表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
369/400

裏切りと正義(2)

今日は散々だった。

本番2時間前のリハで照明器具の不具合が発覚。

あーだこーだの挙句に原因は電球の寿命と判明。おねー様方に新しい電球を調達してこいと言われ、近くのホームセンターまで車を飛ばした。そして、店内を着物姿で帆走し、好奇の目に晒されながらやっとの思いで換えの電球を買うと、今度は車のガソリン残量が赤色ランプ状態で、俺はリスクを回避する為にタクシーを呼んだ。タクシーでは一息付けたが、戻れば、本番10分前。前髪を引っ掴まれながら楽屋で煌びやかな格好のおねー様方にあれやこれやと化粧させられ、流れ作業のように舞台に出た。そして、俺が買ってきた電球も含めて、照明の眩しさにクラクラしながらも俺は必死に舞ったのだ。

でだ。

置いてきた車を取りにまたタクシーに乗り込み、給油して舞台ホールに帰ってきたのが2時間前。帰宅の途に着く女性陣をこれまた車でエスコートし、ショッピングモールのフードコートで昼食兼夜食を取り、自宅に着いたのが30分前。シャワーを浴び、お湯を沸かし、湯呑みに緑茶を淹れ、ソファーに寝転んだのが今。

テレビのリモコンを手に取ると、画面にはもの寂しい雰囲気の漂う旅行番組が映る。直ぐにチャンネルを替えるが、映るのは芸能人同士が身内話に花を咲かせている番組ばかり。何が楽しくて、せいぜい名前しか知らない人間達の話を聞かなくてはいけないのだ。逆に、個人的なネタで笑っている画面の中の人間達を前に、一体どこに笑える要素があったのか分からなくて一人取り残される感じにほとほと嫌になる。

今の自分に味方はいない。独りぼっちなのを身に染みて感じるのだ。

「はぁ…………疲れた」

テレビを消し、ぼーっと天井を見上げる。

明日は少しだけ時間に余裕がある。だけど、することもないし、今日は夜更かしせずにもう寝て、朝早く起きて走りにでも行くかな……。

俺は床に落ちていたタオルケットを腰まで引き上げた。別に和室に行けば、押し入れに煎餅布団があるが、ハッキリ言ってわざわざ寝室を整える気力がない。ここで寝れば、次の日のコンディションは言うまでもないことになるのは分かっているが。朝走ればマシになるだろう。

「もうダメ……寝よう……」

その前に部屋の電気を消さないとな。


あんばっ、あんばっ、あんばっばー、あんあんあんばっばっば……――


マジで勘弁。

百歩譲ってあんばださーシリーズの狂気的ファンらしい崇弥洸祈(たかやこうき)の仕業だろうが、この着メロはどうにかして欲しい。

仕事の都合上、俺は着物でいることが多く、スマホは鞄や机の上だったりと、身に付けていないことが多々ある。そうなると、バイブレーション設定だと着信が来ていることに気付かない可能性がある為、どうしても着信音が欲しいのだ。

機械も強そうなオタクの二之宮(にのみや)には勿論、恥を忍んで頼んだことがあるが、「君が、僕に、頼み事ねぇ……あの君が、この僕に、頼み事……いや、できるけど、君のお気持ち次第かな」と悪代官役にお似合いの顔で返された。勿論、俺は秒速でお断りした。

あいつみたいのがいるから、俺の中のインテリオタクへのイメージが悪くなるんだ。世界のインテリオタクに謝れ。

――そうじゃない。

「こんな時間に誰だろう」

気味の悪い着メロを早く止めたくて、俺は画面も見ずに通話ボタンを押した。




陽季(はるき)?』

「…………………………え……」

我ながら素っ頓狂な声が出てしまった。

別に電話の相手が赤の他人だったとかではない。ドスの聞いた声とかでもない。

さも、友人か……恋人のように、崇弥洸祈の声だ。

「……崇弥……洸祈…………?」

『改まってどうしたの?俺だけど……?』

「え……洸祈………………じゃなくて、何で電話…………」

繋がらないんじゃ……そもそも、何でこうも気軽に電話が来るわけ?


カツン……カツン……。


薄暗い廊下の向こう、玄関ドアの向こう。

アパートの合金の階段を踵が踏み鳴らす音が聞こえる。住民の誰かの足音だろう。

『コツ……コツ……』

電話口の向こうからも足音が。彼は外にいるようだ。

「洸祈…………」

『んー?』

呑気な声で彼は返してくれる。はぁ……と優しい吐息が聞こえた。

「どうして電話してくれたの?」

『何で?いつも電話してるじゃん。寂しー時は24時間電話回線開通させてるって言ったの陽季だろう?』

「そう……なの?」

覚えてない。

でも、俺なら言ったりするかも。我ながら、キザったらしいところがあるから。

『何か変だよ?陽季、疲れてる?電話邪魔だった?』

「邪魔じゃない。ただ…………長い……長い間……悪夢を見ていた気がして…………」

『ホラー映画見たんでしょ?だから悪夢を見るんだ。陽季は怖がりだなぁ』

違うんだ。怖い夢なのは確かだが、俺が見ていた夢は……お前を失う夢。

底なし沼に堕ちるような、ゆっくりと確実にじわじわと防ぐ手段もなく侵食されていく感覚になる夢。

「洸祈…………会いたい」

俺は心の奥底でそんな願いは叶うはずがないと分かっていながら、それでも言わずにはいられなかった。

会いたい。

洸祈に会いたい。

『…………いいよ。一人ぼっちだと怖いんでしょ?本当に、陽季は俺が居ないとダメ男なんだから。でもだいじょーぶ、そんな事だろうと思って、ただ今はるのお宅へ向かっておりまーす。ちゃんとおもてなしの準備は出来てるよね?』

