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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
370/400

裏切りと正義(3)

「さがさんにはアロハを捕まえれば良いって言われたけど……」

コウキは相楽(さがら)の自分本位な性格を露わにする無差別魔法によって肉を削られた腕を庇いながら、とうとう結界の境目を見付けた。

戦闘執事の独擅場となった一軒家から抜け出し、人気のない街中を彷徨って十数分。目を凝らした先に、僅かに空間の歪みを見付けて、「さて、どうしようか」と首を傾げる。

「アロハがこの結界を作ったってことで間違いないだろうけど……凄いなぁ。ここまでの結界作れるなんて、とんだアロハだ。俺の魔法はポンコツだし、鳥の一羽か二羽飛ばせたら直ぐに見付けられるのに…………って、それができないから地道にアロハ探してるんだった」

「ねぇ、さがさん。そっちからアロハは見えないの?」と訊こうとして、コウキは通信が相楽の手によって意図的に切られていることに気付いた。取り敢えず、庭先のベンチにどっしりと腰を下ろす。

「はぁ……疲れた」

ちらと傷口を押さえる手を外せば、我ながらグロテスクな光景に、コウキは背もたれに体重を預けながら深々と溜め息を吐いた。そうして、目をつぶること3分。

「はぁ…………皆どこ行ったんだ……」

背後からジメジメとした土に負けない鬱陶しさを含んだ声音が聞こえてくる。

コウキは喉仏を剥き出しにし、視界を逆さにしながら声の主を探せば、割と近くに柄物のシャツを着た人が立っていた。

赤銅色の長髪を持つ男は建物の壁に沿うようにして半身を隠しながら歩道の様子を窺っていた。隠れているのかもしれないが、彼は水色をベースにした、派手な花柄シャツを着ていた。

「…………………………おにぃさん、誰探してるの?」

「!!!?」

アニメか漫画のように、それはもう高々と飛び跳ねながら目を真ん丸にし、コウキを振り返る。そして、素早い動作で傍の樹木に隠れ、顔だけ出して訝しむ表情をした。

「………………誰だ?」

「迷子」

「迷子?お前も?」

「うん」

男は眉を寄せ、八の字にすると、へっぴり腰になりながらコウキに近寄ってくる。そして、ベンチの正面に回ってきたところで、「怪我してるのか!?」と雪崩込むように隣に座った。

衣服に染み出した血に気付いたようだ。

「見せてみろ」

「………………痛いからヤダ」

「俺は治療がそこそこ得意だから見せろ」

そこそこって何?――とか聞く前にコウキの腕は無理矢理上げられ、その衝撃から来る激痛に絶句するコウキを他所に、彼は破れた袖部分を除けた。

「これは酷い。痛いだろ?」

「…………痛いって……言ったじゃん………………痛いから、触んないで……よ…………」

「あっちにマンションの管理事務所っぽいのがあったんだ。無人だし、鍵空いてたし、ちょっと間借りさせて貰おう。探せば救急箱が見つかるかもしれない」

「いいよ。手当とか要らない」

痛みを産むことを承知でコウキは男の手から自分の腕を引っこ抜くが、直ぐに「くそ痛いじゃん!!」と後悔する。男も「なら、手当しないと」とコウキの背中に触れた。

「ホント、俺に構わないでよ!話し掛けなきゃ良かった!」

「話し掛けた後でそれを言わないで欲しいな!ほら、俺に構われろ!さもなくば――」

うねうねと両の指を動かした男はコウキの傷付いた腕に狙いを定め、コウキはベンチの背凭れに腕を隠すように体の向きを帰る。

「や、やめてよ……構われてやるから…………もう痛いことしないでよね」

「分かった。迷子同士、仲良くしようぜ」

「……………………それは絶対ヤダ」




「ほら、これで止血は出来ただろう。我ながらバッチリだ!」

「『我ながら』で、治療は得意とか言わないでくれる?」

「得意、ではなくて、そこそこ得意、だ」

「あー、そう」

コウキは事務室のベンチに座り、包帯を巻かれた腕を撫でる。救急セットを仕舞った男は不在の管理人宛に律儀に手紙を書いていた。

「なぁ、すっかり忘れていたが、自己紹介がまだだった。俺の名前は(きり)。君の名前は?」

「…………じゃあ、藤堂(とうどう)

