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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
谷の子供達
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谷の子供達(3)

(りん)は19歳で、その2年後に林の母親は林の旧姓、琴原(ことはら)家の末っ子達を産んだ時に亡くなった。

当時、琴原にいたのは林の父親と林の兄の(ふゆ)。そして、僅か2歳の(はる)

谷の結束は堅く、近所の人達は交替で世話をした。千鶴(ちづる)も、柚里(ゆり)が亡くなり、千里(せんり)と引き離されてから、千里に注げなかった愛情を林の弟達に注いだ。

春も(あき)(なつ)も、千鶴を本物のお姉ちゃんのように慕った。

物心つくようになって、若くして亡くなった林の存在を意識するようになった後も皆、千鶴を慕う気持ちは変わっていない。

千鶴も少しずつ、3人に林の話をしてやる。そんな時、いつの間にか冬も部屋の隅で、冬に気付いてはしゃぐ春の相手をしながら胡座をかいて目を閉じる。一度だけ、目を閉じてそのまま寝てしまった冬の口から「林…」と、寝言が溢れた。冬の頬につぅと流れた雫を拭った時のことを千鶴は今も覚えている。

林の父親が亡くなって、冬は都会へ働きに。

春は水田を継ぎ、秋は冬と同居して都会の学校へ。夏は全寮制の林の母校へ。

冬が政治家として、琴原家は経済的には困っていないが、それぞれ自立しようと頑張っている。

それでも休みには、兄弟全員が実家に集まる。そして、ここが一番居心地がいいと、寛ぐのだ。




ちろりん。

「あ、夏からだ」

「本当?」

「『今、何処?』ですって。今、何処って、さっき僕が送ったのに」

3時間居た場所は教えたくないらしい。

修一郎(しゅういちろう)は文句を言いながら、丁寧な文章で目的地を教える。

ちろりん。

「『あと数分で駅に着く』だそうです。雪降りそうですし、急ぎましょう」

千鶴は修一郎に手を掴まれて走り出した。


小さな駅のホーム入口のベンチに一人。

足下には大きな黒のエナメルバック。

「夏!」

と言う美少年に…

「遅い」

一蹴。

短い髪に野球帽の彼は、鍔に視界を隠して手元の携帯ゲーム機を操作しながら言う。

「夏君、久し振り」

ティラリ~ティラリラティ~ラ~…

よく御愁傷様な場面で流れた有名な曲。と、思うのは千鶴が古い人間だからだろうか。

「!?」

夏がお化けを見ているかの驚き様で、ゲーム機から有名だけど作曲者はおろか、曲名すら知らない曲を流したまま目を見張る。

そこまで驚かれると、逆にティラリー…だ。

「ひ、久し振り」

帽子を脱ぎ、開けっぱなしの鞄に突っ込むと、ギクシャクと千鶴に握手を求める。一緒にお風呂まで入った仲だというのに…。千鶴は夏と握手をした。

「ちぃさん、遅い夏を心配して、外寒いのに探しに来たんだよ」

そう修一郎に言われて、春に連絡していなかったことを思い出す。

「電話しないと!修一郎君は今日、お家に来るんだよね?」

「千鶴姉ちゃん、俺が電話する」

携帯。

夏は慌てて携帯を取り出して電話をかける。公衆電話を使おうとした千鶴は恐縮だ。

「春?…あーうん…まじ忘れてた。…うん、いるいる。秋はいないけど。………そんでさ、修一郎が泊まるって…え?うん。分かってる。んじゃ」

電話を切る。

「ありがとう、夏君」

「あ、うん。………修一郎にやつくな!行くぞ!秋の居場所には心辺りがある」

ゲーム機を切り、エナメルを担ぐと、夏は先頭切って歩き出した。



この道は…

「あいつ、いっつも、皆に内緒でここに先に来るんだ」

きっと別に内緒にはしていないのだと思う。ただ、わざわざ言う必要はないと思っているのだ。

からん。

長い階段で千鶴の履くサンダルが鳴った。

「何で…夏…は…知っ…て…いる…の?」

修一郎は運動不足なのか、十数段で既に息があがっている。

「たまたま偶然。通りすがりに…偶然」

偶然が多い。

「それよりもお前、まだ上がるけど大丈夫なわけ?

「秋…ひさ…し…ぶり…だし」

どうやら、ここまで彼を奮起させているのは秋らしい。夏は溜め息を吐くと、千鶴よりも更に下にいる修一郎のもとまで降りて、修一郎の背中を優しく押す。

「ふらふらしてっと転んで怪我すんぞ」

「あ…あり…が…と」

若いカップルにしか見えないのは千鶴だけだろうか。

「夏君、私が鞄を持つよ」

修一郎を支えながら階段を上る夏を見て、千鶴は夏のエナメルに手を伸ばす。

が、

「いい!」

怒られた。

「…あ…違くって…春に言われてっから。だから…俺、大丈夫だし。ほら、もうすぐだ」

これくらいの歳になると、素直に頷けなくなるのだろうか。成長している証だが、何だか哀しい。

曇天。

急に冷え込む中で白い息を吐いて、三人は階段を上がりきった。そんな三人の頬を澄んだ風が撫でる。

並んだ墓石。

ここは谷の人間の墓場だ。

谷は低い。だから、長い階段を上った先、天と故郷に近いここに墓がある。

頑丈な柵の向こうは谷があり、見下ろせば谷の人間の生命の源の川が流れている。亡くなった人々は谷の人間、子供逹の為にこの川を護っているのだそうだ。

「あれ?いねー」

夏はキョロキョロと辺りを見回して言った。

「ここじゃなかったね」

修一郎は残念そうだ。夏としては、ここまで苦労してという気持ちがあるのだろう、足下の小石を軽く蹴った。

「林姉ちゃんの墓参りかと思ったのに」

他と変わらない林の墓石。修一郎はじっとそれを見詰めた。

「修一郎君?」

「あれ…葵の花びら…じゃないですか?」

「葵?」

千鶴が振り向いた時、彼女の目の前を鮮やかな青の花弁が横切った。夏もその花弁を見上げる。

「林姉ちゃんの好きな花」

「誰かしら」

花弁はみずみずしかった。ただ、花束はない。

花びらだけを残した誰かか、何かが居たか、起こったか。

夏と修一郎が空を仰ぐ中、千鶴は林の墓石に視線を落とした。

その灰色の石に黒い染みが点々としている。


「雪…」


純白のふわふわしたものが落ちてきた。

綺麗。

「降ってきちゃった」

修一郎は空に手を伸ばす。

あと数時間もしたら、ここは雪に埋もれる。明日には谷の下も雪に埋もれる。

「夏君、修一郎君、雪降ってきたし、先に帰ってて」

「千鶴姉ちゃんも帰ろうぜ。秋は粉雪だろうが、ぼた雪だろうが、霰だろうが、氷だろうが、自力で帰ってこれる」

氷は痛いだろう。

「写真屋さんに行かないと。ずっと預けてたら悪いし」

「なら俺が―」

「長旅、疲れてるでしょ?」

千鶴が傘を修一郎に渡すと、彼はこくりと頷いた。

「行こう、夏。ちぃさん、早く帰ってきてください」

修一郎は千鶴の本当の目的が写真屋ではないことに気付いた様で、すたすたと階段を降り始める。

「おい!修一郎!」

「今日は熱々のおでんだって」

そう千鶴が言うと、やっと夏は走り出した。

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