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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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愛は惜しみなく与う(4)

きみが消えてしまう。

消えてしまっていいはずなのに、ずっと昔からそう思っていたはずなのに、少しずつ手のひらから零れ落ちていくきみのことを惜しく感じている。

きみがぼくの居場所を奪っている張本人なのに、端の端、隅っこで消えないでと願っている。

それも「生きたい」と声にならない声で叫んでいるきみがいるから。

壊れてしまいそうな自分に恐怖を感じて足掻いているきみがいるから。

きみがお人形のままだったら、こんな感情は沸かなかった。ぼくはきみのゼンマイが切れて動かなくなるのをじっと待つだけだった。

だけど、きみはヒトになりたいと願った。

無様に泣いて、無様に頭を下げて、無様に神様に縋った。


『分かったよ。手を貸そう』





「おはようございます!ルーです!」

部屋のインターホンが鳴り、神影(みかげ)が扉を開けると、背後の重苦しい雰囲気とは真逆の元気はつらつとした声が響いた。

神影の視線は一気に下がり、甘栗色の髪を首筋で緩くウェーブさせた緋色の瞳を持つ少女を見付けた。とても小さく、目測20センチ程の少女。背中に光る羽を生やした彼女はふわふわと宙に浮く。

名前は琉雨(るう)

数日前に(なつ)の騎士だと名乗って現れた少女だった。

彼女は(れん)が寄越した夏の用心棒であり、魔獣――護鳥だ。

そもそも神影が眞羽根(まはね)達に連絡した時、何故かちびっ子妖精は現れず、二人だけがホテルに集合した。

夏は「あれ?いない」で、眞羽根は「用事ができたって言ってましたよ」と微笑んでいた。

騎士が任務を放り出して、一体どこで何を……。

「…………取り敢えず、入って」

「はひ!ルーは先輩騎士のリトラさんに皆さんの案内役を務めるよう仰せつかったのです!」

「……………………………………弟子入り?」

最初、神影の言葉に首を傾げ、琉雨は目を丸めると、何かに気付いて口を両手で塞いだ。

「ルーは琉歌(るか)様の弟子なんです!リトラさんは先輩なんです!だから、ルーは……リトラさんの弟子では…………琉歌様を尊敬して……あう……リトラさんもとっても素敵で…………あの……えと………………ルーは……………………裏切ってなど…………」

「え?あ、そうだな。琉歌様は師匠で、リトラは先輩。それでいいんじゃないか?」

「はぅ…………そうです…………」

しょんぼり。

『琉歌様』という神聖な存在を、自ら危うくしてしまったことに相当なショックを受けたようだった。

眞羽根に似て、ズケズケとものを言うと思いきや、全ての台詞に『ただし、琉歌様を除く』という注意事項が語尾に着く前提らしい。

「すぐ準備させるから。座ってて」

「あぅぅ……」

フラフラと左右に揺れた彼女は、薄型テレビの上に腰掛けた。






「あお!あおってば!返事してよ!」

千里(せんり)が通信機に向かって叫んで1分。未だ返事はない。

「僕には千里さんの声が聞こえます。つまり、千里さんの通信機は送信が可能ということです。しかし、(あおい)さんからの返事はない」

「つまり!?」

「えっと……葵さんの通信機が壊れたというのが、妥当ですが、蓮さんからの返事もない…………二つ同時に、ましてや蓮さんのまで壊れるというのはありえない。意図的に葵さんと蓮さんとの通信が切られている。と、考えるべきでしょう」

