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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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怪奇現象(2.5)

崇弥洸祈(たかやこうき)。性別は男。

12月28日生まれの21歳。

家族には双子の弟である崇弥(あおい)と義理の父親である司野由宇麻(しのゆうま)がいる。

用心棒貸し出しますがキャッチコピーの用心屋で店長をしている。

従業員には葵と幼馴染みで親友の櫻千里(さくらせんり)。それと崇弥洸祈と契約している護鳥の琉雨(るう)、崇弥洸祈の下で修行中らしい悪魔の春日井呉(かすがいくれ)

崇弥洸祈はいつだって誰かに頼られ、彼はいつだって誰かを守って来た。

そして、彼は何よりも自分の為に誰かが傷付くことを恐れていた。

だがしかし、それは決して他人の為ではない。

自分の為だ。

彼は自己を犠牲にし、善人として、愛される人として振る舞っていただけ。

全ては愛される為。

温かな優しさを欲していただけ。




「医者としてこれはどうだ?」

「…………僕の専門外なんだけどね。まぁ、それでもこの量は常習犯と言うか、かなり長引いてるね」

「そうか…………なんかこれ見てると、洸祈がどんな奴なのか分かんなくなる……そもそも覚えていた頃も俺は洸祈をきちんと理解出来ていたのかな」

陽季(はるき)君が葵君と千里君から預かり、俺も読んだことのあるそれは、何十枚となる診断書の束だ。

俺の義理の息子に当たる崇弥洸祈の机の引き出しの中から見つかったその全ては精神科で書かれたものだった。

俺は一度だけ。それも、途中から飛ばし飛ばしに。ただ……読んでいたら嫌になったのだ。

自分の汚い、醜い部分を見るのも吐き気がするのに、他者のまで見ていられない。正直に言うと、俺は吐き気を感じて読めなくなった。

その時は葵君も千里君も「無理しないで」「また後で読んで」と言ってくれたが、俺はそれを読む気が失せていた。何年経とうと俺はもうそれを読めない。

その診断書の束を陽季君は決して中断することもなく読み切った。そして、何度も何度も読み返していた。

白目を赤くしながらも目を見開いて……。

「出来ていた。少なくとも、彼は君が好きだった。その気持ちは本物だ。そうでなければ、男同士では結婚しないよ」

(れん)君が診断書をテーブルに下ろし、陽季君の左手薬指で瞬く宝石を目を細めて見た。指輪の青色の宝石は琉璃石らしい。崇弥洸祈が陽季君に贈った結婚指輪だ。蓮君の家のリビングは大きな窓から日差しが十分に入り、明るかったが、それでも彼は指輪の琉璃を太陽を見るかのように眩しそうに見ていた。

「でも、多分、結婚式の日だろ?洸祈が俺達の記憶から消えたのは」

「それなんだけどね。君の話を聞いて納得がいったよ」

「?」

「あの崇弥の末裔であり、自己犠牲を惜しまない性格。崇弥洸祈自身が僕達の記憶から消えることを望んだとしたら…………記憶を消す方法はいくつかあるんだ」

自分の額に人差し指を当てた蓮君。

「物理的な衝撃で脳に障害を起こす方法。これは手加減が難しい。又は薬物で脳に刺激を与える。他には、精神的な衝撃。ショッキングな出来事に遭った時、人は無意識の内に自身を守ろうと意識の奥底に記憶を封印しようとすることがある。だけど、これらの方法では多数の人間から特定人物の記憶だけを消すことはほぼ不可能だ」

陽季君曰く、ヤブ医者の顔も持つ蓮君はスラスラと自分の考えを話す。

「ならどうやって……」

「白魔法だよ」

白魔法?

蓮君が指をゆっくりと下げ、猫じゃらしを目で追う子猫のように俺も陽季君も揃って指を追って首を傾げた。それに蓮君がくすりと笑いを零して「特別な魔法ってこと」と追加する。

「特別?どんな魔法なん?」

「白魔法はね、人を幸せにする魔法と言われている。つまり、白魔法とは――」


忘却魔法だ。


「は?」

陽季君だ。

捻り出されたのは獣じみた彼の唸り声と疑問符。彼は苛立っていた。漆黒の瞳は誰でもどこでもない宙を睨んでいる。俺はそれに恐怖を感じて背筋が冷えるのを感じた。

しかし、蓮君は変わらない表情で「そうだよ」と言った。

「他者の記憶から自分に関する情報を消す。それが忘却魔法だよ。崇弥洸祈が自ら望み、その膨大な魔力で魔法陣を敷かなければ、成立しない魔法だ」

ガタッ。

ソファーから立ち上がった陽季君の膝が勢い良くテーブルの角にぶつかって大きな音が部屋に響いた。そして、彼は向かいに座る蓮君のブラウスを掴み上げる。蓮君の首が締まり、ソファーの背凭れから背中が浮く。服が引っ張られ、彼の臍が覗いていた。

止めるべき?でも、今の俺には止める資格なんて…………。

俺が臆病に迷っていると、「何?」と蓮君が静かに息を吐き、紺色の方の瞳に不快感を滲ませた。まだ知り会って間もないが、それぐらいは伝わって来る。

「どう考えれば、それが人を幸せにする魔法になるんだよ!!」

俺には陽季君が蓮君を恐喝しているようにしか見えないが、「言っただろう?」と蓮君が陽季君の腕を掴んで振り払った。蓮君は崩れるようにソファーに落ち、陽季君はよろめくとその場に立ち尽くす。

