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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
360/400

怪奇現象(4)

見上げれば夜空が紅く染まっていた。あれは煙……だろうか。

そして、頭を下げると、木々の隙間を縫うように光が指していた。

オレンジの光。

あと、何かが燃える匂いがしていた。

ううん。

これは…………人の死の匂い。

火事だ。行かなきゃ。早く助けに行かなきゃ。


僕は細い枝を掴んではそれを支えに前へと進んだ。

ああ、木が邪魔だ。

いっその事、手当り次第に折ってしまいたかったけど、他者を傷付けることは出来るだけしたくなかった。

何故か。

答えは僕にも分からない。僕にも分からない感情に僕は邪魔されていた。

――僕は無性に高鳴る胸を押さえて一歩一歩地を踏みしめて行く。

ぱちぱち。

匂いに混じる音。

そして、僕を背中から押す風は強くなっていく。こっちへおいでと僕を招いているよう。

僕は息を切らしながら急な斜面を上がりきり、とうとう拓けた場所へと来た。

「嗚呼…………燃えてる」

煌々と輝きを放ち、伸縮する炎はまるで一体の巨大な化け物のよう。化け物は全てを抱き、全てを溶かし、全てを食い尽くそうとする。

「行かなきゃ……助けなきゃ……」

直ぐ側で生き物の気配のする建物が燃えているのに傍観するだけなんて堪えられない。


千里(せんり)。無理だよ。きみには助けられない。それはきみが一番分かっているはずだ』


踏み出そうとする僕の足を第三者の声が止めた。

ううん。

氷羽(ひわ)の声だ。

『ここは他人の記憶の中。ぼくでもきみでもない他人の記憶』

「他人の……記憶……」

森の中の城が燃える記憶。

それは一体誰の記憶か。

「なんで……なんで……!!…………なんでですか……!!」

「え……」

僕がぼーっと炎を見ていると、木々を挟んで4・5メートルほど先から氷羽とは違う高い声が聞こえてきた。

木陰からそっと顔を覗かせて見れば、黒に見えるボロ布を被った人影が僕と同じように燃え行く世界を見ていた。

人影はゆらりと揺れると、小さな拳を木肌に当てた。

「僕は離れた。僕は『疫病神』だから。なのに……なんで……!!」

あ……似てる。

彼は僕に似てる。

自分勝手な子供。

世界は僕中心だから、僕が我慢すれば世界は僕の思い通りになると思ってる。

現実世界は僕の事なんて毛ほども気にしちゃいないのに。

「シエラ様…………シエラさまぁ……あ…………う………………」

喉を鳴らし、震える膝から崩れ落ちる。

残酷な世界にただただ嗚咽する。

「氷羽」

『ん?』

「彼は(くれ)君だね?」

『どうして?』

「だって僕が桜の木を折ろうとした時、彼の顔がちらっと見えたもん」

『……………………ふぅ』

氷羽の吐息が聞こえ、僕はそれを彼の肯定と捉えた。

彼は春日井(かすがい)呉。悪魔の少年。

だけど、今は愛する人の為に泣く小さな男の子。

『ぼくらは彼の過去にいる。きみの魔法が中途半端にきみを守ったせいで、ここへ来てしまったようだね』

「それって呉君の魔法?」

『おそらく、彼の魔法は時制型。時を操る』

それってタイムリーパーって言うんだよ。自分のHPとMPを3ターン前に巻き戻した挙句に無敵状態になって3ターン攻撃するチートキャラの職業がそれだったし。

時をかける少年だよ。

そんな映画のタイトルなかったっけ。

「でも、中途半端ってどういうこと?僕の魔法は僕を勝手に守るんじゃ?」

『そうでもあり、違くもある。きみの魔法はきみを傷付けようとするものから勝手にきみを守る。だけど、きみを傷付けない、きみを守ろうとするものに、きみの魔法は発動しない。きみは無意識下で防御するかしないか選択してるんだよ。まぁ、昔のきみは選択できるほど魔法を制御できずに怪我してたけど』

今もすっ転んだ時に擦り傷作る時があるけど。

そもそも僕って魔法の制御とか出来てたんだ……。

『彼はきみの時間を急激に早めようとした。つまり、老人にして殺そうとしたわけ。それどころか骨。いや、土に還るまでかな』

「うぇあ!?」

変な声が出てしまった。

僕が何?

