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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
385/400

幕間

「おやすみなさい、陽季(はるき)さん」

うとうとする千里(せんり)君を支えながら、(あおい)君が頭を下げる。

だから、

「おやすみなさい、葵君、千里君」

俺も頭を下げた。


本当はもっともっと二人に言いたいことがあった。

明日は無茶をしないで。

明日は洸祈(こうき)をお願いします。

明日は…………。

何だか、口にすればするほど、俺の頭の中が混乱するのが容易に想像出来て、結局、俺は何も言えなかった。

洸祈を連れて帰って来て欲しい。でも、無茶はしないで欲しい。そのどちらもを伝えたかったが、危険な場所へ行くということを誰よりも理解している彼らに対して、待つだけの俺が言えた立場じゃないだろと思ってしまったのだ。

だから、明日は彼らの手を握り、静かに送り出そう。

不安な表情は見せず、笑顔で送り出そう。



二人は千里君への部屋へと入って行き、俺は洸祈の部屋のドアを開けた。

以前にも何度か入らせて貰ったが、いつ来ても、この部屋の匂いや、小物やぬいぐるみの並ぶ雑多な雰囲気に懐かしさを感じるのだ。

きっと俺は良くこの部屋で洸祈と話をしたり、触れ合ったりしていたのだろう。とても落ち着くし、癒される。

椅子に座れば、ちょっと低い。

洸祈の方が俺より背が低いから。

机に頬杖を突けば、目の前には写真立てに飾られた琉雨(るう)ちゃんの写真が。お正月の写真なのだろう。赤とピンクの花柄の振袖姿が可愛らしい。他にも飾られている大小の写真立てにはどれも琉雨ちゃんがいた。洸祈は琉雨ちゃんが大好きだ。

そして、犬のぬいぐるみが抱える写真立てには俺がいた。団体の写真ではなく、俺個人だけの写真。

いつのどこの写真だろう。

厚着の俺がベンチに座ってキメ顔をしている。

「恥ずかしい奴だなぁ」

洸祈に「とびっきりかっこいい顔して」とか言われたのだろうか。――そう思いたい。

「あれ…………これ……」

写真立てを持ち上げた際、頭のリングが引っ掛かったのか、エンジェルうさぎがこてんと横に倒れてしまった。

そして、うさぎのふわふわのしっぽの下から何か身に覚えのある……。

「これ、招待状……?」

この猫柄の封筒は間違いなく、洸祈と俺との結婚式の為に過去の俺達が用意した招待状用の封筒だ。何故、こんなところに。

余った封筒ならうさぎさんの尻に敷く必要もないだろう。そもそも、この封筒には宛先に名がなく、しかし、封が確りとされていた。

一体、誰への招待状だ?

勝手に開けるのは…………洸祈との記憶の手掛かりになるかも、なんて建前があっても許される限度がある。

これはきっと許されない。

「…………………………寝よう。明日は早いんだから」

「開けなよ」

「!?」

自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、返事が。

それも、うさぎを元の位置へと戻した時に。

見られた?いや、やましい事は……。でも、開けようか迷ってるところを見られたかもしれない。普通、他人の部屋で封された封筒を勝手に開けようか迷うものか?迷っちゃいけない気がする。開けちゃいけないだろ。

それよりまずは――

「……千里君?」

眠たそうな顔で葵君に支えられながら自部屋に行かなかったか?起きたのか?

寝惚けてる?

据わりきった瞳は虚ろだ。

だらんとしたパジャマはズレ、なかなか素敵な鎖骨と肩がチラ見えしている。

千里君の肩はよく見ると、逞しい。リラックス状態でも適度についた筋肉による膨らみがちゃんと見えるのだ。きっと隠れている腹回りと腹回りもがっちりしてるんだろうな。

昼間、半ズボンから見えていた両足もアスリート派だったし。

ジムとか行っているのだろうか。

俺の方が体動かしているイメージだったんだけどなぁ……少しショックだ。

「それ、彼が渡そうとして渡せなかった招待状だよ」

「……どうして知って…………」

中身を知っているのか?じゃあ、何故、封が?中身を知っているのなら、開いているはず。

「それはぼくへの招待状だから」

「え……?」

千里君への招待状の存在は知っている。葵君も琉雨ちゃんも(くれ)君も俺に招待状を見せてくれた。

特に琉雨ちゃんへの招待状には長々と洸祈から彼女への愛が語られていた。小さな字で隅から隅まで。

それらとは違うと言うことか?

