」
「ちょっ…二之宮…」
洸祈は二之宮に押されて、由宇麻に覆い被さるような形になる。
そして、
「崇弥ぁ」
嬉しそうに
本当に嬉しそうに
由宇麻は笑った。
そして、
洸祈を抱き寄せた。
アタタカイヒトノヌクモリ。キモチイ…―
洸祈は暫くそれに身を委ねていた。
「司野、疲れてんだろ?休めよ」
洸祈は自分の体重で押し潰さないように左腕で自らを支える。
「…会いたかったで…」
優しく洸祈の頭を撫でる由宇麻。
「俺も」
その心地好さに洸祈は目を細める。
「顔…もっと見してぇな」
「…え…」
「崇弥の顔…ずっと見れてない気がするんやけど…」
「そうか?」
俺は別に…。
そう呟くと、由宇麻は「そうやな」と苦笑混じりで応えた。それが苦しそうに聞こえて洸祈は自らの間違いに気づく。
俺は成長する。
司野は成長しない。
「ごめん…司野…」
不謹慎過ぎる。
「いいんや…俺は変わらへんけど、成長期の崇弥は…どんどん…かっこよくなるからな…父親として…司野由宇麻として…崇弥の顔はずっと見てたいんや…」
だから見してや。
洸祈は顔を上げた。
「その顔…」
しかし、由宇麻は拗ねた風に唇を尖らせる。
「?」
「崇弥、駄目や」
眉をしかめた由宇麻は手を伸ばし洸祈の両頬を思いっきり左右に引き伸ばした。
痛い。
「ひぃの!!!!」
洸祈は目尻に涙を浮かべる。
「痛そうやな」
くすり。
すると、由宇麻にしては珍しい笑い方をして頬を離した。当然、洸祈はむっと膨れる。
「何したいんだよ!」
「これや…」
とても満足している由宇麻。
「はぁ?」
「作られた顔より…全て失せた顔より…怒った顔の方がええよ」
気付く。
言われなきゃ気付かなかった。
俺は…作った顔をしてた。
「崇弥…俺はな…琉雨ちゃんに接している時の…顔とか…俺が髪撫でた時の…顔とかが好きなんやで…」
にっこり。少年の微笑み。
てか、司野が髪撫でた時の顔って…。
「ちゃんと見てたんじゃねぇかよ!」
ちょっと恥ずかしい。
すると、ふっと由宇麻が真剣な表情をする。
「崇弥……もうあんな顔せぇへんでな?」
と…願う。
それは、
感情の失せた殺人鬼の顔。
俺は由宇麻に失望されたのか?
厭だ。
「…俺は…結果的にあいつを…殺したんだ」
自殺…ではない。
自爆…ではない。
「俺が追い込んだ」
2回目の殺し。
その時、俺は無だった。
罪悪に押し潰されそうになる。いや、罪悪感なんてないのかもしれない。
ただ……痛い。
由宇麻の指がすっと洸祈の頬に滑った。まだ赤いそこを由宇麻は優しく撫でる。
「崇弥」
囁き声。
「偉大な瑞牧さんの言葉やで…『俺の言葉を聞いた。それでいい』や」
「だけど…」
俺は殺そうとした。
「『まだ言うのか?俺は忘れた』や。崇弥…大好きやで」
あぁ。
こんなにも…―
看護師や医者、二之宮がいる前で洸祈は由宇麻の額にキスを落とした。
愛しい。
「な…!!!?た、崇弥!!?」
真っ赤な顔で由宇麻は自然体の洸祈を見る。洸祈は表情を弛めた。
そして、
「大好きだよ」
司野。
…―大好き―…
もう逃げていられない。
もう隠していられない。
洸祈はその胸の内に隠した醜い過去を言葉に乗せようと決意した。
「司野…受け止めてよ」
そう囁いて…。
「崇弥?」
由宇麻はその瞳に光を移す。
「俺の生きざまを受け止めてくれるかい?」
受け止められるかい?
こくり。
小さく頷く由宇麻。
洸祈はゆらりと二之宮を向く。
「二之宮…お前の過去を頂戴」
俺の到らない推理が当たっているなら…、
「いいのかい?」
そう二之宮が訊き直す。
二之宮、やっぱりお前は知っているんだな。
「あぁ。もう逃げていられない」
この空白に不自然に塗られた色の理由を。