骸骨?僕を骸骨さんにするって?

サラッと怖いこと言ったよね?

『きみだって彼が激怒するのを分かってて桜に手を出したじゃないか』

「だってああしないとあおが……僕は魔法で大丈夫かなって」

『ま、基本的にきみは無敵だからね』

「氷羽が褒めてくれた……?」

『性格に難ありだけどね。で、説明続けるけど、彼の魔法は千里にとって良いものか悪いものかを見誤ったばっかりにきみは彼の魔法に変に干渉した。その結果が彼の過去の中ってわけ』

ふーむ。難しい。氷羽に褒められたのか貶されたのか判断が難しい。それもこれも僕が馬鹿だからか。

「どうでもいいけど帰りたい。帰る方法は?」

『………………………………』

泣き崩れる少年を見ながら僕は氷羽に訊いた。――はずだ。なのに氷羽は無言。

「これは呉君の過去でしょ?きっと僕はこれ以上見ちゃいけないと思うんだ」

例の桜然り、これは彼の怒りに触れる行為だ。

葵を傷付けられたら僕が怒るように、過去を見られるのも絶対に嫌だ。

別に悲しい思い出だからとかではない。氷羽にも会えた。大切な思い出だ。

だからこそ、僕はこのかけがえのない過去を共有したくない。

葵には見て欲しいけど……見て欲しくない。葵が見たいって言ったら考えるかも。

「呉君が望んでないなら僕は見たくない」

だから氷羽、僕を葵のもとへ帰して。もう呉君が泣く声を聞きたくない。桜の怪奇現象の原因は分かったから。

『なら呉に頼むんだ。彼がきみをここへ飛ばした。あそこへきみを返せるのも彼しかいない』

「彼って……」

僕は丘を下り、燃える城から逃げるように向けた足を止めた。少年の背中が逆光に黒く染まっている。

『その彼じゃない。あの子は過去の呉。きみが探さなきゃいけないのは怪奇現象の原因の呉。つまり、きみがいた時代の呉だよ。くれぐれもあの子には関わるなよ。過去を変えることになる。馬鹿じゃなければ分かるよね?未来も変わる。呉の未来が変われば、確実に家族であるきみの未来も変わる』

「うにゃ……それぐらい分かるよ」

彼の大切な人があの城の中にいる。あの火の勢いだときっと……。

過去を変えたかったのは誰でもない呉君のはず。部外者の僕は大人しく帰るのみだ。

「呉君どこ……」

『この近くにいるのは間違いないだろうね。あとは地道に探すしかないよ』

「もしも一人で帰ちゃってたら?」

『きみの魔法が彼の魔法構築を無理矢理変えたからぼく達はここにいるんだ。きみの場合、魔法が発動するときは完全防御だからね。魔法構築の強制変更なんてされることはないけど、実際にされた本人はかなりのダメージを食らう。ま、きみのような魔法じゃなきゃ早々起こらないことだけどね』

それって僕のせいで呉君が苦しんで……。

呉君大丈夫かな。そう思っていたら『きみの魔法がなきゃ骨粉化してたからね』と氷羽に言われ、僕は元居た場所へと走り出した。

考えるのはあと。謝るのだって呉君に会ってからだ。今は呉君を探さなきゃ。

「呉君……呉君……」


彼は泣いていた。感情を剥き出しにして。

呉君は――





「彼は悪魔だな」

「悪魔?何それファンタジー……」

「おい。お前は本当に授業聞いてないな。璃央(りおう)先生が泣くぞ。悪魔は魔法生物の一種だ」

「魔法生物って……魔法使うってことだよね」

「天使と対の悪魔や八百万の神とは違う。大地を流れる魔力の流れを汲む生物のことだ。ヒトや魔獣、カミサマ。悪魔もそう。短期で多くの生物が不合理な死を遂げる時、大地から溢れた余分な魔力を消費する為に悪魔は生まれるんだ」

