愛は惜しみなく与う(9)
細く柔らかい黒髪が揺れ、青年は足を止めた。
眉間に皺を寄せ、彼の表情は一気に険しくなる。
この先には行きたくない。
青年の前を歩く長身の女は直ぐに彼の異変に気付いて振り返った。
『怖いかい?』
女は薄暗くて狭い階段を背に青年を見下ろす。
生気を失って行く青年の目に映るのは地下へと続く闇だけ。
「…………………………僕は……もう…………」
前には進めない。
『嗚呼……私が君を見付けたのは小さな箱の中だったね』
僕が『僕』を手に入れたのはいつだったか。
いつの間にか僕は『僕』であることを自覚した。
僕が次に手に入れたのは光だった。青い光。
その明かりは青くて温かい光だった。見るもの全てが真新しかった僕は、青い光をただひたすら眺めて過ごしていた。
暫くして、僕は青い光が『景色』の一部なのだと知った。僕は水が満たされた小さな透明な箱の中にいて、青い光で照らされている。それが沢山並んでいた。
僕が次に手に入れたのは音だった。
ある時、僕は水がぽたぽたと落ちる音に気付いた。慣れ親しんだ音だったと思う。その音を聞くと、僕はとても安らぐのを感じたから。
僕が次に手に入れたのは声だった。
僕は僕を見詰めて頻繁に音を発するそれが僕とは違う『何か』だと知り、『何か』は他の『何か』とのやり取りに音を使うのだと知った。そして、僕もいつも新しいものを見せて聞かせてくれる『何か』と意思疎通したいと思った時、僕は声を手に入れた。
僕が最初に発した言葉は「C48」だった。
僕を見詰める『何か』が最も発する言葉がそれだったからだ。
その時は挨拶として僕は使ったつもりだったが、どうやらそれは僕を識別する為の言葉――名前だったらしい。C郡の48番目の個体。それが僕だった。
声を使い、言葉を発し、『ヒト』と会話を交わし、僕は急速に成長した。
『ヒト』は多くを教えてくれた。A、B、D、E郡は失敗したが、C郡は優秀だと教えてくれた。僕を含めた22個体は特に優秀なのだと教えてくれた。そして、28個体は近い内に結果が出なければ、廃棄するのだとも教えてくれた。
そんなある日、僕は「C20」に会った。
「C20」は良く笑う子で、見た目は少女だった。
僕達は歌うことが大好きなセイレーンと言う名の精霊から生まれた泡のような精霊だ。正確には、セイレーンの歌声によって生まれた水面を揺蕩う波紋。力のある精霊はちょっとしたきっかけで精霊を生み出したりするのだ。セイレーン自身も気付かないうちに僕達は姿形を持たずに生まれ、そして消える。なお、あくまでも『消える』であって、『死ぬ』ではない。僕達には生の認識がなければ、死が存在しないのだから。
しかし、『ヒト』による実験の過程で僕達は意識を得て、『姿』を得た。『姿』と言っても、僕達の狭い世界の中で得られる姿は人真似でしかないが。どんな形であれ、肉体を手に入れた。
「C20」はある『ヒト』の姿を、僕もまたある『ヒト』の姿を真似ていた。「C20」は僕にとって初めて顔を合わせた仲間ではあるが、「C20」はまだ喋られないようだった。いつもにこにこと笑っていて、僕にも笑って欲しかったのか、僕の頬を引き伸ばしたり、頭を撫でたり、抱きついてきたりした。『ヒト』は言葉を喋れる僕と感情豊かな「C20」を引き合せることで、互いを刺激し、何らかの成長が見られないかと考えたようだった。
そうして僕が手に入れた感情、「C20」が手に入れた言葉はなんだったのか。
「行けない…………行けないんです……ごめんなさい……」
「助けて」と叫ぶ仲間の声が聞こえる。『死』の訪れと共に消える青い光。そして、広がりゆく闇。
僕は闇の中で『生』を知り、『痛み』を知り、『恐怖』を知り、『死』を知った。
シアンは痛みを訴える両目を強く押さえた。足がすくみ、その場にしゃがみこむ。アリアスはそんな彼の頭頂をじっと見詰めると、ゆっくりと背をかがめた。
『リクの言葉を忘れたかい?』
アリアスの言葉にシアンの震えが止まり、アリアスは追い打ちをかけるように真っ赤な唇で台詞を続ける。
『リトラは悪い子だね。君のためならヒトとしての死だって厭わない。君が救ってくれた命を捨てて、精霊として君の傍で生き続けようとしている。君は少しもそんなことは望んでいないのに。これじゃあ、リクの二の舞だ』
リクの背中に抱き着いた幼いリトラが「おししょー」と笑う姿がシアンの脳裏に浮かぶ。あの頃からリクは一切の老いを感じさせない。しかし、あの頃の保護者に似たリトラを見守る微笑みをリクが彼女に返すことは無くなってしまった。リトラもまた、無邪気に笑うことは無くなった。