「なんで!?無理でしょ!こんなとこであおの声すら聞けずに正気を保つとか、絶対に無理!」

(くれ)の肩を掴み、ブンブンと振る千里。呉は揺れる頭を抑えて「辞めてください」と唸る。

いつもなら、ここで葵の静止が入るが、千里と呉の二人だけの今、止めに入る者はいなかった。呉は半ば諦めモードで言葉を続ける。

「僕と千里さんとの通信は正常なので、通信妨害を受けている訳ではなく、全通信機をコントロールできる蓮さんが敢えて遮断したと思われます」

「あああ!絶対に許さない!僕、怒るから!蓮さんって見た目も何もかも全部怖いけど、僕、怒るから!」

やっと解放された呉は直ぐに千里から離れて、安全を確保する。千里と言えば、頭を抱えてすっかり青ざめていた。

「落ち着いて……僕達の会話は聞かれているかも……………………いえ…………………………今はこの状況に集中しましょう」

「集中してるよ!何これ!意味わかんない!あおー!!教えてよ!!」

この状況――千里は足下に這い寄る水の存在に怯えていた。

遠くの方でザーというテレビのノイズに似た音がしていたかと思えば、いつの間にか千里達の足下に薄く水が張っていた。せいぜい、歩いた時に靴底に水が跳ねる程度だが、それも『今のところは』だ。広い地下にしては、凄まじいスピードで水位が上がっていた。

「出口どこ!出口あるんだよね!?」

「あ…………はい。一本道ですので、この先のどこかかと」

「ううう……なんなのこれ…………この水は何?……お掃除用?」

「今のところ、排水溝らしきものは見てません。湿った感じはしていたので、ここは定期的に水が入ってくる仕組み……上に溜まっていた水もきっと…………」

そこまで聞いて、千里の顔がサッと青ざめた。

「水責めだよ!水責めに違いない!僕達、溺れさせられる!」

「……………………僕はまだ泳げません……」

呉も無表情を保ったまま、両手を祈る様に組む。

そうこう話す間にも、水は靴底よりも高くなり、靴下を冷たく浸す。先の潜水で体が濡れていたこともあり、思いの外の冷水にぶるりと体を震わせた二人は互いに身を寄せ合う。溺れ死ぬより先に凍え死ぬ方が早いかもしれない。

「い、行こう!兎に角、奥だよ!出口を探すの!あと、蓮さん許さない!」

「ええ。僕も少し許せなくなりました……」

手を握り、僅かな熱を分け合う二人。

彼らは出口の存在に不安を抱えながらも、少しでも生き残る可能性に賭けて歩き出した。




「葵君、大丈夫!?」

『っ、なんで……俺…………足手まといには…………嫌だ……』

「時間がなくて焦るのは分かるけど、少し休んで」

通信機は切った。千里君と呉君にこの事態が伝われば、彼らは……千里君は冷静でいられない。

ストレスが影響するのは分かっていたが、まさかここでなるとは。

どうする。

千里君たちの落ちた場所は処分場だった。

地下は巨大な水槽。定期的に溢れる水が地下へと流れ、水槽を満たす。

呉君の考察を聞く限り、どこかに出口はあるだろう。ここは二人に任せる他ない。…………もしくは、『彼』か。

白魔法発動後、葵君は僕と出会うまで一度も持病が再発することはなかった。彼自身、僕が保管していたカルテの内容を聞かせるまで、なんのことだか分かっていないようだった。だから、「大丈夫ですよ」と言う彼に、僕は無理矢理、薬を押し付けた。お守り代わりに持っておいてほしいとお願いしたのだ。

それが今回、役に立ったのは、良い事なのか、悪い事なのか。

ただ、葵君は「ごめんなさい」と癖のように繰り返しながら、薬を飲んでくれた。それでも、薬も胸の痛みを緩和させるだけでしかなく、彼は必死に痛みを堪えているようだった。

このまま、計画を押し通すのは…………。

しかし、彼に待機をお願いすることは、呑気にパソコンの前に座る僕には出来ない。

彼が一番、今の状況に苦悩しているのだから。

『はぁ……はぁ…………』

今現在、葵君がいるのは、処分場と水場を繋ぐ通路だ。

通路の両端には溝があり、そこを水場から溢れた水が流れ、地下へと滝のように落ちているらしい。

当初、葵君は落ち着きを失っていたが、二人を追い掛けて地下へ降りたとしても、状況は悪化するだけと気付いたようで、出口探しに集中してくれていた。外から地下へと向かった方が助けられる確率が高いと判断してくれたようだ。

そんな最中、彼は胸の痛みを訴えた。呻き出す直前まで、僕が感じたのは呼吸が少し早くなっている――ぐらいだったから、彼はギリギリまで僕に痛みを隠そうとしたようだった。早く言ってくれた方が、僕としては助かるのだが……葵君の性格では、お願いしても無理だろう。