(あおい)の言葉はやはり難しい。

不合理な死ってなんだろう。

悪魔ってやっぱり悪い奴だよね。いや、呉君はいい子だけど。多分。

『千里。虐殺によって殺された人の恨みにより増幅した魔力は簡単には大地に還せないんだ。大地の処理能力を超えた魔力は溢れる。それが悪影響を及ぼさないよう魔力の集合体として生まれるのが悪魔。だからね。悪魔は決して悪い奴ではないんだよ』

じっと写真を見詰める葵の隣で僕はアイスココアを飲む。片手が暇だから葵の項に触れれば、ぴくりと反応した。

『彼ら悪魔は人々の恨みや叶わなかった願い、そういったものを人々の代わりに少しずつ大地に還してくれている。本当は生きたかった人達の想いを誰でもない彼らが背負ってくれているんだ。寧ろぼくらは彼らに感謝しないとね』

氷羽は魔法に関しては物知りだ。なんとなく悪魔は悪い奴じゃないってのは分かったし。

「千里、理解不能って顔してるぞ。まぁ、いい。悪魔でも何でも、彼は家族」

写真は花見の最中なのか、レジャーシートの上で正座し、紙コップの茶を啜る呉君が。そんな彼の頭に積もった桜を興味深そうに眺める洸祈。僕はそんな洸祈の頭に桜花弁を乗せて悪戯をしていた。

「お、これ。笑ってる」

「ん?」

そう言って葵が続けて見せてきた写真には笑顔の呉君がいた。他の写真はどれも無表情だったのに、その一枚だけは笑っていた。

それは洸祈が呉君を肩車して桜の下に立っている写真。呉君は満開の桜を傍に見て笑っているのだ。

『珍しいね。悪魔は普通笑わないんだよ。というより、彼らはほとんどの感情に疎いんだ。エネルギーとする魔力の性質なのかな。ぼくも初めてだよ、こんなに笑ってる悪魔の姿は』

「へぇ。嬉しそう」

僕にこの写真が撮られた時の記憶はない。だけど、写真を見るだけでこの時の太陽の温かさが、春の匂いが分かるようだった。

覚えていないはずなのに。

「なぁ、千里」

「なに?あお」

「来年桜を見る時は家族みんなでだ。約束しよう」

呉君の居場所の手がかりはゼロ。それなのに時間は無慈悲に過ぎて行く。

それでも葵が言うと、僕は来年の春、家族全員で桜の下で笑っている未来が容易に思い浮かべることができた。






覚えている範囲で元居た場所に戻れば、風にざわざわと木の葉が鳴る中、獣に似たうめき声が聞こえた気がした。

『今、聞こえたね』

「……オオカミとかこの時代いる?」

『どの時代でもいるよ。でもこの声は遠吠えでも威嚇でもない。苦しんでいる声だよ』

「…………………………呉君!」

草木を掻き分け、呉君を探して必死に目を凝らす。

一瞬、右手に痛みが走り、草で腕を切ったことを悟ったが、どうでもいい。

普段の僕なら葵とアレする時に触れ合っても葵が不快にならないよう肌に気を付けている分、切り傷一つで大問題だが、今は呉君だ。やっと見付けた家族を手放すわけにはいかない。