「…………俺の家って……ここ?」

『会いたいって言ったじゃん。陽季の部屋、電気付いてるけど、もしかしていないの?』

「え…………あ、今どこにいる?」

俺はかったるい体を起こしてカーテンの隙間から外を覗いた。

アパート横の道路は無人だ。チカチカする電灯で哀愁が漂っている。


コンコン。


『ここー』

玄関ドアが叩かれる音。

「嘘……だろ…………」

だって……どんな顔して会えばいい。てか、二之宮に連絡……。

でも、洸祈との通話を切ってはいけない――俺は本能的にそう感じていた。

『はる、開けてー』

「っ、待ってろ!」

俺はもう洸祈以外のことがどうでも良くなっていた。

洸祈が何を考え、俺達の前から姿を消したのか。

洸祈は何故、今日この時間に俺に会いに来たのか。

ブランケットを跳ね除け、脛をテーブルの角にぶつけながら玄関ドアへと走った。

『ちょっ、はる、何か凄い音したよ?大丈夫?そんなに焦んなくていいのに』

「大丈夫だ!」

弁慶さんも泣いたのだ。勿論、猛烈に痛かったけど、興奮状態の俺は痛み以上に、ただただ直ぐに洸祈に会いたい衝動で動いていた。


「あ……れ……」


おかしい。

リビングから玄関までの距離なんてたかが知れてる。と言うか、ドアは目の前に見えているのだ。

なのに、ドアに辿り着けない。

俺は確かに走ってる。なのに、辿り着けない。

『はる?まだ?』

「今、走ってる!待ってろ!」

『走ってるって、家の中で?ランニングマシンでも買った?』

「んなわけあるか!馬鹿!…………あ」

『…………馬鹿?何で?俺、馬鹿な発言してる?馬鹿は陽季じゃん』

今のは俺が悪い。

が、俺は馬鹿じゃない。

「なんで……っ、洸祈!」

『うへっ!?あ、あいっ!……怒った?』

どうして……着けない。500メートルは走った。なのに着けないのは――

「…………お前の仕業か?」

『え?』

「俺が…………忘れたから……」

もう走れない。

体力的に限界なんじゃない。走ろうと思えば5キロは軽く走れる。でも、いくら走ったって意味はない。それぐらい馬鹿じゃないから分かる。

『約束、したんだよ。俺と、あなたは、約束した』

キィ……。

蝶番が軋む音がし、薄く開いた玄関ドアの隙間から味気のない向かいの家の壁面が見え、洸祈が立っていた。臙脂色の長袖シャツに黒のボトムス姿。

洸祈は手にした携帯電話をゆっくり閉じて胸ポケットに仕舞った。

ツーツー。

スマホからは無機質で単調な音。

「ねぇ、忘れた?」

洸祈が少しだけ首を傾けて微笑む。夜闇に現れた1匹のホタルの灯のように、細やかでも幸せな気持ちにさせてくれる笑み。

「汝、市橋海(いちはしうみ)。あなたは健やかなる時も病める時も……」

「………………常にこの男、崇弥洸祈を愛し、敬い、守り、助け、その命尽きるまで彼と共に歩むことを誓いますか……」

「うん。それそれ」

僅かに頬を染め、洸祈はこくこくと頷く。

俺は洸祈を愛し、尊重し、守り、助ける。そして、その命が尽きるまで、洸祈の隣で歩み続ける。

永久の約束をした……はず。

董子(とうこ)さんが撮っていたビデオには汗だくで今にも失神しそうな俺の姿が映っていた。そして、洸祈の「誓います」の言葉を聞いた瞬間、泣し出す始末。無様で滑稽で……それでも俺は我ながら人生で最大の幸福の中にいるのは分かった。

きっと俺にはもうあんな顔は出来ない。

「陽季、あなたが何故、俺に会えないのか。それはね、あなたが俺を忘れたから」

「……っ………………だって……!」

お前が消した。俺達の記憶を奪った。思い出せるならなんだってする覚悟があるんだ。

「――ううん。いいんだ……いいんだよ。忘れて……いいんだ」

「…………何……言って…………」

微笑みは満面の笑みに。

洸祈は肩を竦めて、女神様がいたらこんな笑い方だろうって笑顔を見せた。

忘れてしまった愚かな俺を、何もかもを許す笑み。

「もう俺のことで苦しまないで。素敵な人を見つけてよ」

「いない!そんな奴はお前の他にいないんだ!」

俺はちょこっとだけ有名人だから、しばしばファンレターを貰う。嘘か本気かは分からないが、ラブレターだって少なからずある。

洸祈を忘れていた時もファンレターやラブレターを貰っていた。だけど、俺は誰のどの言葉にも物足りなく思っていた。そんな褒め言葉じゃ……そんな愛の言葉じゃ……足りない。

