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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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不撓不屈(2)

取り合えず、窓辺に寄った。

携帯電話を懐から取り出し、シャンパングラス片手に画面を眺めるフリをする。

フリなのは、もう話しかけるのも話しかけられるのも疲れたからだ。一呼吸置けば、唇が痺れていることに気付く。

それぞれの思惑の絡み合うこの社交の場では皆が互いの腹を探り合い、上手く波に乗ることで自分の益にすることに躍起になっている。だが、私に関して言えば、主催者の部下兼私の上司の命令で数合わせに連れて来られたに過ぎない。ただ、独り身で少々派手な髪色をしている私と言う存在は、旦那がオジサン達とつまらない会話をしていて退屈な奥様方にとって興味を惹かれるものだっただけだ。

一人の勇気ある奥様が、ビスケットを使った様々なおつまみを選びかねている私に声をかけたのを皮切りに、続々と刺激を求める奥様方が。上司の顔を潰さないよう――潰すような恨み言も持っていないし――私は彼女らの気が済むまで相手をすることにしたのだ。それから小一時間、足がだるくなってきたと思ったら、年嵩の落ち着いた雰囲気を纏う女性が現れ、蜘蛛の子を散らすように他の奥様方は離れていった。多分、彼女の旦那は招待客の中でも所謂、位が高い方なのだろう。幾ら暇でも、彼女らは仕事の一環で来ている夫の妻としての役割を忘れていない。そういう賢い妻を持つ者がこの場に呼ばれているとも言えるが。そして私は最後の女性の相手をし、今に至るわけである。

このパーティーはいつ終わるのだろうか。

そもそもこのパーティーの主賓は主催者の一人息子であり、彼の二十歳の誕生祝いだ。しかし、主催者も主賓もまだ一度も顔を出していない。主催者の妻が「もうしばらく待ってくださいね」とパーティーが始まって間もなくに言ったきりだ。そんな彼女も早々に休みますと席を外した。

はっきり言って、ぐだぐだだが、それはそれで緩い雰囲気で楽だったりする。

私は乾いた喉にシャンパンを流し込み、新しいグラスを貰おうとボーイを探して目を凝らした。

その時だった。

「おや……」

招待客も一通り揃い、閉められていた会場の出入り口が徐に開いた。

最初はスーツ姿のボディーガードが見回り序に入ってきたのだと思った。

しかし、静かに、背景に溶け込むように自然な足取りで入ってきた3人の男は金色の装飾の入った黒服だった。スーツではない。あれは軍服だ。我が国の軍の制服。

前を歩く一人に二人の男性がついていく形で入ってくる。

招待客の殆どが、男はスーツ、その付き添いの女はドレス姿の中、軍服の彼らは会場観察をしていた私にとってはとても目立ったものだった。かつ、一番前を歩く赤茶の髪の男は全身で気怠そうな雰囲気を醸し出していた。

どんなに面倒くさくとも、それらしく振舞うのがマナーだろう。しかし、彼はかったるそうだった。参加は不本意だというのは私でも分かった。嫌な上司に行くよう命令されたのだろうか。

半眼の据わった瞳でチーズを摘まんだ彼だが、後退りした女性が肩にぶつかった瞬間、ぱっと表情を変え、憂いを帯びた表情で女性の肩を支えた。

「大丈夫ですか?」

無意味に近い距離で彼女の耳に喋る男。女性の耳は赤くなり、化粧で塗り固めた顔は歪んだ。あれは恥ずかしがっているようだ。彼女はぶんぶんと顔を左右に振る。すると、彼は「良かった」と言って歩みを進めた。直ぐにまたあの顔に戻る。憎たらしくて仕方がないものを見るような瞳で唇を真一文字に。