「…………そんなの……ダメです……」
自分の存在が二人の幸せな未来を奪っている。
『リクはもう戻れない。でも、リトラならまだ戻れる。あの子を取り戻せれば、あの子が君の願いを叶える』
「リトラさんは僕から解放される」
『ああ。リトラは君の望む通り、ヒトとして、普通の女の子として、生きるんだ。さぁ、行けるね?』
真っ赤なマニキュアをした長い指がシアンの両腕に絡みついた。だが、それは決して力の篭ったものではなく、あくまでも添えるだけ。シアンはゆっくりと両手の目隠しを離した。
「………………行けます」
指の隙間から覗くのは、夜明けを映すシアンの瞳。そして、深い青に碧を混じえて淡く光る魚達が彼の視界を埋めつくした。
まるで光のベールのように薄くて広く長い尾がひらひらと揺れている。
『ああ……本当に美しい』
闇は消え去り、隅まで照らす柔らかい光にシアンは眩しそうに目を細め、それから悔しそうに唇をきつく結んだ。それでも、両足でしっかりと立ったシアンはアリアスの脇を通って真っ先に階段に足を付けた。
「あんたのお望みのものは捕まえた。だから、5-4a区画の警備室まで取りに来い」
それだけ言うや否や、槇はスマホでの通話を終了した。そうして振り返った槇は手近なキャスター付きの椅子に腰掛けると、床で蹲って動かないコウキを睨んだ。
「お前を引き摺ったせいで腕が疲れたんだけど」
「俺だって……好きで引き摺られてるんじゃないし」
コツ。
槇の履く焦げ茶色の革靴の先がコウキの首に触れる。埃まみれで薄汚れた頭がぴくりと跳ねた。槇はその反応に満足気に鼻を鳴らすと、爪先を首筋から上着の襟首へと降ろして無理矢理に肩を晒す。衣類に首を締められたコウキが呻くが、槇は当たり前のように無視した。
「ああ、これが例のやつね」
「ねぇ……外履きでしょ?汚いよ」
「煩い。藤堂の下僕が喋るな」
「同じ内部監査にいるあんたに言われたくないかな」
「………………チッ」
舌打ちと共に槇の足がコウキの横腹を蹴った。うつ伏せになっていたコウキは思わず腹を抑えて背中を丸める。
「痛いの好きなんだろ?」
咳き込む彼の側頭部に靴底を付けた槇の瞳は冷めていた。しかし、コウキにはそれが見えない。槇が静かに怒りを募らせていようと、疲労感に痛みが加わったコウキの口は止まらなかった。
「はぁ…………加減を知らないならさがさんに弟子入りしたら?」
このド素人。
「槇、私はそこまで命令してないよ」
警備室のドアの前に立った藤堂がコウキの背中を踏み付けて立つ槇を見ていた。彼は袖を通した白衣のポケットに両手を入れてドアに凭れる。
「だから?そこまでやるなとも命令されてないだろ?」
「趣旨は説明したと思うけど?死にかけでは意味が無い。ああ、それとも、君を負かした相楽の相手は死にかけの彼で事足りると」
「おい、馬鹿にしてんならあんただろうと殺す」
「君が馬鹿ならコウキがわざと君を煽っているとは思わないだろうね。非常に悪趣味だ」
藤堂は手近にあった掃除用の箒の柄でコウキの肩を小突くと、コウキは微かに唸った。そして、コウキの汚れた手に掴まれる前に槇は足を退けた。
コウキはムスッとした顔で藤堂を見上げると、ジャラジャラと鎖を鳴らしながら腕を藤堂の眼前に突き上げる。
「藤堂さん……これ、外して?密かに狙ってた……槇くんと話せて…………せっかくの機会、なんだけど……疲れてて……全然、楽しめない」
頬や腕に擦り傷を付け、僅かに乾いた血を付けたコウキはヘラヘラと笑みを見せて途切れ途切れに喋る。
「なら、相楽を処分してくれるかい?」
「俺に選択肢……ある?」
「あるよ。自らの意思で動くか、強制されて動くか」
「俺のこと……信用してない……くせに……」
「ああ、そうだね。君は全く信用ならない。だから、言葉を変えよう」
コウキの腕を掴み、力強く引いた藤堂。
コウキの上体は上がり、痛みに歯を食いしばる彼の喉仏が浮き上がる。
「っ、いっ、あ……と、ど……さん……」
「相楽を裏切り、彼を処分しなさい。さもなくば、君の心残りは私が処分する」
「うっ、なん……」
「命令してもいいが、相楽を相手にするには強制された状態の君だと力不足だから。痛めつけられるのが趣味でも、死にたくはないだろう?」
藤堂がパッと手を離し、引っ張られる力を失ったコウキは床に倒れ込んだ。
コウキはしきりに咳き込むと、喉を押さえる。そんな彼を藤堂は無感情で見下ろしていた。
「君は記憶が無い。だから、自分がどんな人間だったのかも覚えていない。だけどね、私でも君のことで分かることがある」