洸祈の存在を知ってからは益々、どんな称賛も、予め用意された台本の台詞のようにしか感じない。はっきり言って、ただのお世辞にしか聞こえない。

だから分かる。

それほどに洸祈は俺の多くを占めていた。

覚えてないのに、届かないと分かっているのに――俺は洸祈を抱き締めたい。それに、彼を抱き締めた時にどんな感触がするのかは、この体が覚えている気がする。少し固くて、でも、擦り付けてくる頬は柔らかくて、温かい。相当の変態なのは、誰に言われずども俺自身が分かっている。

「何それ……はるは覚えてないのに俺が一番なの?もしかしたら、本当は二番とか三番とかかもしれないのに?」

「俺を二番や三番と結婚するような奴だと思ってるのか!?」

「……………………」

洸祈が俺を睨んだ。

だがあれは怒りじゃない。我儘が通じなくて拗ねているお子ちゃまの顔。

なんとなく分かる。

「俺はお前が何と言おうと、お前を追い掛ける。俺が忘れたから会えないってんなら、俺は死ぬ気でお前を思い出す。だから、今は逃げてろ」

「は?」

首を傾げてぽかんと口を開ける洸祈。

俺が残していた動画にもあったっけ。

水族館デートで俺が『ウツボってお前みたい』って言った時の洸祈の表情にそっくりだ。『自宅警備員なとこがさ』と追加すれば、彼は直ぐに『俺、ここまで怠け者じゃないから』と頬を膨らませていた。

