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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
354/400

灯火

「……………………………………」


千里(せんり)のお願いに応えてから何分……否、何時間だ。

必要最低限の生存活動、呼吸をすることでさえ、全身の痛みを生み出す。だが、ずっとベッドに寝た切りというのもそろそろ限界。

トイレに行きたい。

「んん……あお…………」

ベッドに横に寝た俺の背後にぴったりとくっつくのは千里。俺の背中に頬を張り付かせて寝言のオンパレードだ。「いいよ、あお」「うまくなったね」等々……。

今千里がどんな夢を見ているかは考えたくもない。

俺はどうにか回る首をキシキシと鳴らし、カーテンの靡く窓を見上げた。

翻るカーテンの隙間からは月明かりにぼんやりと浮かぶ雲が見える。

夜か。窓も開けっぱなしだし。

「せん……俺……起きるから。放して」

「うに…………いやだ……」

はいはい。夢で俺を抱き締めてろよ。俺はトイレだ。

一挙一動、千里の腕から抜け出そうとするその動作の一つひとつが苦痛だが、我慢しなきゃ漏らすことになる。そんなの苦痛以上の屈辱だ。千里の慰めのネタにされるかもしれない。その時は千里の記憶を吹っ飛ばす方法を真面目に考えなくてはいけなくなるが。

俺は離れたがらない千里の指を一本一本外し、ベッドから転げるように降りた。

カーペットに仰向けになり、それから倦怠感だ。全身、かったるい。千里なりに俺を気遣ったのかパジャマの上からふわふわの肩掛けを巻かれていたが、それが丁度良い感じに枕になる。そして、千里の長い髪がベッドの端から垂れて揺れていた。

静かだな。千里とシたのはいつ振りだろうか。お陰で激しくされたが、千里の切羽詰まった顔が久し振りに見られたのは良しとしよう。

それに、お菓子を作っていた由宇麻(ゆうま)さんはどうしたのかな。…………俺、由宇麻さんの前で奉仕するとか言って――由宇麻さんと顔を合わせられない。

でも、千里も探し物を見付けたと言っていたはず……。

「寒いよう…………」

ああ。千里は贅肉がほぼなくて細っこいから寒がりなのか。

俺は立ち上がると、毛布を掛け直して千里の首に肩掛けを巻いた。「もふもふ」と言いながらにへらと笑う千里を見ていると無性に愛おしくなる。俺の体を好き勝手使った本人だと言うのに、俺はこの顔を憎めない。頭を撫でれば、さらさらながらしっとりとした千里の金髪が俺の髪に吸い付く。

彼は宝石だ。だけど、彼自身は宝石でいることを嫌う。

誰かに愛でられるだけの存在であることを、誰かの犠牲の上に存在することを。

いつからだっけ。

千里が俺を背にするようになったのは。

いつから俺は千里の背中を見るようになったんだろう。何かを必死に追いかける千里の背中を見るように――。

「直ぐに戻るから。待っててな」

「うにゃ……………………まって……おいてかないで…………こぅ……」

「………………………………」

さぁ、どこにいるんだろうな……洸祈(こうき)は。






花が咲き誇る。

はっきりとした形は持たぬ真紅の花。

風が吹く度に花弁は送り火のように夜空へと舞い上がり、星々の灯りに溶けてゆく。

そんな花畑の中心に男が一人。

彼の衣装はまるで闇だった。真っ黒な装いに映える赤茶色の髪。

彼は花に囲まれてただ何をする訳でなく、体を地に横たえていた。



「いつまで彼はああしているんですか?命令すれば彼は言う事を聞くのに、毎回無意味に時間が潰される……」

十分な距離を開けたつもりだったが、照らせられる頬に熱を感じながら僕は言った。

僕の目に映るのは目映い光の塊。あらゆるものを焼き尽くす炎だ。

「アレは不安定なんだと。暴走されたら命令どころじゃなくなる」

名を聞く気などさらさら起きない僕のパートナーが、停まっている黒色のワゴン車に背中を押し付けながら言う。パートナーは暇そうに、だるそうに煙草の煙を臭わせながら地面に目を向けていた。