「洸くんはぼくの気持ちに気付いていたから。迷ったんだね。結局、ぼくには渡さなかった」

ぺたぺた。裸足を鳴らした彼が俺の隣に立つ。うん、まだ俺の方が背が高い。

「でも、千里を招待すれば、もれなくぼくもきみの結婚式に参加することになる。分かりきったことだったろう?…………ぼくに反対されるんじゃないかって怖かった?」

「…………千里君……だよね?」

「千里の裏人格とか?ジキルとハイド?違う違う。ぼくはぼく。千里の体に入っている別の魂。千里とは全く違う別個体。やぁ、初めましてになるね。ぼくは氷羽(ひわ)

「氷羽……さん……」

「貸して」

「あ………………まっ……」

封筒が脇からさっと取られ、千里君もとい氷羽さんが封筒の肉球シールを剥がして開ける。

他のものと同じ、猫の便箋。

「『琉雨はきっと許してくれるから、あなただけはずっと許さないでいてください。友達になってくれてありがとう』……………………馬鹿だなぁ」

許さないで?何を?

友達って、幼なじみの千里君とは別のってことだよね?

しかし、便箋を見下ろす氷羽さんは全て分かっているようだった。記憶がないはずなのに。

「………………氷羽さんは洸祈のことを覚えているんですか?」

にこ。

千里君の顔で氷羽さんが微笑んだ。俺を見上げて、目を細めて。

千里君が太陽の笑みなら、氷羽さんの笑みはさながら月の笑みだ。

「覚えてたら、ぼくはきっと、洸くんを……………………あのさ」

「え、あ、はい」

「洸くんを連れて帰ったら、どんなに小さくたっていいから、また結婚式やってよ。それで今度はぼくも招待して欲しい。思い出しても、思い出せなくても」

「……どうして」

「洸くんが出せなかった招待状のお返事をしたいから」

丁寧に便箋を畳み、封筒に入れ、粘着力の弱くなったシールを貼り直す。そして、俺の胸に押し付けるようにしてそれを返してきた。

「そろそろ千里の体を休ませないと。おやすみ」

「あ………………おやすみなさい……」

氷羽さんは開いたままのドアから部屋を出て行く。暫くの後、千里君の部屋のドアが閉まる音と、ベッドが軋む音がした。

『せん?』

と聞こえたのは多分、葵君の声だ。一緒に寝てたのか。

言わずもがなな雰囲気を見る限り、二人は恋人同士らしいし、一緒の方が休めるのかもしれない。記憶のあった頃はラブラブな二人に触発されて、俺も洸祈と、この店の中ではオープンにしてたのかも。

それとも、皆から自分の記憶を奪うぐらい窮屈だったのかな……。

俺は剥がしたり貼ったりのせいでよれたシールを指で強く押してから、招待状を元の位置へ戻し、部屋の電気を消した。






ふぅ……。

ギシッ……。

息をつく音と椅子の背もたれが軋む音に、董子(とうこ)は手元の本から目を離して、ベッドを囲むレースの天蓋から外へと顔を覗かせた。

部屋の隅にあるドアの先は廊下ではなく、パソコン機器が詰め込まれた小部屋。蛍光灯の光が眩しいそこで、メガネを脇に置いた蓮が凝った肩を優しく解すようにゆっくりと伸びをしていた。

(れん)様…………」

小声だったが、静まり返った部屋の中では十分に響き、背筋を伸ばしたままの蓮が素っ頓狂な顔をベッドの方へと向ける。そして、ベッドサイドに置かれたランプの明かりに照らされる董子を見付けた。