「じゃあ、って……偽名かよ」

男は「おかしな奴だな」と苦笑すると、書き終えた手紙を机の真ん中に置く。

「呼び名なんて、人を区別出来ればそれでいい。番号でも良いぐらいだ」

「そっか。うーん。ならば、俺の事は千歳(ちとせ)と呼んでくれ」

「……………………桐は?」

「苗字より名前が良い。父と母が俺の事を想って付けてくれた名だからな。区別出来ればなんでも良いと言うのなら、俺の事は是非とも、名前で呼んで欲しい」

「……………………千歳さんは絶対にどっかのお坊ちゃんだよね。見た目も口調も考え方もドラマに出て来たおバカな金持ちと一緒だもの」

「ほぉ。藤堂は鋭い観察眼を持ってるな。俺を金持ちと見抜くとは。そうだ。間違いなく、俺は金持ちのお坊ちゃんだ。だが、一つだけ間違ってるぞ。俺はおバカじゃない」

きぃ。

キャスター付きの椅子を回転させ、半眼のコウキを見下ろした千歳。

「藤堂。君は軍人だろう?」

コウキの紅い瞳が千歳をちらりと見て、直ぐに腕の包帯に視線を戻す。

「なんで?」

「だって、表向きはここは一般人の私有地となってるが、マンションも戸建ても、ここら一帯は軍が裏で買い上げている。用意周到に、昨日から交通規制掛けて無人にしてたってのに。……そんな所にいるのは軍人しかいないだろ?」

「俺、軍人に見える?」

「見えないな。でも、普通でもない。…………なぁ、どうしてあの子を誘拐した?あの子の誘拐以外にも、祭を誘き出す方法は他にいくらでもあったはずだ。なのに、君達は数多の方法の中でも、最も愚かな方法を選んだ」

コウキは無言で立ち上がり、千歳も立ち上がった。

二人は一定の距離を取って見詰め合う。

コウキは作業机からペーパーナイフを掴み、それを見た千歳も傍のペン立てからハサミを抜き取った。

「何故、政府に人質に取られていたあの子を誘拐した?我々も手を出せずにいたあの子を…………君達は何を考えている?」

「特別なことは何も考えてないよ。祭朔太郎(まつりさくたろう)は裏切り者。裏切り者を捕まえる為に、祭朔太郎の大事な義理の弟を誘拐して餌にした。政府に人質に取られてようが俺達には関係ない。最も食いつきそうな餌を選んだだけ。ところでさ、もしかしてそのド派手な洋服はアロハ?」

「え?…………あ……嗚呼。アロハシャツだが?」

銀色の刃を蛍光灯の光に反射させて、コウキが大きく踏み出す。

「っ!?」

千歳の顎の皮膚にめり込むペーパーナイフの刃。

コウキの首筋に触れるハサミの刃。

まるで時間が止まってしまったかのように、互いが互いに刃を向けたまま微動だにしない。

顔面に無感情を写すコウキに対し、千歳は額にどっと汗を掻いていた。

「千歳さんでしょう?この結界、解除してくんない?」

「…………断る!」

「じゃあ、いいの?顎から舌、上顎、鼻まで穴空いちゃっても?」

5ミリは更に食い込んだ。

それによって痛みを自覚すると同時に、千歳も腕を伸ばしてコウキの首筋に刃をめり込ませる。

「この結界を解除すれば、政府代理人があの子と君達を捕まえにやって来るぞ」

「この結界を解除すれば、あんたを人質にして俺は帰れる。さがさんは……本人の望みだからほっとこうかな」

「私の主を脅すなら、私があなたを殺します」

「……………………脅しただけでとか酷くない?」

コウキはペーパーナイフから手を離し、三歩下がった。千歳の足元で落ちたペーパーナイフがカランと音を起てる。

(みやび)……」

「千歳坊っちゃま、お怪我はしてませんか!?」

「あ、ああ……大丈夫。それより、あの子は……?」

「祭さんの所へ。安全な所にいます」

「良かった……」

「それより、どうして彼と?そもそも、あなたは何もせずに見守るだけと約束したはずでは?レイヴンも連れずに何してるんです?相川(あいかわ)君は?……あなたは自覚が無さ過ぎる!」

