谷の子供達(4)
千鶴は白い息を吐くと、階段を挟む急傾斜の林に近付いた。
「秋君、危ないよ」
その林に話しかけると、
「夏にストーカーされていたとは気付かなかった」
染めたらしい跳ねた茶髪。
胸元に揺れるメタリックな首飾り。
コバルトブルーのTシャツ。
ファーの付いた黒のジャンパー。
意図的によれているのであろうジーンズ。
黒のスニーカー。
今時の格好の彼は、都会の匂いを纏っていた。
「遅かったね。どうしたの?」
「都会は電車がよく停まる」
琴原秋。
琴原家の三男であり、夏の双子の兄。
「久し振り、千鶴姉さん」
「久し振り、秋君」
「千鶴ちゃん。はい、これ」
現像された写真の入った紙袋と…
「これは…」
「おじさんからの遅い結婚祝いだよ」
額に収まった3人の笑顔。
それは、千鶴と柚里と赤ちゃんの千里の写真。
「おじちゃん、千鶴姉さんの勝手に見たの?」
「都会の坊主は黙れっ」
ぺしり。
秋の頭を軽く叩いた写真屋の恰幅のよい男は、写真を撫でる千鶴の手に自らの手を重ねた。
「おじさん…」
千鶴の頬には涙。
「柚里の死は辛かった。だけど、千里がいる。お前達の子供が」
男は柔らかな笑みを溢す。
「はい」
つられて笑う千鶴を秋はじっと見ていた。
「千鶴姉さんの子供って今、何歳だっけ?」
秋は千鶴の手元の額の赤ちゃんを指差す。
「19歳。もうすぐ二十歳」
二十歳には二人は会えるだろうか。
「俺の姉さんの子供も千鶴姉さんの子供と同い年なんだろ?」
「洸祈君と葵君?そうね」
「それってさ、俺の方が年下なのに、そいつらからしたら俺は叔父さんかよ」
「……………そうね」
千鶴も今気付いたらしい。写真屋の男は忍び笑いをする。
「お前が叔父さんか、秋叔父さん」
「おじちゃんに叔父さん言われたくない」
そんな二人を見て、千鶴は再び笑った。そして、紙袋から他の写真を見る。
これらは千鶴が趣味で、林と共に軍学校に進学した時から撮っていたものだ。
「秋君、見る?」
「ん?」
そこには…
「何てもん撮ってんだ!」
双子のオシメを千鶴が変えている姿。きゃっきゃと笑う二人がいる。絵としては微笑ましいが、霰もないところまで写っている。
秋は血相を変えて言った。
「冬さんが。秋の方がお兄ちゃんなのに小さいなって」
「兄貴ぃ!!!!」
秋は叫ぶ。
「国を支える政治家にこんな悪趣味があったとは!あのヤロー!!」
「千鶴ちゃん、一体何の写真なんだ?」
「あ…はい」
千鶴は写真を写真屋に見せようとして、
「千鶴姉さん!」
秋は奪った。
「秋君」
千鶴は秋の名を呼ぶ。
「これは駄目だ!」
「秋君」
呼ぶ。
…………………………………。
「今は大きいじゃない」
「は?」
流石の秋も数歩後退り。
表情が強張っている。
「まさか…」
「小さい頃なんて気にしなくても」
「嘘…知ってんの!?見たの!?いつ!?」
有り得ないという顔で千鶴を見る秋。鬼かお化けでも見ているかのようだ。
「?今は秋君の方が身長高いじゃない」
「身長?」
秋の口が半開きで停止。
「身長でしょ?違う?」
「違わない!そう!俺、あいつより3センチも高いの!アハハハ、ハハハ…ハハ………」
はぁ。
秋は溜め息を吐く。
「っははは!秋、まだ小さいのか?」
「おじちゃん!」
背中に隠した手から写真が落ちていたようだ。
男は写真を眺めて大爆笑。
「秋君の方が3センチ大きいですって」
千鶴は勘違いをしているらしい写真屋に言う。
が、
「違うよ、千鶴ちゃん。こいつが言いたいのは―」
「やめろ!じじーっ!!!」
「秋君、爺なんて失礼よ」
「千鶴姉さんっ!」
分かって欲しいけど分かって欲しくない。
秋は必死に、かつ、無意味に手を動かす。それが面白くて写真屋は茶化す。
「秋が言いたいのは男の勲章、すなわち―」
「口閉じやがれ爺!」
秋はキレ、
「秋君!年上にいけません!!」
千鶴は叱る。
「千鶴姉さん!!」
「おじさんはいいお人よ?」
「そういうこと。ま、おじさんは気にしない方さ。お前が小人者のお子様ってぐらい」
「うっせえ!黙れ!」
「秋君!!!!」
「理不尽だあ!!!!!!」
雪のちらつく谷に少年の叫び声は響いた。