振り返った藤堂が当たり前と言わんばかりの自然な動作で槇の腰のホルスターから銃を抜き取る。槇も舌打ちしただけで藤堂の好きにさせた。
この場での上下関係は明らかだった。
「君は優しい。愚かな程に」
銃口を真っ直ぐコウキの頭頂に向けた藤堂。
コウキはゆっくりと顔を上げると、じっと藤堂を見詰めた。ただし、その目には恐怖の色は浮かんでおらず、コウキの反応に藤堂は口元だけで笑みをこぼした。
互いに静かに見つめ合う数秒間。異様な空気が漂う。
そして、藤堂はくるりと上体を回すと、予告無く槇に向けて発砲した。
「――――――!!!?」
一瞬の出来事だった。
崩れるように槇が倒れ込む。
「槇くんッ!」
サッと顔色を変えたコウキが飛び付くように槇のもとに駆け寄った。
蹲る槇の体は小刻みに震え、脇を強く押さえる。しかし、瞬く間に黒い染みは広がる。彼は大粒の汗を滴らせ、鼻息を荒くしながらも悲鳴を上げることだけは必死に耐えていた。
「何で!どうして!!!!」
「つい先日、櫻の吟竜が我々の任務を妨害した。勿論、報告を上げたけど、明らかな証拠はないからと上に突っぱねられたんだ。吟竜の使用者なんて一人しかいないのにねぇ?落ち目でもまだまだ天下の櫻様だ。だけど、内部監査の仕事は出る杭は出る前に断つ――違うかい?」
槇とコウキの周りをゆっくりと歩く藤堂。落ち着いた口調の藤堂は徐々に弱る槇の様子を見下ろしていた。
「槇くんは関係ないだろ!?枷を外して!出血を止めないと槇くんが……!」
「槇は良く無許可で外出をしていた。夜な夜な特定エリアに行っては私の付けた見張りを撒いていた。何をしていたのかな?」
「槇くんは軍を裏切ったりしない!藤堂さんは分かっているはずだよ!」
力の入らない槇の手が滑り落ちる。慌てたコウキが代わりに傷口を押さえた。彼は「槇くん、しっかりして!」と声を掛けるが、槇は薄く瞼を開けて虚ろな瞳を覗かせるだけである。
「ああ、目的は分かっているんだ。軍とは一切関係ない用事であることも。ただね、無許可で外出するような人間は軍にはリスクが高いんだよ」
「そんなの――」
「内部監査に来るのは誰の手にも負えない問題児達。もういっそ、任務中に死んでくれとさえ思われている。そして、槇は身内贔屓である櫻一族の落ちこぼれ。一族の恥だ。寧ろ、本家の放蕩息子の代わりに差し出されるなんて役得だ。まぁ、私としてはどんなに小さくとも、ここで前例を作れることは大きな収穫だと思っているんだけどね。後々の櫻一族の弱味になるはずだ」
槇の存在は不要になれば切り捨てられる駒だと言い放った藤堂。槇の生死などどうでもいい。下っ端以下のコウキの発言はねじ伏せられるし、この混乱の中では適当な理由をでっち上げられる。
つまるところ、藤堂は槇を殺せる。
「………………………………俺が…………やるから……さがさんを処分する……から…………」
「一時間以内。タイムオーバーしたら槇を処分する。槇以外も。最後は君自身も」
「……………………分かった」
藤堂は白衣の胸ポケットを探ると、取り出した鍵でコウキの手錠を外した。コウキは直ぐに槇の制服を捲り上げて撃たれた箇所を確認する。
「槇くん、今から止血するから。だから、痛くても怒らないでね。後で死なない程度に殴られるから、今は興奮しないで」
近場にあった用途不明のタオルを掴んで傷口に押し付けると、コウキは机に置かれたメモ用紙にボールペンを走らせた。血塗れの手で用紙を汚しながらも幾何学模様をサラサラと書き終える。それから小声でボソボソと呟くと、紙片は仄かに青く光った。
「お願い……死なないで…………」
タオルを外し、代わりと言わんばかりに傷口を隠すように紙片で覆った。直ぐに真っ赤に染まる紙片。コウキが描いた図は見えなくなる。しかし、コウキが両手を添えると存在を示すように光る。それをコウキは強く押し付けた。
強く。強く。
目を閉じたままの槇の手がコウキの足首を掴んだ。
強く。強く。
力を失っていた槇の眉間に深い溝が現れた。
強く。強く。
「痛いよね…………痛くていいんだ。君が生きているって証拠だから…………」
強く。強く。
ギリッと歯ぎしりが響いて槇の口が開いた。
「っ、ころ……ぶっ殺す…………殺してやるっ!!」
強く。強く。
槇の爪がコウキの足首の肉を割くように食い込んだ。
「うん。もっと罵っていいよ。俺、人に憎まれるの嫌いじゃないし」
強く。強く。
「罵って、憎んで、俺を忘れないで。ずっとずっと覚えていて。俺が忘れても…………」
コウキの踝を避けて重力に従って流れ出す鮮血。槇の爪は鋭利な刃物のようにコウキの足を切り裂いていた。槇の爪は血に濡れ、コウキは「槇くん、痛いよ」と言いながらほほ笑む。そんなコウキも槇の血で両手を濡らしていた。