スニーカーから覗く踝から膝、太もも、腰、胸、肩、首、顔、頭……下から上まで、千歳の全身を素早く隈無くチェックすると、燕尾服の執事こと雅がコウキを睨んだ。コウキはフンと鼻を鳴らして腕を組む。

「レイヴンならここにいる」

千歳のシャツの襟首から顔を出したのは雀サイズの鴉だった。レイヴンはむすっとするコウキを両の黒目でじっと見詰める。それからグゥと低く鳴いて千歳の長髪の中へと潜っていった。

「相川は『ケリを付けて来ます』と言ってどこかへ行った」

「…………あの人は勝手なことを………………」

「あいちゃんならさがさんと一緒だよ」

「あいちゃん……?藤堂は相川の仲間か」

「仲間?冗談でしょ?あいちゃんは軍の裏切者。ううん。さがさんの裏切者。怒ったさがさんは誰にも止められない。もしかしたら、もう殺されちゃってるかもね」

「もういいよ。見逃してあげる」と言ったコウキは静かな足取りで振り返り、背後のドアノブを握る。千歳は自分を躊躇なく殺そうとしたコウキが「見逃す」と言ったことで分かりやすい安堵の表情を浮かべた。

が、

「見逃してあげる?それはこちらの台詞です。この戦力差が見えてないんですか?我々はあなた達をどうとも出来る。あなた達が用意した人質も我々の元にいる。寧ろ――」

「中立のスパイと知られたからには返すわけには、とか?でも大丈夫。俺達は裏切者しか粛清しない。他にもスパイをうちに忍ばせてるってなら…………いたりする?」

首を傾げて尋ねてくる様は挑発的で、雅は何も言わないが、白手袋をした手で拳を握る。その様子にコウキはつまらなさそうに溜め息を吐くと、ドアを開けた。

鈴虫の声が室内に響いてくる。

「………………雅、行かせろ」

「…………………………………………」

「どうも」

そして、コウキは軽く会釈して管理人室を出て行った。




雅は主人の前で舌打ちをすると、直ぐに気付いて窓の方へと向かった。千歳に背を向けるようにして窓の外を見る。

もうコウキの姿はなかった。

「雅、すまない」

「……………………いいえ」

「だが、あの子を……亮太(りょうた)君を取り戻すことが出来たんだ。今の俺達に軍とやり合う余裕はないし、あっちにだってそんな余裕はない。犠牲者が増えるだけで、不毛な争いだ」

千歳もそうは言ったものの、内心では雅の言う通りだった。

千歳の結界の下にいる今、一部の特殊な魔法属性の持ち主以外の者は魔法が全く使えなくなる。魔法だけでなく、武術にも長けている雅に千歳の加護が加わると、相手からすればチーターを前にしている気分だろう。かと言って、雅が手を出せば、軍と真っ向から対立することになる。それは中立の立場から外れる。

「分かっています」

「問題は相川……か。だが、彼は我を忘れるような奴じゃないと思うが」

「ええ。だからこそ、8年もの間、彼は軍内部に潜むスパイを探し出す側として、我々のスパイが目を付けられないよう情報を操作出来ていたんです」

「…………相川を失う訳にはいかなかったから、呼び戻したってのに…………(れん)の為にも……」

「蓮さんですか?……情報収集でも頼まれました?」

雅が執事面で千歳を振り返った。咄嗟に千歳が目を合わせないよう何でもない本棚を見る。しかし、雅の『執事面』とは何でもお見通しの面であり、千歳はそっぽを向きながらも、雅が主人に対して大層な呆れ顔をしているのはひしひしと伝わっていた。

「…………………………………………お前は怒るから言わない」

「その態度が大口開けて言っているのと同じです。……ここ最近、彼は(さくら)崇弥(たかや)の子息とつるんでるとか。そんな彼に無闇に情報提供などしないで下さいと、お伝えしたばかりと思いますが?」

「蓮と男の約束をしたのは、お前に言われる前だったんだ。それに、櫻も崇弥も本家筋の人間を軍に殺されてからは、大人しいじゃないか。親を奪った軍に俺達が不利になるようなことは言わないと思う……多分。何より、蓮には本当に世話になってるだろ?」

