ザンコクナトキ(2)
…―ごめん―…
後悔を繰り返す
『―と言いたいところだけど、違うよ。僕と崇弥は兄弟じゃない』
「は?」
『……だから、違うって。じゃあ、またね』
また会おうね。
電話は唐突に、一方的に切られた。
「違うん?」
ホンマに?
崇弥は違うん?
蓮君やない
「崇弥は…違うん!?」
由宇麻はガバッと頭を上げると、自らの頬をつねった。
痛い。
「夢でも妄想でもあらへん!」
違う。
全てが違う。
叫びたいのを堪えて笑みを溢した。
その時だった…―
ドクン…。
「!?あっ―」
ドクン…ドクン…
膝から力が抜ける。
「うっ…つ…」
ドクン、ドクン、ドクン
『由宇麻!由宇麻!』
彩樹の声。
由宇麻はしゃがみ、宙に手を伸ばした。
ドクッ、ドクッ、ドクッ
「あ…やっ…君…」
『しっかりしてよ!由宇麻!!由宇麻!!ゆう―』
最後に慣れ親しんだ彩樹の言葉が聞こえた気がした。
「童顔君、起きたんなら端に寄ってよ」
誰や?
「蓮君…?」
見慣れた天井。
白い天井。
ここは…
ここは―
「イヤや!帰る!俺の家に帰る!イヤや!イヤや!イヤや!」
「童顔君、落ち着いてよ!」
ベッドに腰掛けた二之宮は、上体を回して由宇麻の肩をベットに押さえつけた。
「放してや!!」
「待ってって、言われてんの」
疲れきった顔の彼は息を吐くと、ぐったりと自らの体重を重石にして由宇麻を押さえることにする。
周防病院。
一面、真っ白の病室。
それも入院していた頃と同じ部屋で由宇麻は暴れた。
ここは嫌だ。
「ちょっと、ナースコールするよ?病人のくせに脱け出した司野由宇麻さん」
「何で知ってんのや!」
「私だよ。由宇麻君」
ぼさぼさの髪に眼鏡。
穏和な顔の彼、加賀は白衣に手を突っ込んで言った。
「か…が……センセ…」
「由宇麻君、病院に戻って来なさい」
彼は眼鏡の奥の瞳で由宇麻を見詰めて言う。
それは…
「イヤや…加賀先生には迷惑かけたくあらへんのや」
俯き、握った拳がシーツにシワを作る。
「アハハハ、何言ってんの?」
二之宮の嘲笑。
「何って…俺は―」
「迷惑をかけたくない?ピンポン押しても返事がないから入ってみれば、無用心に鍵は掛けずに、意識不明で床に倒れてる。応急措置して救急車を呼び、仮眠中の加賀先生を叩き起こしてもらって。何処に迷惑がないって?」
迷惑かけまくりや…
確かにその通り。
「けど…」
「けど、何?いい大人がホントっ情けないね」
由宇麻は肩を竦めて小さく震える。
「二之宮君、言い過ぎだよ。別に私は由宇麻君に強制しているわけじゃない。だから―」
「だから?だから、何ですか?加賀龍士先生。本当に貴方は医者ですか?」
医者ですか?と、二之宮は真面目くさって尋ねる。それに、由宇麻は目の色を変えると、二之宮に飛びついた。
「蓮君、失礼やろ!加賀先生は立派なお医者さんや!!」
それ以上は俺が怒るで!そう叫んだ由宇麻。それに対して二之宮は嘲笑を繰り返す。
「事実さ」
「てめ!いい加減にせいや!!」
がしっ
「由宇麻君!」
監査部で半年に1度ある講習会で教わった技術を駆使して二之宮を組臥せた。一般庶民相手に、それも、抵抗しない相手にやるのはタブーだというのに、加賀を侮辱したと勝手に理由を作って由宇麻は二之宮の手首を捻り上げる。
そんな中、加賀は由宇麻の体を上から抱き抱えようとして由宇麻の踝に脛を蹴られた。
「うっ…由宇麻君、痛い…」
は、無視された。
「司野由宇麻さん、貴方、崇弥達の父親になったんですね。本当の父親に」
にこっと笑う二之宮。由宇麻の行動になんの動揺もせずに、捻られていないもう片手で彼の胸ぐらを掴んだ。
「慎さんの遺書、勝手に読んだんやな!」
ドクッ、ドクッ、ドクッ
額に大粒の汗を浮かべて由宇麻は噛み付くように睨む。
「家族を、裏切られることのない家族を手に入れて嬉しいだろう?好きな人に囲まれて、温かくって心地好いだろ?君の望んだ理想の家族。父親を頼まれた時、心躍ったんだろ?慎さんの余命を嘆くより、手に入るもののことで心一杯だったんだろう?」
「俺が慎さんの死を喜んでる…そう言いたいんか!?そんなわけ―」
「あるだろ!!!!」
二之宮は勢いよく体を起こすと、由宇麻の小さな体を力一杯壁に叩き付けた。
「二之宮君!!由宇麻君を放しなさい!!」
流石に医者として人として由宇麻をまだ殴ろうとする二之宮を加賀は引き剥がそうとする。しかし、二之宮が瞳を波色に輝かせた途端、加賀は見えない力でドアに飛ばされた。
「!!!?」
打ち所が悪かったのか、動かなくなる加賀。
「加賀せんせ―」
「司野由宇麻さん、あんた、本当に醜い人だよ。自分の家族を手に入れる為に他の家族を壊す。醜い。とても醜い人」
醜い。
そう吐き捨てられる。
なんでや。
確かにその通り…
自分に嘘はつかへん。
俺は何処かで崇弥慎の死を望んでいた…
早く家族が欲しくて…
欲しくて…
温かい雫石。
頬を伝い、二之宮の由宇麻の胸ぐらを掴んだ手に落ちる。
「なんでや…どうしてや…俺は……ただ…」
ただ…
欲しいから、欲しいと望んだ。
それだけなんや…
「なぁ?ダメなんか?欲しいから欲しいと望んじゃダメなんか?ただ…家族が…家族の証が欲しかった…俺は家族が欲しかったんや!ただただ欲しかったんや!!」
二之宮の手を捻っていた手を離し、胸を押さえた由宇麻は子供のように泣き叫ぶ。
眼鏡を捨てて、拳で溢れる涙を必死に拭う。
そして、体を小さくさせて喉をならす。
「俺は崇弥の傍に居たいんや!!…一緒に…ずっと、ずっと、ずっと、一緒に居たいんや!!だから、家族が…崇弥が…欲しかったんやぁ!!!」
病院には居たくない。
遠くなるから。
ただ、崇弥の傍に居たい。
それだけでいいから…
それだけでいいから…
それだけで…
たったのそれだけで…
俺は幸せになれる。
だから、それだけが…―
欲しかった。
昨夜、ふと思い立って「沈黙」のおまけを書いてみました。
勿論(?)、登場人物は千里と葵です。あのあと彼らは一体…!?
みたいな(+_+)
気になった人は作者『フタトキ』→『活動報告』へ。
*これまた勿論(?)、BLです。ご注意をm(__)m