麦畑の少年(13)
「裕次は?」
「叔母さんを捨てたよ」
「何を言っているの?」
「おじさんは悪人で、叔母さんを騙してたんだよ」
家族連れや恋人同士がすれ違う中で、由宇麻は淡々と事実を告げる。
「叔母さんは愛されていなかったんだ。愛されることもないんだ」
美恵子は由宇麻のその顔を見てへなへなとその場にへたった。
「どーして…」
「おじさん、言ってたよ。おじさんは離婚した女の人につけこんで愛想振り撒いて、サービスして騙すんだって」
「裕次…愛してるって…」
「おじさんの売りは優しさだって」
そこが限界だったらしい。
美恵子はヒステリーに喚き泣き出した。周囲の人間が遠巻きに見る。
「なんで…なんで!」
「お気の毒様です。でも、愛想もサービスもしてもらって良かった―」
「黙って!!」
怒鳴られて由宇麻は後退りした。
美恵子はなおも泣き叫ぶ。そして、
「あんたのせいよ!」
彼女は由宇麻を睨み付けた。由宇麻はぴくりと背筋を震わせると、美恵子を見詰める。
「何よ!何よ、その目!!あんたが、あんたがいるから!」
公衆の面前で叫ばれる罵倒。周囲は同情から迷惑へと変わり、由宇麻を気の毒そうに見た。
幼い彼の胸元を押さえる手は震え、彼はその場に立ち尽くす。
「なんで生まれてきたのよ!なんで死ななかったのよ!どうして…どうして貴方なの…どうして私の子は貴方なの…」
生を否定された由宇麻が踞った。
ずっと握り締めていたらしい遊園地の入園チケットが彼の手から地に落ち、俯く美恵子の涙に濡れる。それを濡れた瞳で見た彼女は由宇麻の前髪を掴んだ。
「どうして!答えなさいよ!!」
胸を激しく上下させる彼は薄目を開けて、喘ぎながら答える。
「知ら…ないよ…ぼく…は…アナタの子じゃ…ないから」
徐々に見開かれる美恵子の瞳。枯草色のその瞳は由宇麻の枯草色の髪を見詰め、平手が高く上がった。
そして、彼女の手のひらは由宇麻の白い頬を叩いた。
パシッ―…。
溜まっていた雫と供に彼の頬に赤い跡を付けた美恵子は立ち上がる。
「私は…母親…失格ね…」
彼女はフラりと上半身を揺らすとただ前を見て歩き出した。
茫然とする由宇麻を置いて…。
「由宇麻君!!!!」
加賀は遊園地内の医務室のベッドに横たわる彼を抱き締めた。
「せん…せ?」
「ごめん…ごめんね、由宇麻君」
ぽーっとした顔の由宇麻は加賀の肩に顎を乗せてじっとする。そして、備え付けの縦長の大鏡を見詰めた彼は自らの頬に赤い跡を見付けて首を傾げた。
「加賀先生…」
「なんだい?」
「ぼくは…哀しい人を見たんだ…とても哀しい人を…ぼくは…その人が笑うところを見てみたいと思ったんだ…もう一度…見てみたいと思ったんだ…」
少年はそう呟き、頬の跡を撫でる手に雫が流れた。
…―麦畑の少年は泣いていた―…