金属音が鳴り、藤堂の足元に潰れた弾丸が赤い軌跡を残して転がった。
藤堂が槇に打ち込んだ弾丸である。
「器用だ。お医者さんごっこは楽しかったかい?」
「俺は医者じゃない。だから、早く軍医に診せて」
「私にやれと?」
その時、コウキが真っ赤な手で藤堂の白衣を掴んだ。
「俺には時間が無いんだ。藤堂さんが決めたんだろう?槇くんが死んじゃったら許さない。たとえ俺に藤堂さんを殺せなくても、藤堂さんの世界は俺が壊すから」
「あっそう。まぁ、約束だしね。私には運べないから軍医を呼ぶ」
藤堂は涼しい顔でコウキに触れないよう手で払う仕草をすると、内線電話の受話器を上げた。そして、相手に名乗ることも無く、現在地を告げて「負傷者がいる」と言って切った。
「………………俺の制限を解除して」
急いでいるはずのコウキが藤堂の電話が終わるのを待ってお願いする。藤堂は机に腰掛けて一息つくと、考える素振りをもせずに頷いた。
「いいよ。相楽との力比べ、私も少しは楽しみなんだ。君が死ぬか。相楽が死ぬか。全力を出せるようにしてあげるよ。肩を見せて」
「ありがとう」
徐にウインドブレーカーを脱ぎ、中に着ていた臙脂色のジャージ姿になると、ジャージのジッパーを下ろす。ノースリーブのシャツが見え、右肩を晒すようにジャージをずらした。
「上から君を押し付けられた時はとても嫌だった。断れるものなら断っていた」
「なんで?」
「君には記憶がない。尚且つ、君の過去について一切の記録が見付からなかった。いや、意図的に消されていたんだろうね。全ての国民が受けているはずの初期検査の結果すら出てこないんだから。怪しいだろう?そんな人間は傍に置きたくない。一般的な感想だ。だけど――」
藤堂が手を翳すと、コウキの肩に左右対称の模様が浮かび上がる。
「これがあったから君を受け入れた」
薄かった模様は次第に色濃くなり、漆黒へと色を変えた。
「支配契約。君のは死以外の全ての権利を契約者に譲渡する――要は奴隷契約。記憶を失う前の君が軍と交わした契約。とんでもない馬鹿なのか、君の性癖の行き着く先だったのか、私には分からないけれど、これが過去の君が選んだ道」
「…………俺ってとんだマゾだよね。俺もびっくり」
「軍は君との契約を前の契約主から私へ移した。前の契約主は元研究者らしいが……まともじゃなかった」
「まとも?」
「精神がやられてたよ。妄想にとりつかれ、一切の会話が出来ない。何者かを恐れ、ひたすら許しを乞うている。君との契約を失った彼はきっともう用済みの人員だろう」
藤堂が手を離すと、模様は次第に薄くなり、消えた。傍目には変わったところはないが、コウキは背筋を伸ばして肩をゆっくりと回すと、小さく頷いてから拳を握った。
「怖くないの?きっと俺のせいだよ?そうなったの」
椀を作るように両手をくっ付けたコウキ。すると、今にも消えそうな灯火が現れては雀サイズの小鳥が生まれる。床には炎を纏った小鳥が一羽、二羽…………十は降り立ったところで藤堂は見るのを辞めた。
「ああ…………まぁ、原因はそうだろうけど、手を下したのは君以外の人間だ。契約があるからね。そうなると……」
ドアが開き、救急箱を抱えた白色のつなぎの男が現れる。奥にも同じ格好の男達がゾロゾロといた。万全の体制で来たようだった。
「――そうなると、君の周りには君のためならどんな残酷なことだってできる過激な思想の持ち主がいたわけだ」
「なら、藤堂さんは意地でも生きてよ。その人の手を汚させないようにさ」
炎の羽が舞い上がり、チリチリと瞬いて消える中、コウキは優しい笑みを浮かべる。そして、コウキは最後に槇の横顔を見ると、彼らと入れ替わるように部屋を出て行った。一斉に四方へと飛び去る鳥達を追い掛けるように。
琉雨達と離れてから数分経った時だった。先頭を歩くリトラが足を止めて背後を振り返った。
「なんや?」
雪癒が怪訝な顔をして彼女を見上げる。
「師匠が……ジャックを呼んだ」
「ジャック?…………って、あのトナカイか?」
聞き覚えのある固有名詞に、神影はすぐ様命の恩人のトナカイを思い出した。コツコツと氷を踏み鳴らす白いトナカイは大層美しかった記憶がある。
「師匠は精霊の力を借りない。師匠は守るべき精霊を使役するのは正しくない、と。私は力不足だからシアンを守れるなら精霊の力だって借りるけど、師匠が精霊を呼び出したところは見たことがなかった。だけど、今、師匠はジャックフロストを呼んだ」
「氷の精霊。この環境なら最適やけぇ。まぁ、リクが呼んだんなら、ピンチなんやろなぁ?」
