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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編3
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虹色の飴玉(2)

あぁ、どうしよう。

予想的中かもしれない。

「ひわ、大丈夫?」

…―高熱だ。

38.8度。

何度計ってもこれ。

ひわは薄い胸を激しく上下させ、荒い呼吸を繰り返す。

「…どうしよう」

本名かどうか怪しい“ひわ”と言う自称。

家出なのか孤児なのか…はたまた…僕の妄想か。

親を呼ぼうにも住所、電話番号、何も分からない。

病院に連れていこうにも身元不明、保険証も何もない。

下手したら僕は誘拐犯として通報されかねない。

分かるのは彼は下町の裏路地でずぶ濡れになりながら立っていたこと。

いやまて。

お腹空いてない。

そう彼はジェスチャーした。

家は近いのか?しかし、遠慮かもしれない。

「一体何者なんですか……」

眠るひわを見詰めていたらいつの間にか30分ほど経っていたことに気付いた。

「あ、洗濯物」

休みの日の日課がひわの熱で簡単に狂わされていた。

僕は洗濯物を干そうと重い腰を上げた。

ひわの衣服は靴下にジーンズ。今履いているパンツ。それと黒の長袖のTシャツにパーカーと紺色のコート。

ここから彼の身元が分かるものはなにも…

「…あっ」

布袋。

紐が口に通してあり、それで絞って閉じるもの。

「びしょ濡れだ…」

一緒に洗ってしまった。

濡れてはまずいものが入っていたかもしれない。

ぎっちりと縛ってある紅の組紐をどうにか解いた。


「琥珀?」

飴色のそれは琥珀だ。

雫の形をした精巧なそれは光を反射する。

「何…これ…」

火。

炎が中で渦巻いていた。

自然と僕はそれに取り付かれる。こんなに綺麗なものを今までに見たことがない。

「ダメっ」

僕が手にしたそれを熱が奪い去った。僕ははっと我に返る。

「…ひわ!?」

「ダメ…ダメ…」

譫言のように繰り返し、僕の伸ばした腕にくてっと倒れた。

「ごめん…なさい」

変わらず具合の悪そうなひわのそれを袋に戻し、濡れるだろうからハンカチを敷いて、寝かした彼の枕元に置いた。

暫くして、沸々と罪悪が体を蝕む。

「馬鹿…僕はもう」

昔じゃない。

苛つく。

駄目だ。

呼吸が早くなる。

壊したくなる。

死にたくなる。

臆病…こんな小さな少年のダメが僕を酷く蝕む。

この子はきっと怒ってない。ただダメと思っただけ。だけど僕には違う。

怒ってる。嫌われた。厭だ。

落ち着け。

僕はこんなに情けなくないはずだ。そうだろう?

あぁ、僕はどうして拾った?

苦しい。

4連休だろ?

一人でおもいっきり休みを満喫するんだろう?何故家に?

何故?何故?何故?

何故僕は…

「牛乳飲むか」

少ない知恵袋からおひとつ。

イラつくのはカルシウムの不足が原因だ。




「きょう…きょう…」

何故声が?

ルビーがいる。

「…ひ…わ?どうしたの?」

「きょう、お外綺麗」

……………………………お外?

まぶしい。

いつの間にか夕方だ。

朝、お昼…忘れてた。

「見せたくて起こしたの?」

…………………あ…間違えた。

これでは起こすなと言っているようなものだ。

「きょう…いや?」

「あ、ううん。ありがとう」

綺麗。

ありがとう。


「どう?」

「美味しい!」

よく話してくれる子だ。笑った顔が可愛い。

「ねぇ、ひわ。お家は何処?」

「何処か遠く」

あ、素っ気ない。

食器のぶつかる音だけが部屋に響く。

苦手だ。

「夜歌」

へ?

「よか?」

「夜歌が多分…お家」

“よか”か…そんな地名があっただろうか?

「帰りたい?…その…よかに」

こくっ。

帰れないということか。


晩御飯を済ますとパソコンを立ち上げる。見慣れた起動画面。

ひわが熱で潤んだ瞳で僕の肩越しに画面を見入る。

爪先立ちの彼は足をぷるぷるとさせていたので、あまり動かさない体を動かしてひわを膝に乗せた。

はぅ。ひわが慌てて僕を見上げる。

「見たい?」

こくっ。

滅茶苦茶可愛い。

ひわを胸に抱いて僕はインターネット画面を出す。

「よ…か…」

よかと入力して変換する。

「ある?」

ふるふる。

漢字は分かっているようだ。

「字は分かる?」

「よるのうた」

夜の歌。

確かによかだ。

まぁ、いっか。と『夜歌』で検索。

「童話?」

適当に一番上へ。

夜歌はシュヴァルツに伝わる童話の世界。

「死者の帰る場所…?」

天国…か?

「これがひわの帰る場所?」

絵本に描かれた夜歌の写真。

山。森。緑。湖。水。空。

スイスみたいだ。

「もっと綺麗なところ」

これは童話の世界であって決して現実世界ではない。

もう少し先を読み進める。

現在、災厄の影響で今この世界の何処かに夜歌の片鱗が存在しているとシュヴァルツで騒がれている。

わけが分からない。

「ひわはどうして夜歌からここにいたの?」

「捨てられたから」

ひわは捨てられた?

「誰に?」

「夜歌に…夜歌は俺を捨てた」

世界に捨てられた。

「何故?」

「要らないから捨てる。塵だから捨てる。違う?」

「……違わない」

僕もそう。

僕も要らないから捨てられた。

心の中で呼ぶようになった両親という名のあいつら。

母という名のあいつ。

父という名のあいつ。

あいつらの言葉が時に僕を死へと駆り立てる。

いや、駆り立てた。

「………う…きょ…きょう…」

「あ、ごめん」

大丈夫?ひわは手を伸ばして僕の頬を触れた。

熱い。

「熱ある。お薬飲んで」

コップに水を注ぎ、薬を用意しながら考える。

夜歌とは何なのだろう。

童話の世界なのだろうか。

そんな非現実があるのだろうか。

夜歌という俗称のまた何処かとか。

「ひわ、お薬」

行儀良くカーペットに正座したひわはコップと薬を受け取るとにこっと笑んだ。

「きょう、ありがと」

「沢山寝て、沢山汗かいて、早く熱を治そうね」

「うん」




別れは唐突だった。

朝起きればひわは消えていた。使っていた僕のベッドは綺麗に整えられ、ひわの衣服は消えていた。

僕は慌てて周囲を探した。

僕に気を使って出ていったのではないかと。

暮れまで探したが見付からず、大きな喪失感を背負って帰宅すれば、テーブル上の手紙に気付いた。



きょう、かってに出て行ってごめんなさい。

きょうに会えてほんとうによかった。

夜歌をどうしてもあきらめられないからさがしに行きます。

きょうみたいなりっぱな人になったら、きょうに会いにここに帰ってきてもいい?

きょうが待っててくれたらぜったいに会いに来るから。

きょう、ありがとう。

たいへんおせわになりました。



きょう、大好きです。





あぁ、人との出会いもまたいいのかもしれない。



くすっ。



「いつでも帰ってきていいよ」


ひわ。

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