「息抜きに逃げてろ。逃げて逃げて、俺未満の奴らと満たされない恋愛してろ」

ただし、たとえ俺が記憶喪失だとしても、乳繰り合う以上の行為に及んだら、洸祈以外はアソコをへし折る。洸祈は……小鳥のように鳴いてもらうしかないな。

――とは言わないが。

「で、俺はお前との記憶を隅から隅まで思い出す。そしたら覚悟しろ。お前は俺のものだ。絶対に捕まえる」

勘違いしないで欲しいが、道具としてではない。

洸祈は俺の人生だった。

俺の人生は俺のもの。

だから、洸祈は俺のもの。そして、俺は洸祈のもの。

「………………それ、ストーカーだよね?相手のこと無視してる、頭がお花畑の自分勝手なストーカーの発言だよ?相当、イタイこと言ってるよ?」

「ああ。俺はイタイ人間だ」

今は許す。

洸祈が目の前にいて、指の爪の先でですら触れさせて貰えないのは悔し過ぎて咽び泣きたいぐらいだが、これも試練。

人生には試練が付き物だ。

「…………お前は俺にばかり問い掛けてくるな」

自分(洸祈)を今も愛している?と。

そんな問い掛けに、俺の答えは決まってるんだ。それは絶対に覆らない答え。

「俺は俺を信じる。お前を選んだ、愛した俺を」

寧ろ、すべき問い掛けは……――


「だから、洸祈。お前は俺を愛してるか?」


大切なのはお前の気持ちなんだ。


洸祈はいくらかの間、口を開けて突っ立っていた。

口を開いて閉じて、声にならない声が俺に何かを伝えようとする。

そして、静かに頬に涙を伝わらせた。

しかめっ面で。

言いたいことを言葉に出来ない自分への憤りと悲しみを見た気がした。

「分かんないよ……」

ぼそり。

「はる、離れたくない。ずっとずっと死ぬまで……死んでも、何も無くなっても陽季の隣にいたい」

洸祈が俯き、小さな雫が床のコンクリートに染みを作る。

「だけど、俺は陽季を苦しめるから……皆を苦しめるから……もう忘れて欲しい…………」

とんだ自己中野郎だと思った。だけど、そんなイラッとさせてくる洸祈のことをこれでもかと愛していたのはやはり、洸祈もこれでもかと俺を愛してくれていたから。

真っ直ぐな気持ちで、俺と永遠を誓ってくれた洸祈だから。

「分かった。……俺はお前を信じるよ。誰でもない俺を選んだ、誰でもない俺を愛してくれたお前を。だから、忘れるなんて絶対に出来ない」

「…………っ……はるは……酷いや………………思い出してくれないのに…………俺を忘れてくれない………………」

俺も相当の自己中野郎なんでね。

呆れ疲れた顔に諦めを……そして、慈しみの表情を見せた洸祈。

「はるはマゾだなぁ。苦しいのが好きなんだから……いいよ。俺を追いかけて存分に苦しめばいい」

「言ってくれるなぁ……」

「苦しんで絶望して…………どん底に落ちて……俺のことを忘れてしまえばいいんだ」

悪魔の微笑み――名前を付けるならそれが一番合っているだろう。

ころころと表情を替える割に、その心の奥底に愉悦を抱えている男。

どうやら俺は誘惑上手な腹黒悪魔と契約させられていたみたいだ。


結婚という永遠の契約を。


洸祈は泣きながら腹を抱えて笑い出すと、笑い声の合間に「馬鹿な人だ」と囁いて玄関ドアを押さえる手を離した。



「洸祈、行くなっ!!!!」



勿論、洸祈は俺を待ってくれなどしない。俺が追い掛けるしかないのだ。

ドアはバタンと音を立てて閉じた。









『綺麗な白銀だ。これは珍しい』

闇に白い手が現れ、俺の頬に触れる。

すべすべとしたそれは多分、おねー様の手なのだろうが、俺は異常なまでの手のひらの冷たさに、転げる様に後ろへと逃げていた。あれは死人の手だ。

『おやおや』

手の主は全力で逃げられた事に傷付く様子もなく、寧ろ、俺の反応を面白がる口振りでパンパンと手を叩く。


そもそもここはどこなんだ。


光を探して振り返れば、雲の隙間から月が見えていた。

家々の生垣に囲まれる細い路地に俺は突っ立っているのが分かる。

肩掛け鞄からは財布、扇子、タオル、飲み掛けのペットボトル、メモ、ボールペン、鍵――いつも通りの重みを感じた。

尻ポケットにはスマホだ。

今は夜で外。仕事終わりには違いないが……何か長い夢を見ていたようで、ここに俺が立っている経緯が全く思い出せない。

『貴方はまた随分と大きな穴が空いている。…………大きな大きな忘れ物をしているようだ』

「誰だ!」

声の高さから女だろうが、抑揚のない、心を感じない声が闇から聞こえてくる。

悪質な俺のファン……自意識過剰だろうか。だが、知らない声の女に顔を触られれば、普通の相手でないことは分かる。初対面でそこまでフレンドリーな奴は、俺が出会ってきた日本人の中ではいない。

日本人じゃないのかもしれないが。

『私はアリアス・ウィルヘルム。貴方にとってはただの通りすがりだよ』

アリアスさんなんて外国人さんは知らない。流暢な日本語を話すし、芸名か?

お茶の間のテレビに出させてもらった時に会った誰かとか?だが、本人が「通りすがり」と言っているのだから、初めて会う人なのだろう。

「………………俺に何か用?」

『用?……そうだね。私と共に来てくれないか?』

「仕事の依頼はうちの団長に言ってくれない?」

お子様じゃないのだから、名乗っただけの人間について行くはずがない。いや、お子様も飴なしではついては行くまい。

『来てくれれば、貴方の忘れ物を見つけてあげよう』

「忘れ物?」

俺は鞄に手を入れ、手探りで落し物をしてないか確かめる。

しかし、さして中身に変更のない俺としては、無いものに覚えがない。

今の俺に無いものは――


『崇弥洸祈。貴方の忘れ物』


電球の切れた電柱の影から現れたのは、黒ずくめの女。

黒い靴に黒いズボン、黒い長袖、黒髪、黒目。

不敵な笑みを浮かべる長身の女。

「何故、彼奴の名前を……!」

崇弥洸祈の記憶は地球上の全ての人間から消されたはずだ。俺達みたいに写真などの映像として残して無ければ、その存在すらも分からないはず。

『簡単な話だよ。私は貴方の忘れ物を見付けられる。それが全ての答え』

この女は崇弥洸祈を知っている。そして、崇弥洸祈が俺の忘れ物であることも。

俺が今持っているツテの何よりも、誰よりも、この女は崇弥洸祈に近い。

「…………………………お前に付いて行けば……」

崇弥洸祈に会える。

二之宮の報告を待つだけの俺にとって、またとないチャンス。

だけど、猛烈に怪しい。

知らない人には付いて行っちゃ駄目なのは重々承知してるけど……飴が…………目の前にぶら下げられた飴が……極上過ぎる。

真っ赤なルージュが引かれた唇がニタリと引き延ばされ、妖艶な笑みを称えながら真っ赤なマニュキュアの塗られた手がくるりと返されて、白い手のひらが俺に向いた。

俺は洸祈にまた会えるのなら何だってする――だから、いくら怪しかろうと俺はこの女に付いて行かなくてはいけない。

『来ないのかい?』

「…………………………俺は……洸祈に会いたい……」

『ならば』

「俺は…………あんたと行く」

向かうは地獄の先だろうと、そこに洸祈がいるのなら行く。

俺は氷のように冷たい女の手に右手を乗せた。

グウウゥ……。

「…………………………え……」

『嗚呼、君か』

ゴロゴロと喉を鳴らした四本足の獣が向き合う俺達の横に居た。

「っ、何!?」

三角耳にフサフサの尾。かと言って、大型犬の比ではない。

昔、どこかの博物館で見たヒグマの剥製とほぼ同じ大きさ。それに、白い毛とあの鋭い目付きは、犬と言うよりは――

「――お、狼……!?」

どデカい如何にもな肉食獣に真横で唸られ、俺は腰が引けてしまう。しかし、女の手が俺の手首を強く握るから動けない。

『鼻が良いんだから』

剥き出しの牙を月明かりにギラギラと光らせる獣を前にして、女は悲鳴を上げるどころか、心做しか逆にこの状況に愉しそうにしている。寧ろ、狼に話し掛ける姿は旧知の友に会ったと言わんばかりだ。