鼻で笑った雪癒はスタスタとリトラの脇を通る。直ぐに神影が「雪癒、リトラの気持ちも考えたらどうだ?」と言いながら雪癒を追い掛けるが、雪癒は歩幅を広くしてどんどん奥へと進んだ。
「シアンを誘拐してこんなところまで連れて来たんや。その報いは絶対に受けさせる。あやつがどうなろうが知ったことじゃないけぇ」
「………………雪癒……」
「いいんだよ、神影。私も雪癒に同意見だから。師匠はシアンを危険にさらした。騎士として許されない行為だよ。それに師匠はきっと負けないから」
「まぁ……お前の師匠だからな」
「うん」
リトラは冗談は言わない。心の底からリクの力を信じている。神影の気遣いに優しく頷いた彼女は雪癒の元へと足を早めた。
「雪癒、シアンは更に地下に降りたみたい。こっちの階段を降りよう」
「分かった。…………随分と降りるんやな」
「うん。軍は地下に何を隠しているんだろう?」
「夜歌からアークを引きずり落とし、世界を変える。…………アリアスの目的はとっくの昔から同じやけぇ」
その時、最後尾を歩いていた眞羽根が夏と神影を押し退けて一歩踏み出した。眉間にしわを作って近付いてくる眞羽根を横目に見た雪癒は目を細くして口を閉じる。リトラ達も温厚な性格の眞羽根の有無を言わせない雰囲気を感じてそれ以上の会話をするのを遠慮した。
「あおぉぉぉ!」
隠し扉を開けると、案の定、両腕を上げた千里が俺の腰に抱き着いてきた。
予想の範囲内だったため、俺は千里に目立った外傷がないのを確認してから隠し部屋の中をゆっくりと見回した。
「ありがとうございます、葵兄ちゃん」
つなぎ姿の呉君がぺこりと頭を下げる。
よく見れば、千里も同じつなぎ姿だ。目立たない様に変装した……とかだろうが、幼い子供と金髪美青年のつなぎ姿は目立つ要素しかない気がする。これで良くここのアルバイトだなんて嘘が通じたな。
「写真のとおりだ…………コウキに似てる。君が崇弥葵さんだね。はじめまして、機械整備士の兼守だ」
散髪を疎かにして伸びたであろう黒髪を無造作に縛り、無精髭を生やした作業着の男性。しかし、身なりには気を遣わずとも、その立ち振る舞いには礼儀正しさが滲んでいた。
「俺はセキュリティセンターの羽黒っす!助けてくれてありがとうございますっす!」
にこにこ。
笑顔の男性を前にした俺の頭の中は、豹柄シャツと紫色のズボンの存在で埋め尽くされる。取り敢えず、ファッションセンスが千里に似てる気がする。
……彼が傍にいたからこそ、他の人達は千里達の違和感に気づかなかったのかもしれない。
「俺は雪之丞。機械整備士だ。よろしく」
兼守さんと同じ黒髪を後ろでひとつに結んだ青年。機械整備士ということは、仕事も兼守さんと同じようだ。髪型は尊敬する先輩の真似をしているのだろうか。
「あお、三人は一緒に洸を探してくれたんだ。洸はこの部屋で見つけたんだけど…………連れてかれちゃったんだ…………僕の親戚に……」
ここは神域だ。一人ぐらい櫻一族の人間が居てもおかしくない。むしろ、日本軍に所属している一族の人数だけで言えば、崇弥や煉葉よりも多かったはず。だから、千里は自らの落ち度かのように肩をすぼめるが、それは筋違いだ。
櫻一族は特に血と歴史を重んじる一族であり、本家と分家、更には分家同士の絆が強い。だから、遠い遠い親戚まで櫻の一員であることに誇りを持っている。
それに比べて崇弥家は関係が希薄とは言わないが、櫻に比べれば、分家の数は圧倒的に少ない。遠い遠い親戚は名前も知らぬ他人であり、年賀はがきの交流すらもない。来るもの拒まず、去るもの追わず、自由気ままな家系と言えよう。そもそも、崇弥の人間はわざわざ自分達の家系を『一族』とは名乗らない。一族と呼べる程、家系図の端から端まで濃密な関係ではないと分かっているからだ。これも軸となる本家の性質によるのだろう。そして、煉葉は本家一強。一族としてよりは、本家をトップとして、会社として大きいイメージだ。ホテル業界を主にして、幅広く手掛けるところは桐に似ている。資金力も桐に次ぐ存在と聞くし。
「奪われたなら、取り返せばいい。そうだろう?」
俺たちに諦める選択肢なんてない。進むしかないのだ。千里が申し訳なく思う必要なんてないし、ましてや確執があろうとも一族の一人として仕事をこなしている人間に必要以上に憤りを感じることもない。
今の俺の考えを周囲が知れば、薄情だと言われるかもしれない。千里は葵らしいよと擁護してくれるかもしれない。だが、崇弥本家を背負っていける自信の無い俺は、一族の為に生きる者を頭ごなしに否定できないだけなのだ。
千里はきちんと当主と話し合いをした。
でも、俺は?