なんせ僕は我儘大王様なんだから。

『千里、右奥』

「右……おく……」

右の奥。

どれもこれも同じような木ばかりだが、一本の木の根本に瘤みたいな影が出来ていた。耳をすませば、確かにその影から痛みに堪える声が聞こえてくる。

「呉君……覚えてる?千里だよ」

「ぅぅ……」

苦しそう。でも――

僕は踞る布の塊に手を触れた。小刻みに震えている。

「ごめんね。君は桜を……洸祈(こうき)を守ろうとしたんだよね?」

僕がお母さんを失った時、僕はお母さんの代わりになるものを探した。それが髪だった。お母さんと同じ金色の髪。

お父さんに「お前はお母さんと同じ太陽みたいに眩しくて温かい金の髪だ」と髪を梳いて貰った時、この髪は宝物になった。

「君にとって洸祈は桜。家族は桜。僕もだよ。お花見した時のこと少しだけ覚えてるんだ」

正確にいつだったかは分からない。夢みたいな世界にいた。一面が桜でピンク色に染まった世界。

誰かがそこを「俺達の秘密の場所」と呼んでいた。


――その時、僕は葵の膝枕でうとうとしながら降り注ぐ桜の花弁を見ていた。しかし、太陽がちらちらと僕の瞼に射す為、僕はつい寝返りを打った。

そしたら正座した琉雨(るう)ちゃんがペットボトルを持って並べた紙コップにジュースを注ぐ姿が目に入った。彼女は僕と目が合うと花に負けない明るさで笑った。そんな彼女の頭を逆光で顔のよく見えない誰かが撫で、琉雨ちゃんはとろんとした愛情に飢え切った子猫のような顔で彼の手に頭を押し付ける。彼は琉雨ちゃんを膝に乗せてそのまま抱き上げると、立ち上がった。琉雨ちゃんが桜に手を伸ばす。

『洸祈、どこ?』

ほろ酔いの陽季(はるき)さんがレジャーシートの上で寝転がっている。片手でから揚げを摘み、『こっちにおいで』と振っている。

それってもしかして洸祈おびき寄せる為のエサ?とか思いながら、葵が頭を撫でてくれる手が気持ち良くて僕は眠くて堪らなくなった。

『陽季さんが呼んでますよ』

すると、跳ねた黒髪に眠たそうな瞳の呉君が琉雨ちゃんの用意したジュースを飲みながら『彼』を見上げた。

顔の分からない彼はくるりと呉君と陽季さんを振り返ると、琉雨ちゃんを下ろし…………レジャーシートに積もった桜の花を掻き集め、陽季さんの頭上にばら撒いた。陽季さんの手のから揚げは桜まみれに。陽季さん自身も桜という名のどしゃ降りにあった人になっていた。頭がピンクになっている。

笑いを必死に堪える洸祈の影が小刻みに揺れ、呉君も琉雨ちゃんも呆れ顔。そして、葵は『ちょっと、やめなよ』と今更発言をした。

陽季さんは暫し寝転がったままの体勢で固まり、真顔でから揚げに付いた桜の花弁を吹いて落とすと、それを口へ。それからおもむろに彼の腕を掴んで引き寄せた。

『お仕置きだよ』

陽季さんは彼を押し倒し、組み敷いたままの体勢で犬のように体を振る。勿論、桜の花弁が彼に降り注ぐ。彼はそれから避けるように首を捻り、顕になる首筋に陽季さんが顔を近付けた。

『ん……』

他の人には見えないようだが、僕には彼の肌に唇を触れさせる陽季さんの姿が見えていた。そんな陽季さんの横顔からは「好き」「愛してる」という気持ちが現れていた。

それを見た僕は気怠い眠気の中で、いいなぁと思った。

もしかしたらそのせいかも知れない。

――夢心地で僕自身本当にあったことかどうか自信がないからこそ、僕はこの出来事を覚えているのかもしれない。そもそも過去かどうか怪しいんだけど。

だけど、あの桜の世界で僕たちは幸せだったのは確かだ。


「ここは君が守れなかった世界。君が守りたかった世界」

君の後悔の過去。

「君と僕はやっぱり似ているね。なくしてばっかりだったから、怖くなっちゃった。新しいものは怖いし、古いものが変わってしまうのも怖い」

ずっとずっと幸せだった思い出の中で生きたい。

そんなのは無理だって知っているけど。

「だけど、未来を恐れて過去に縋っていたら、僕らは本当にもう会えなくなってしまうよ」

背中か頭かも分からないが、僕は黒い塊を精一杯優しく撫でる。

「君は洸がいない世界が耐えられなくてその場に留まることにした。それじゃあ僕達はこの先二度と皆でお花見をすることが出来なくなってしまうよ」

それが君の本当の願い?