「あ……あれ?董子ちゃん?まだ寝てなかったの!?」

「この小説面白くってつい。……蓮様は一段落したんですか?」

「うん。一段落は、ね。董子ちゃんの用意してくれた紅茶もまだまだあるし、もうちょっと頑張るから董子ちゃんはもう眠りなよ。寝不足は美容の大敵でしょ?」

董子は主のいない広いベッドを振り返る。

「蓮様こそ、寝落ちした時に誰が蓮様をベッドまで運ぶんですか」

「大丈夫。たとえ、寝落ちしたとしても、そこまで気温低くないし、ひざ掛けあるし」

「ダメです。風邪ひいてしまいます」

裸足を出し、レースを上げてベッドから降りた彼女は整理整頓のされた部屋の中から椅子に掛かったブランケットを取り、蓮の隣へ。

ギョッとした蓮は「ど、どうしたの」と身構える。

「ここにいます。蓮様が起きているなら、私も起きてます。見張り役です」

ペタンと床に座り込み、立てた膝に腕を乗せ、更に上に顎を乗せた。

「嗚呼、ダメだよ。ここで寝ちゃったら、本当に風邪をひいてしまう。僕は君を運べないんだよ?お願いだから、ベッドに」

「…………ここがいいんです。蓮様の隣が。置いてきぼりにしていただいて結構ですから」

頬を膨らませた董子がそっぽを向く。蓮は頑なな彼女に額を揉むと、諦めてパソコン画面に目を向けた。

「君がそんな我儘言うのなら、僕も好き勝手するから」

「怒ったふりしたって今夜の私は拗ねないですからね。そもそも蓮様は自分ルールじゃないですか。蓮様が好き勝手するから、私も今夜は特別に好き勝手するんです」

「君は僕が合理的な理由なしに勝手をしていると言うのかい?」

「蓮様だけの合理的な理由があるんですよね?私だって私だけの合理的な理由で行動します」

「…………怒った」

カタカタカタ。

大きな溜息を吐いた蓮はそれっきり口を閉ざし、キーボードを叩く音を響かせる。

董子はこっそりと蓮の横顔を見上げると、目を閉じてその音に耳を傾けた。




「だから言ったのに」

温かい紅茶の入った水筒を取ろうと手を伸ばした蓮は壁に凭れて静かな寝息を立てる董子を見下ろした。小説を抱えてすやすやと眠っている。

「後で背中痛いとか言うんだろう?」

蓮が彼女の頬を撫でた。彼女は相変わらず、幸せそうに睡眠を嗜んでいる。

「…………僕だけの合理的な理由で行動するかな」

車椅子のフットサポートから手を使って足を下ろし、両手を目の前の机に突く。目を瞑り、長い息を吐いて、目を開けると、そこには波色に輝く蓮の瞳があった。

蓮が両足を踏ん張ってゆっくりと腰を上げ、膝からブランケットが滑り落ちる。

「ッ…………」

額に脂汗を浮かべ、とうとう蓮が立ち上がった。

「医者の僕は彼女を起こしてベッドに行ってもらえばいいって言うんだろうけどさ、男の僕は好きな子ぐらいお姫様抱っこでベッドに連れてけって言うんだよね」

支えにしていた机から手を離し、床で眠る董子の背中と膝裏に腕を入れる。

後は力んで一気に…………。

「…………………………おかしい…………これで出来るはずなのに………………」

持ち上がらない。

「…………董子ちゃん、起きて。背中痛めるよ。ほら、ベッドに行くの」

「んん……」

お姫様抱っこに挑戦した蓮は早々に諦め、彼女の肩を揺する。

「…………なんなんですかぁ……眠たいんですよ……」

「知ってるよ。だから、ベッドで寝てって言ったんだよ。こんな所で寝たら風邪引くし、背中痛めるよ」

うーうーと唸りながら立ち上がる董子。そして、寝ぼけなまこの董子の腕が蓮の背中に周り、彼を抱き寄せた。目を丸めた蓮はバランスを崩し、董子に凭れてしまう。

「ちょっ!?ちょっと、董子ちゃん!」

「ベッドで寝ますよぉ……もー……蓮様も寝る時間ですよぉ…………」

董子は蓮を抱き締めたままベッドに向かって歩き出す。

蓮が足をもつれさせ、文句を言おうと口を開いて気付いた。

頭を捕まえるようにして抱き寄せられる蓮の頬に確かな感触がある事に。

この体勢は…………。

「ダメダメダメダメ!女の子がこんなことダメだよ!」

「何がダメなんですかぁ…………蓮様はもっと寝て、もっと食べて、もっとずっとずっと長生きして…………」

蓮をベッドに乗せ、起き上がろうとした彼の肩を董子が押し返す。

「ご自身を労わってください、蓮様」

「あ………………と……こちゃん……」

肩を滑り落ちた彼女の長く滑らかな黒髪が蓮の頬に触れる。それも、董子に押し倒されて真っ赤に火照った頬に。