「お前の仲間か……!?」

やっぱり、罠なんだ。俺に価値なんて微塵も無いだろうが、これは俺を殺すための罠だ。

『いいや。彼女達は君の仲間だよ』

「?」

俺の聞き間違いだろうか。

女は俺に獣の知り合いがいるなんて言う。

だが、俺にはそんな知り合いはいない。街中に野生の狼が出現することは無いだろうから、不思議な事の代名詞である魔法関連の生物。確か、魔獣と言うんだっけ。それに違いない。

俺に魔法使いの知り合いは二之宮とか……用心屋の皆。

『ご主人様の匂いは覚えているという事か。そんな貴方には是非とも私達と共に来て欲しかったが…………番犬に噛み付かれるのは遠慮したいからね』

女が俺の腕を突然放した。

その勢いで俺は獣の方へと転がる。

薄目を開けると、雲の掛かるだけの特徴のない半月が。それと、もふもふ。

「……食べないで……」

なんて言ってみたところで、獣はズンと前進し、俺の視界は完全にもふもふの腹の毛に奪われる。本心では逃げたい一心だが、動けば前足に顔面を踏みつぶされかねない。

狼が呼吸するたびに俺の頬を狼の温もりの籠る毛がわさわさと撫で、少し擽ったい。

『君達は本当に律儀だな。手酷く捨てられたと言うのに、お座りしてずっと待っているのだから。嗚呼、愚かな犬だ』

今のはきっとこの獣への侮辱だ。

狼に日本語が通じるのかは分からないが、ゴロゴロと低い音で唸る狼は彼女の声に、より大きく低くおどろおどろしく唸った。

だが、俺はそれが怒りからと言うより、悲しみや自分の無力さから来ている――そう感じた。

狼の言葉なんて分からない。そもそも、そう言った感情を持ち合わせているのかも知らない。だが、俺には狼が……彼女が、酷く後悔しているのを感じたのだ。

……………………なんか、怖くなくなったかも。

俺はもふもふの腹毛をそっと撫でた。

ビクリと獅子が震え、それに対して俺も驚きから震えてしまう。

『教えてあげるよ、青年』

しばしの黙考の後で、これは俺への台詞と理解した。

『洸祈は長くない』

長くない、それは長い短いの長いだろう。だが、身長じゃない。「誰々は長くない」――その使い方は寿命のことだ。

洸祈の寿命は長くない。

彼女はそう言いたいのか?

「どういう……」

まだ狼の腹に敷かれて奴の表情は見えないが、笑顔なのは分かった。

なんせ、彼女は鈴のように軽く声高々に笑うのだ。

『あなたの知る洸祈は女が他の魂の上に被せただけのハリボテ人形だからね』

なんだよそれ。言っていい事と悪い事があるだろ。

通りすがりに「お前は間もなく死ぬ」と言われるぐらい、失礼で腹の立つ言葉である。

お前は何様だよ。

確かに、この世には魔法があるけど、命を作ったりはしない。命を作るのは父親や母親だ。魔法使いじゃない。

『私の言葉を信じずとも良いさ。だけどね、彼は誰かの何かであることによって自身を保って来た。それを今回、彼は自ら断ち切った。もう彼を知る者も、求める者もいない。上辺だけの彼と体の本当の持ち主。どちらが勝つのやら』

「……………………」

信じない。

俺は絶対に信じない。

洸祈はハリボテだとか、造られたお人形さんだとか、そんなのは信じない。

だけど、俺は駄目だった。

赤の他人の戯言を無視出来なかった。

俺は肩肘を突き、職業柄柔軟な身体で狼の腹から這い出る。

『おや』

煽って起きながら、わざとらしく驚いて見せる女。

「お前が洸祈の居場所を言えばいい」

俺は扇子を女の喉元に向けた。

仕事道具で人を傷付けるなんて度胸はない。だが、それらしい武器が俺には扇子しかなかったのだ。

脅しになればいい。女が怖がって洸祈に関する情報を漏らせば、それだけでいい。

『それで脅しているつもりかな?仰ぐだけの道具で喉を潰すのかい?』

目を細め、右の人差し指と中指で俺の扇子を挟んだ女。

真意が丸見えの為、俺は潔く扇子を引っ込めようとしたが、ビクともしない。冗談でも誇張でも無い。まるでコンクリートに刺さったまま固まってしまったかのようにほんの少しも動かないのだ。

「っ!どうなってんだ!」

『間違ってはいないね。手加減など考えず、殺そうとだけ思えば……』

パキり。

枝の折れる音と共に、扇子が前へと引かれ、意地になっていた俺は女の方へ。しかし、咄嗟に踏ん張れば俺は立っていられたはずだったのだ。

女が扇子から離した指で俺の右腕を掴み、捻りあげなければ。

「いっ!?」

背に添わせる形で右腕を捻られ、どういう原理か、動かそうとすればする程痛みが増す仕組みになっていた。

『この枝切れ1本であなたは死ぬんだ』

小枝かと思えば、幹周り5センチはありそうな割と太い枝が俺の喉に向いていた。乱暴に折られたそこは鋭く、切れ味は悪いが、嬲り殺すだけであれば十分な能力は備えているように見えた。