「……何が悪いんですか?」


呉君の声だ。冷たい大理石のように無機質で抑揚のない声。

その声を聞いた時、氷羽が警戒しているのか、僕の心臓がドクンと大きく鼓動した。

「未来に救いなんてない」

徐々に塊は縦に伸び上がり、そして、フードを被った人型が僕の目の前に立つ。僕の3分の2ぐらいの身長のそれは呉君に違いない。しかし、フードが大きいのか、見上げる格好の僕からでも顔は見えなかった。

「あの城が燃えているのは僕が彼女の優しさに甘え、叶わないと知りながらも幸せを願った結果です」

「だからって未来は決まってなんかないよ!そもそも君が“彼女”に出会ったのも必然なの?」

出会いっていうのは絶対に必然じゃない。悲しい未来だってあるけど、悲しくない未来だって一杯あるよ。一杯あったからこそ、笑顔の写真が沢山残っていたんじゃないか。

「ならば聞きます。おそらく、僕達は白魔法によって記憶を失った。悪魔の僕の記憶でさえも奪った魔法。そして、あなたが櫻千里だと言うのなら、あなたの魔法は空間断絶魔法のはず。最強の防御魔法だ。そのあなたでさえも……。あなたにこの魔法を解くことができますか?あなたの言葉は曖昧だ。「多分」「きっと」……夢を与えるだけです。確証なんてない。それなのにあなたは……過去は変えられなければ、変わらない。過去に縋って何が悪いんですか?幸せだった過去を守って何が悪いんですか?」

「その幸せな過去だって、君が未来を受け入れたから……」

違う。

彼が求めているのはこの言葉じゃない。

それが分かっているからこそ、僕の声は弱く頼りなくなっていく。

『千里。僕が言ったこと覚えてる?これは君達が自力で解決しなきゃダメだって』

その時、僕はつい口を突いて出そうになった氷羽に助けを求める台詞をぐっと堪えた。氷羽も僕の甘えたい気持ちを察して言ったのだ。僕が氷羽の試練に負けないように。

「あ…………違くて……」

彼が聞きたいのは記憶を取り戻す――洸を取り戻す方法。

僕に具体的に何ができるか。

僕が洸を見つけると息巻いてから、誰も聞いて来なかったこと。

取り合えず、家族だった人達を探し出して、もう一度、家族に戻って…………洸がいなければ僕達は決して家族には戻れないというのに。

「僕には……未来なんて分からないよ。夢しか語れないよ。だって、僕には洸の居場所を突き止める頭がないんだもん!」

このおバカな僕だって僕は馬鹿だって分かるんだ。そんな僕に解決法を求めたって何にも出てこないことは皆知ってる。

「じゃあ、何ができるかって?僕は強いんだ!君よりも強いんだよ!」

自分で言いながらナルシじゃんと思い、頬を染めていると、呉君がふぅと息を吐いた。それが感嘆か呆れかは僕には判断できなかった。

「確かに僕は記憶を奪われたよ。間抜けだよ?でもさ、それって君もじゃないか。僕の魔法はあらゆる攻撃から僕を守る。君の魔法からだって。僕がこうしてピンピンしているから君は苦しんだんだ。つまり、洸を見つけた時に一番役立つのは僕!僕が皆を守る!だから、君には僕が必要!以上!」

確かにまだ僕には僕しか守れないけど、盾にはなれる。

それに僕には吟ちゃんがいる。

別に僕は呉君に家族ごっこを望んでいるんじゃない。夢物語を叶える為には僕には君が必要で、君には僕が必要なんだ。

「それにさ!桜は洸の代わりにはならないんだから!!桜は君の目を楽しませても、話し掛けも構ってもくれない!!お人形さんなんだから!!そんなんだったら、存在してるはずの洸を探した方が意味あるよ!そんなのは馬鹿の僕でも分かるんだからな!!」

興奮してる気がする。何でだろう。

呉君が燃えるお城に泣き崩れるのを見てから胸がムカムカするんだ。

嫌だ。もう失いたくない。だからこそ、僕は失くしたものを取り戻す。

『切ない……ってやつ?』

切ないってムカムカすることだっけ。

『ぼくに聞かないでよ。君が言ったんだ。説明しにくい嫌な気持ちを切ないって言うって』

僕は切ないのかな。優しく笑っていた呉君が色んなものを諦めてしまうのが……。

「……………………洸は桜じゃない。ヒトなんだよ。ずっとずっと特別な替えの利かないたった1人のヒトなんだよ。桜で構わないなんて嫌だよ……」

何だか自分語りになっているかもしれないが、これが僕の気持ちだ。

「僕だって…………洸祈さんが桜の代わりになるとは思っていません。ただ…………僕は忘れるはずがないと思っていた……悪魔は喩えヒトに忘れ去られても、ヒトを忘れることはない……僕はどうしたらいいのか分からなかった…………」