「……………………………………………………我々は優しいだけではダメなんですよ。中立は常に大多数の為にある。それをお忘れなきよう」

――もっと怒られると思っていた。

自信をなくして言葉尻が弱々しくなって行く千歳に、雅はくどくどとお説教を垂れることはなく、赤くなっていた千歳の顎を撫でてから部屋を出て行く。

雅が千歳を置いて行くことはないから、絶対にドアの向こうで静かに待っているだろうが、千歳は肩を落として、まだ震える足を休めるように傍のパイプ椅子に座った。彼は長い溜息の後で両手で顔を覆った。









通信を切ると、キーキーと猿のように五月蝿かった奴の声が消え、やっとこさ僕は万年馬鹿真面目な面しか見た事の無い裏切り者に集中出来た。

もうあのゴミ以下の彼が切り刻まれようが、コンクリ詰めにされようが、僕にはどうでも良かった。ただ、許されざる罪を犯した目の前の裏切り者を殺せれば、それだけで良かった。

「相楽さん」

「言ったろう!僕の名を呼ぶな、と!!」

赤の他人にも劣る裏切り者に名を呼ばれると、虫唾が走る。不愉快だ。それどころか、吐き気がしてくる。

裏切り者の相川は僕の態度に困り果てたような、殴り潰したくなる表情をし、それを隠すように深々と頭を下げた。

相変わらずナイフを握ったままの奴から謝罪の念など微塵も感じない。

「…………私は軍の裏切り者です」

「知ってる」

「中立の人間です」

「知ってる」

「祭さんは私達の仲間です」

「知ってる」

「あの時、祭さんを逃したのは偶然ではありません。」

「知ってる」

「祭さんは政府に人質を取られていました。彼は中立でありながら、政府のスパイに疑惑の目が向かないよう、スパイの中でも囮として動いていました」

「どうでもいい話だ。他人の為に、なんて愚かな感情を持ち合わせている奴が悪い。政府に目を付けられた時点で、奴にスパイの素質はない」

嗚呼、怒ったか。

顔を上げた相川は瞳の奥に微かに怒りの色を浮かべていた。しかし、それもあくまで深層心理で、だ。表立っては負の感情を顕にしない。

良く出来た裏切り者だ。馬鹿な祭とは大違い。

「………………私はそうは思いません。守るものがない者は容易く裏切ります」

「戯言だな。守るものがある奴こそ容易く裏切る。守るものがない奴はな、より条件が良い方に傾くだけ。対して、守るものがある奴は独自の物差しを持ってる。あやふやで曖昧で幻想的な、やれ愛だなんだを語るんだ」

『愛』の形、大きさ、重さ、質感……そんなの誰に分かる?

分かるわけがない。

「裏切りってのは信頼の上に成り立つ。そもそも守るものがない奴に信頼なんてない。より金のある奴に靡くし、より権力のある奴に靡く。だけど、守るものがある奴は金や権力なんて二の次だ。だから雇い主はそいつを信じるしかない。信頼するしかない。そして、一瞬で裏切られるんだ」

「……………………貴方には守るものがありませんか?」

それも戯言。

裏切り者の処分の任に僕が就いているのは――

「ない」

僕には守るものがないから。

ただ、僕が僕である為に、裏切り者を探して殺しているだけ。

誰も何も……もう信じない。


僕は徐に銃に実弾を装填した。魔法を全く使えないこの状況下で、魔法道具の弾を奴の心臓に当てても致命傷を与えられないからだ。裏切り者には確実な死を。

「お前が軍を裏切ろうが僕には大層どうでもいいこと」

「はい」

相川の足元から水が溢れてくる。そこに混じる赤黒い色。

月明りの下でも分かる。僕が撃った弾で負傷した足の傷の血が混じっていた。

しかし、桐の餓鬼を取り逃がしたのは痛い。一度でも相川の苦痛の顔を見れたのは幸いだが、桐の結界は厄介だ。

僕は魔法を使えないのに、桐の加護を持つ相川はこうして魔法を使えるのだから。

心なしか血の匂いをさせた水は竜巻のような流れを持ち、相川を守るように壁を築く。

「お前は僕を裏切った」

「……はい」

実弾に変えた銃は酷く重く感じる。

この弾は奴の水の壁を越せるかどうか。

越せなくても、奴を殺す道具は他にいくらでもある。

僕は銃身を相川の憎たらしい面に向けた。


「地獄に落ちろ、相川ッ!!!!」


僕はもう信じない。





夜空に銃声が響いた。






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