蓮君は冷静だった。

「人は自身を守る為に自ら記憶を封印することがあると。記憶とは厄介なものなんだ。辛い記憶を全て忘れられたら人は自殺しない。自ら命を断ちなどしない。金が無ければ、餓死や凍死はありえるけど……忘却魔法とは使用者自身の記憶と他者に残る使用者の記憶を消す魔法だ。使用者の人生リセットボタンと思ってくれればいい」

「なんやそれ……そんなの……せやったら、崇弥洸祈は自分からリセットを――」

「そうだよ。僕はそう言っている。彼が望み、彼が魔法を発動しなければ説明がつかない」

記憶が消えたのは崇弥洸祈が望んだから。それも、人を幸せにする魔法を発動することによって……。

そんなん、陽季君が辛いやんか。

蓮君はあくまでも冷静で、客観的な意見を述べているに過ぎない。だけど、陽季君は唇をきつく噛んで堪える。

何故なら――誰も幸せになんてなっていないから。

その時だ。


「なぁ……そのリセットは取り返しが付かないのか?」


敢えて、俺がしなかった質問を陽季君がした。

「…………陽季君……」

俺の胸は締め付けられたみたいに痛くなる。

この場の人間の中で最もこの質問をしたくなかったのは陽季君だろう。だってその質問をしたら後には退けなくなる……。それを怖がって俺は――俺はなんて不甲斐ないんだ。

そして、蓮君は陽季君の覚悟を察して真摯な眼差しを向けた。

“嘘は吐かない。この口は真実しか語らない。”蓮君の目はそう訴えていた。

「結論は、思い出す方法はまだ見付かっていない」

「……………………」

陽季君の眉がぴくりと震え、俺は頭の中が真っ白になる。

思い出す方法が見付かってないってことは俺達はもう崇弥洸祈を思い出すことはできない…………。

「忘却魔法は全ての関係者から記憶を消すんだ。…………今から胸糞悪い話をするよ。…………十数年前のことだ。多数の魔法使いが互いに契約を結び、忘却魔法を発動させた。そして、彼らに関する記憶は世界から消え去った。では何故、その事実が残っているのか?それはね、ある地で大量の死体が発見されたことにある。服毒自殺だよ。当然、彼らが何者なのか調べられた」

「それがその魔法使い達なんだろ?」

「うん。忘却魔法が知られるようになったのはその事件がきっかけだ。以来、忘却魔法に関して大々的に調べられるようになったが、なにぶん、忘却魔法を発動すれば発動者も関係者も多くを忘れる。文書やビデオメッセージで研究はどうにか進められるが、殆ど進んでいないのが現状だ。リスクが高過ぎて、研究の為に実際に魔法が使われたのは一度きりとされている。そして、忘却魔法の発動を行った哀れな魔法使いに関する記憶は未だに戻っていない」

ある日見付かった大勢の人間の死体。だけど、誰も彼らのことを覚えていない。

自殺した魔法使い達は、誰の記憶からも忘れ去られて世界から消えることを望んだ。

俺が彼らだったなら……きっと寂しい。いや。そうしたいと思える程の理由が彼らにはあったのだろう。

『由宇麻。君は生きている。生きることを選択した。自分の為でなく、誰かの為にそれを選んだんだとしても、選んだ以上は君は彼らの肩を持ってはいけない』

彩樹君の言いたいことは分かっている。しかし、俺が生きることを選択したのは俺の為だ。

彼らの心情を考察しても、彼らの味方にはなれない。

「…………不可能と決まったわけではないんだな?」

俺が一人で自分の黒い感情に呑み込まれそうになっていた時、陽季君は少しも諦めてなどいなかった。

「ああ。魔法に関する研究はまだまだ未知。それぞれの人間の魔力属性がどうして決まるのかもきちんとは分かっていない状態だ。由宇麻君みたいな人もいるみたいだし。だから……不可能とは決まってない」

蓮君もだった。彼もまた諦めていない。寧ろ、陽季君の反応にご機嫌な様子だった。

そもそも、俺には魔力がないと言われてしまったが、俺に魔法使いの素質がないのは子供の時から分かってる。蓮君は何がそんなにおかしかったのやら。

「崇弥を取っ捕まえて、試せること試せるだけやってみようか。陽季君、今日は来てくれてありがとうね」

「……………………俺はお前から情報が欲しくて来ただけだし……」

唇を尖らせた陽季君がそっぽを向く。その頬が仄かに赤かったのは見ない振りだ。

陽季君は蓮君のことを永遠の宿敵のように語っていたが、「ムカつくけど、誠実な奴。あいつはツンデレだ」とも言っていた。信頼をしているけれど、素直になれないのは陽季君も蓮君も同じなようで、彼らは似た者同士――というのがここ数時間の俺の感想だ。正直、そんな二人の関係が羨ましくもある俺だけど。

「さて。僕は君達に相応の誠意を見せないとね」

俺が半ば部外者のようにぼーっとしていたら、蓮君は天井を見上げた。そこに何か重大なものがあるかのように。

そして、


「僕は彼の居場所に心当たりがある」


蓮君はそう言った。

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