「寝惚けてるの?……あの…………」

「蓮様、私と約束してください」

「え……寝惚けてる董子ちゃんと約束?………………どいてくれるならいいけど……」

「………………」

無表情の董子が徐に体を離す。胸を撫で下ろした蓮が直ぐにベッドの端に寄った。

「それで?約束って?」

「一日デートしてください」

蓮に背中を向けてベッドに腰掛ける董子が放った一言は短くもハッキリとしていた。

「え………………デート?」

「お仕事一切なし。舞台のお稽古も、薬の調合も、携帯電話も一切なし。寝坊しないように目覚ましをセットして、自力で朝起きて、ご自身で支度して、私を飛びっきりのデートに誘ってください。遊杏(ゆあん)ちゃんは女同士の約束の後、用心屋さんにお泊まりですので、気にしなくて大丈夫です」

「あ………………え…………」

「約束しましたからね。それでは、おやすみなさい」

「と…………ま、まっ…………て――」

蓮が止める間もなく、起き上がった時には彼女の背中がドアの向こうに隠れるその瞬間だった。

「え………………待って………………え……デート…………」

全身を包んだ董子の温もりと匂い、頬に触れた感触、そして、声。

蓮は熱に浮かされたように身体中が火照るのを感じると共に、馬鹿みたいに激しく高鳴る胸をキツく押さえつけて背中を丸める。

「なにこれ……なにこれ…………どうなってるわけ」

息は上がり、伸ばした手で布団を掴んで身を隠す。

デートは今までもしたことがあった。

買い物から旅行まで。

董子から誘ってくることも、蓮から誘うこともあった。

遊杏も含め、家族三人の時もあるし、遊杏が学校の時は二人だけの時もあった。

何も珍しいことではないが、今までは全部後付だったのだ。

散歩がてらの買い物、カフェテリア、常連客の厚意で旅行等々。出掛けた後で、蓮の中では全て『デート』と言う括りに入っていた。

しかし、今回は董子直々のデートのお誘いだ。それも、蓮からデートに誘って欲しいと言う。計画を立て、エスコートして欲しいと言う。

「あぁー……なんで今なんだろ……」

もう頭が働かない。

蓮は力の入らない体を布団に預け、疲れきった頭を休めるように目を閉じた。



「とうちゃん?」

「う、え、つ、遊杏ちゃん!?」

蓮の部屋の前の廊下で蹲っていた董子の前にフリルたっぷりのパジャマを着た遊杏が立っていた。

「あれ!?寝てる時間でしょ!?」

「ボクチャンは寝てたのに、リュウ君にお水飲みたいって起こされたんだよ。とうちゃんこそにーの部屋の前で何してるの?にー、まだお仕事中?」

「あ……待って…………」

「?」

唇の前に人差し指を立てた董子は遊杏に静かにするよう促してからそっと蓮の部屋のドアを開けた。

「にー寝てるの?」

「寝たはずです。一通り悶え苦しんだ後で静かになって五分経ちましたから」

「…………とうちゃん、何したの?」

「鬼の所業です。蓮様にとっては。夜更かしを辞めないので仕方なく」

バツの悪そうな顔で苦笑いを交えつつの董子。天蓋を捲れば、無防備な表情で安らかな眠りにつく蓮の横顔が。

遊杏が久しぶりの蓮の表情に思わず笑みを零し、目に掛かる前髪を避ける。そして、「おやすみ、にー」と囁き、乱れた布団をかけ直した。董子も「おやすみなさい、蓮様」と告げてベッドサイドのランプを消す。

「さ、私たちも寝ましょうか」

「……ねぇ、とうちゃん」

「?」

「今夜はボクチャンと一緒に寝てくれる?今日はそんな気分だから」

徐に向けられる遊杏の手のひら。董子はそれをしっかりと握ると、「いいよ」と言って、彼女の手を引いた。

――――――――――

壁に背を着け、床に座っていた彼が閉じていた目を開けた。

それを機に死んだように静止していた空気が連鎖的に震え、ゆっくりと動き出す。最初はただの「気配」。次は「微風」。最後は「霧」。

ピシ……ピキ……。

霧に紛れるように音もなく成長するのは霜だ。

床を灰色に染め、壁を白く塗り潰す。

彼は立ち上がると、机の上のナップサックに手を入れた。中を探り、取り出したのは黒い鉄の塊――拳銃。彼の指が銃身を撫でると、黄金に輝き、やがて青白く光る。

彼は目を細めると、無言で銃口をドアへと向けた。


そして、


引き金を引いた。

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