……………………千里を苦しめた櫻家当主のことは許せない、だが、洸祈を奪った千里の親戚とは、あくまでも軍人として対峙したい。
「うん。そうだね」
千里は暫し俺を見上げてからゆっくりと離れると、深く頷く。
「ありがとう」
千里は感謝するが、後ろめたい気持ちが俺の内側からチクチクと刺してくる気がした。
「槙さんはコウキさんに相楽さんを処分させるって言ってたっす」
相楽さんは千里を生け捕りにしようとした彼だ。しかし、今は俺たちと協力関係にある。
千里とその周囲の会話は無線を通じて聞いていたから状況は分かっているが、洸祈が相楽さんを止めるための駒として使われるとは予想していなかった。
この場合、俺たちはどちら側に付くべきなのか。
洸祈の側に付くのは言わずもがなだが、相楽さんを敵にしたくはない。しかし、俺たちが敵対したくないと望んでも、相楽さんの性格ならば、瞬時に俺たちも排除対象に加えそうだ。神域から出れない相楽さんが全方位に刃を向けたら、本当に彼は行く宛てが無くなってしまう。
…………あくまでも相楽さんにも利がある協力関係なのだから、彼の心配は無用だろうが、軍からも敵認定された彼はこの先どう生きて行くつもりなのだろうか。
「なら、相楽さんを探せば洸も見付かるってことだよね?」
「でも、相楽さんはどうして今になってこんなことしたんすかね。相楽さんって軍の要監視対象って噂で聞いたっす。相楽さんが異動してきて直ぐは皆怖くて遠巻きに見てたけど、問題も起きてないし、寧ろ他部署の人間には丁寧だしで、相楽さんはそんなにヤバい人じゃないんじゃないかって言われてたのに………………相楽さんの目的が分かれば、相楽さんの行き先も分かるんじゃないっすか?」
羽黒さんの言葉に千里がちらちらと俺を見てくる気配を感じたが、俺は呉君と同じ様に気付かないふりをして千里を無視した。しかし、千里の不審な行動をじっと見詰める雪之丞さんは相楽さんの目的を察したようで、呆れた顔をする。遅れて、兼守さんも閃いた顔をした。
「もしかして、相楽さんの目的は君達と関係しているのか?」
「え!?…………あ……なんで……」
千里が素っ頓狂な声をあげてからオロオロと俺の腕を引く。
もう俺たちにシラを切れる自信はなかった。呉君も観念したように小さく頭を下げる。
「洸祈探しを協力してもらっています。相楽さんは皆の注意を引いて、俺たちが洸祈を探す時間稼ぎをしてくれていました」
「そうなんすか!?コウキさんの為に相楽さんが助けてくれるなんて、二人は本当は仲良しだったんすね!」
…………協力してくれた理由の一つが、洸祈のことが煩わしかったからとは言わないでおこう。
「注意を引くためなら、彼がいつどこら辺にいるかは分かっていたりするのかい?」
「大体の場所は…………今は――」
『研究棟地上2階。君たちがいる建物の2階だよ』
「――この建物の2階……です」
もし相楽さんが時間通りに行動していれば、この建物の2階にいるはずだ。
そして、彼はきっと時間通りに行動する。
2階から5階へと上がり、連絡通路を通って中央棟に向かう。
「下にいるのか」
洸祈が相楽さんに出会す前に、相楽さんに現状を説明して洸祈の保護に協力して貰う――これが妥当だろう。
『一つ君達に知らせておきたいことがある』
蓮さんからの『知らせておきたい』は不吉の予感がする。
『施設を爆破したのはアリアス・ウィルヘルムとその仲間だ。どこの誰かはさておき、彼らを追って神影君達もそっちに来る可能性がある。……神影君の知り合いがアリアスに誘拐されたからね』
「神影君達」とは、リトラさんも含まれるのだろう。
神影さんの知り合いを誘拐した人間が神域に侵入してきた。これは偶然なのか?