「俺は何も持ってないっ!洸祈の記憶だって!俺を殺したって何も得られないぞ!」

一度は女を脅しておきながら、大層な厚顔だが、俺は直ぐに女には敵わないと察して命乞いを始めた。

俺はこんな所で死ぬ訳にはいかない。

女だって死体の処理に困るだろうから、俺が馬鹿みたいに謝れば、嫌気がさして逃がしてくれるはず。

しかし、女は嘲笑うどころか、闇しか見えない氷に似た瞳で俺をじろりと見下ろした。

俺は心臓が萎縮するのをリアルに感じた。

怖い……こんなの獣の比じゃない。

俺と女の前で道路に鋭い爪を立てながら、牙を剥き出しにして唸る白銀の獣に恐怖など感じない。

怖いのはこの女だ。同じ人間……だろう?

『大丈夫。今はまだ殺さない。あなたは重要人物だからね。だから、彼の前で鮮やかな死を用意してあげよう』

何を言ってるんだ。この女は。

『今度こそ、彼には何もかもを思い出してもらう。そうすれば、“あの女”は私達の前に現れざるをおえなくなる』

「あの女……?」

女の気配が強くなり、女の髪が俺の首筋を流れるのを感じた。そして、自然の風と間違えそうなぐらい冷たくて弱い吐息と共に『あの空の向こう。私達を高みから見下ろす、自称、神様だよ』と俺の耳に囁いた。

『あの女は呪いを掛けた。この世界を永遠にした』

「神様なんていない」

もし居たとしても、神様は誰に何も施さない。幸せをくれるなら、悲しみに泣く奴なんて存在しない。不幸せをくれるなら、嬉しさに笑う奴なんて存在しない。

『それじゃあ、神様がもしも居たとしてだ。神様がたった一人の為に、世界を動かしているとしたら?つまりはこの世界のたった一人を贔屓していたら?特別扱いしていたら?あなたはどう思う?許せる?』

「……………………」

『洸祈がそのたった一人だったら?』

「…………俺が記憶を失うのも、神様が洸祈のお願いを叶えたからってか?……馬鹿馬鹿しい」

神様に愛されてたんなら、大豪邸の金持ちの家に生まれて、何不自由なく生きて、お金持ちの美女と結婚してる。男で学もない俺なんか見向きもされなかった。そもそも寿命やあらゆる負の感情があるヒトになりたがるだろうか。案外、人外の方が幸せなのかもしれない。

『まぁ、彼も被害者なんだけどね。だけど、私は神様にそろそろ退場して貰いたい。この終わらない物語を終わらせたいんだ』

その時だった。

冷静沈着、能面のような、感情を彼方に捨てて来た女の語気が僅かに強くなった。

『あの女には失う苦しみを味合わせなければ、私の気が済まない』

彼女の言葉は俺に向けてでは無い。

一種の怨みだろうか。“あの女”に向けられた根深い怒りを見た気がした。

かと言って、この女が俺を捉え、殺そうとしている事に変わりはない。少し動くだけで腕には激痛だし、枝先は俺の喉仏をグイグイと押して来て、多分、若干切れてる。

このまま女に捕まっていたら、洸祈に会えた途端殺される。脅しではなく本気なのはこれまでの女の態度から明らかだ。

女はじりじりと俺を後方へと引っ張り、白い獣も合わせるようににじり寄って来る。逃げ場がない。

更に不幸な事に、女の背後に黒塗りの車が見えてくる。月明かりにボディがキラキラと輝いていた。

用意周到なことに、運転席に誰かいる。

そもそもの話、これは俺の誘拐が目的……俺は怪しさをオープンにした誘拐犯に付いてこうとしてたなんて、阿呆過ぎる。

「洸祈は白魔法を使ったんだろ?思い出す方法も見つかってない魔法だ。俺が洸祈の目の前で殺されたって、きっと洸祈は知らん顔だぞ?」

なんでこの人殺されてんの?意味わかんない。怖いんだけど。――きっとそれぐらいの反応だ。まぁ、目の前で唐突に殺人事件が起きれば、悲鳴ぐらいはあげるかもしれないが。

『それはやって見なければ分からないことだよ』

確かに、そうだが!

ラットを使った動物実験みたいな言い方をしないで欲しいな!

「嫌だ!俺は無駄死になんて真っ平御免なんだよ!」

『だけど、誰かが彼の犠牲にならないと』

お前が犠牲になれよ!とは言えない。そろそろ自重しないと腕一本ぐらいは持っていかれかねない。

もう誰でも良いから助けて……。


あんばっ、あんばっ、あんばっば――


『!』

女が驚いた。

俺も驚いた。

こんな非常時に非常識な着メロとか、誰だって驚く。

くぅ!

