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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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不撓不屈(3)

「司野、生まれてきてくれてありがと!!!!大好きッ!!!!」by.洸祈

「どういう…………ことですか……?」

その時はたまたまなんだと思っていた。

その時は。




「おはよ」

いつも通り、ソファーに座らせて貰えず、部屋の隅で壁に凭れる彼は相変わらずな態度で僕に挨拶する。もういっそのこと、才能と言ってもいい。何故か、彼の纏う雰囲気はいつもウザったいのだ。

僕は勿論、彼を無視してソファーに座る。何故なら、僕の方が偉く、彼は僕の駒に過ぎないからだ。確かに、彼の所有権は上司のものだが、その上司から許可を貰って彼をこき使うのは僕だ。だから、僕はソファーに座ることができ、彼は壁しか使えない。

まぁ、彼には床の方がお似合いだが、それは相棒が嫌がった。「犬みたいじゃないか」と怒ったのだ。

みたいもなにも…………こいつは犬だろ。

と思いつつも、相棒と喧嘩したくない僕は壁に凭れるのは許した。

「おはようございます!」

知らない男がいた。

彼がソファーに座る僕の背後の壁を使っていたが、知らない男は僕の前方の壁際できっちりした姿勢で突っ立っていた。気を付けの姿勢で肩をいからせながら鼻息を荒くして挨拶するのだ。

はっきり言って、キモい。

何こいつ。

張り切り過ぎ。熱血とか無理。

つい険しい顔をしてしまったのだろう。男が蛇に睨まれた様に動かなくなった。お陰様で「おはよ」と彼の暢気な挨拶が異様な色を持って部屋に広がる。

僕もその原因の一端を担っているが、正直、空回りな空気で息苦しい。何故、このメンバーなのだ。相棒がいれば、馬鹿マヌケな彼の挨拶にもバカ真面目に返していただろうし、熱血男児にも冷静な対応ができただろう。

「おはよう、諸君」

上司だ。気取った眼鏡で笑顔を振り撒く。

今朝は上司は妙に明るく、嫌な予感がする。

僕と相棒が彼というお荷物を背負わされた日の朝も上司は無駄に笑顔だった。

普段は真顔でねちねちした言い回しをするというのに。

「おはよ、とうどーさん」

「おはよう。今朝も君は元気だね」

「とうどーさんも楽しそうだね」

あはは、と彼。ははは、と上司こと藤堂(とうどう)

熱血漢は藤堂の登場に緊張の許容量オーバーになったのか。

何かを言おうとして声が出ずに口パクになっている。それを見る僕のイラつきよう…………ああ、イライラで疲れる。

「君もおはよう。今朝も君は眉間で火山噴火させてるね」

彼に手を振った藤堂は僕の額を覗き込んだ。

誰のせいで噴火してると思ってんだ?

ムカつくから奴の赤ぶち眼鏡を粉砕してやりたくなる。お洒落か?毛ほども似合ってないぞ。

「君の考えてること、痛いほど伝わってくるけど、口に出したら、君の相棒のようなるからね」

「?」

それはどういうことだ?相棒が僕みたいな品のいい性格になるなら兎も角、僕が相棒みたいなお節介になるわけない。

「さて。君達を呼んだのは、任務があるからだ」

このメンバーで世間話するわけがないだろ。

仕事以外に何するんだ、アホ上司。

「…………相楽(さがら)。君って奴は………………健康診断でカルシウム不足って言われなかったかい?」

「言われたことないです」

血圧高めとは言われたが。

僕は平穏を望むのに、周りがクズばっかりに、僕の血管は破裂寸前なのだ。早く死んでくれ。

「絶対にカルシウム不足だよ。君の寿命の為にも牛乳を飲むべきだ」

「背も伸びるしねー」

今、さらりと聞き捨てのならない発言が加わった。このちゃらんぽらんな声は――

「セメントに沈んでろ。糞ガキ」

舐めたことを言う彼を僕は睨んでおいた。今度は自然とではなく、意思を持って憎しみを込めた目を向ける。本当に、僕はこの仕事を辞めて違う職に就いた方が長生き出来そうな気がする。