それに、神影さんは非戦闘員だが、リトラさんの実力はついこの前見たばかりだ。そこに更に相楽さんと洸祈。そして、俺達だ。
『僕達の目的は洸祈だ。だから、アリアス達を見掛けた時は即刻距離を取って欲しい。黒ずくめだから、見ればわかると思う。……それと、神影君達とも関わらない方がいい。特に神影君側はかなりピリピリしてるから』
…………蓮さんが忠告するレベルなら相当だろう。
触らぬ神に祟りなし。万が一にも神影さん達の邪魔になれば、排除される可能性が高いということだろう。神影さん自身は冷静に物事を見、話のわかる人だと俺は思っているから、他に抑えきれない怒りを爆発させている人がいると考えるべきだ。
「黒ずくめだなんて、ザ・悪党じゃん。関わらない方が吉だね」
千里が囁く。
「まぁ、爆破の共犯と思われたくはないですしね」
呉君も腕を組んで応えた。
「しゃーないっす!皆で行けばきっと怖くないっす。相楽さんに会いに行くっすよ!」
俺たちがこそこそと喋っていると、羽黒さんが腰に手を当てながら声を張り上げる。
千里達との会話を盗み聞きし、こうして本人に出会って思うことは、羽黒さんはどんなに重い空気も明るく和やかにする人だと言うことだ。
たったの数時間で人見知りの千里が相手の目を見て話せるぐらいに打ち解けているのも頷ける。
千里と呉君が最初に会った人が彼で本当に良かった。
「洸より先に相楽さんを見付けないとだね」
「そうっすね!相楽さんと一緒にコウキさんを待ち伏せするっす」
「物騒な職業だけど、何も仲間同士でやり合う必要なんてないからな。施設が破壊されると、俺達の残業も無限に増えていくし」
「相楽のせいで既に至る所の端末が馬鹿になってるんだけど。まぁ、主要機械室だけは死守出来てるから、これ以上は壊されてたまるか」
俺達を他所に兼守さんや雪之丞さんも加わって進む洸祈捕獲計画。なんやかんやで兄を好いてくれている――洸祈を慕う人がいたことは単純に嬉しい。しかし、同時に、洸祈が俺達から記憶を奪い、そうして得ようとしたものが居心地の良い環境であったとするなら、俺達と過ごす時間は息苦しかったのかもと思えてきて少しだけ寂しい。
その真相を知ろうにも、洸祈自身も記憶を失ってしまっているのだが。
「なぁ、あれ……普通じゃないよな?」
先頭を行く兼守さんが足を止め、後に続く雪之丞さんと羽黒さんも素直に足を止める。俺も足を止めたが、背後の千里が俺の背中にぶつかってきた。危うく階段でドミノ倒しになりかけるが、予測していなかった訳では無い俺はどうにか踏ん張った。
「ああ……そうですね。あれは普通の鳥ではありません」
縺れる俺達を尻目につかつかと階段を下りた呉君が兼守さんの発見した『普通じゃない』を一緒に見る。俺も遅れまいと千里をくっつけたまま下りた。
兼守さんが指先を向けていたのは、踊り場でちょんちょんと跳ねる小鳥。
一応、森の中の建物なのだから、鳥が何らかの拍子に施設内に入り込んでいても不思議では無い。
ただし、赤とオレンジ混じりの輪郭がボヤけた、まるで炎で出来た小鳥ならば話は別だ。
「魔法の鳥だ」
小鳥は俺達を気にする素振りもなく、楽しそうに跳ね回っていた。
害はないと察した羽黒さんや雪之丞さんも近付いて見下ろす。
「魔法で出来た鳥っすか!可愛いっすね!それにリアルな動きっす!」
「これ……炎系だよね?洸と同じ」
洸祈の魔法属性は炎系。
勿論、炎系の魔法使いは洸祈一人じゃない。しかし、小鳥に流れる魔力からは不思議と懐かしさを感じた。懐かしくて安心できる魔力。
「洸祈の魔法に違いない」
「え……でも、何の為っすか?」
攻撃では無い。ならば、この小鳥は――
チチチッ。
一際高く鳴くと、小鳥が分裂した。
手のひらサイズの小鳥が瞬きの間にピンポン玉サイズの小鳥3羽に変わる。
「えっ!?俺の目、ヤバいっすか!?増えたっすか!?」
「羽黒うるさい。…………まぁ、増えたけどさ」
2羽はフロアまで降りると、打ち合わせしたように左右に分かれて飛んで行った。
残る1羽は俺達を見詰めてチチッと軽やかに鳴く。
兼守さんはしゃがむと手のひらを皿にして小鳥の前へ。小鳥も暫く兼守さんの手を観察すると、敵意はないと感じたのか、自ら彼の手のひらに収まった。
「温かいな、お前」
小さな額を兼守さんは愛しそうに撫でる。小鳥もご満悦なのか嘴を手のひらに乗せて目を細める。
「撫でられるのが好きなところはコウキにそっくりだ」