ほら、さっきの獣も子犬みたいな悲鳴を……。

「うわっ!」

あの白い獣とは違う。黒色のもふもふの子犬が俺の腹に飛び込んで来た。俺はバランスを崩し、女に凭れ、女も革靴の踵をカタカタと鳴らす。

「アリアスさん!」

若い男が車のドアを開けて出て来る音がした。

そして、

「陽季さんから離れてくださいっ!!」

聞き慣れた少女の声だったが、咄嗟に名前が出て来なかった。

白い狼とか黒い子犬とか、意味不明な横暴女とか……取り敢えず、色々多過ぎて俺の頭はパンクしていた。

唯一できたことは緩んだ女の腕からもがき出ることだった。

いや、胸の可愛らしい子犬も抱えたままで、もだ。

前にずっこけながら、どうにか悲鳴をあげる股関節の痛みを堪えて大股で進む。女の指が首筋を掠めた気がしたが、間一髪で逃れた。

くぅん。

切なげな子犬の声を聞きつつ、女と距離を置いたところで片手をアスファルトに突くと、赤い靴が視界に入った。

「え…………琉雨(るう)……ちゃん?」

「旦那様の大切な人に手出しはさせません!」

赤い靴に白い靴下、赤色と緑色のチェック柄のミニスカート、白いブラウス。赤いハートのヘアピン。

はっきり言おう。彼女は天使だ。

琉雨ちゃんが歯茎を剥き出しにして唸る完全に臨戦態勢の獣の隣に立っていた。

「え……危ない……よ……」

「あなたは何者ですか!」

彼女は俺を守るように俺と女の間へ。正直、少女対冷酷(に見える)女では、琉雨ちゃんの身が危ぶまれて止まない。きっとこの女は他の女や子供、老人、どこのお偉いさんだろうと、殺そうと思ったら殺す人間だ。

「アリアスさん、下がってください」

『いい』

「ですが、彼女は……」

『分かっている。――君はもう一人の契約魔獣か』

もう一人?

琉雨ちゃんは洸祈の契約魔獣だろう?

それよりも、彼女は洸祈と僅かに繋がっている契約を介して魔力供給を受けており、お店の中でのみ妖精さんの姿で。外では姿を維持できないとのことだった。つい最近は魔力が安定してきたとのことで、お店の中では少女姿の彼女を見れるようになっていたが。

今は外で、それも少女姿でって。

『そうだね。自己紹介が先だ。私はアリアス。アリアス・ウィルヘルム。彼を誘拐しようとした誘拐未遂犯だ。で、あなたは何者だ?』

「ルーは旦那様の護鳥。旦那様の大切な人を傷付けようとするあなたの敵です!」

琉雨ちゃんは堂々としていた。

それは護鳥としての当然の台詞ではなく、洸祈を想う一個人としての熱い想いだと言うのは、普段おしとやかな彼女が発する語気に十分に籠っていた。

『リク、帰るよ』

「え!?あ、アリアスさん?」

俺が地面に寝転がりながら、背後を見ると、女はすっと踵を返す。車の前に立つ青年――リクと言うようだが――は女の気の変わりように驚く。

琉雨ちゃんの圧力に負けて……とかではないと思うが。

『彼女は良い起爆剤になりそうだ。こちらから動かずとも、彼女がやってくれるよ』

「え……?」

『それに、彼女の相手は今は遠慮したい』

なんだろう。

まだ残暑のはず。

なのに何故、こんなにも急に空気が冷たくなる。

日が落ちたとかならまだしも、既に日は落ちていた。なのに、まるですぐ隣で冷蔵庫の扉を開けっ放しにされている気分だ。

「琉雨ちゃん……」

いや、冷蔵庫は彼女だ。

俺は察するのが苦手な奴だが、背を向ける彼女の背中からは抑えきれていない負のオーラを感じた。

洸祈のことが大好きな彼女だから、洸祈と結婚式を挙げたらしい俺が誘拐されそうになって怒ったのは分かる。しかし、今のは違う。怒りのその先、深くて根深い――憎しみ?

俺は少女の真意を確かめたい反面、今の彼女の表情を見るのはとても恐ろしく思えた。琉雨ちゃんと対峙する青年はあからさまに目線をきつくして睨んでいる。

女は帰ると言っているのだから、俺としてはこれ以上深追いはせずに、穏便に済ませたいところだが、多分、琉雨ちゃんがそれを許していない。

『まぁ、君がどうしてもと言うのなら、相手をしてあげなくもないよ』

駄目だ。

もう帰るんだ。

女がゆっくりと振り返る。

このままでは……。

「琉雨ちゃん、帰ろう。助けてくれたのは感謝してるけど、女の子が出歩いて良い時間じゃないよ。家族が心配する」

俺は子犬を無理矢理琉雨ちゃんに押し付けながら彼女を抱き寄せた。とんだロリコン野郎に見えるだろうが、俺は記憶がなくても洸祈の家族で、彼女の家族だ。兄が義妹を抱き締めるぐらい許される範囲だろう。

