谷の子供達(2)
3人分の傘を持った千鶴は、胸のロケットを大切そうに握り締めて路地を歩く。
「ちぃさん!」
少女のような高い声。
「?」
千鶴は振り返ると、そこには少女ではなく少年。
「修一郎君!」
吉田修一郎。
美少女似の美少年。
青のニット帽に青のマフラーの黒髪の少年は、白い息を吐いて笑った。
それは儚く、美しい。
修一郎と千鶴は、千鶴の親友である林の弟の幼なじみが修一郎という関係だ。
「お久し振りです」
「久し振り。大きくなったね」
「はい」
太股辺りだった修一郎は、今では千鶴の肩ぐらいだ。男の子は成長が早い。
「修一郎君、夏君がまだ帰って来ないの。何があったか分かる?」
林の弟の夏は修一郎と同じ、林や千鶴、慎や柚里の母校に通っている。修一郎が帰って来ているということは、きっと夏は帰って来ているはずだ。
「夏?あれ?僕達、一緒に帰ってきましたよ?駅で用事があるからって別れましたけど」
やはり、夏は修一郎と共に帰ってきていた。
「それっていつ?」
「んーと…3時間ちょっと前…です」
予定通りの時間だ。
夏は3時間も一体何処で何をしているのだろうか。
「夏、行方不明ですか?」
修一郎は心配より呆れ顔だ。「ちぃさんに迷惑かけて…」と、膨れる。
「携帯も繋がらないし」
携帯を素早い手付きで操作した彼は『お掛けになった…』という機械音に溜め息を付いた。
千鶴はその姿を驚きの表情で見詰める。
「ちぃさん?」
修一郎が首を傾げた。
「携帯…使えるんだ。凄いね」
千鶴は機械音痴だ。
その為、たとえ携帯が文明の利器と呼ばれていても使えない。彼女は羨望の眼差しを修一郎に向けた。修一郎は目をぱちくりすると、突然笑い始める。
美少年の笑いはどんな種類のものだろうと悪い気はしない。
「ちぃさん、変わってない」
楽しそうに嬉しそうに笑う。そんな彼こそ…
「修一郎君も変わってない」
笑顔の似合う、心優しい動物好きの美少年だ。
「でも、夏は何処に行ったんだろう」
一通り笑った修一郎は「一応…」と、メールを夏に送った。
「秋君もなのよ」
「秋、帰ってくるんですか!」
何故か修一郎の頬がほんのり赤い。
目を周囲に游がせると、はっとした顔で自らの服装を見る。
「へ…変ですか?」
服装は変じゃない。
「変じゃないよ」
だが、挙動不審。
行動が変だ。
「良かったあ」
修一郎は随分と嬉しそうにする。「秋、帰ってくるんだ…」そう呟く美少年のにやけた顔も全く不自然ではない。
「あ…あの…遊びに行ってもいいですか?」
「私に言わなくても。いつでもおいで。明日のお昼には冬さんが帰ってくるよ」
「今日、行きます!」
と、修一郎は高らかに宣言して、千鶴を促す。
呆気に取られた千鶴は、修一郎に押されて駅へと向かうことにした。