「……………………怖いよ……さがさん……」

「君、何でここで働いてるんだい…………」

彼がプルプルとわざとらしく震え、上司は僕の向かい側のソファーに寝そべりながら溜め息を吐く。

その従うに値しない態度の上司に、僕は頬が引き攣るのをどうにか抑えた。

「人事が僕をここに寄越した。それだけです」

「そっか。私のところに来るのは問題児ばかりなんだよねー」

「は?」

何か言いました?問題上司様。

「皆やらかした子でさ。でも君は違うようだ」

腕を枕に笑い声を出す上司。しかし、眼鏡のレンズ奥の瞳は笑っていない。

奴は別に愉しくて笑っているんじゃない。自身の内心を読ませないように笑い、わざと他人の怒りを買う。

そう。この上司と比べれば僕は普通なのだ。僕だけが特別なわけない。

だけど、初耳だった。ここが更生施設扱いだったとは……次の休暇に人事部の入ってる棟を壊しに行こうかな。

――なんて考えてたら、どこかで見た『休みの有意義な使い方を』がキャッチコピーのポスターを思い出した。あれを見てから、僕は休みが近付く度に旅の計画を練った。そして、このブラック上司に休みを奪われて来たのだ。それで上司の藤堂をどう失脚させようかと色々考えはしたが、どれもこれも僕も巻き添えの案ばかりが浮かんだ。

だが、そもそもが間違っていた。

僕が上司に足で使われるようになった原因は――僕をこいつの下へ送った人事だ。人事が全ての元凶。

復讐するならまずは人事だ。

次の休みまで予定では4日間。そしたら僕は人事部に乗り込み、一人ひとりから懺悔の言葉を聞こう。で、一番心の籠っていなかった奴を藤堂の部下、つまりは僕の後釜に据える。僕は全国の軍学校を渡り歩いて講習する先生にでもなろうかな。仕事はあくまでも観光の序で。

あ、いい。

そうしよう。

「相楽が何考えてるかは大体想像つくけど、今日のお仕事はちょっと大変だから集中してくれるかなー?」

「とうどーさんが大変とか、嫌だなー」

壁を背に膝を曲げ、空気椅子をした彼は考える素振りをする。そんなことをしても僕が彼にソファーに座る許可を出すことはないが、この時ばかりは彼の言葉に同意した。

相棒は寝坊か?早く来て、おかしなことになっている藤堂を戻してくれ。

「嫌でもしてもらわなきゃ。ねぇ?」

「よっこいしょ」と体を起こし、藤堂は眼鏡の位置を直した。

目に掛かるパーマを掻き毟り、窓辺へ。ただのコーヒー置き場として使われている執務机に、気取った風に腰掛ける。

逆光で表情が見えなくなった。

「今日から君達には、ここにいない裏切り者の始末を付けてきてもらうよ」

さらりと一言。

『ここにいない』裏切り者。

「どういう…………ことですか……?」

別に裏切り者の始末なんてのは特別な仕事ではない。この男の下についてから今までに、数えきれない程こなしている。

組織の邪魔になる者、邪魔をする者、裏切る者、どいつもこいつも藤堂に「仕事だよ」と言われて始末してきた。つまりは殺してきた。相棒と一緒に。

ここで問題なのは“ここにいない”だ。その言い方ではまるで、本来ならば――普段通りならば“いるはずの者”を指しているようではないか。

それは誰か。


「ここにいない君の相棒だよ、相楽」


「さがさん、駄目だよ。とうどーさんの首、折れちゃうよ」

鋭い痛みが腕に走った。見れば、僕の右腕が掴まれている。彼の左手に。

そして僕は藤堂の首に手を掛けていた。

「君、絶対にカルシウム足りてないよ」

上司は酸素不足で苦しそうな表情の中に、僕を小馬鹿にする笑みを含ませる。まるで「お見通し」と言わんばかりの。

実際、僕がどう行動するかはこいつはお見通しだったのだろう。

死にそうな顔して嬉しそうなんだから…………冷めた。

「放せ」

僕は藤堂から手を離し、僕の腕を掴んだままの彼の手の甲を叩いた。彼はお嬢様のように叩かれた手を胸に寄せ、頬を膨らませて不貞腐れる。そして、固まったままの熱血漢を押し退けて藤堂の背後へ。

