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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
ツミビト
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ツミビト(2)

彼はとても幼くて脆弱だった。

心の完成していない彼には実験は辛く厳しかった。

そして、彼はよく泣くようになった。





洸祈(こうき)、ほら、おいで」

「やっ」

(れん)の開いた腕から逃げるように洸祈はタイルの床を後ずさる。

「大丈夫だよ。僕が支えてあげるから」

「やだっ」

「お兄ちゃんがついてるから」

湯槽から一度上がると、蓮は怯える洸祈を抱き抱えた。そして、震える瞼にキスを落とすとそのまま一緒に浴槽に入る。

「ほら、足を伸ばして」

大丈夫だから。

蓮の膝の上で縮こまる洸祈を必死に諭す。

「このままでいいでしょ?」

「いいけど…それじゃあ疲れがとれないよ?」

「…いいから…蓮お兄ちゃん…お願い…」

「じゃあ、僕がちゃんと抱き締めるから力抜いて?」

「うん」




「あぅうあ…あうっ」

突然、ベッドの中で洸祈が暴れだす。守るように頭を抱えて丸くなった。

「洸祈!」

ふらふらと足を引き摺った蓮は偶々通りがかった部屋の前で洸祈の異常に気付いてベッドに駆け寄る。

壁を隔てて…。

「お兄ちゃん…お兄ちゃん…」

「ここにいるよ」

「…お兄ちゃん…助けて…苦しいよ……蓮……」

プラスチックに開いた通気孔から漏れる荒い吐息。蓮は出入口に施された多くの南京錠を睨んだ。

これを開けられるのは…

紫水(しすい)しか…」

「うっ…あぅ…」

「洸祈!!洸祈!!…紫水は!」

力なく蓮に伸ばされる洸祈の手。蓮は掴もうとするが掴めない。


「蓮、後は僕に任せて」


そう言って入ってきたのは…

「紫水!洸祈が…洸祈が!!」

自らと同じ髪に瞳の父親に蓮はすがる。紫水はベッドの中の洸祈を一瞥すると息子の頭をくしゃりと撫でた。

「部屋に戻ってなさい。その足、辛いだろう?」

紫水の微笑み。

「洸祈は大丈夫?」

「大丈夫。お休み」

優しく、しかし、強引に蓮を洸祈の部屋の外に追い出した。蓮と入れ替わりに冷めた目付きの紫水の部下が入る。

目の前で閉まるドア。

蓮は紫水の言葉を信じた。

「紫水が助けてくれる」

と…―


「うあぁぁあ!!!!!」


誰の悲鳴。

「洸祈!!!!」

ガラッ

「君!」

洸祈の悲鳴にドアを開けた蓮は彼のもとに行こうとして男に押さえられる。

「紫水!洸祈、どうしたの!!」

洸祈が辛そうだよ!

笹原(ささはら)、蓮を連れ出して」

「はい」

「洸祈!!なんで!!放してよ!」

なんでそんなに必死なの?

なんでそんなに隠したがるの?

「お兄ちゃん…助けて…んっ」


なんで洸祈は助けを求めるの?


「放してよ!!」


波色に光る蓮の瞳。掴む男が頭を抱えて座り込む。

「なんだ!!頭が…!!?」

そんな大人達を無視して紫水に隠されたベッドに近寄った。

「はふっ…んっ…あう…」

洸祈の泣きそうな声。

目の前で起きていたこと…

「何してるのさ!!紫水!!」

それは大胆なキス。

小さな顎を掴んだ紫水は無理矢理洸祈と唇を重ねていた。

「紫水!嫌がってるよ!!!!」

子供()の力では大人(紫水)には敵わない。紫水は蓮を見向きもせずに洸祈を強く押さえ付ける。

強く、紫水の指先が洸祈の細腕に食い込むぐらい。

「紫水!!やめてよ!!!!」

蓮の訴えは届かない。


ごくっ。


喉を上下させた洸祈。

「んー!!!!!!」

やがて、言葉のない悲鳴を発した彼はびくっと身体を跳ねさせて四肢の力が抜けた。

「…何を……」

「眠らせた。強力だから変な夢は見ない。だから、魘されることもないよ」

魘されていた。

何に?

「だけど―」

「キスする必要はないって?おや、嫉妬かい?」

違う。

「洸祈は嫌がってた。紫水がちゃんと説明したら…んっあ…」

紫水は肩を竦めると蓮の唇を啄んだ。

「洸祈は我が儘だから。じゃあ、部屋に送るよ」

そして、息子を下から抱き抱えようとして、蓮は両手で紫水の腕を押し返して拒んだ。

「どうした?」

「洸祈と寝たい」

腕にまだ生々しい紫水の指の跡を残す洸祈。

「檻の中でいいなら、ね」

それは牽制だったのだろう。

しかし、


僕は洸祈の傍に居られればいい。


そこが僕の居場所だから。


「中でいい」

ふふふ。そう笑った紫水は蓮がベッドの中に入ると南京錠を全て閉めた。

これで自由を失った。

「お休み」

紫水は男達を置いて白衣を翻すと、部屋を出ていく。





蓮は親指の腹で洸祈の口許の唾液を拭った。

「洸祈、お兄ちゃんはここにいるからね」

そして、目尻から溢れる涙をそっと舐めとる。

蓮だってたとえ医学知識を詰め込んでいなくても分かる。

ぴくりとも動かない身体。洸祈の全てが停止しているかのように見えるのに、心臓の動きだけは異常に早い。

「動けないんだね」

脳はフルで活動しているのだろう。悪夢を見せようと。

「辛い?大丈夫だよ」

蓮は洸祈の胸に手を当てると再び瞳を波色に光らせた。

何かが洸祈の筋肉の動きを阻害してる。

魔法…か。

僕ならできる。

「動けるようにしてあげるけど叫んじゃ駄目。紫水が来ちゃうから」


いくよ。

と…



「…蓮お兄ちゃん」

「ちょっと、疲れただけ」

疲労に目を閉じかける蓮。

「やだ!置いてかないで!!」

「置いてかないよ。夢が怖いんだろ?僕が一緒に起きてるから」

「本当?」

「うん」

実際は無理に近かった。

眠い。

でも、一人にはさせられない。

うとうとするつもりはなかった。目を開けているつもりだった。

意識が遠のく…―

「お兄ちゃん?」

「う!?ああぁ。どうしたの?」

「…抱き締めて。強く、強く。力を抜かないで抱き締めて」

それは、洸祈の蓮を気遣った言葉。一人にしないで。そう言いたい気持ちを抑えて洸祈は願う。ただ、感触が欲しいと。

蓮はその言葉のまま洸祈を腕の中に納めると洸祈の旋毛にキスを落とした。喉を鳴らした洸祈は蓮の服をはだけさせて、そこにキスし返す。

「くすぐったいよ」

蓮は身を捩らせる。

「…………はぅ…う…」

スー…スー…スー…。

寝てる。

「お休み、洸祈」

強く、強く。

力を抜かないで抱き締めた。


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