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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編3
47/400

愛情誤差 ―蓮の場合―

「餓鬼んちょかい?君は」

「なんか…二之宮(にのみや)の傍って落ち着く」

「分かったよ、追い出さない。ただし、友達の為に調整してるから、それに触らないでよ?」

丁度、“それ”と呼ばれた試験管に触れようとしていた洸祈(こうき)は手を引っ込めた。



「にー、くぅちゃん寝たの?」

遊杏(ゆあん)か。夜更かしするんじゃない」

二之宮の寝室を覗いた遊杏はベッドに洸祈の姿を見付けて、机に向かう二之宮を見た。二之宮は細い銀縁の老眼鏡を外すと彼女を振り返る。

「明日は祝日だよ」

「そうなのか…僕の仕事は曜日関係ないから気にしてなかった」

フリルの揺れるワンピース形のパジャマを着た遊杏は二之宮の腕に飛び込んだ。キャスター付の椅子が軋む。

二之宮は膝に座る遊杏の髪を指で鋤くと椅子を再び机に向けた。

机の上には微かに液体が残るマグカップと中の濡れた試験管。

「これなぁに?」

「軽い安眠薬をココアに入れたんだ」

「くぅちゃんに?」

「そっ」

「今日はどうしたの?」

「さぁね。ただ、僕の傍は落ち着くらしいよ」

「監視が入らないからかなぁ」

そう言って彼女が見上げたのは、バルコニーの向こうの夜空。

半月が屋根に半分隠れていて、まるで四分割にしたケーキの残り一切れだ。その薄黄色のケーキに黒い影が映える。

「政府の犬が」

「鷹だよ、にー」

二之宮が吐き捨てるように言うと、遊杏が訂正した。

紅い目をぎらつかせる不気味な鷹は洸祈が夜な夜なベランダから二之宮の寝室に侵入してからずっと、その場を旋回していた。

ここには絶対に近付けない。

何故なら、二之宮(れん)が軍にも政府にも干渉されない中立の人間だからだ。だから自然と、二之宮家内の者も干渉されなくなるのだ。

崇弥(たかや)洸祈は何となくそれを感じて、落ち着くと言っているのかもしれない。

二之宮の視線がぶつかると、鷹は翼を勢い良く羽ばたかせて低く鳴く。

「イヤーな鷹だ」

そう二之宮が言うと同時に跳ねる茶髪を棚引かせた遊杏がカーテンを引いた。



懐で眠っていた遊杏を抱えて階段を下りた二之宮は、リビングからする匂いに顔を歪めた。

ドアを開けると、彼の目に悲惨な状況が映る。

まず最初に目を引くのは台所。

黒い煙が出ている

次に目を引くのは身に付けた遊杏のお気に入りのエプロンを真っ赤に染めてレンジに手を突っ込む洸祈。

そして、無造作にテーブルに置かれた3個のカップラーメン。

「なにこれ?」

二之宮が目を半眼にして洸祈を見ると、彼は視線を逸らした。

それも、煙の出るコンロの方にだ。

「二之宮の為に無理した」

ぼそぼそと絞り出される洸祈の言葉。

「うん。僕の為なら君は大人しくした方がいい」

そうして、洸祈は裸足の足を鳴らした二之宮に左頬を平手打ちされた。



朝食を作ってやろうと思った。

「愛妻料理ってやつ?」

まずパンを焼こうと魚焼きに入れた。

「偉い。凄く普通だ」

その間に付け合わせに簡単で無難なスクランブルエッグを作ろうとした。

「気が利くね」

しかし、ふわふわの作り方が分からなかったので、電子レンジに割った卵を入れた。

「目玉焼き?」

5分…ぐらい?

「5分か。分かるよ。爆発したんだね」

と、その前に他の付け合わせをと考えて、思い付いたけど難易度が高かったからカップラーメンを拝借。

「君には目玉焼きすら難易度が高いらしい」

お湯を沸かすことにした。

「それくらいは流石にできるよね」

ヤカンを火に掛けてスクランブルエッグ用のケチャップを冷蔵庫から出した。

「用意周到。いい心掛けだ」

その時、爆発。

「さぞ驚いただろうね」

驚き、咄嗟にステンレス台に手を突いたつもりが、ケチャップを押し潰し、噴出。

「あ~あ、遊杏の汚して…」

キッチンペーパーでエプロンを拭きつつ、電子レンジを開けたら臭い。

「確かに臭い。うっ…吐き気が」

そしたら、ヤカンがぴーぴー鳴くから火を止めてカップラーメンにお湯を注いだ。

「僕がぴーぴー泣きたいよ」

お湯を注いだからレンジの清掃活動の続きをしようとしたら、パンを忘れてた。

「あ、本当だ。忘れてた」

微かに燃えてたから慌ててコンロの火を消して、手持ちのヤカンのお湯をぶっかけた。

「うわっ…最低」

黒い煙が…。

「もういいよ。君がとてつもなく不器用なのは理解したよ」

「うぅ…」

返す言葉もないらしい洸祈は唸るだけだ。

「だけど…」

やがて、再び絞り出される蚊の鳴くような声。

「何?」

洸祈が慌てふためいた事件の末に得た右手の小さな火傷に塗り薬を塗る二之宮は息を吐く。


「カップラーメン…3分…過ぎた…」


あ……。

「…………完全に忘れてたよ」

卵爆発によってカップラーメンの匂いの消えたリビングで忘れられた3個は、とてつもなく不自然だった。

「僕のせいじゃない…」

「分かってる…俺だ」

「いや…崇弥の愛情をもっと理解してなかった僕のせいか」

「ごめんなさい……」

「…………………うん。片付けよう」

「そうだな……片付けよう」

結局、片付け、全てをなかったことにする前に遊杏が目を覚まし、台所の惨状に怒ってエプロンに泣くまであと30分。

洸祈の右手の包帯が生々しかった…―

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