「さがさんのこと止めたのに……酷い扱いだよ。あいちゃんと同じにならないようにしてあげたのに」

相川(あいかわ)は裏切り者じゃない!!」

僕の相棒はそんな事しない。僕が藤堂を殴ろうが刺そうがしようとも、相棒は仕事以外で他者を傷付けたり、裏切ったりしない。

しかし、藤堂はにやにやと気持ち悪い笑顔で「言っとくけど、君より私の方が何倍も彼を知っているよ。彼が何をして私のところへ送られたか」とねっとりとした速度と抑揚でいやらしく喋る。新しい玩具を見付けた顔しやがって。すると、なんだか僕の視界は暗くなってくる。何故かと思ったら、目を細め、眉間の火山が大噴火しているせいだと気付いた。

かつ、藤堂の後ろで、彼が僕を見ながら眉間を揉んでいる。それが僕のイライラを倍増させた。そのガタイに似合わない怯え顔の熱血漢も原因の一つだ。

ここにいる奴ら全員が僕の寿命を削ってくる。

「あ、さがさん。駄目だって」

お前ら全員早く死ね。消えろ。

(みね)、相楽はキレるとこうなる。君が彼の新しい相棒となるのだから、ほら、止めてきなよ」

視界が狭いな。取り合えず、一番ムカつく藤堂から死んでもらうか。うるさくないけど、うるさいし。

「え、え!?あ。えっ、きゅ、急に言われましても――」

「うん。最初から君にそんなの求めてないからね」

「あ…………すみません……」

ああ、マジでうざい。セットした覚えのない目覚まし時計に起こされた苛立ちもまだ消えてないと言うのに、立て続けにこんなのは僕の予定にはないんだ。

僕は全てを断ち切りたい衝動に駆られ、腰に手をやる。今朝も丁寧に丁寧に磨き上げた僕のエモノ。安全装置は外した。狙うはアレ。

動く肉の塊。

一般的に“喉”と言う名の肉。モモとかヒレとかバラとか肩ロースとか、そんなのと同じ。

何も考えず、栄養として、ただ食道へと流す、胃へと落とす、噛み心地の違うタンパク質。物質。それと同じ。

人間なんて皆同じ。

「コウキ、助けてくれる?」

「嫌だよ。俺、とうどーさんの命令は聞いても、お願いは聞く筋合いないもん」

「さっきは助けてくれたよ?」

「さっきのはあいちゃんのため。でも、とうどーさん反省してないし、さがさん止める気失せた」

僕は銃身を傾けた。

そして、引き金を引く。

――――――――パンッ。

「掠った!掠ったよ!なんで俺なのさ!殺るならとうどーさんからでしょ!」

軽い音と軽い声。藤堂の呻く声じゃないのか。外したか。視界が狭くて……面倒臭いな。

僕は適当に3発撃った。前方にあるはずの喉に向けて。

「おっと。危ないな」

「だから、それ、俺だって!間違ってる!藤堂さんはこっち!」

“喉”に指先が表れ、移動し、新しい“顎”へ。それから“胸”へ。的がデカくなった。そこなら外さないだろう。

「うるさい!相川は僕の相棒だ!あいつは僕を裏切ったりしない!!」

「分かった分かった。コウキ、命令だ。私からの命令だ。相楽を止めろ」

「命令ならしょうがないね。お給料にプラスだから」

黒色の銃身を撫でると、黄金色に光る。それから青白い光に。この拳銃は特注品だ。――といっても、特注品自体は珍しくなく、一部の軍人にはそれぞれの魔法属性に応じて作られた拳銃が渡されている。鉛玉を撃つだけであれば、誰のどんな銃でも構わないが、魔法陣を使わずに魔力を込めて攻撃する場合は、そいつの魔法属性に武器が耐えきれるよう調整がされている必要があるのだ。

そして、僕の魔法は氷系魔法。僕に貸与されている拳銃は、僕の氷系魔法に耐え、銃身と弾にその効果を乗せることができるようになっている。

ついでに言えば、炎を纏った短剣を使う彼のように魔法で一から武器を作り出すよりも魔力の消費が少なくて済む。緊急時で何も持っていない時や、彼と同じで武器を貸与されていない者はそうする他ないのだろうが。