「その鳥は索敵用と思われます。相楽さんを探す為の」
洸祈は既に動き出している。相楽さんを見付けるのは時間の問題だ。
「え!?なら、さっきの増えた鳥も捕まえといた方が良かったっすか!?」
「…………この子をコウキが生み出したのなら……連れてってくれないか?コウキのもとへ」
小鳥は手を止めた兼守さんを見上げ、もっと撫でてと手のひらを啄く。しかし、いくら頼んでも撫でないと分かると、床に降り立った。
「コウキを止めたい。なぁ、お前に話せばコウキに伝わるか?俺は誰も傷付いて欲しくないんだ。悩みがあるならいくらでも付き合ってやるから」
俺の場合は風を吹かせることで、障害物の大きさや形を知ることが出来る。無機物か有機物かは魔力の有無から判断し、それ以上の情報は魔力の性質から判断する。見知った人間についてはそれで識別できる。
この小鳥も索敵用とすれば、魔力の有無は判断しているはず。なおかつ相楽さんを探すためだとすれば、個々の魔力の性質まで感じ取るはず。であれば、ここにいるのが兼守さんと言うことも分かっているはずだ。声までは伝わっていないだろうが、彼が小鳥の傍から離れようとしない状況は伝わるはずだ。
勿論、俺達がいることも。
記憶のない洸祈からしたら俺達の魔力は赤の他人のものと思われるだろう。そうなると、俺達の存在で罠だと思われる可能性も十分にある。
俺が洸祈の立場なら警戒して近付かない。
チチチチッ。チチッ。
小鳥が俺達の脇をすり抜けて階段を上がった。
そして、俺達を振り返って留まる。
「あ、案内してくれるのか?」
チチ。
小鳥を追い掛けて兼守さんが階段を上がると、小鳥も階段を上がる。道案内をするように。
「俺、この子に案内してもらうよ。もしもコウキに会えたらどうにか説得する」
「洸の魔法なら洸のとこまで案内してくれるかな……」
兼守さんを俺達という不審者から引き離す為か否か。
『呉君、鳥に付いて行ってくれるかい?』
「了解しました。…………兼守さん、僕も付いて行きます」
蓮さんの判断に呉君は素早く応える。
『葵君、千里君はそのまま相楽さんを探す』
「でも、呉君一人だなんて……」
腰を屈めて小声で通信機に話す千里の姿は逆に目立ち、皆の視線を集めていた。しかし、蓮さんの意見に千里は反対だとしても、俺は賛成とは言わずとも、反対ではなかった。
洸祈に会える確率が高いのは兼守さんの方だ。ならばそこに洸祈を空間転移で移動させられる呉君を付けた方がいい。兎に角、洸祈を見付けられれば、後は呉君の魔法で脱出すればいいだけだ。センサーが作動しようが、問答無用で転移するだけ。
監視カメラは壊れているし、この混乱の中なら逃げやすい。
他の神域がここの異変に気付く前に、なるべく早く洸祈を見付ける――それが最優先だ。
かと言って手分けをするとリスクが伴う。
俺一人では遠距離に対応出来ても近距離は難しい。千里は防御が出来ても攻撃が難しい。吟竜は速攻で正体がバレるから使えない。
手分けをするなら、俺と千里のチームと呉君で分けるのが妥当だ。
「大丈夫です。危なくなったら、魔法で逃げますから」
「あう……そうだね……」
『呉君は崇弥を見付けたら、今度は遠慮しないで店まで空間転移させて』
「次は必ず」
「あの、俺も行くっすよ!呉君のことは俺が守るっす!だから、相楽さんの説得はよろしくっす!雪之丞さんが一緒にいればどこ行っても怪しまれないから安心してくださいっす!」
「っ、は!?なんで羽黒が勝手に決めてるわけ?相楽が怖いだけだろ!?俺が兼守さんと一緒に――」
「俺からもよろしくな、雪之丞」
手をひらひらと振って、兼守さんは行ってしまう。俺と千里の目をしっかりと見詰めた呉君も付いて行く。
「兼守さん!待って……」
「兼守さんのことも守るっすからね!安心してくださいっす!」
「うっさい!」
ニヤついた羽黒さんも二人を追い掛けて走って行った。
雪之丞さんは声を荒らげたが、直ぐに届いてないと判断して怒りの表情だけに留まる。上司の命令は絶対――兼守さんとの信頼関係が見て取れた。
「俺、相楽の友達でもなんでもないから。説得は頼んだから。……二階でしょ?すれ違わないように階段で降りよう」
雪之丞さんは俺達との距離を測りかねているようで、目を合わせないように進んで行く。俺達は羽黒さんの言う通り、彼が傍にいてくれれば、怪しまれずに済むので有難い限りで、静かに彼を追い掛けた。