「猛獣みたいですね」

「猛獣を飼い慣らす時は鞭だけでなく、飴の使い方も大事なんだよ。で、今は飴の時間だ」

「はあ。飴なんですか。彼にとっては環境破壊が……」

『彼』の周囲だけとは言え、生きとし生けるものを全て燃やし尽くしながらそこに存在する。その行為を飴と言うならば、これは『彼』の望んだこと。

不必要に他者の生命を奪う者は猛獣ではない。化け物だ。

「俺達にとってはアレに他人の人生を破壊させることが飴なんだから五分五分じゃないか?」

「僕自身は平和主義なので。野蛮人の仲間にしないでくださいよ」

「お前……野蛮人の隣で随分と野蛮なこと言うな……」

「あー早くあの謎儀式終わんないかな。火が嫌いなのに放火は好きとか狂ってる」

「ああ………………狂ってる」

『彼』は狂っている。

あなたも。


この炎を憎たらしくも美しいと思う僕も。








行きは気付かなかったが、トイレからの帰り、俺は洸祈の部屋から月明かりが漏れていることに気付いた。

部屋のドアが薄く開いている。

あそこは閉まっていたはず。

まさか――。

「洸祈?」


光だ。

淡い青色の光。

それが洸祈のベッドの上で揺らぐ。

「あ、由宇麻さん」

洸祈のベッドで由宇麻さんがすやすやと眠っていた。

胸元に光を抱きながら。

「それに…………琉雨(るう)ちゃん」

温かな光を放つ翼を折り、本当に小さな少女が丸くなって眠っている。俺がダウンしている間に二人は早速仲良くなったようだった。

「彼女は僕達の希望だよ。彼女は洸とまだ繋がってる。……ねぇ、一階の倉庫分かる?あの魔法陣だよ」

「…………あれか。使い道の分からない複雑な陣」

大好きな温もりが背中から語り掛けて来る。

地下の倉庫の床に描かれた魔法陣。魔法関連の書物に埋もれていたのは、血を織り交ぜて刻み付けられた複雑な魔法陣だ。

「あれは洸が彼女の為に創った陣だったんだ。店に来るまで人の目には見えないぐらいほんの少しの魔力で存在してたんだけど、店に来た途端、見えるようになってさ。琉雨ちゃんはあの魔法陣が自分に力をくれるって。僕達は少しずつだけど、洸に近付いているんだ。だから、安心して欲しい。葵」

頬に千里の指が触れ、次に湿った感覚がした。千里のキスだ。

少し冷たい。

「……ありがとうな…………千里。彼女を見付けてくれて」

(あおい)も僕達の家を守ってくれてありがとう」

「どういたしまして、千里」

「どういたしまして、あお」

ああ、冷えている。

俺も千里も冷えていた。

「葵?」

「寒い……」

でも、あそこに行けばきっと温かい。

俺の足は、あったであろう俺の意思を無視して洸祈のベッドへと歩み出す。

行かなきゃ。あの陽だまりのもとへ――

「分かったよ。布団を取って来るね」

千里がそう言い残して廊下へと出て行った。

僅かな温もりも離れ、俺は体の芯から冷えを感じる。真冬の早朝のようだ。今はまだ夏へと向かう途中だと言うのに。俺は足早にベッドの方へ。

「ん…………なん……葵君……?………………ほら……おいで。皆で寝ようや」

由宇麻さんが布団を持ち上げながら微笑んだ。

眼鏡を外している為か、月明かりに浮かぶ由宇麻さんの枯れ草色の瞳に俺は手を伸ばして触れたくなる。勿論、目玉なんて素手でなくとも触れていいものではない。

「あったまろ……家族なんやから」

ああ、眠りたい。

そこで眠りたい。

「お邪魔……します」

俺は言い知れぬ誘惑に負け、布団の中へそろりと入り込んだ。



「あれ?僕の寝る場所は?」

『定員オーバー。部屋で寝ようよ』

「…………やだ。僕もここで寝るの」

『風邪引いても知らないんだからね』

「子供は風の子……元気な子……」

『きみはいつまで子供なのさ。成人してるんだからね…………って聞いてないか…………寝るの早すぎ』







「ふぇっくしっ!!!!………………あぐ……すみま……っくしっ…………依頼…………聞きます…………ふぁ……あ……あぐ……っくし…………ふぇっくしょんっ!!!!」

ごちん。

くしゃみの勢いか、千里は目の前のローテーブルに額を鈍い音を発ててぶつけた。

その体勢のまま深緑地にオレンジ色の菱形模様の並んだブランケットを強く体に巻き付ける。彼の体はぷるぷると小刻みに震えていた。そんな彼の隣には葵だ。ジーンズに薄手のTシャツ姿で千里の背中を優しくさする。

「千里、二階で休んでろ。風邪が悪化する」

「でも……今日の店番……僕…………」

「関係ない。体調の悪い奴を店に出させる店長代理がいるか。休め」

「あぐ…………でも……っくし…………僕……」

「………………なら暖炉の前へ。熱くても文句言うなよ?」

「うにゃ……」

前髪をテーブルに滑らすと、俯いたまま暖炉前の揺り椅子へ。這い上がるとぎしぎしと椅子を軋ませながら丸く蹲った。葵は暖炉に火を付けようとポケットを探る。

「待ってろ。陣紙……」

「私にまかせなさい。……『紅灯』」

「あ…………」

葵とテーブルを挟んで向かい側のソファーに腰掛けた女だ。

黒色のドレスに身を包んだ彼女は白の手袋に包まれた手のひらを上へ。そこに小さな小さな灯が生まれる。

パチンコ玉よりも微かだった灯は徐々に大きく、形を持っていく。

「あなたは炎系の魔法使いですか……?」

ブロンドに紅い瞳の女は葵の問い掛けにくすりと微笑んだ。随分とおかしな質問をすると言いたげに。

「私は魔法を使えるけれど、魔法使いではないわ。……そうそう……カミサマでもないわよ」

女の手から生まれた炎を纏った金魚は宙を泳ぎ、千里の頬に触れながら暖炉の中へと飛び込んだ。やがて、暗く冷えていた煉瓦の壁が煌々と輝き出す。

寒気に縮こまっていた千里が肩の力を抜いた。

「魔法使いでもカミサマでもない…………ならあなたは……」


「そんなに難しい顔をしないで。私はただの依頼主よ」


と、今月最初の用心屋の客となる女は優雅に紅茶を一口含んでから答えた。

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