「ここを狙って」

「黙れ。ゴミ」

僕は肉塊に向けて引き金を引いた。

もう何も聞いていたくない。




『俺は相川。似てるな』

『似てる?何が?意味分かんないから。通じ合うとか無理なんで、主語入れてくれます?』

『相楽。相川。似てる。相棒に相応しい名前だな』

『え、キモ』

『よろしく、相楽』

『…………聞けよ』




「どうしてさがさん呼んだの?嫌がらせでも度が過ぎてるよ」

気絶した相楽を医務室へと背負って行った嶺がいなくなり、藤堂の執務室には藤堂本人とコウキが残っていた。

「私も驚きだったんだ。相川が裏切っていたなんてね。だから相楽も試した」

「さがさんも疑っているの?」

「だって彼は相棒だよ?疑って当然だ。……勿論、君もね」

「そうだね。俺、あいちゃんもさがさんも嫌いじゃないし。もう疑うなら俺だけにしてよね。俺、この様だし、次は止められるか怪しいよ?」

「その割に痛くなさそうだね」

ソファーに座ったコウキの前で膝を突く藤堂は丁寧にコウキの右腕に包帯を巻いていく。その傍らには血の滲んだ脱脂綿が転がっていた。

「弾が掠ったと言えど、肉を抉ってたし」

「右は感覚薄いから。擦り傷程度にしか感じてないよ。その分、力も入らないんだけど」

「てっきり、左利きなんだと思ってたよ」

包帯の端を止め、ワイシャツの袖を下すと、藤堂は立ち上がり、改めて自身の部屋の現状を見た。

穴だらけの壁やローテーブル、中の綿が散乱したソファー。窓ガラスは一枚割れてしまっている。さして物を置いていなかった室内だが、散らかりようは酷いものだった。

それもこれも、キレた相楽とコウキがぶつかり、暴れた結果だ。

まだマシな方のソファーに腰掛けるコウキは「ありがとう、とうどーさん」と言って、包帯の切れ端や汚れた脱脂綿をゴミ箱に捨てる。それから黒色のコートを左袖だけ通して羽織った。

「下でおばちゃんに会ったら、ごめんなさいって言って掃除頼むから。いなかったら自分で片付けて」

「はいはい。君は命令しないと何もしてくれないね。奴隷精神旺盛だ」

「そうだよ。だから、命令一回分、きちんとお給料上げてよね。んで。どうせ、さがさんが起きるまで仕事行けないし、俺はさがさんの様子見に行ってくるから。本日もお疲れ様でしたー」

コートの裾を翻し、ドアノブが破壊されて開いたままの扉から出ようとするコウキ。それを藤堂が引き止めた。

「あ、待ってくれ。君は消えた相川の居場所に心当たりはあるかい?」

コウキがピタリと両足を揃えて立つ。粉砕したガラスから本を救出する藤堂を振り返りはしない。互いが互いを向いていない、向く気はないと分かっているからこそ、彼らは互いに自由な方を向く。

「あいちゃんの居場所はここだよ。この施設。俺達にここ以外の行く当てなんてないよ。でしょ?とうどーさん」

コウキは藤堂に背を向けたまま淡々と喋る。

そして、コウキは「誰でもない、あなたがそうしたんだ」と付け加えると、さっさと出て行った。


冷房の効いた室内に強引に入ってくるのは窓ガラスのない窓からの茹だるような熱気。その中で、一向に現れない掃除婦を待つのを諦めた藤堂は、汗ひとつかかずに黙々と書類を掻き集めていた。しかし、彼はふと手を止めると、背後を振り返る。別に物音がしたわけでも見えない何かの気配を感じたわけではないが、ドアが大きく開け放たれたままなのを見ると、首を傾げた。

いつから開いていたのだろうか。

はてさて。

私は何を考えていたのか。

「…………違う違う。居場所のなかった君達が勝手にここを居場所にしたんだ。濡れ衣だよ」

藤堂は1人でクスクスと笑うと、書類の束を床で弾ませて整える。そして、書類に出来た赤い染みを不思議そうに見た。

右手のひらから血が滲んでいる。

いつ切ったのだろうか。

はてさて。

何故、痛いと感じないのやら。

「コウキの血が付いたかな」

今はそう思うことにしよう。


藤堂は掃除を辞めると、ソファーに寝転がって目を閉じた。

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