ツミビト(3)
『この子はもうだめだ。心のない抜け殻は使えない』
…―失せろ―…
『蓮、今すぐ洸祈を―』
…―殺せ!―…
「紫水…あいつがしてた研究…それは―」
“支配”
「し…はい?」
「そ、“支配”さ」
力を失ったように由宇麻のベッドに転がる二之宮は嘲笑う。“支配”そう繰り返して笑う。
「ねぇねぇ、童顔君」
ふと笑みを氷らせて由宇麻の病院服の裾を引っ張った。
「……なんや?」
“支配”そう繰り返してぼやく由宇麻はベッドに腰掛けたまま上体を曲げる。それを見計らったように彼の腕を引いた二之宮は傾く由宇麻を抱き締めた。
「何すんのや!」
「ちょっとだけ…由宇麻君」
カタカタ…
「!」
二之宮が小さく震えている。そう感じた由宇麻はその研究に寒気を感じる。
「……蓮君…」
「あいつはあらゆる面からの人間の絶対支配を目指していた。……ただの拷問みたいなもの」
「拷問!?犯罪じゃないか!?」
信じられない。目を丸く見開いた加賀は手にした書類を強く掴む。
ここは日本だぞ!!
そんなものの存在が許されるわけないはずだ。
「犯罪じゃないんですよ、人体実験なんてのは…だって政府がやれって命令してたんですから」
法律が許した。
「それに僕らは家族だったから」
「そんなのが家族なわけ―」
「由宇麻君、君は分かってるはずだ。君自身使われかけた」
家族だった人達に。
由宇麻は頭を抱えて踞る。聞きたくない。そう意志を示す。
「ごめん…」
「俺は俺でけりつけたから…言わんといてや…お願いや…」
「ごめん…少しだけ………」
羨ましいと思ったから。
最後の一言はとてもとても小さかった。
「あいつは―」
人差し指が立つ。
「苦痛」
中指が立つ。
「快楽」
薬指が立つ。
「恐怖」
苦痛、快楽、恐怖。三本指が立った。
「これら三点から人間の支配を試みた」
「何や?それ」
と、首を傾げる由宇麻。
二之宮はそんな彼を引っ張って両足で挟んで背中から抱き締める。丁度、子供に絵本を見せながら読むような体勢だ。
「何すんや!」
「何?って訊いたじゃん。ね、加賀先生」
「私に振るかい?今は現状理解で一杯だよ」
「ふーん。じゃ、教えてあげるね、由宇麻君」
「はーなーせ!」
病院服の裾をはためかせて由宇麻は抜けようとするが、体格の差から逃げられない。
「まずは、苦痛だ」
暴れる腕を掴んだ二之宮はぎりぎりと力を加える。
「痛い!」
「次は恐怖」
一つ抜かして、
カチッ
「あ!二之宮君、銃は…」
「護身用です」
病院内で銃持ちの二之宮が一人。
加賀が慌てて取り上げる。由宇麻は半泣きだ。
「いじめっこやぁ」
「次は…」
―快楽―
「欲しい?」
クスクス笑った二之宮は由宇麻の目尻に溜まった涙を舌で掬った。
「ひゃっ!?やめてやぁ」
それを無視して二之宮はエスカレートさせる。顎を掴み、横を向かせると柔らかな耳朶を啄んだ。
「うぅーっ!!」
「最後はキスかな?ファーストキスはまだなの?」
と、言って…
…………………………………ひっく…ひっく…ひっく…。
「あ…」
と、二之宮。
「二之宮君!」
ごんっ
「って!!!!」
流石に怒った加賀は二之宮の頭頂に拳を落とすと由宇麻から引き剥がした。
そして、由宇麻は…
「あぅあー!!!ばかやろー!!!蓮君のあぽんたんー!!!」
泣きじゃくる。
喚いて泣く。
「あぽんたんって」
二之宮は言葉の古さにギャップを感じて嘆息した。
「怖かったんやぁー!!!!!!」
「由宇麻君、落ち着いて」
加賀はすかさず、二之宮を退かして由宇麻をベッドに寝かす。そして、腕に点滴を刺して、ぽんぽんと布団の上から身体を撫でた。その姿に二之宮はほぅっと感心した顔を見せた。
「点滴をさりげなくし、身体の異常を診るとはね。流石、お医者さんだ。さっきの言葉は撤回しよう」
「どうも」
泣きわめく由宇麻に聞こえないよう二人は話す。
「洸祈と同じだね」
泣いていても“洸祈”の言葉に由宇麻は反応した。
「崇弥ぁ?」
「洸祈はね、苦痛、快楽、恐怖…全てを恐怖と感じていた。だから…」
…―人を愛することも恐怖―…
「洸祈は愛するという行為が怖いんだ。愛という漠然としたものにとてつもない恐怖を感じる。それがあいつが洸祈で実験した結果さ…由宇麻君」
麻酔の影響で薄れる意識の中、衝撃の言葉に目を見開く由宇麻。彼を二之宮は呼ぶ。そして…
「洸祈は危険だ。完全には心を赦すなよ」