器用な奴だ。

“イイ顔”を持続できないだけ不器用な奴とも言えるが。

そんな彼の後ろの二人は彼の豹変ぶりを知りつつも無視してこそこそと何か話し合っている。

一体、彼らは軍人である以外にどういう関係なのだろうか。

気になる。

退屈なだけのパーティーだったが、ここへ来たのは悪くもなかったかもしれない。

私は携帯電話をしまい、会場を回るボーイからグラスを二つ受け取ると、立ち尽くす男のもとへと足を向けた。


「初めまして」

私が声を掛ける3秒前から彼の表情は柔らかいものへと変わっていた。やはり、彼は器用な男だ。

「初めまして」

不快感を一切出さず、それどころか、そよ風が吹いてきそうな爽やかな笑顔で彼は会釈をした。相手が女性でなくとも、老若男女分け隔てなくこの対応というのは、正直なところ、凄い。

しかし、それは逆に言えば、彼は命令で来ているだけということ。命令を忠実に実行しているに過ぎないということ。私達外野への個人的な興味は皆無ということでもある。

あくまで、お仕事。私より徹底している。

私は彼の反応を見ようとグラスを差し出した。そして、にこにこと笑顔だけを作って待つ。

彼もグラスを躊躇なく受け取ると、一度だけ微笑み返した。

「………………」

「………………」

普通なら、私から声を掛けたのだから、私から何か彼に言うのが妥当だが、ここは敢えてゆっくりとシャンパンを飲む。

「失礼ですが、あなたは高良(たから)さんのお連れの方で?」

おっと。

どうして分かったのだろうか。確かに私は上司の「高良」の指示でここへ来た。軍とは無関係でないところに属しているが、どこかで顔でも見られていたのだろうか。我ながら、平均よりも目立つ容姿ではあると思っているが。

すると、彼は直ぐに「その胸元のき章。先程お話させていただいた高良さんのと同じでしたので」と付け加えた。

「ああ……そうだった」

私は胸元に光る銀色のバッジを見た。山羊の横顔が刻印されたそれは私達の組織の紋章だ。

(まつり)と言います。よろしく。あなたは……軍の方……」

「私はコウキと申します」

“コウキ”とは……苗字でいいのだろうか。私の苗字である“マツリ”も名前かと間違われることがままある。そう考えると、この場で“コウキ”とは彼の苗字なのだろう。自己紹介で名前だけを言う者も普通はいないし。

それにしても、何故かコウキの後ろに控える二人の男の、私への視線が痛い。彼らを観察していた時はコウキが誰と話そうがどうでもいいという雰囲気だった。しかし、私に対しては厳しいような……。

シャンパングラスをコウキ一人に持ってきたのが気に食わなかったのだろうか。

「本当に退屈ですよね」

不意にコウキが同情を示す表情をした。肩を竦め、同意を求めるようにグラスを傾けた。私に合わせてきたか。

本当に初対面なら、彼の発言に私は気を許しただろう。しかし、彼が会場に入ってきてからきっちり15分。彼を観察していた私には彼のその台詞は不自然極まりなく感じる。

「ええ。上司に言われなければ、こんな退屈なパーティー…………おっと。内緒ですよ?上司は主催者の直属の部下なんですよね。口には気を付けないと」

ぺらぺらと喋る私の口は本当に軽い――そう思わせて彼の警戒を解く。他者を簡単に信用しそうにない彼のことを、私の本能が「面白そうな男だ」と囁くのだ。せっかくだし、“オトモダチ”になりたい。

コウキは冗談めかした私に対して口元を押さえながら笑った。子供のような高くて弾むような笑い声だ。表情も、爽やか青年の顔から、笑っている時だけは柔らかくなる。これが彼の素の顔か。

「俺も上司の命でここへ。上司が主催者の奥様の友人でして。息子さんの二十歳の誕生日は盛大にしたいと言われ、俺も急遽出ることに。誰の顔も分からないんですよ」

彼の一人称も変わり、上司に苦労する部下として私達の距離はぐっと短くなった気がした。彼も仲間を見付けて嬉しくなったのか、頬の力を抜いた。そして、良い飲みっぷりでシャンパングラスのシャンパンを飲み干すと、近くのテーブルに空のグラスを置いた。

「この部屋熱くありませんか?さっき、上司が奥様から聞いたんですけど、どうやら旦那様と息子さん、来るまでもうしばらくかかるようなんです。誕生日プレゼント選びで時間かかって、帰りの車が渋滞に嵌ったとか」