パサッと乾いた音がして、呉君がフードを脱いだ。

くるくると跳ねた黒髪に小顔が月明かりに晒される。

呉君は目尻に涙を溜めていた。

「僕は長生きだから、多くのヒトを見送る。あなたも彼も……僕はとっくに覚悟が出来ていた。なのに…………忘れたくない。ヒトの時間は短い……忘れたくないんです。僕は………………欲張りだ……」

『千里。ぼくも長生きだからこそ、一瞬一瞬を絶対に忘れない。きみに出会った日。きみがぼくに触れた日。きみが泣いた日。大切な思い出なんだ』

僕の場合、昨日の夕飯のメニューも危ういのに――呉君は僕よりもずっと記憶力がいいから記憶をなくしてとても混乱してるんだ。

僕はどれくらいの距離で接すればいいのか分からなくて、ゴシゴシと目を擦る少年の体を抱き締めた。

すると、呉君はエネルギーの切れたロボットみたいにビクリと固まる。それから、襟の隙間から僕の肩に生温かい涙を落とした。

「欲張りでいいんだよ。僕が死んで皆死んじゃって誰の記憶に残らずとも君には覚えていてもらいたい。僕達が幸せだったことを覚えていてもらいたい。だからこそ洸を見付けなきゃ。失くした記憶が戻らずとも、洸さえ見付かれば、幸せな家族の思い出はまた作ることが出来るんだから」

僕のお墓の前で呉君に冗談混じりで僕の悪戯の数々や葵ラブなとこ、毎日が楽しくて堪らなかった日々を話して欲しい。笑顔で語ってもらいたいんだ。

「前に進む気になった?」

う……ぐ…………あ…………ぁぁ…………。

呉君は絞り出したような声でボロボロと涙を僕の肩に落とす。

彼の小さな手は僕の背中を痛いくらい強く掴み、僕はそれが心地よくもあった。


家に帰ろう。





「シエラ様。あなたはここで死んだ。愛した人達に裏切られて」

呉君はじっと燃え行く城を見ていた。

そして、遠くで泣き崩れる過去の自分に視線を向けた。

「だけどあなたは決して彼らを恨まないのでしょう。誰も、僕すらをも、恨まない。だってあなたはそんなところも含めて全てを愛していたから。だから……そんなあなたを愛していたから、僕も彼らを憎まなかった」

呉君の足元が淡く赤く光り、草の上に体育座りした僕を光が包み込む。

「あなたの声が、あなたの仕草が、あなたの人柄が、あなたと過ごした時間が僕を前に進ませた」

『千里、悪魔の魔法の光はヒトには毒だ。目を瞑った方がいい』

氷羽は赤黒くなる魔法陣の光にくらくらしてきた僕にそう忠告するが、僕はそれを無視して遠くの丘で項垂れる過去の呉君を見ていた。あと少しだけ……。

「あなたが死んでもあなたは僕の中で生きている。僕が役目を終えるその時まで」

泣いていた過去の彼がゆっくりと立ち上がる。そんな彼の足元にも魔法陣のようなものが。魔法陣の光は徐々に城へと向かう。

「あれは……」

炎を反射して日没間近の色に染まっていた夜空に太陽と言っても過言ではない眩い光を放つものが。

『彼はもう誰も苦しまない様に断つ気だ』

生命を断つ剣が天空を割く。

「だからシエラ様、今は安心して眠っていてください。あなたの愛したものは僕が預かりますから」

現在へと導く呉君の魔法の光が僕達を包み込む最中、城に巨大な黄金色に輝く剣が突き刺さった。


その景色を最後に僕は重たい意識を手放した。

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