『………………っ、蓮さん……』

苦しそうだ。

「うん」

『風の流れがおかしい…………でも、壁です』

彼の風に対する感覚は並外れて敏感だ。魔法属性が風を操ることのできる風系とは言え、魔法を使わずしてこれは、もう彼の才能だろう。

「隠し扉か…………。もしかしたら…………葵君、相川(あいかわ)さんが言ってたんだ。そこの傾向として、隠し扉を開けるスイッチは、下の方に設置してあるって。手元より上を探そうとする人の心理を逆手に取ってるとか」

『下………………あやしい……けど……えと…………………………ここらへん……?』

ガコッと鈍い音が聞こえた。


そんな馬鹿な、と言いたいだろうが、そういうものだ。


誰しも、大なり小なりの癖がある。

例えば、隠し扉のスイッチの場所しかり。無意識でも意識的でも、人は何処かで同じようなパターンを繰り返しているのだ。

『あ………………蜘蛛がいっぱい……水に流された……………………ふぅ……』

相当疲弊している。緊張とストレス、痛み……それらを彼は必死に堪えている。

物事に計画性を求める僕や彼にとって、この状況はかなりの苦痛だ。

かと言って、こんな足の僕では手助けに行けないし。

「葵君、中はどんな感じ?」

『人一人分の洞窟です。小さな常夜灯もあります。……壁はコンクリートで、天井に配線もある。管理はされている場所のようです』

「一人分なら、使用頻度は低いし、大勢で来ることもないのだろうね。大きな通路に繋がっているはず。ただ、隠れる場所がないだろうから、急いで抜けた方が良いと思う」

『下の様子は…………』

左耳と右耳。僕の左耳には葵君のものと繋がる通信機が。右耳には、千里君と呉君のものと繋がる通信機が。

葵君との会話に集中する中、千里君の悲鳴が右側で響いていた。

二人は僕が通信を敢えて遮断したことに気付いているし、多分、この悲鳴も聞こえてないと踏んでいるのか……僕への文句を言いたい放題してくれてるし。

「下は大丈夫。水位は上がっているけど、下は広いから。まだまだ時間はある。出口を探しているよ」

『分かりました……呉君は泳げないから、きっと怖がってると思います。早く助けないと……』

「うん。こっちもそろそろカメラの方が使えなくなるはずだから。君達の道案内は確実にできるよう準備するよ」

『お願いします』

それっきり、葵君は喋らなくなった。

僕も葵君にこれ以上の嘘をつくのは忍びなかったし、会話が長引けば、嘘がバレそうだったから、それは好都合だった。

隣で千里君達との会話に耳を傾ける董子(とうこ)ちゃんも「蓮様、まずいですよ」と言わんばかりの青ざめた顔で僕を必死に見詰めている。

僕は葵君との通信を受信のみにし、千里君との通信を再開した。







コンコン。

部屋に規則正しいノックが響いた。

窓辺に佇む男は、外へと向けていた視線をドアの方へと向けると、暫くの後、手を置いた机の傷を見る。そして、「入って構わない」と応えた。

「失礼いたします」

黒色の詰襟。襟首や袖、裾を金色の刺繍で装飾された服。胸元には銀色のバッジが付いていた。

五芒星が彫刻され、中心には紅色の宝石が光る。

日本軍の制服――それを着た背の高い男が、唇をきつく結びながら部屋に入ってきた。

(みね)

「はい!」

制服の男、嶺はボスである藤堂(とうどう)に名を呼ばれて、肩をいからせながら、伸びていた背筋を更に伸ばした。一本の木のように姿勢を正す彼の耳や頬は赤い。

対して、いつもの白衣の上にコートを羽織った藤堂は深々とため息を吐きながら、嶺に背を向けた。

「今のこの状況。言うまでもなく、彼のせいだ」

「……………………」

「まぁ、別に黒曜石の枷をつけて閉じ込めていた訳では無いからね。生意気さとしぶとさが取り柄の彼が外へ出ることは想定内だった。だけど、ここまでしてくれるとは想定外…………いや、許容範囲外だよ。で、君を呼んだ」