…………プレゼント選びって、子供かよ。

私は笑いを堪え、コウキも笑いはしなかったものの、完全に間抜けだと思っているようだった。息子の誕生日に自分の知り合いやその知り合いをこれでもかと招待し、挙句に誕生日プレゼント選びで遅刻など、ただの親馬鹿だ。

彼は暫し、肩を震わすと、後ろを振り返った。そこには例の二人だ。コウキの部下なのだろうが、上司の友人を話のネタにするコウキに対して怪訝な表情を隠せないでいる。しかし、コウキが「この人と二人で話したいから……いいですか?」と言うと、彼らは互いを見、私達から離れた。どうやら、二人とコウキとの間には絶対的な差があるようだ。

コウキは「これで心置きなく」と小さく呟き、片目を瞑る。そのぎこちないウインクがますます彼を幼く見せた。

「ここ、中に立派な庭園があるんですよ。確か、息子さんの19歳の誕生日にモデルガンを欲しがって、その為の遊び場として改築したんです。廃墟となった教会を建てたらしく」

金持ちの考えることは桁外れで、私のような凡人には阿呆のすることとしか思えない。しかし、わざわざ子供の遊び場用に作らせた廃墟など、こんなにもつまらないパーティーよりも興味を惹かれる。

「行ってみませんか?」

若干、腰を屈めながら窺いつつも、あなたの気持ちお察ししますと言いたそうに私に手の平を向けた。

だから私は彼の手を取った。お察しの通りだ。

「今夜の月は綺麗ですよ……きっと」


握った彼の手は冷たかった。


しかし、最期の人の温もりというのがこんなに冷たいものだとは、その時の私は知る由もなかったわけだ。








「あなたの立場分かってます?こういう勝手は――」

「だって、二人とも邪魔だったから。素直に獲物を前にした獣の顔してさ。疑われる。本当に気の利かない馬鹿だよね、君たちは」

「………………殴っていいです?」

「任務は遂行できた。それで仕置きするかどうかはあの人の判断だろう」

「……ムカつく」


くるりと振り返った彼は「この人と二人で話したいから……いいですか?」とおどおどとした声音で、それはもう怖い顔をしながら僕達を脅してきた。まぁ、どんなに怖い顔をされようと僕は痛くも痒くも、従う義理もないのだが、あの場で僕達は彼の“下”。彼の言葉に従うのが自然である。

だから僕達は彼らから離れた。

そして、彼は日本人と外国人のハーフである祭朔太郎(さくたろう)と共にパーティー会場を抜け出したのだ。そう、殺害命令の下った三人のうちの最後の一人と共に。

僕達は直ぐに彼らを追った。

彼にどっか行けと言われようと、僕達の仕事は彼の監視。片時も離れるわけにはいかないのだ。

だから、中庭へと続く近道は通らずに植木の間を通りながらカメラの死角を進み、遠回りをした。はっきり言って、僕達を遠ざけた彼を殺してやりたくなった。命令が下らない限りはしないけど。

中庭には立派な廃墟が。廃墟に立派と言うのもなんだか変だが、この廃墟はわざわざ作られた廃墟。もともと存在していた建物が時間と共に風化したものではないのだ。立派であり、とてつもなく馬鹿らしい廃墟である。