…………いや、キモいかも。エロ漫画の展開っぽくて嫌だな。

しかし、女は俺を一瞥するだけで、車に乗り込んだ。ムスッとした青年も乗り込む。

「待って……!」

直ぐに出た車に、琉雨ちゃんは俺の腕の中から出ようとするが、俺はそれを阻んだ。

「陽季さん!」

「駄目だ。行かせよう。君に何かあったら、洸祈に頭を上げられない」

「でも、あの人達は陽季さんを……!ルーならやっつけられます!」

ヒーロー物の主人公になれそうな頼もしい発言だが――きっと彼女には彼女らをやっつける確信があるのだろうが――それで生まれる犠牲を考えたら、絶対に許可はできない。

彼女は許可など求めていないだろうから、俺は暴れる彼女を抱き上げた。もう車は見えなくなっているが、彼女なら地の果てまでも追い掛けそうだ。

「あうっ!」

「ごめんね、でも、こうしないと琉雨ちゃん、追い掛けるでしょ?」

「当たり前です!悪者は成敗です!」

ばたばたと赤い靴の爪先が俺の腹を突く。割と痛い。


くぅん。


「…………はわわ!くすぐったいですよぅ!」

不意に笑い出した琉雨ちゃん。すっかり忘れていた俺の頭の上の子犬が琉雨ちゃんの頬を舐めたようだ。

「ねぇねぇ、この子何者なのかな?迷子の子犬ってわけじゃないよね?」

俺を助けてくれたように感じるが……。

「違いますよ。この子達は旦那様と(あおい)さんの契約魔獣です。正しくは、崇弥家に代々仕える守護魔獣です。金柑(きんかん)さんと、伊予柑(いよかん)さんです」

くぅ。

琉雨ちゃんにじゃれつく黒色だけではない。白色の子犬が俺の足に鼻先を擦り付けて来た。

黒白の犬には確かに見た覚えがある。

「写真に……いたかも」

ただの飼い犬じゃなくて魔法の使える契約魔獣だったのか。琉雨ちゃんと金柑を下し、感謝の気持ちを込めて伊予柑に手を伸ばすと、ぺろりと手のひらを舐められる。

「旦那様の命に従って、ずっと皆を見守っていたんです。だから、魔法を掛けられた陽季さんを助けにここへ来ることができました」

見守られてたとは、全然気付かなかった。

「俺、魔法掛けられてたの!?」

魔法に掛けられてたことも、全然気付かなかった。

「幻影魔法……見てませんか?ここ、陽季さんがいつもお家へ帰る道と真反対ですけど」

琉雨ちゃんって俺のいつもの帰り道知ってるんだ?

「夢を見てた気はするけど……兎に角、ありがとうね。お家まで送るよ」

「駄目です。ルーが陽季さんをお家まで送ります!」

「いやいや。俺が琉雨ちゃんを送るべきでしょ」

女の子に送られる訳には行かない。

「いいえ、ルーが陽季さんを送るべきです!ルーの方が陽季さんより強いです!」

…………そこまで言われるとは。情けないのか、嬉しいのか。

双灯(そうひ)呼ぶからさ。双灯と一緒に帰るなら、いいかな?」

ぷく。

頬を膨らませた彼女。これは拗ねている……だよね?

「だから、お店まで送らせてください、お嬢さん」

伊予柑に舐められてない方の手を差し向ければ、琉雨ちゃんは頬を赤らめて俺の手を取った。

「ところでさ、どうして俺の帰り道知ってたの?」

「ルーは陽季さんの帰り道も毎日の三食のご飯もお洋服も知ってますよ」

「……………………琉雨ちゃんは間違いなく、俺の一番のファンだよ」

「ふふふ。陽季さんの一番のファンは旦那様ですよ!」




「あの魔獣……本当に獣みたいな顔してましたね。人の似姿は取っていますけど、獣には変わりありませんね」

「彼女はカミサマではありませんの?獣だって他者の為だけにあんな表情を浮かべませんもの」

「カミサマだったらアリアスさんが気付くはず……」

『気付いていたよ。彼女は私と同類だ。が、彼女は……我々とは違うカミサマだ』

「違う?」

『簡潔に言えば、彼女は新たに後から生まれたカミサマだ』

「第二世代、新型、そんな感じかしら?」

『ああ、そうだ』

「後から生まれる……って、そんなことあるんですか」

『私が会ったのは彼女が初めてだよ。だけど、彼女はあくまで契約下で生きる契約魔獣だ。自身の魔力を持たない』

「あの魔力は契約主のでしたか。隠せない殺気といい、嫌な感じがしました」

『あれでも、いい子なんだよ、彼は』

「知っているんですか?」

『さぁね。月葉(つきは)、次の仕事の前に遅い夕飯にしよう』

「分かったわ。今日は我らがシンデレラの好きな場所にしてあげる。ノワールは何を食べたいのかしら?」

「…………………………………………おまんじゅう」

「なら、お饅頭を食べに行きましょうか。リクは不満そうね」

「夕飯が饅頭って……どうせ、スイーツの方なんでしょう?」

『腹に入れば全て同じだよ』

「カミサマや機械人形には同じなんでしょうが、人間はそう毎日砂糖だけを食べられない――――いでっ!」

「……わたし…………リク……食べれる…………だから、こんぺいとう」

「お饅頭とリクと金平糖ね」

「ちょっ、ノワール!俺を食べる、なっ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