執務机に置かれたマグカップを持ち上げたかと思えば、脇のゴミ箱の上へ。そして、まだ湯気の立つコーヒーを躊躇いなく、ゴミ箱に流し入れた。液体の注がれたそこがどういう状況かと言えば、誰も想像はしたくないだろう。

もう何度目か――呼ばれる度に目にする光景に、嶺は既に驚くことは無くなっていた。それよりも、藤堂の発言だ。

「私に相楽(さがら)さんの処分を……?」

裏切り者の処分。内部監査の部署に所属するのが嶺であり、上司の藤堂だ。

しかし、呼ばれた理由など、さも当然のことと思われたが、藤堂の反応は違った。

流し目で薄ら笑いを浮かべ、「いや、無理でしょ」と一言。

「……………………………………………………はい……」

確かに、無理だ。

『この状況』を作り出せる彼と争っても、負けは見えている。軍学校時代に程々の高成績を修めただけの嶺には――。

「君の仕事は、あの猫みたいな彼を私の前に連れてくることだよ」

ガコンッ。

まるでバスケのシュートだ。

片手でマグカップをゴミ箱へ投げ入れた音に、俯いていた嶺が顔を上げた。

「『彼』…………とは……」

「コウキ」

「………………コウキさん……」

今朝、屋根の上へと星空観察に向かったのを見た『彼』だ。

何故、彼を……。

思い出されるのは、数日前の二人の会話だ。

相楽を裏切れないと怒ったコウキと、彼を飼い犬と言い放った藤堂。

「…………何故………………」

「それはただの独り言かな?それとも、上司である私への質問かな?」

普段から感情を映さない藤堂が、奥底の見えない真っ暗な瞳でじっと嶺を見ていた。

「……いえ、ただの独り言です……」

そう。ただの独り言。答えを求めてはならない。

嶺は咄嗟に藤堂の額に目を凝らす。眉間に皺はない。味気のない眉と眉の間だ。藤堂の目を見てはならない。見れば、飲み込まれてしまう。

「そうだろうね。君にはこの無線機を渡しておく。それと、これもだ」

藤堂が革手袋をした手で小型の無線機と生成色の巾着袋を机に並べる。その時、巾着袋の方から響きの良い金属音がした。

「中身は黒曜石を練り込んだ腕輪だ。どんな手段を使ったって構わない。彼にこれを付けさせてから、私の前へ連れてくるんだ」

黒曜石は周囲の魔力を吸収する。その為、黒曜石の腕輪は、黒曜石の檻ほどではないが、魔力量の多い魔法使いに対して疲労感や脱力感を与える。要は魔法使いを弱らせておく為の道具だ。

そもそも魔法を使えなくする結界の敷かれたここで、その手の道具を使用するのは、単純に罰としてか、もしくは、結界でも抑えきれない魔力を抑える為の補助としてだ。初対面で、キレた相楽とやり合ったコウキの姿を見ている嶺は、後者の理由だろうと推測した。

気ままで、身軽で、しかし、か弱い姿を見せるコウキ。しかし、彼は藤堂が警戒する程に魔法使いとしての能力が高い――そんな素振りは全く見せないが。

「……………………………………」

「君への命令は以上だ。仕事に取り掛かってくれるかな?」

藤堂は自らドアの前まで行くと、ドアを大きく開けた。

到底、上司のすることでは無いが、唯一の出口を開けて待つのは、藤堂が嶺を鬱陶しく思っていて、さっさと出て行って欲しいという合図だ。

嶺は無線機と巾着袋を持ち、形だけの礼をすると、藤堂の横をすり抜ける。

「…………何か用かな?」

ドアの敷居を跨ぐ直前で足を止めた嶺。

そして、彼は藤堂を見下ろした。

「あの……どうして、藤堂さんはいつもコーヒーを捨てるのでしょうか?」

「君は本当に愚かなことを訊くね。…………私はコーヒーの匂いは好きだが、味は嫌いだからだ。行き場のない不用品をゴミ箱に捨てているだけだ」

「…………直ぐにコウキさんを見付けます」

「よろしく」

嶺の背後で扉は音を立てて閉まった。

そして、嶺はすっかり様変わりした霜の這う廊下を見詰め、白息を吐いて歩き出した。

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