僕達は元教会設定の廃墟の裏口から入り、二人を探した。

と思いきや、欠けたマリア像の前でさっさと男を血溜まりの中に溺れさせた彼が突っ立っていた。

そんな彼の左手には炎だ。正確には炎を纏った短刀。直ぐに消えて無くなる。

「それで?情報は?」

同僚が男の脈を確認しながら淡々と尋ねた。

「んー……顔が惜しかった。かっこ良かったのに」

その言葉を聞いた途端、そんなことは聞いてないだろ。とか、一回、死んどけ。とか、あなた馬鹿でしょう。とか、色々頭に浮かんだ。

「やっぱり、スパイだったよ、このヒト。命令だから殺さなきゃいけないんだって伝えたら、自分から」

彼は血の気の失われた哀れな遺体の髪を撫でた。僕なら絶対に死人の体なんて触りたくない。何か怖いし。細菌的なアレが。

「あと、高良さんは違うって。何も知らないって。高良さんの奥さん、お腹に子供がいるんだって。あと3ヶ月で生まれるって。どういう意味だろう」

庇ったんだろう。同情を誘ったのだ。その情報が本当か嘘かは知らないが。

「高良さんはもう殺しちゃってたのに。言うの遅いよ」

「あーあ」と彼は溜息を吐いたが、それが心にもないことなのはここ数ヶ月の付き合いで分かっている。

今回の任務は軍の内部情報を中立に流している――スパイ容疑のある高良香澄(かすみ)及びその部下の祭朔太郎、このパーティーの主賓である内藤綾(ないとうりょう)の殺害だ。

金持ちの親に大人しく縋っていればいいものを、願えば何でも揃った内藤綾は刺激的な遊びが好きだった。学校は中退。その後は勿論、アルバイトもせずに女遊びまで手を出すように。挙げ句の果てにスパイだ。馬鹿がお遊び感覚でやるスパイほどお粗末なものもあるまいに。

だからこそ、こちらは直ぐに犯人を特定出来た。

内藤が仲介役として、情報源が高良と祭。しかし、馬鹿息子の内藤にはいくらでもスパイを行う動機があったが、問題は高良と祭だった。彼等の動機だ。

彼等は成功した人生とは言わずとも、生活に問題はなかった。金も家庭も友人もあった。ならば、彼等の動機は、内藤と同じように満足行く生活に刺激を求めたからか。

「祭さん、謝ってた。ごめんねって。これくれた」

「貸してください」

死体を触った手で掴んだ物など、お断りしたいが、引っかかるところがあって彼からそれを奪い取った。彼はぶすっと頬を膨らます。無駄にでかくなっただけの子供みたいな男だ。

「見てください。祭に子供はいなかったはず。親戚にも友人にもこんな子供は……」

「確かに。彼は誰だ」

相棒も写真を覗き込み、祭が抱っこしている少年をじっくりと見る。やはり、この子供は知らない子だ。

「この子を助けて欲しいって。任務かな?」

「それは任務ではありません。僕達が従う必要はない」

ただのお願いだ。けれども、それを僕達が叶えてやる理由など皆無。寧ろ、聞いてやる方が間違っている。

彼はスパイであり、我々の敵だったのだから。

「そっか。新しい任務じゃないんだ。じゃあ、今日はこれでお仕事終わり?お休みしていい?」

「……………………………………まだ終わってません。この死体を定位置に動かす必要があります」

高良も祭も動機が読めなかったが……裏に誰かいるとなれば話は別だ。こちらも第三者の存在の可能性を踏んでいたし。

「そうだっけ……そうだったような。どこに動かせばいいんだっけ?」

「玄関ホールです」

一番目立つところに晒し上げる。

数ヶ月前に屋敷内部のカメラは全てうちの物と交換されており、録画も修正が掛かっている。あとは地味に彼をホールのシャンデリアに吊るし、死者を辱めるだけだ。そうしたら、あとは仲間が勝手に、内藤の柄の悪いオトモダチを犯人に仕立てあげてくれる。ここは軍関係者の家であり、実況見分も我々が優先される。都合の悪い部分は簡単に消せるのだ。

だから、僕達は命令に従ってスパイ容疑者の殺害と、その他の隠れ潜む仲間の炙り出しの為に、死体をそれはもう挑発的に飾る。

祭はもしかしたら、脅されて不本意ながらスパイ活動をしていたのかも知れない――と言うのは今更なのだが。たとえそんな事情があろうとも、晒される遺体が高良に変わるぐらいで、祭が死ぬ事に変わりはない。関わってしまった時点で終わりなのだ。

「おい、早速かかったぞ。移動はなしだ。離れるぞ」

相棒が片耳に手を当てて言った。耳の無線から警告が入ったようだった。

背中に祭を背負った彼が僕達に何事?と目で訴えて来る。

「多分、高良辺りの仕事で情報が漏れたんだ。ここにも仲間がやって来る。丁度いいです。自分から姿を見せてくれるのなら結構なことです。そこに置いといて下さい。行きますよ」

「うーん。祭さんには綺麗な月夜に相応しい姿にしてあげたかったのに」

僕は理解力のない彼にも分かるように説明すると、彼はびちゃりと血溜まりに祭を落とし、靴底に存分に血を塗り付ける。そして、マリア像まで後ろ向きに歩く。像から祭へと向かう血の足跡が出来上がった。その行動の意図は不明だが、彼は「これで天使様が祭さんを天国まで連れてってくれるよ」と言って靴を脱ぐと、素足で床に降り、靴を回収した。自分が血塗れになるのも厭わず……正直、汚いから近寄らないで欲しい。

「帰ろっか」

彼は両手に靴を持ち、プラプラと揺らしながら裏口へと向かう。相棒もちらと祭を見下ろし、彼を追う。

僕は無様で何も成し遂げられなかった男を尻目に血を踏まぬようにして離れた。


こんな最期とは、馬鹿な男だ。





「祭はいなくなった。いや、死んでいたのだから、“消えた”が正しいかもね」

その含みのある言い方。スパイ容疑のあった三人の殺害命令が下り、任務遂行を終えてから5日。

祭をエサに誘き寄せられた黒幕は祭の遺体を回収し、祭の死の事実をなかったものにした。勿論、こちらもそれを傍観していただけではない、我々の仲間が廃屋に現れた4人の男たちを今も監視している。しかし、隠されたはずの祭の死体や、その痕跡が見付からないのだ。4人の男たちもそれぞれ全く関係のない行動をし、一向に怪しい動きを見せていないが、その中でいつの間にか祭の遺体が消えた。厳重な監視の中で、祭がどうなったのかだけ掴めていない。

一応、相棒は祭の死を確認していた為、死人に口なしだし、彼の遺体にさして使い道はないだろうが……。だからこそ、遺体が消された痕跡すらないというのが気になるところだ。

「ねぇ、本当に死んでた?」

と、上司に聞かれても。隣に立つ無口な相棒を見れば、「死んでおりました」と返した。僕は正面に顔を向ける時に見えた相棒の握られた拳は見なかったフリをした。

「あっそう。今のところ、4人に何か動きがない限り、君たちに命令は下らない。しばしばの休日を楽しむといい。ただし、分かっているとは思うけど、どちらか一人は彼の監視をすること。休憩は交代交代でね」

それを聞いた瞬間、僕の沖縄までバカンスしに行く計画が音を立てて崩れた。ばらばらがしゃん、だ。

まぁ、いつまで休めるかも分からないし、旅行しに行く気などなかったのだが。脳内で計画を立てるぐらいはいいだろう。立てただけの計画を簡単に崩してしまう僕も僕だが。

「でも、今日は監視は大丈夫」

他の誰かがしているのだろうか。僕と相棒はやっとこさ彼の傍にいることを許されたから、今頃監視に入った新入りは半殺しにあっているかもしれない。

「パーティー会場では随分と生意気なことしたんだって?お仕置きしといたから今日は動けないだろう。だから、監視はいらないよ」

ソファーに深く腰掛けていた僕達の上司は立ち上がると、秘書が淹れたばかりのコーヒーをゴミ箱に流し入れた。水分は絶対にゴミ箱に捨てるものではないと思う。蓋の付いたステレス製のゴミ箱の中がどうなってしまっているかは想像したくない。気まぐれな上司だ。最近でかい態度の彼が仕置きされたのはいい気味だが。

「ほいじゃあ、私からは以上。帰っていいよ。十分休むといい」

…………誰にも邪魔されない休みが欲しいよ。

僕達は本棚を漁る上司を放っておいて部屋を出た。帰ったら、祭が持っていた写真の少年のことを調べようと思いながら。









この子を助けて欲しいの?

…………いいよ。他人事なのに他人事とは思えないんだもん。きっと月が綺麗だったからだね。月の魔力ってやつ?わおーん。……あ、ごめん。笑わないで。

笑わないでよ。傷口大きくなっちゃうよ。

ま、いいや。君の仲間は呼んでおいた。あとは君次第。

だから頑張って生きて。

俺も頑張って生きるから。

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